異世界転移した優しい旅人は自分を取り巻く愛と呪いに気付かない

知見夜空

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嫉妬の指輪

絶体絶命【???視点】

【全知の大鏡視点】

 ところが伸ばした手が彼の胸に触れる寸前。

「なっ!?」

 それを阻止するように華奢な手首をガッと掴まれた。

「い、いきなりどうしたんですか? 目だって閉じている約束だったのに」

 咄嗟に演技を続けたが、再び開眼したレオンガルドには、さっきまでの甘やかさは微塵も無く

「聞きたいのは俺のほうだ。この指輪はなんだ? 俺に何をしようとした?」

 悪魔の指環を見た獣王の目が冷たく光る。

「ゴメンなさい。私は確かに悪魔の指環で、獣王さんに触れようとしました。でも悪いことをしようとしたわけじゃなくて、獣王さんが好きだから。嫉妬するほど相手に恋焦がれる嫉妬の指輪で、もっと私を好きになって欲しかっただけなんです」

 嫉妬の指輪の効果を偽り、恋慕ゆえの過ちだと誤魔化そうとした。

 この男は明らかにミコトに惹かれている。恋情があると言えば、悪い気はしないだろうと思ったが

「声も姿も匂いも同じなのに、どうも違和感があると思ったら、やはり別人だったようだな。アイツは誰かを好きになっても、不正な手段で相手の気持ちを歪めたりしない」

 野生の勘か、ケダモノとは言え一国の王の知恵か、私が偽者だと見破った獣王は

「お前は誰だ!? 本当は何をするつもりだった!?」

 ミコトの細腕に折れそうなほどの力が加わる。私は苦痛を感じながらも、顔には皮肉な笑みを浮かべて

「それ以上、力を込めるのはやめたほうがいい。中身は別人でも、この体は確かに、あなたの最愛の女性のものなのですから」
「どういう意味だ!? アイツに何をした!?」

 それから私は獣王に、嫉妬の指輪の効果を説明した。

 これは触れた相手の体を奪う指輪で、いま本物のミコトの魂は別の人間に入っていると。

「そして、もう1つ教えてあげましょう。私の正体は、あなたが以前エーデルワールで会った全知の大鏡です」

 全知の力は大鏡に宿っている。そのせいで人間の体に入ってからは、全知の力を使えなかった。

 だが全知の力が使える間に、あらゆるケースを想定してある。

「だから失敗の可能性も考慮していました。他の人間の体に移し替えた彼女は、私が無事に戻らなければ後数分の命です」

 これはもちろん嘘だが、レオンガルドが知るはずもない。

「しかも彼女はマラクティカに来る前に、別の場所に置いて来ました。彼女が今どこにいるか知るのは私だけです」

 実際は黄金宮の客間にいるが、リサイズの手袋で人形サイズにした上に、枕の下に隠してある。今この場で行方を知るのは不可能だ。

 レオンガルドは私の指から嫉妬の指輪を外したが

「外したところで無駄ですよ。これは怠惰の指輪と違って、外すだけで効果が切れる代物ではありませんから」

 元の体に戻すには、再び嫉妬の指輪を嵌めた手で相手に触れる必要がある。

「さて。こうしている間に彼女が死ぬまで、後3分を切りました」
「はったりに決まっている!」

 獣王の言うとおり、苦しまぎれのはったりだが

「そう思うなら、その目で確かめればいい。後3分であなたに見捨てられた彼女は死に、本来の魂を失ったこの体も息絶える」

 フィロソフィスほどではないが、私も全知の大鏡になってから長いこと、人の心理を見て来た。だから知っている。失う恐怖は、その価値が大きいほど、容易く判断を狂わせると。

 その確信から私は余裕の態度で

「まぁ、心優しい彼女なら、きっとあなたの決断も許してくれるでしょう。そもそも彼女は一度死んだ人間。危険を冒してまで助ける必要は……」
「黙れ! それ以上アイツの顔で、薄汚い言葉を吐くな!」

 レオンガルドは必死に重圧と戦っていたが、やがて静かに折れて

「……どうすれば、アイツを解放する?」
「私が欲しいのは、あなたの体です。あなたもご存じのとおり、私は鏡の状態から自由になる方法を探していたので。その強靭で美しい体さえいただければ、あなたの故郷や民には一切迷惑をかけずに去ると誓いますよ」

 この男の姿や能力や王の地位は魅力だが、私は全知の力とあの神の如き神聖な美貌で自由になりたい。

 そのためには、やはりこの世界を悪魔に捧げることだ。そうすれば、きっと私の小さな願いくらい完全な形で叶えてくれるはず。

 流石に神樹を切るつもりだと言えば、どんなに愛する女でも世界を優先するだろうと、偽りの目的を口にすると

「こんな汚い手を使うヤツを、どうやって信じろと?」
「信じられなければ、それで構いません。私は失敗したところで、また鏡に戻るだけですから。その時はせいぜい最愛の女性を自らの判断によって殺してしまった、あなたの絶望を楽しませてもらいますよ」

 レオンガルドは重い沈黙の後。

「……この国と民には絶対に手を出すな。それが守れるなら、この体を好きにしろ。その代わり必ずアイツを助けろ」

 私の言葉を信じたわけじゃない。この男はただ思考を停止させたのだ。最愛の少女を失いたくないばかりに、王としての義務は果たしたふりをして。

 ともあれ私は無事にレオンガルドと体を交換した。

「ははっ、素晴らしい。獣人の王の体とは、こんなに力強いものですか」
「はしゃいでいないで早く約束を果たせ! 早くしないとアイツが」

 本物のミコトらしからぬキツイ表情で睨む彼に

「ははっ、まだ信じているんですか? そんな苦しまぎれの嘘」
「やはり嘘だったのか! この卑怯者!」

 今や怒鳴るしかない誇り高き獣王殿があまりに哀れで、私は思わず笑いながら

「そういうあなたは愚か者だ。それと大切な彼女の体で、あまり騒がないほうがいい。じゃないと、殺して黙らせるしかなくなります」

 軽く脅すと、ミコトになったレオンガルドは悔しそうに黙った。

「それでいい。大人しく私の部屋について来てください。そうすれば、彼女の魂は返してあげましょう」

 無論。事が済むまでレオンガルドにミコトを会わせるつもりはない。怠惰の指輪でコイツの動きを完全に封じたいだけだ。

 ミコトの姿のレオンガルドと客間に戻る。すると、ベッドの上に置いたはずの荷物が丸ごと無くなっていた。

「なっ!? 私の荷物が無い! 確かにここに置いたのに!」

 私はバッとレオンガルドを振り返ると

「まさかお前が部下に命じて盗ませたのか!?」

 コイツは早い段階で、私がミコトではないかもしれないと気づいていた。

 まさか荷物も盗ませたのかと思ったが

「知らん。俺がやったんじゃない」
「だったら他の誰が、私から荷物を盗むと言うんだ!?」
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