島津の剣

dragon49

文字の大きさ
上 下
4 / 5

04 詭道の兵

しおりを挟む
  既に時は明け八つ、島津豊久は井伊直政の敵陣まで単騎来ると挑発行動に出た。「おい、井伊直政とやら。それがしは島津隊の副将、島津豊久ったい。一対一の勝負ば申し込むけん、受けんしゃい!」。
 
 「殿、これは明らかに何か謀って居りまする。大勢はもう既に決して居りますれば敵の挑発に乗ることもありません」、陣の側近が直政に諫言した。

 「三河駿河の武士と言ってもその程度たい。所詮は数が頼りの腰抜けったい。神君の伊賀越えも作り話じゃなかか?!」、豊久がさらに挑発した。

  井伊直政は、神君の伊賀越えの際には、山中の隘路で明智の追討軍を斬りまくった三河の剛腕である。この誘いに乗らないわけにはいかなくなった。

 「薩摩の豚め!もう我慢がならん。あの首斬り落としてくれん。勝敗は決しておるものの、ここで黙っておっては武門の恥じゃ!」、直政はヒラリと愛馬に跨ると赤備えに身を固め、単騎駒を進め一騎打ちに応じた。

 (掛かった!これで風穴が開くぞ)「よく来たな、駿府の腰抜け侍!」豊久が罵ると、「なにお小癪な薩摩の豚!」直政が返す。二人は陣営の将として騎乗にて数合に渡って剣を交えた。

  しかし両名とも稀代の剣豪である。勝負はなかなかつかない。直政が「手出し無用」と味方に釘を刺しているだけに余計である。すると、豊久が「これは叶わん。成る程稀代の剣豪たい!」、とクルリと駒を反転させて逃げ出した。

  「待て!この薩摩豚」、直政はこれを追撃せんと気が付くと島津の陣営まで二十数間の所まで深追いしていた。「掛かったぞ!今だ撃ちんしゃい!」、陣営の左右で草を着け伏して身を隠していた島津の伏兵が一斉に直政一騎を狙い撃ちした。
 
 「うっ!」、その中の銃弾一発が直政の左肘を撃ち抜くと、直政は銃創から激しく出血して愛馬から転落した。「今だ!直政ばかまっちょらんと、反転して家康の陣ば急襲たい!」。

  勝敗は既に決しているものの、豊久は駒を反転させると、手勢1800の兵力を率いて家康約2万の陣営に最期の突撃を敢行し始めた。

(続く)
しおりを挟む

処理中です...