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足軽
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足軽 1
戦国時代の信濃、小県
織田から二万の兵を預かり、信濃の小県に攻め入った滝川一益は、国衆が治める小県の根城を攻めあぐねていた。
この根城は南北に建てられ、背後は山、東に崖が迫り、西は大きく割れ込んだ谷間になっており、攻撃は正面の隘路の山道のみという天然の要害に守られていた。
攻略しずらいのは地形ばかりではない。隘路を進む攻撃隊がことごとく鉄砲隊の標的になったのだ。
「攻め方やめーい!」一益は、大部隊を城から一旦一里離れた地点にまで撤退させて陣容を立て直した。
「よーし、ここに幕舎を張り、兵に派手に水煙を挙げさせよ」
一益は、兵に水煙を挙げさせるばかりで、一週間たっても二週間たも攻める様子がない。長期戦の様相を呈し始めた。
一益は、頃合と見て側近の一人を呼びつけた。
「例のモノを放て」
城中では、一益の一斉攻撃がないと知れると鉄砲隊の一部が交代で村に一時帰参できるようになった。
「織田が大部隊だと言っても、この山道じゃいっぺんには攻められない。流石は信玄公以来の根城、落ちることはないわ」
兵たちに分不相応な自信が芽生え始めた。
-小県、鉄砲隊足軽頭の木下又吉の家
「この辺は木がいっぱいあったのに、すっかり切り取られてしまった」
夕陽がとっぷりと暮れる禿山の枯れ枝に烏達が腹を空かせてギャーと鳴いている。
又吉は、家の周囲を見て眉をひそめた。
「おい、何か食うものはないか?城では芋がらの煮しめしか食うておらんから、腹が減っていかん」
身重の妻、梅は腹をさすりながら大根飯の粥を無造作に囲炉裏からよそって差し出した。
「おーい、これだけか。味噌汁はないのか」
「味噌?米もないのに何を言ってるのかね。あんたが兵役にとられている間、段々畑はアタシ一人でやってるんだよ!」
妻は、又吉と目を合わそうとしない。
「わ、分かった。飯はもういい。風呂に入ろう。薪をくべてくれんか」
「薪なんてどこにあるんだい。木は戦の費用をこさえるために御領主がみーんな切ってしまったよ。蓄えた薪を風呂に使ったら囲炉裏で煮炊きする分がなくなる。川で洗いな!」
5歳になる長男の小吉と3歳の長女あやが、真っ黒な顔をして夫婦喧嘩を呆然と見つめている。
又吉は、囲炉裏の火が消えるとすごすごと寝床に入った。少し経って、又吉は妻の肩に手を出してみた。
「およしよ!子供が起きるじゃないか、触らないでおくれよ!」
又吉は、すごすごとツギハギだらけの布団に戻った。
「ねえ、アンタ。離れに住んでるお義母さんだけど、明日の朝姥捨山に棄てていいかい。もう頭もハッキリすることもないしさ」
又吉は、ガバっと起きた。
「何言ってる!?それは駄目だ」
「アンタが兵役にとられて、どうやって一家は食べていくのさー、オカアサンが食べる食い扶持がないのさ」
又吉は、押し黙ったままだ。
「アンタ、今度の高札を見たのかい?公六民四から公七民三になるのさ。今でさえ苦しいのに、お上は鬼だよ」
又吉は、布団の上で正座して膝を掴んでいる。
「アンタ、オカアサンが駄目なら、このお腹の子は、生まれたら何処か裕福な家にあげよう」
「養子に出すのか!」
「コメと交換してもらうのさ。コメ二俵とね、それで一家は一息つける。おなかの子には不憫だけれど」
闇の中で、妻のすすり泣く声だけが聞こえた。
戦国時代の信濃、小県
織田から二万の兵を預かり、信濃の小県に攻め入った滝川一益は、国衆が治める小県の根城を攻めあぐねていた。
この根城は南北に建てられ、背後は山、東に崖が迫り、西は大きく割れ込んだ谷間になっており、攻撃は正面の隘路の山道のみという天然の要害に守られていた。
攻略しずらいのは地形ばかりではない。隘路を進む攻撃隊がことごとく鉄砲隊の標的になったのだ。
「攻め方やめーい!」一益は、大部隊を城から一旦一里離れた地点にまで撤退させて陣容を立て直した。
「よーし、ここに幕舎を張り、兵に派手に水煙を挙げさせよ」
一益は、兵に水煙を挙げさせるばかりで、一週間たっても二週間たも攻める様子がない。長期戦の様相を呈し始めた。
一益は、頃合と見て側近の一人を呼びつけた。
「例のモノを放て」
城中では、一益の一斉攻撃がないと知れると鉄砲隊の一部が交代で村に一時帰参できるようになった。
「織田が大部隊だと言っても、この山道じゃいっぺんには攻められない。流石は信玄公以来の根城、落ちることはないわ」
兵たちに分不相応な自信が芽生え始めた。
-小県、鉄砲隊足軽頭の木下又吉の家
「この辺は木がいっぱいあったのに、すっかり切り取られてしまった」
夕陽がとっぷりと暮れる禿山の枯れ枝に烏達が腹を空かせてギャーと鳴いている。
又吉は、家の周囲を見て眉をひそめた。
「おい、何か食うものはないか?城では芋がらの煮しめしか食うておらんから、腹が減っていかん」
身重の妻、梅は腹をさすりながら大根飯の粥を無造作に囲炉裏からよそって差し出した。
「おーい、これだけか。味噌汁はないのか」
「味噌?米もないのに何を言ってるのかね。あんたが兵役にとられている間、段々畑はアタシ一人でやってるんだよ!」
妻は、又吉と目を合わそうとしない。
「わ、分かった。飯はもういい。風呂に入ろう。薪をくべてくれんか」
「薪なんてどこにあるんだい。木は戦の費用をこさえるために御領主がみーんな切ってしまったよ。蓄えた薪を風呂に使ったら囲炉裏で煮炊きする分がなくなる。川で洗いな!」
5歳になる長男の小吉と3歳の長女あやが、真っ黒な顔をして夫婦喧嘩を呆然と見つめている。
又吉は、囲炉裏の火が消えるとすごすごと寝床に入った。少し経って、又吉は妻の肩に手を出してみた。
「およしよ!子供が起きるじゃないか、触らないでおくれよ!」
又吉は、すごすごとツギハギだらけの布団に戻った。
「ねえ、アンタ。離れに住んでるお義母さんだけど、明日の朝姥捨山に棄てていいかい。もう頭もハッキリすることもないしさ」
又吉は、ガバっと起きた。
「何言ってる!?それは駄目だ」
「アンタが兵役にとられて、どうやって一家は食べていくのさー、オカアサンが食べる食い扶持がないのさ」
又吉は、押し黙ったままだ。
「アンタ、今度の高札を見たのかい?公六民四から公七民三になるのさ。今でさえ苦しいのに、お上は鬼だよ」
又吉は、布団の上で正座して膝を掴んでいる。
「アンタ、オカアサンが駄目なら、このお腹の子は、生まれたら何処か裕福な家にあげよう」
「養子に出すのか!」
「コメと交換してもらうのさ。コメ二俵とね、それで一家は一息つける。おなかの子には不憫だけれど」
闇の中で、妻のすすり泣く声だけが聞こえた。
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