インドの護龍伝説

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2:潜龍伝説

護龍伝説

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 その晩の宿としてN氏が宿泊をブッキングしたのは、湖に停泊する何艘かのボートハウスの内、最も大きな全長25mあろうかという、何やら中世の風情を漂わせる木造船を改造したものだった。

  夕方ともなると、ボートハウスの親爺が陸地との渡し板を取り外し、着岸している荒縄を解いて少しばかり沖に漕げ出せば、夜にはゲリラも容易には接近できない。

 シュリーナガルにとっぷりと陽が暮れようとしている。真っ赤な夕陽に染まるヒマラヤ山脈と湖の光景は、まさに外国の絶景というに相応しい。

 まもなく湖周辺の人家から、何教なのであろうか、恐らくは回教徒なのであろう、次々と祈りの声が上がった。それが、まるで輪唱のように聞こえ鈴の音のように心地良い。

 日本では、N氏は紫陽花の咲く頃に谷中をおとずれる。団子坂の甘味処を過ぎるとそこは寺院が建ち並ぶ別世界である。殊に土曜日の午前中に訪れると、寺院のあちこちから唱題の声が聞こえてくるが、それを思い出させる。

 シュリーナガルの陽がトップリと暮れた。午後七時を回った頃だろうか、宿の親爺がハンドランプを持って部屋に入って来た。部屋に電気がないゆえんであるが、それが何らや山小屋の風情のようで嬉しい。

 親爺は、ブロークンな英語で何やら炉話か昔話のようなものを始めた。親爺特有のサービスらしい。日本でも東北の古さびた温泉宿に泊まると訛った日本語で宿の親爺が昔話を聴かせるが、どうもそのインド版らしい。

 「この湖にはなぁ、昔から大龍が住んでおってな、その龍が湖深くに潜んでおるからよう、この住民は安心して信仰もでき、生活もできとるんじゃ」、あちらは怪しい英語、こちらは日本人のヒアリングで甚だ心許ないコミュニケーションであったが、ざっくりと大意は伝わった。

 N氏が、「それなら何でヒマラヤ山中には、ゲリラ団体が雨後のタケノコのようにいっぱいいるのか?」と尋ねてみると、「インドには、民族と宗教が混在しているので、こちらの団体に有利な政策だとあちらが怒り、あちらを立てれば今度はこちらが立たず....」という説明である。

 N氏が、(ふーん、何やら潜龍伝説というのも眉唾ものだなぁ)と思った瞬間である。ボートハウスの船底に何やら巨大な生物が衝突したようで、船自体が激しく上下に振動した。体感としては、またしても震度4くらい。

 N氏が呆気にとられていると、親爺は「ほーらね、いるでしょう」と言い、ミステリアスな笑いを浮かべて部屋から出て行った。

 N氏は、腕組みをしてしばらく考えた。今のはなんだろう?鯉みたいな淡水魚クラスでは、この巨大なボートハウスが揺れる筈もない。ましては外は快晴、満天の星空で風一つもない。

中国の奥地には、皇魚と呼ばれる全長7-8mの巨大な淡水魚がいるという話を聞いた事があるが、それに類するものか。

はたまた古生代の恐竜のような生き残り、ネス湖のネッシーみたいなものか。

 うーむ、何なんだ?

N氏は、日本に帰国してからの後年、谷中などの寺院群を訪れ、勤行唱題の声を耳にする時、このインドのドラゴン伝説をふいと思い出すのである。


 
 
 

 
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