しじみ

dragon49

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しじみ

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  島根の松江市内の高校を卒業後、東京の大学で情報工学を学び、SEとして活躍したものの、もう気が付けば四十路、男は何かに憑かれたように走り続け、そして疲れ果てた。
 
 SEなので金はある。毎晩のように、青山だ西麻布だ六本木だ代官山だとか繰り出し呑み食いするのだが、何かが渇いており満たされないのである。

  そんな時、部下の家に夕食に招かれた。「何にも無いんですよ、お口に合いますかどうか?」、部下の妻が出してくれたものは、決して贅沢とは言えない青森の郷土料理だった。

 松前漬けにコンニャクとイカの煮物、ワカメとホヤの味噌汁というシンプルなものだ。パスタだワインだキャビアだのといった物に食傷気味であった男にとって何かホッとした瞬間であった。

 自宅に戻り、妻にこの事を話すと「お盆に島根に帰省したら~?ホームシックなんじゃない?」、と言うので、旧盆も終わりかけた時期、男は山陰線に乗って故郷の島根へと向かっていた。

 東京から京都まで新幹線で行き、右手に日本海を望みながら松江市内を目指して車窓の外を望むと入道雲がムクムクと生じている。同じ入道雲なのに関東のものとは違い、何か味わいが有るのは気のせいだろうか。

  夕刻、実家に着くと親戚友人らが既に男の「凱旋帰国」を待ち受けて居る。東京からの土産は、いつも高級洋菓子の詰め合わせなのだが、何かしら焦燥感を伴うのは何故だろうか?

 食卓には、アゴ焼きのさしみ、アゴのかき揚げ、地場野菜の天ぷらなどが並び、何より宍道湖で採れた一杯のシジミ汁が男の魂を癒すのがお盆の定番なのである。

 フッと仏間の方角から線香の香りが漂ってきた。仏壇の亡父の遺影が男に微笑んでいるかのようである。父がなくなって数年が経つが、男の魂修復のルーティーンは変わらない。

(終わり)
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