隅田川の澄子

dragon49

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隅田川の澄子

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 澄子は、東京の柳橋で船宿を切り盛りする女将だ。もう既に老境だが、固定客が切れないのでこの先何年出来るか分からないが、行けるところまで行こうと張り切っている。
 
 船宿は、明治生まれの澄子の祖母が開いた。「その頃は、柳橋もあちこちの御座敷が賑わって居てね、新政府の高官が顔を見せてくれたもんさ」、これが祖母の自慢であり、口癖でもあった。

  船宿自慢の浅利の佃煮は、この祖母から直伝で習ったものだが、祖母は慶応生まれの姑から習ったというから気の遠くなるなるような江戸前の味なのだ。

 「諸藩の江戸詰家老だけじゃないよ。幕府の老中だってこの柳橋に来てくれたのさ」、これが姑の口癖だったという。当時は、秩父の木こりが切り出した材木を筏に組んで隅田川河口の木場まで降って来た。その川下りと姑が結ばれて、この船宿の元ができた。

 江戸明治の昔は、隅田川河口の深川辺りや多摩川河口の羽田辺りでも新鮮な浅利が沢山採れ、それを新川を降ってくる銚子の濃い口醤油で煮込むと絶品の浅利の佃煮にになった。

  「それがマサカのマッカーサーのお陰で上客をみんな赤坂にもってかれちまったのさ」、戦後かつての輝きを失った柳橋を嘆きながら、浅利を煮込む祖母の後ろ姿は寂しそうだったが、その背筋には明治女の気骨が一本通って居た。

  今日も船宿に浅利の佃煮を求めて固定客がやって来る。「美味いねえ、やっぱり浅利の佃煮は江戸前に限るねえ!」「ハゼ釣りの前には、これに湯漬けをすると出陣前の腹ごしらえには最高だ!」。

 浅利はもうこの辺では採れなくなったので、澄子は三陸産を仕入れて煮込んでいる。何かうら哀しいが、レシピだけは慶応以来変わって居ないのが、澄子に残された唯一の微かなプライドなのだ。

(完)
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