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17 二発の弾丸
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半四郎は、紀州にいる時からの経験値で夏場のある日だけ、南東の風が一時的に南西に変わることを知っていた。
明け八つに入った寛永寺には既に人影は無く、境内には猫と烏しかいない。これに通じる四方の街路は与力と同心が封鎖して交通を遮断している。
半四郎は、梵鐘の下に山鯨の生肉を山と積み上げ、その肉の中に生のマタタビを仕込んだ。そして頃合いを見計らい、南西の微風に変わった刹那、乾燥したマタタビに火を点けると、独特の臭気を発した煙が上野の森に吸い込まれていった。
半四郎は、本堂の扉を締めて銃口だけを出して待った。すでに昨晩の内に梵鐘の釣鐘部分と梁には切り込みが入っており、これを正確に射撃すればいいという手はずである。
待つこと半刻、境内の猫が逃げ出し境内に緊張感が走った。しかしそれは痩せた日本オオカミであった。美味そうに肉を食べている。が、一瞬動きを止め、じっと森のある方角を見ている。
森の中から出て来たのは、オオカミの倍はあろうかという虎であった。虎は悠々と肉に近ずくとオオカミを振り払って肉を貪り始めた。
銃を握っている半四郎の手に薄っすらと汗が滲む。
(まだまだ、焦ってはいかん)
半四郎は、マタタビが虎を酩酊状態になる刹那を待った。
山積みの肉を半分ほど食べた頃、虎は酩酊して腹を上向きにして寝そべってしまった。半四郎は銃にユックリと点火して釣鐘部分に照準を合わせた。薄暮時期なので的が見えにくいが、昼に服用した丸薬で視力は冴え渡っている。
"ダーン!ダダーン!"弾丸が本堂から二発発射され、一発は釣鐘部分を二発目は梁を撃ち抜き、落下した梵鐘が虎を捉えて見事封じ込めた。
半四郎が確認の為、梵鐘に近ずくと座主がニコニコして背後に立っていた。「半四郎殿、境内にて無益な殺生をせず生け捕って頂けた事、感謝の極み。しかし、梵鐘を修理しなくてはの~」、「あーそれは老中の信綱様にお願いします」。「これだけの事をしたんじゃ、十両や二十両じゃ済まないかも知れん」。
(坊主丸儲けとはこの事か?)
半四郎は天を仰いだ。
境内には交通規制をしていた与力と同心が入って来た、「流石半四郎殿、風聞通りの紀州一の射手じゃ、素晴らしい」、しかし彼等の視線と興味は直ぐに半四郎の側に銃を持って付き添っている妙齢の女性に注がれた。
「半四郎殿、そちらの方を紹介して頂けぬか?」、「あ、これは義妹の鈴鹿です。二発目で梁を撃ったのは彼女です」、「おー素晴らしい!」「なんと美しい!」。
元来男所帯の同心連中は直ぐに鈴鹿に夢中になった。「鈴鹿殿、それがしは深川で同心をしておる佐野兵吾と申す者、柳橋にいい茶屋がある故、今度一緒にどう~かの~?」、「急にそんな事言われても困ります」、「良いではないか~」。
(アー紀州に帰りたい)、夕闇迫る境内で、修理代をふっかけられ、痴話話を聴かされ、二度天を仰いでウンザリする半四郎であった。
(続く)
明け八つに入った寛永寺には既に人影は無く、境内には猫と烏しかいない。これに通じる四方の街路は与力と同心が封鎖して交通を遮断している。
半四郎は、梵鐘の下に山鯨の生肉を山と積み上げ、その肉の中に生のマタタビを仕込んだ。そして頃合いを見計らい、南西の微風に変わった刹那、乾燥したマタタビに火を点けると、独特の臭気を発した煙が上野の森に吸い込まれていった。
半四郎は、本堂の扉を締めて銃口だけを出して待った。すでに昨晩の内に梵鐘の釣鐘部分と梁には切り込みが入っており、これを正確に射撃すればいいという手はずである。
待つこと半刻、境内の猫が逃げ出し境内に緊張感が走った。しかしそれは痩せた日本オオカミであった。美味そうに肉を食べている。が、一瞬動きを止め、じっと森のある方角を見ている。
森の中から出て来たのは、オオカミの倍はあろうかという虎であった。虎は悠々と肉に近ずくとオオカミを振り払って肉を貪り始めた。
銃を握っている半四郎の手に薄っすらと汗が滲む。
(まだまだ、焦ってはいかん)
半四郎は、マタタビが虎を酩酊状態になる刹那を待った。
山積みの肉を半分ほど食べた頃、虎は酩酊して腹を上向きにして寝そべってしまった。半四郎は銃にユックリと点火して釣鐘部分に照準を合わせた。薄暮時期なので的が見えにくいが、昼に服用した丸薬で視力は冴え渡っている。
"ダーン!ダダーン!"弾丸が本堂から二発発射され、一発は釣鐘部分を二発目は梁を撃ち抜き、落下した梵鐘が虎を捉えて見事封じ込めた。
半四郎が確認の為、梵鐘に近ずくと座主がニコニコして背後に立っていた。「半四郎殿、境内にて無益な殺生をせず生け捕って頂けた事、感謝の極み。しかし、梵鐘を修理しなくてはの~」、「あーそれは老中の信綱様にお願いします」。「これだけの事をしたんじゃ、十両や二十両じゃ済まないかも知れん」。
(坊主丸儲けとはこの事か?)
半四郎は天を仰いだ。
境内には交通規制をしていた与力と同心が入って来た、「流石半四郎殿、風聞通りの紀州一の射手じゃ、素晴らしい」、しかし彼等の視線と興味は直ぐに半四郎の側に銃を持って付き添っている妙齢の女性に注がれた。
「半四郎殿、そちらの方を紹介して頂けぬか?」、「あ、これは義妹の鈴鹿です。二発目で梁を撃ったのは彼女です」、「おー素晴らしい!」「なんと美しい!」。
元来男所帯の同心連中は直ぐに鈴鹿に夢中になった。「鈴鹿殿、それがしは深川で同心をしておる佐野兵吾と申す者、柳橋にいい茶屋がある故、今度一緒にどう~かの~?」、「急にそんな事言われても困ります」、「良いではないか~」。
(アー紀州に帰りたい)、夕闇迫る境内で、修理代をふっかけられ、痴話話を聴かされ、二度天を仰いでウンザリする半四郎であった。
(続く)
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