迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱

第61話 魔物が消えた日

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 迷宮探索者アルスは、同じパーティのリリィに恋をしていた。
 タンクであるアルスはリリィを守るナイトの気分でパーティの盾となり、そして水属性の魔法使いであるリリィの水槍ウォーターランスが後方から魔物へと突き刺さるそのコンビネーションは、二人の関係がとても理想的な状態にあるように思わさせた。
 一緒にパーティを組んでいる他の二人、戦士のコイドとレンジャーのメリルは夫婦だ。二人の関係性を横で見ながら、アルスはいつも自分とリリィもこんな風になれたらいいなと夢想していた。
 いつか自分の気持ちをリリィに伝えたいという思いと同時に、もしリリィに自分の気持ちに応えてもらえなかった場合に、お互いに気まずくなってこの良好な関係のパーティを解散させてしまうかもしれないという恐怖とがアルスの心の中に共存していた。
 そのためアルスはこれまで思いを伝えることもできずに迷宮の探索を続けている。
 そんな迷いを持ちながら探索を続けるアルスに、この日窮地が訪れようとしていた。

「うおお!」

 トロルの大きな棍棒の一撃を大楯で受け止めるアルス。
 横からコイドの剣がトロルを切りつける。

「大丈夫か?」

「ああ」

 腕を切りつけられたトロルは、ウオオオオとうめき声を上げながら再び襲い掛かってくる。その執念には恐怖を感じる。
 再びその一撃をアルスが盾で受け止めると、後方からメリルの放った矢がトロルの目に突き刺さる。
 怯んだトロルにコイドが止めの一撃を加えると、トロルは断末魔の悲鳴を上げながら光の塵へと姿を変えた。
 アルスは表面がベコベコに変形した盾の状態を確認しながらつぶやく。

「今日は魔物の様子がおかしい……」

「そうだな、なんだか俺たちを殺すことに必死になっているというか……」

 肩で息をしながらコイドもアルスに同意する。
 後ろから弱弱しい声でリリィが呟く。

「ごめんなさい……私が魔力切れしてしまったばかりに……」

「リリィが謝ることはない!今日は少し迷宮の様子がおかしいだけだ。リリィの魔法がなければもっと大変なことになっていた」

「アルス、ありがとう……」

 必死で慰めるアルスに礼を言うリリィ。
 リリィはこれまでの戦闘で魔力を使い果たしてしまい、今は仲間のお荷物となってしまっている。
 激しい戦闘が続いたせいで今日は迷宮探索では魔物の魔石以外に何の収穫もない。だがリリィの状態や、他のみんなの消耗度を見ると今日は撤退を検討するべきなのかもしれない。
 みんながそう考え始めていた時、再び魔物の足音が聞こえてきた。

「またか!今日は本当に魔物が多すぎるぞ」

 そう言ってアルスが見た先には、なんと六匹ものトロルの群れがこちらへ向かって歩いて来ていた。

「な……」

「待って、私の矢ももう残り少ないわ!」

 これまでこの階層では単体でしか遭遇してこなかったトロルが突然群れを成して現れたことに慌てるアルスたち。
 一匹のトロルが足元の石を拾って投げつけてきた。幸いそれは誰にも当たることなく、壁にぶつかって落ちる。だがそれは誰かに当たれば大けがをする可能性があり、アルスたちを怯えさせるのに十分な効果があった。

「くそ!やるしかねえ!」

 そう言って向かっていくコイドにアルスは続く。
 すぐにメリルの矢は尽き、アルスの盾もどんどんと痛んでゆく。そしてコイドの一撃がトロルにめり込んだ時、同時にトロルの拳がコイドを襲った。

「ぐわっ!」

 壁まで吹き飛ばされるコイドの体。剣はトロルに突き刺さったままだ。
 コイドにとどめを刺そうと身を乗り出すトロルの前に、アルスが立ちふさがる。
 ガン!という激しい音と共に、トロルの棍棒とアルスの大楯が激突する。

「大丈夫かコイド?!」

「ああ」

 頭から血を流しながらすぐに立ち上がろうとするコイド。彼が逃げる時間を稼ぐため、アルスはトロルの攻撃を受け続けた。

「すまんアルス、剣が……」

 トロルの体に突き刺さったままの剣を見ながら、武器を失ったことを伝えるコイド。こうなってしまっては、もう戦う術は残されていない。

「撤退だ!先に逃げてくれ!」

「アルス、おまえは……」

「殿は任せてくれ!」

 だが次の瞬間、ついにトロルの一撃がアルスの大楯を破壊した。
 真ん中でへし折れてしまった盾をトロルに押し付けるアルスは、仲間たちに向かって叫んだ。

「早く逃げろ!」

「アルスー!!!」

 後ろからアルスの名を呼ぶリリィの声が響く。
 トロルに殴られアルスの兜が吹き飛ぶ。

「俺を置いて逃げるんだ!早く!」

 壊れた盾をトロルに投げつけると、トロル相手には心もとないショートソードで立ち向かっていくアルス。
 アルスを心配して駆け寄ろうとしてメリルに止められながら、リリィは叫び声を上げる。

「アルスー!!!」

「行くんだリリィ!俺の分も生きてくれ!愛してる人のために死ねるなら本望だ!」

「アルス?!」

 リリィの目の前でトロルに囲まれるアルス。
 アルスが、いよいよこれで自分の人生も終わりかと思った時、突然すべてのトロルの姿が光に包まれ、そして消滅した。

「えっ?!」

 そこには武器を構えて立つアルスが一人残されていた。
 あまりに突然の出来事に言葉を失うアルス。
 メリルがポーションでコイドとアルスの怪我を癒すと、アルスとリリィは先ほどの愛しているという言葉で、なんだかぎこちなくしていた。
 冷静に状況を確認するコイドは急にダンジョンの雰囲気が変わったことを察知し、あまりに静かになったことに不安に思う。これ以上の探索は不可能と判断した四人は、一命を取り留めたことに感謝しながらギルドへと帰還をした。

★★★★★★★★

「待ってくれ!ここの階層主は岩トカゲじゃなかったのか?!」

 部屋の中央には角の生えた巨大な蛇がとぐろを巻いていた。

 ついにこの50階層の階層主の部屋にたどりついた中堅パーティ。すでに情報は十分調べてあり準備万端だったはずだ。
 嫌な予感は少し前からあった。今日はいつもと比べてやけに魔物の数が多かったし、魔物の攻撃が必死だった気がする。仲間たちは皆何か不安を感じてはいたが、今日はこの階層を突破するつもりでここまで来たのだ。
 階層主の部屋に挑戦しない選択肢はなかった。
 だがこのタイミングで階層主の更新が起きているなどとは誰も想像していなかった。

「どうする?この敵について何の情報もねえぞ」

「とりあえず身を守れ。倒せるようなら倒すが、厳しかったら時間切れ逃亡だ。入口の扉が開くまで粘れ!」

 そして部屋の中央に坐する大蛇は、部屋に入ってきた探索者たちを迎撃するために動き始める。頭についている六本の角を起き上げると、ぬらぬらと体を動かし戦闘態勢に入る。
 コブラのように広がっている顔の後ろ、竜のようになびくギザギザの背びれ。
 その邪悪な目を黄色く光らせると、その魔物、バジリスクは毒を吐き出した。
 黄色いその毒ガスは、まっすぐに一人の探索者を襲い、逃げきれなかったその男は毒を浴びて気絶した。
 この魔物はヤバい!
 誰もがそれを悟った。倒せるはずがない。とにかく、このボス部屋の入口がもう一度開くまで時間を稼いで、そして逃げ出すしかない。
 バジリスクの動きは早かった。気絶した仲間を食らおうと移動し口を開ける。慌てて他の仲間が魔法で攻撃をするが、火の玉がバジリスクの巨体に傷をつけても大きなダメージを受けたようには見えない。すぐにまた毒ガスを吐き、魔法使いを気絶させる。
 この魔物はこの毒ガス対策をして来ないと瞬殺されてしまう。それを悟った時には別の仲間が毒ガスを浴びていて、哀れにも地面へと倒れていくところだった。
 全滅……その言葉が頭をよぎった次の瞬間、何をするでもなくバジリスクは光の粒子となって姿を消した。

「な……何が起きたんだ?!」

 とにかく仲間を蘇生させることを急いだ。意外にも毒消し薬で簡単に意識を取り戻した仲間たちは、誰一人大きなけがを負うことはなく済んだ。
 突然階層主が姿を消した理由は不明だったが、階層主を倒した時に現れる次の層への階段は出て来なかったし、それ以外にこのボス部屋に隠されたギミックを見つけることもできなかったため、一同はギルドへと帰還することにした。

★★★★★★★★

 迷宮の入口のある迷宮探索者ギルドの建物内には、魔物がいなくなったと言って次々と探索者たちが帰還していた。
 これはこのギルドが設立されてから初めての出来事だ。
 これまでにない現象に、皆不安になる。
 ギルド職員が次々と帰還してくる探索者たちに事情を聞いており、また他のギルドで同様の事がなかった資料の調査も始めている。
 普段現場に出てくることのないギルド長も迷宮の入口まで来ており、探索者たちへの事情聴取に参加していた。

 ロキたちがギルドに帰還すると、そこにはいつもと違ってたくさんの人たちが待っていた。

「おお、ギルド長じゃん!出迎えご苦労さん!」

「何をのんきな!お前たちも魔物が出なくなって戻ってきたのだろう?」

「え?」

「だから今迷宮全体で魔物が出なくなって、皆帰還してきているところなんだ。中には階層主との戦いの最中に突然階層主が消滅したと言うパーティもいたんだぞ。お前たちはどんな状況だったんだ?」

「あ、悪い!多分それ俺らのせいだ」

「何?どういうことだ?」

 予想外のロキの返答に顔をしかめるギルド長。
 ロキがレオンに目配せするとレオンは背負っていたリュックから何かを取り出す。
 それは赤い光を放つ大きな石だった。

「それは……?」

「今さっき俺たちでこの迷宮を踏破したんだ。100階層の階層主のドラゴンを倒して、この聖鍵を回収してきた。そのせいでダンジョンが休眠して、魔物が消えたんだと思う」

 ロキとギルド長の会話を聞いてざわつくギルド内。

「それは本当か……?」

 黙ってうなずくロキ。
 ロキから聖鍵を手渡されたギルド長は震えながらそれを受け取る。
 その赤い石は生きているかのように赤い光を発していた。
 ロキと聖鍵を見比べながら次第に状況を理解し始めるギルド長。
 そしてギルド長は、ギルド中に聞こえるような大きな声で宣言をした。

「迷宮踏破!この迷宮はたった今、踏破された!」

 その宣言を聞き、ギルド中から大歓声が上がった。
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