迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 1 生まれ変わってもブラック会社に勤めていた迷宮探索者の憂鬱

第60話 Phase1 EPIROGUE それぞれの人生

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 目を覚ましたら、そこはベッドの上だった。

 あれ?迷宮探索していたはずじゃ……

 記憶がはっきりしない。寝る前何をしていたのかを思い出せない。それだけ熟睡してしまったのだろうか。
 というかこの部屋はどこだ?
 その白い部屋には喧噪は一切なく、静かな部屋の中にはカーテン越しのやわらかい太陽の明かりが差し込んでいた。
 繊細な肌触りの布団から身を起こし、俺は部屋の中を見渡す。
 その部屋のつくりは病院の一室であろうということを理解させた。問題は部屋を構成するそれら一つ一つのパーツが、迷宮都市では見覚えのないものばかりだということだ。カーテンが掛かっているステンレス製の窓枠、壁にはコンセント、それはつまりここは迷宮都市どころかダンジョンのあるあの世界とは別の世界だということだ。
 俺は、日本に帰ってきたのだ。

 黙ってぼんやり部屋の中を見回していると、目を覚ました俺に気づいた看護師が慌てて医者を呼んだ。

 医者による体調の確認が終わった後、俺がベッドに寝ていたまでの記憶のない部分のいきさつを聞かせてもらった。
 そう、線路に落ちた俺は一命を取り留めたのだ。

 翌日、同僚が見舞いに来た。
 同僚は、俺がベッドで眠っていた間の会社の近況を伝えてくれた。
 俺が線路に落ちたことが、TVのニュースになったこと。過労で倒れたことが判明し、社員の誰かが労働基準局に通報し査察が入り指導を受けたこと。今まで社員の事を気にしていなかった社長も危機感を覚え、サービス残業が禁止となったこと、36協定を守る話。パワハラ上司が異動になったことなどを聞かされた。

「今まで大変だったけど、これからは少しは働きやすくなるかもな」

 そう言って笑った同僚は、早く戻ってきてくれよと言い残して帰って行った。

 こうして俺の不思議な夢は唐突に終わり、現実へと引き戻されたのだった。
 ただの夢として片付けるには、非常にリアルな夢だった。迷宮探索者の夢は来世のことかと思ったが、違ったのかもしれない。
 ロキは自分とよく似ているが、自分はロキのように相手に強く言える性格でもないし、明らかに違うところがある。
 迷宮探索者ロキはブラックな環境を変えるため、全力で戦っていた。
 ブラックな体質に耐えられず辞めていったやつらはそれはそれで正しかったのだと思うが、耐えて残っていた自分たちも後からそれでよかったと思えるようにしなくてはならない。
 ロキから教えられたことがある。
 一生懸命に生きること。

 俺も今この世界をしっかりと生きようということを決意した。

★★★★★★★★

「おいロキ!大丈夫か?」

 レオンに呼ばれ覚醒する。

「あれ?俺寝てた?」

 そこはいつものレギオンの一室。そうだ、みんなで今日の探索はどうするか話してたんだった。大事な話の最中にちょっとウトウトしてしまったようだ。

「昨日の今日で疲れてるんだろ?今日は休むか?」

「いや大丈夫だ。ちょっと夢を見てただけだ」

「夢?」

「ああ、例の前世の夢だ。例の夢の続きを見てた」

「最近もまだ見るのか?」

「いや、ずいぶん久しぶりに見たんだけど……俺前世では電車に轢かれて死んで生まれ変わったと思ってたんだけど、死んでなかったわ」

「電車とは?」

「いやそこじゃなくて、大事なのは死んでなかったってとこで……」

「どういうことだ?」

「いや、いいんだ。俺は俺だ。そんなことより悪かったな、ちょっとウトウトしちゃって」

 そう。ただ一つ言えるのは、俺は迷宮探索者ロキだということ。あちらの世界の俺がその世界をしっかりと生きると決めたのなら、同じようにこちらの俺もこの世界をしっかりと生きるのだ。

「そうそう、80階層の階層主の攻略に手間取ってるって話だったな」

「あ、ああ。80階層の階層主は八つ首ヒュドラ。首を切っても切っても再生してしまう。他のやつらはレイドを組んで大多数で討伐したらしいが、俺一人じゃ最大で4本までがやっとだった。一本ずつ半殺しにして最後にまとめて殺そうとしたら、弱った首を他の首が食いちぎって再生しやがる。とにかく同時に全部倒すくらいの攻撃でいかないと難しい」

「いや、それなら再生できないように、切ったクビの付け根を炎で焼いてしまえばいいだろう」

「なんだその攻略法?今思いついたのか?」

「いやヘラクレスがそうやってヒュドラを倒しただろ?」

「なんだそのヘラクレスって?」

「それは前世ではよく知られている話だ。多分誰でも知ってる」

「お前の前世って八つ首ヒュドラの攻略法も常識なのか?いったいどういう……」

 いや、前世ではないかもしれない。たまたま意識を共有した違う世界で生きている名前も知らない男の知識だ。
 思えばあの男とロキはずいぶんと性格が違う。
 あの男は争いごとを好まず、嫌なことがあっても耐えていた。我慢強い男だ。ロキはそれは苦手ですぐにキレてしまう。
 あの男はデスクワークでそれほど体力が無いようだった。ロキはあの男の知識でデスクワークもできるが体力にも自信がある。
 女性の趣味は……多分似ている。
 それくらいか……。
 知識は引き継いでいるが、思い出すほど実はあの男の個人的な記憶は覚えていない。
 例え前世だっとしても、そうではなく赤の他人だったしても、どっちでもいい話だ。
 ここにいる俺は俺。迷宮探索者のロキだ。

「よし。それじゃサクッと迷宮踏破しに行くか!」

Phase1 END
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