迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 1 生まれ変わってもブラック会社に勤めていた迷宮探索者の憂鬱

第59話 新たなブラックな日々の始まり

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 レギオンの一階でレオンを待っていた四人は、珍しい装備を身にまとっていた。
 装備は消耗品だからと言って、あまり性能の高い物を使うことを嫌っていたロキだったが、今日に限っては四人が四人とも付加価値の付いた迷宮産の武器防具だったのだ。
 いつもと違うその姿に違和感を覚えたレオンは思わず尋ねる。

「どうしたおまえら?いつもと違う豪華な装備をして。特にロキ、おまえそれじゃ魔法使いみたいだぞ」

 特にロキに至っては、普段の身軽な革の鎧ではなく、なぜか魔法使いのようなローブを着ており、さらには剣の代わりに杖を手に持っていた。

「税金対策にこつこつみんなの装備を買い集めてたんだ。収入が減った時に売ってもいいように買ってたんだが、まさか実際に使う日がくるとは思ってなかったぜ。そんで今日から俺は魔法使いだ」

「はあ?どういうことだ?前衛はどうすんだよ」

「おまえだ」

「は?」

「前衛はおまえだ」

「それはどういう……?」

「だから今日から俺たちは、お前と一緒に深層探索をするっつってんだよ!」

 そんな突然のロキの申し出に、レオンは戸惑う。

「いや待て!確かに一緒に深層を探索しないかって誘ったことはあったが、お前、深層探索はブラックだとかなんとか言ってやりたくないって言っていたじゃないか」

「レオン、おまえには一日でも早く迷宮踏破しなきゃいけない理由があるんだろ?昨日の乱闘騒ぎだって、お前の一族をバカにされただけでなく、お前の迷宮探索が滞っていたことに対して焦っていたんだろ?理由はよく分からんけど、お前が話したくなければ話したくなってからでいい。とにかくみんなと話し合って、みんなでお前に協力をするって決めたんだ」

 そう言ったロキの横で、アルマ、ココロ、アポロの三人が頷き、まっすぐにレオンを見ていた。
 
「でも、だとしても、お前が俺の手伝いをする理由なんて……」

「だからおまえの探索環境を改善できないと、このレギオンの労働環境が完全にホワイトになんねえの!俺はそれが満足できねえっつってんだよ!」

「一緒に下層に……」

「そうだ!」

 レオンはそれを聞いて一瞬嬉しそうな顔になる。だが複雑な感情をその顔に浮かべた後、残念そうに答えた。

「ありがたいが断る。俺はこれからも一人で探索をする」

「なんでだよ!」

 レオンはロキに、下層探索は命の危険が非常に高いことを説明する。一緒に探索してもらえるのは嬉しいが、これまで中層までしか探索してこなかったみんながいきなりレオンと一緒の階層を探索するのは危険が大きすぎる。現状で満足しているみんなにそこまでしてもらう必要はないということを丁寧に話し、ロキに納得してもらおうとした。
 だがロキは、そんな説明では納得しなかった。

「本当の理由は別にあるんだろう?昨日の奴らとのケンカで俺も分かった。A級探索者っつってもそんなに大したことねえ。お前も前に俺に言ったよな?A級探索者との違いは装備だけだって。俺に限らず、アルマだってココロだってアポロだってそれぞれ特殊な能力がある。多分全員でパーティーを組めば、そこらのA級探索者パーティーに負けないはずだ。何かお前まだ話していないことがあるんだろう?」

 レオンはロキから視線を逸らすと、うつ向いて黙りこくってしまう。
 ロキはレオンから視線を逸らすことなく、じっとその表情を見つめる。
 しばらくして、レオンは重い口を開いた。

「これ以上失いたくないんだ……」

 それは普段自信に満ちていた力強いレオンと違い、何かに怯える彼の弱さが声にあらわれていた。

「何を失うのが怖いんだよ!」

「ロキ……、俺はお前の事を親友だと思っている」

「何だよ改めて?俺だって同じだよ!お前がレギオンに入ってくれたから、俺は今満足のできる環境になってきてるんだ。俺はお前の友情に感謝してるよ。だから俺もお前の力になりたいって言ってるんだろ?」

「俺は親友を失いたくないんだ……」

「どうしてそうなるんだよ!話が繋がってねえよ!」

「すまん……」

 振り向いて立ち去ろうとするレオン。ロキはその肩を掴み引き留めた。

「待てよ!逃げんなよ!話は終わってねえだろうが!お前はいつもそうだ。自分のことは話さない。何が親友だよ!俺の事を信用できてねえのかよ!」

「全部話してお前と一緒にやれなくなったら、このレギオンだって人数がまた足りなくなって困るだろう?」

「ふざけんなよ!」

 思わずロキはレオンの顔を殴った。ドサッという音を立ててレオンは転倒する。

「ビビッてんじゃねえよ!話してみなきゃ分かんねえじゃねえか!そんなに俺の事が信用できねえのかよ!」

 レオンが口から流れる血をぬぐうと、その超回復能力ですぐに血は止まる。
 姿勢を直して起き上がると、レオンもロキへと殴り返した。

「うるせえ!話したらどうなるか分かってんだよ!」

 ロキよりも力強いレオンのパンチは、ロキを豪快に壁まで吹き飛ばした。

「お前が俺の何を分かってるっつって言うんだよ……」

 ロキはゆっくり起き上がると、再びレオンの前へと歩いてゆく。

「ロキ……」

 棒立ちのレオンの顔を再び殴る。今度は一撃で倒れないレオンに対し、二発、三発と拳を振るう。

「どうした?!来いよ!本気でぶつかってこいよ!」

「てめえ!」

 レオンが殴り返そうとすると、ロキはそれを交わしカウンターの一撃で、レオンを転倒させる。すぐにレオンは立ち上がりロキへと向かっていく。
 大振りのレオンのパンチをロキがガードしたが、その怪力にロキの体はガードの上から吹き飛ばされてしまう。
 倒れたロキにレオンは声をかける。

「やめろ……」

 だがロキは立ち上がる。血を流しながら軽口をたたく。

「根性なしのパンチなんて効かねえな」

 そう言ってロキは再びレオンへと殴り掛かった。
 突然目の前で始まった男同士のケンカにうろたえるアルマを、アポロが静かになだめた。

「こうなったらお互いが納得するまでやらせとこう」

「で、でも、血が……」

「あいつらは迷宮探索者だ。それくらいの怪我大丈夫だ。気が晴れるまで殴り合ったらお互いに納得するはずだ。それまで俺たちはあっちで待っていよう」

 そう言ってアポロは不安そうにしているアルマとココロをリビングへと連れて行き、レオンのことはロキに任せることにした。
 椅子に座って待つ彼らの隣の部屋では、激しい殴り合いの音が鳴り響き続けた。怪我はあとでアルマの魔法で治せばいいが、建物の破損の修理にはそれなりの費用が掛かるだろうなと想像させた。
 しばらくして、殴り合う音が止み、静かになった。

★★★★★★★★

「はぁ、はあ……、バカじゃねえのか?!」

 ロビーで殴り合っていた二人は、殴り疲れて座り込んでいた。

「畜生、殴ってもすぐに治るなんて、反則だ……」

 殴られ顔を腫らして血を流して座っているロキは、いくら殴ってもすぐに元のきれいな顔に戻るレオンに対して悪態をつく。
 自己治癒能力で怪我は治るレオンだったが、さすがに疲れたのか息が上がっている。

「なんでお前と殴り合いのケンカしなきゃいけないんだよ……」

「お前が迷宮踏破しなきゃいけない理由を話さないからだろうが!」

「だから話したらお前との仲も終わりだって言ってんだろ!」

「だからなんでそう決めつけんだよ!」

「里の仲間たちがそうだったからだよ!一族に全部話したら嘘つき呼ばわりされて誰にも信じてもらえず、俺は一人でこの国へ出てきたんだよ!最も信頼していた人たちに理解してもらえなかった。誰にも信じてもらえない話なんだ」

 里というのはレオンの故郷。狼獣人たちの里のことだ。レオンはついに今まで話してこなかった自分の過去にふれた。だがロキはそんな一言では納得しなかった。

「ふざけんな!てめえの一族と俺を一緒にすんじゃねえよ!」

 そう言ってロキは再び立ち上がる。レオンも立ち上がると、ロキはまたレオンへと殴り掛かった。
 パシッという音を立てて、ロキのパンチを受け止めるレオンは、厳しい目つきでロキを見下ろしていた。

「やめろ」

「うるせえ!もうこのレギオンは解散だ!」

「ロキ……」

「だから安心して話して出ていけよバカ野郎!」

 ロキは怖い顔をしたままレオンを睨む。レオンは悲しそうな顔でロキを見つめると、力なく答えた。

「俺は一度死にかけた……、いや、俺はあの時死んだのかもしれない……」

「お、おう?」

「ある日突然、この国の軍隊が里に攻めてきたんだ。俺たちは戦った。多くの仲間が殺された。その中で俺は誰よりも多くの兵士たちを殺した。そしてついにあいつが出てきたんだ……」

 ロキは、狼獣人の里を軍隊が攻めたという話は聞いたことがなかった。そもそもこの国は迷宮探索で経済が成り立っているため、軍隊も王都の迷宮探索をしていると聞く。他国へ攻めるメリットも暇もないはずだ。確かにレオンの言う話はおかしい。だがロキは最後までレオンの話を聞くことにした。

「あいつって?」

「勇者だ。女神がこの国に遣わしたという、女神の使徒である勇者と呼ばれる男だ」

「勇者……」

 ロキが勇者について耳にしたことがあるのは、迷宮を踏破したという話くらいだ。狼獣人の里に攻めていったという話は聞いたことがない。

「俺にはこの自己治癒能力があるが、勇者パーティにも聖女がいてどんな怪我もたちどころに治してしまう。俺たちは延々と戦い続けた」

 そういえば以前レオンは勇者や聖女について少し知っているようだったが、実際に会ったことがあったということか。そうロキが思い出している間も、レオンの話は続いた。

「だがついに聖女の魔力が尽きた。回復魔法が使えなくなった時に、俺はついに勇者にとどめを刺したんだ」

「勝ったのか?」

「相打ちだった。あいつの攻撃力は尋常じゃない。あいつの持つ聖剣が俺の心臓を貫くと同時に、俺はあいつに致命的な傷を与えた。多くの仲間が死んだが、勇者さえ殺せば後は残された仲間でなんとかなるだろうと思った。そこで終わったと思ったんだ」

「終わらなかったのか?」

「あいつは魔力が切れた聖女へさんざん罵倒を浴びせた後、聞いたことのない魔法を使ったんだ」

「聞いたことのない魔法?」

「ああ。あいつがその魔法を唱えた瞬間、突然目の前に女神が姿を現し、世界がぐにゃぐにゃになった。あいつらがも俺もそのぐにゃぐにゃな世界に飲み込まれ、まるで川の急流に流されるような感覚の後、突然何もなかったかのように俺は里に一人立ち尽くしていた。その前までの怪我がうそのように無くなっていたんだ。もっと驚いたのはその後だ。里は何事もなかったかのように、元の姿をしていた。俺は長老にそのことを話したが、そもそも人間は攻めてきていないと言う。全部俺の妄想だったことになっていたんだ」

「人間が攻めてこなかったことになってた?」

「そうだ。それで俺は一人で里を出てこの国へとやって来たが、やはりなかったことになっていた。だから俺はこの国の国王と会ってそれを確かめたい。俺たちの里へ攻める気があるのかを。だが山奥から出てきた俺がこの国の国王と話すことなんかできるはずがなかった。だから俺は迷宮を踏破して、国王と直接話すチャンスが欲しいんだ。これが俺が迷宮を踏破しなきゃいけない理由だ」

 全部話したレオンの向かいでは、ロキが話を整理するために考え込んでいた。そして一つレオンへと質問する。

「勇者が最後に唱えた魔法は、なんていう魔法だった?」

「確か……ロード……。そう唱えていた気がする……」

「なるほど。二周目をやり直しているということか」

「は?」

「その場にいたお前も一緒にやり直しに巻き込まれたということか」

「何を言っているんだ?」

「お前、勇者と戦った後、時間が戻っていることに気が付かなかったか?」

「え?……そ、そう言えば、みんなの雰囲気が……俺は時間を逆行したということか?」

「どこかで勇者がセーブしていた時間に、勇者の魔法で時間が巻き戻されたんだろう」

「え?つーか信じてくれるのか俺の話を?」

「ああ。タイムリープなんて前世じゃよく聞いた話だ」

「よく聞く?お前の前世って一体……。いや、それより今まで話すのをためらっていた俺って……」

「それよりも、このままだとまた勇者がお前の故郷を攻めるかもしれないな。だけどお前、前回は迷宮探索はしてなかったんだろう?全く同じ歴史にはならない可能性があるな。今からなら歴史は変えられるかもしれないぞ」

「ど、どういうことだ?」

「まあ、後でゆっくり説明してやるよ。とりあえずは迷宮踏破だな。それから王都に行って、今の勇者の状況とか確認しようぜ」

「お……おう?」

「だから一緒に深層探索するぞっつってんの!」

「あ、ああ、分かった」

 こうして、再びロキのブラックな迷宮探索が始まった。
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