迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱

第63話 疾走馬車

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 緩やかな斜面に広がる木々の間を、がたがたと激しい音を立てながら馬車が疾走する。
 後方からは狼の群れがそれを追いかけていた。
 よく見るとそれはただの狼ではない。瞳を真っ赤に輝かせており、とても獰猛な顔をしていた。
 馬車の後ろから身を乗り出した一人の男が、そんな恐ろしい狼の群れに向けて弓を構え矢を放つ。
 放たれた矢は的確に狼に突き刺さり、一体、また一体と狼は馬車の追跡から脱落してゆく。

「おい!私に任せてばかりいないで、おまえも魔法で支援しないか!」

「そうは言ってもこんな場所で大魔法放ったら、辺り一帯破壊して他の人が通れなくなるだろ?」

「だったら石弾ストーンバレットを使え!」

「初級魔法であれを倒すにはコントロールが難しいんだよなあ」

「言い訳をするな!私の矢だって限りがあるのだぞ!」

「そしたら石弾ストーンバレット使えばいいじゃん」

「だったら最初から貴様も手伝え!!!」

「うそうそごめんて!ほい≪石弾ストーンバレット≫!」

「ちゃんと狙え!当てる気があるのか!」

 そんな二人の言い合いに、馬車の中から仲裁の声が入る。

「おいロキ!アポロをからかうのもほどほどにしとけ」

「別にからかってるわけじゃないんだけど」

「よそ見するなロキ!前にも教えただろうが!石弾の使い方はこうだ!≪石弾ストーンバレット≫!」

 アポロが放った石弾ストーンバレットは、矢と同じように狼に的中する。
 それを見たロキは上手いもんだなあと他人事のように呟き、そんな態度をアポロは再び叱責する。
 馬車を追ってくる狼の群れの対処をアポロとロキに任せ、馬車の中では遠距離攻撃のできないレオンたちがおとなしくしていた。

「しかし、いくら殺しても全然怯まないな。狼ってこんなに狂暴なのかね?」

「いや、あれは多分ただの狼ではなく魔狼。魔物だ。ダンジョン内の魔物と違って殺しても消滅しないが、あれも体内に魔石を宿す魔物の一種だ」

 そう答えたのは、ロキたちが所属していた迷宮探索者ギルドのギルド長。彼もロキたちと共に国王へ迷宮踏破の報告をするために、この王都へと向かう馬車に同行していた。
 ギルド長の言葉を受け、レオンは馬車の中にある鉄で補強されて頑丈そうな木の箱を見た。

「それじゃあやっぱり原因はそれか?」

「そうだな」

 そう言って馬車の中の一同は、その木箱に視線を下ろした。

「聖鍵からは絶えず魔力が流れ出ている。その魔力につられて魔物が集まってきているんだ」

 木箱の中には、ロキたちが迷宮を踏破した時に手に入れた迷宮の核、『聖鍵』と呼ばれる赤い石がしまわれていた。
 聖鍵を捨ててしまえば、執拗な魔狼たちの追跡も止まるだろう。
 だがこれは国王に献上しなくてはいけないものだ。王都に着くまで守り抜かなくてはいけない。

「本当に王都の中までは追ってこないんだろうな?」

「もちろんだ。王都の結界は堅牢で、これまで100年以上魔物の侵入を許したことがない。王都まではいかなくても、迷宮都市の結界ですら魔物は侵入できないのだ。だから王都の城壁の中へ急ぐしかない。もたもたしていたらどんどん魔物が集まってくるだけだ」

「アルマ、ときどき馬にヒールかけてやってくれ」

「はい!≪回復ヒール≫!」

 レオンに言われてアルマは回復ヒールと唱えつつ、馬車を引く馬に神威代行魔法の完全治癒をかけた。ギルド長にはアルマが聖女である可能性があることを隠すために、普通の回復魔法のふりをしている。
 アルマの魔法によって疲れを癒された馬たちは、全力疾走を続ける。
 その時突然ココロが何かに反応し、座席後部にいるロキの肩に手をかけ、ある個所を指さした。

「あっちに何かいる!」

 ココロの指さす方にロキが視線を移すと、そこには体長3メートルを超す巨大な熊の姿があった。
 その熊の目も、魔狼と同じように赤く輝いている。

「あれも魔物か。≪氷槍アイスジャベリン≫!」

 ロキが放った氷の槍が熊型の魔物、魔熊に突き刺さる。
 体を長い氷の槍で貫かれた魔熊は、一撃で絶命した。
 それを確認したロキはアポロへと呟く。

「大きいやつは任せてくれよ」

 先ほどまでの魔狼の対処を言い訳するようにロキがそう言うと、馬車は林を抜け、突然前方の視界が開けた。

「林を抜けたぞ!」

 突然広がる荒野の先には、高い城壁が姿を現した。

「あれが王都だ。あと少しだぞ」

 ギルド長がそう言った時、再びココロが反応する。

「ロキ、今度は上の方から何かくる!」

 ココロが指さす山の上をロキが見ると、何やら翼を羽ばたかせながらこちらへと向かってくる魔物たちの姿が見えた。それは馬車に近づくにつれ、だんだんとその姿と数を明確にしてゆく。

「ワイバーン?いったい何匹いるんだ?」

「山に住む全部のワイバーンが出てきたんじゃないか?」

 それは大量のワイバーンの群れだった。やつらはまっすぐにロキたちの馬車へ向けて飛んでくる。

「大きいやつは任せていいんだったな?」

 アポロは嫌味のようにロキへとそう呟く。
 だがロキは困った様子を見せず、ニヤリと笑って答えた。

「こんだけ広い場所なら大規模魔法使っても問題ないだろう?任せとけ!」

★★★★★★★★

「なんだあれは?!」

 王都城壁にある見張り台では、これまで見たことのない出来事に兵士が怯えていた。

 王都には神官たちによって魔物が近寄って来れない結界が敷かれているが、万が一の時のために城壁には兵士たちが控えている。
 実際には王都の外でのトラブルはほぼ無いに等しく、普段都内の治安維持や見回りの仕事をしている兵士たちにとって、城壁での監視作業は半分休みのようなものであった。
 だがこの日ばかりは普段と違った。
 山岳部より見たこともない数のワイバーンの姿を確認したのだ。見張りの兵士たちは大慌てで上官に報告し、そして緊急で兵士たちに集合がかかった。

「何事ですか?!」

 その日は非番であった攻撃魔法使いであるアレンは、緊急の呼び出しに非常事態であることを理解する。だが実際に何が起きているのかその場に来るまで話を聞いていなかったため、城壁の上で集合した時に見たその光景に言葉を失った。
 そこにはこの王都へ向かって飛来してくる、見たこともない数のワイバーンの群れがいた。
 兵士たちはざわつく。なぜ山岳に棲むワイバーンたちが突然こちらへ向けてやってきたのだろうか?王都の結界は大丈夫なのだろうか?
 ワイバーン討伐をするとしたら、例えそれが一体だけだったとしても、部隊を結成しなければならない。あれだけの数を相手にするには王都にいる兵士たちだけではとても足りないだろう。
 
「勇者様を呼ぶしか……」

 誰かが呟く。
 王国のために女神が地上へ遣わしたという女神の使徒、勇者。その体は人間のものだが、女神の祝福により人非ざる攻撃力を持つ。勇者であればあのワイバーンの群れですら一人で対処が可能かもしれない。

「勇者殿には伝令を派遣済みだ。勇者殿が来られるまで我々で何とかこの城壁を守らなければならない。王都の結界が突破されるとは思わぬが、万が一でもこの城壁を超えさせるわけにはいかない。魔法使いたちは陣形を組んで、攻撃魔法の射程距離に入ったらすぐに迎撃せよ!」

「前代未聞ね」

 アレンの横でそう呟いたのは、アレンの先輩であり、王都軍随一の魔法使いとして名高いエフェリーネだ。エフェリーネは王立魔法学園の講師もしており、王家の魔法に関しての相談役の一人でもある。つまりこの王都で最もすごい魔法使いの一人である。

「エフェリーネさんなら何とかできますか?」

「ふふ……謙遜なしに言うと、一体くらいなら私一人でもどうにかできるかなってとこかしら。正直言ってあの数がこのまま王都にやってきたら、それこそ勇者様でないとどうしようもないわ。勇者様が間に合うか、ワイバーンたちが方向転換して引き返すのを期待するしかないわね」

 そういうエフェリーネの足は震えていた。それだけ今起きている出来事は、未曾有の危機だということだ。
 だが幸い、今勇者がこの王都に滞在している。勇者さえ間に合えば一切の被害を出すことなく事態は収束するだろう。

「大変だ!ワイバーンたちの前に馬車がいる!」

 誰かが馬車に気づき大声でそう報告する。アレン達も慌てて目を凝らしてみると、ワイバーンの群れから逃げるように走る馬車の姿が見えた。

「助けなきゃ!」

「無理よ!」

「でも国民を守るのが我々の仕事では?!」

「そうだけど助けに向かったら被害が増えるだけだわ。残念だけどあの馬車に乗っている人たちは助からない……」

 悔しそうに視線を逸らすエフェリーネ。アレンも悔しくて強く拳を握る。
 アレンはこの仕事に誇りを持っていた。平和な日々が続いていたためこんなに自分たちが無力だと知る日がくるとは思わなかった。
 歯を強く食いしばって感情を押し殺すアレン。
 すると次の瞬間兵士たちが再びざわめいた。

「何だあれは?!」

 馬車とワイバーンの群れの間に、突然三本の竜巻が発生した。
 竜巻は空を飛ぶワイバーンを呑み込んで行くと、ワイバーンが次々と地面へと落下していった。
 アレンが言葉を失ってその光景を見ていると、しばらくして竜巻は静かに姿を消し、そして空を飛んでいるワイバーンの姿は一体もいなくなっていた。

「何が起きたんだ?」

 言葉を失っているアレンの横でエフェリーネが呟いた。

「上級魔法の竜巻トルネード……」

「今のは魔法なんですか?!」

 アレンの問に、エフェリーネは答える。

「聞いたことがあるわ。かつて大魔法使いマルコという人が使ったことがあるって……」
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