迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱

第81話 籠の中の鳥

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「そう言えばお話ばかりしてしまって、治療を忘れていました」

 レオーネはそう言って椅子から立ち上がった。
 ロキとアルマは、お布施を納めることによって、疲労回復や軽い治療のための治癒魔法を受けるという名目で聖女との面会を果たしていた。
 だがロキとしては治癒魔法が目的ではなく、会って話すことが目的だったため治癒魔法を受ける必要はない。

「あ、俺は悪いところは何もないのでお気になさらず……」

 ロキも立ち上がってレオーネを制止しようとすると、レオーネは突然足元がふらつきロキへともたれかかってしまった。

「あっ」

「大丈夫ですか?」

 レオーネの体を支えながら、心配するロキ。
 その顔を見ると、顔色が冴えない。
 ロキはゆっくりとレオーネを元の椅子へと座らせる。

「すいません……ちょっと疲れが溜まっていて」

「本当に大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。俺たちへの治療は必要ないですから」

 ロキが心配そうにレオーネの顔色を覗く。
 するとアルマが椅子から立ち上がる。

「じゃあ代わりに私が、ルナさんに回復魔法をかけましょうか!」

「そんな、悪いわ」

「大丈夫です!私は普段あんまり出番がないので、こういう時くらい役に立たせてください!」

「ルナさん、アルマの回復魔法もなかなかすごいんですよ」

「……ありがとうアルマちゃん。でも怪我を治すヒールと、疲労を治すヒールのかけ方はちょっと違ってね」

「どう違うんですか?」

「怪我を治す場合は魔力をたくさん使って力強く魔法をかけるイメージでしょ?疲労を癒す場合は、逆にあまり魔力を使わないように、そーっと相手の体にヒールを浸透させるイメージでかけるの。これも慣れないとうまくできないかもしれないわ」

「そうなんですね!教えてくれてありがとうございます!優しくヒールをかける感じですね。やってみますね!」

 そう言ってアルマは掌をレオーネにかざす。
 この時点でレオーネはアルマのヒールがそれほど効果があるとは思っていなかった。なぜなら疲労回復のヒールは難易度が高く、そして怪我や病気の治療のヒールと違って需要が少ない。そのため神殿の神官たちでも疲労回復のヒールを使えるものはごくわずかである、特殊な魔法だからである。
 だがアルマのヒールは、良い意味でレオーネの予想を大きく裏切った。

「≪回復ヒール≫」

 レオーネの体に温かい魔力が駆け巡る。
 瞬間、レオーネは全身の倦怠感が抜け、力がみなぎってくるのを感じた。

「これは……」

「どうですか?」

 あどけない笑顔でレオーネの表情を伺うアルマ。
 驚きを隠せないレオーネは、アルマへのお礼の言葉を告げる。

「ありがとう、アルマちゃん。すごいわ。本当に全身楽になったわ」

「成功したんですね!よかった!」

 ガッツポーズで喜びを表現するアルマ。
 そんな無邪気なしぐさを見て、レオーネに笑みがこぼれる。

「すごいわ。アルマちゃん。こんな簡単にできるなんて。でもあまり才能がありすぎるのが知れると、神殿がほおっておかないから、内緒にしとくわね」

「お願いします」

 役に立てた嬉しさを隠そうともせず、満面の笑顔を浮かべるアルマ。

「本当は疲労回復のヒールはすごく難しいんだけど。そう言えばアルマちゃんだって、ロキさんたちと一緒に迷宮を踏破したパーティメンバーだものね。見た目がかわいいから、初心者みたく感じちゃってたわ」

「迷宮踏破はロキさんとレオンさんがすごいだけなんですけど……ありがとうございます」

 アルマのヒールを受けたことのあるロキにはこの結果は分かっていたが、やはりアルマのヒールは普通ではないらしい。むやみに使わせない方が良さそうだと改めて思う。
 そして一つ気になったことがあった。聖女レオーネが、なぜそんなに疲れているかということだ。

「ところでルナさんはなんでそんなに疲れが溜まっているんですか?何か特別なことがあったんですか?」

「……」

 ロキの質問に、レオーネは気まずそうな表情を浮かべる。

「特別何かしたわけではなくて、私の体力がないのがいけないの……」

「体力がないんですか?それじゃせめて休日くらいはゆっくり休んで……、?」

 ロキが話しているとレオーネは悲しそうな顔をしたため、ロキは自分が変なことを口走ってしまったかと思い言葉に詰まる。

「俺何か変なこと言いましたか?」

「聖女に休日はないのよ。この前は特別にわがままを言って休日をもらったのだけど」

「休日が無い?7勤無休ってことですか?完全に労働基準法違反じゃん?!あ、この世界、労働基準法ねえのか!」

「ろうどうきじゅんほう?……」

「それじゃルナさんが大変すぎますよ!」

「聖女というのは国民の奉仕者なの。だから休んでなんかいられないのよ……」

 仕方がないといった表情でアルマにそう答えるレオーネ。だがやはり自身のそんな境遇を辛く感じていることは間違いない。

「ルナさんは、今の環境をおかしいとは思わないんですか?もっと楽になればいいなとか思わないんですか?」

「私は聖女。弱音なんか吐いていられないわ……。でも、毎日一日中働いても、貧しい人たちを救う力が何もないことにもどかしさを感じているのは確かよ。私が治療しているのは一部のお金持ちたちだけ。もっともっと私ががんばらないと……」

「ダメですよルナさん!それはブラック体質から抜け出せない人間の悪い思考です!」

「ブラック体質?」

「そうです。この神殿はブラックです!ブラックというのは、簡単に言うと人を働かせすぎる環境です。ルナさんは働かされすぎなんです」

「でも、それでも私はもっとたくさんの人の力になりたいの……」

「それはやり方が間違っているんです。ルナさん一人じゃだめです。もっとみんなで力を合わせないと。この神殿はルナさん一人に責任を負わせすぎなんです」

「でも……私に力を貸してくれる人なんていないし……」

「私にできることがあったら頑張ります!」

 アルマがルナを見てそう言う。
 ロキもそれに続く。

「もちろん俺もルナさんの力になります。この神殿という組織の問題も、俺がなんとかします!」

「ロキさんが神殿を?どうやって?」

「それは……追って考えます。だんだん全体像が見えてきましたよ。この国の貧困の問題。勇者の人間性の問題。そんな勇者に発言力がありすぎるという問題。そしてルナさんが働かせすぎている神殿という組織の問題。この世界はブラックだらけだな……」

「ロキさんの方こそ責任を感じすぎなんじゃないですか?そんなにたくさんの大きなことを一人で背負うなんて無茶です……」

「確かに俺も頭が混乱してるんですけど、まずは紙にでも書き出してみますよ。問題の原因を追究していけば、何をすればいいか見えてくるはずです」

「ロキさんって、お若いのに本当にすごいんですね」

 レオーネがロキの言動に感動していると、アルマが自信げに告げる。

「そうなんです!ロキさんってすごいんですよ。ロキさんの言う通りについていけば、大丈夫です。迷宮探索だって、ロキさんの指示の通りに動いていたら、気づいていたら迷宮踏破していたんですもん」

「まあ!」

「いやでも迷宮とこの問題はちょっと質が違うけどな。もっとわかりやすく悪の親玉が一人いて、そいつをぶっとばせばいいっていう展開なら楽だったんだけど。勇者をぶっとばしても、神殿との軋轢が生まれるだけの気もするしなあ……難しい……」

 そう言って悩むロキに、アルマとルナは笑みを浮かべる。
 しばらくして、最初に席を外した司祭が来て、治療の時間は終わりだと二人に告げた。
 ロキとアルマはまた会いに来ることを約束して、レオーネの元を去った。
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