迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱

第97話 鎮圧

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 ロキが勇者を殺した。
 そのあまりにあっけない幕引きに、勇者を使ってクーデターを起こそうとしていた大司教は、虚脱した表情で言葉を失い呆然としていた。
 それからぞろぞろとやって来た騎士団によって、大司教を始めその場に居合わせた神官たちの身柄が拘束されていった。
 慌ただしい雰囲気の中、死んだ勇者の元で立ち尽くしているロキの元へ国王が歩み寄ってきた。
 そしてゆっくりとロキに声を掛けた。

「ロキよ、お前の手を汚させてしまったな」

 その顔は、ロキへ迷惑をかけた申し訳なさが溢れた悲しい表情を浮かべていた。
 無表情のロキは、短い言葉で国王へ答える。

「いえ……」

「人を殺したのは初めてか?」

「はい……」

「本来ならば余がもっと早く決断せねばならないことだった……」

 勇者を殺したロキの表情がすぐれなかったため、国王も心配をしているようだった。
 そんな気持ちを察してか、ロキはすぐにいつもの調子に戻った。

「いえ、こいつは俺が決着を付けなきゃいけなかったんです。同郷みたいなもんですから」

「同郷?ダイジローは女神が異世界から呼び寄せたのだぞ?ロキ、おまえももしかして?」

「いや、俺は生まれも育ちもこの国なんですけど。俺には前世の記憶があって、その記憶がダイジローと同じ国なんです」

「前世……そうか……奇妙な縁だな……」

 国王はそう言った後、横たわる勇者の亡骸を見つめた。
 前世の記憶があるなどということは信じがたい話であったが、ロキが他の人間と違っていると感じていた国王はすぐにその言葉を信じた。

「哀れな男です。女神から実力以上の力を与えられたばかりに、自分が特別な人間だと増長してしまった。普通の人間と変わりないというのに……」

 ダイジローを哀れむロキの言葉に、国王が答える。

「いや、自業自得だろう。おそらくこの男は、元の世界ににいた時も自分は特別だという根拠のない自尊心の高い人間だったと思う。まともな人間なら、力を手に入れたってそれに溺れることもないはずだ。お前のようにな」

 国王は見ていた。自分のために力を振るう勇者と、仲間のために力を振るうロキの姿を。
 仕方がなかったとはいえ勇者ダイジローを殺した事に、少なからず後悔の感情を持っているロキを、国王は励ますように言葉を伝えた。
 ロキと国王が話をしている間に、ロキの元へは聖女レオーネと、ロキの仲間アルマ、ココロ、アポロたちも集まってきていた。
 そんな集まってきた仲間たちの顔を見て、ロキは思い出す。

「そうだ陛下」

「なんだ?」

「さっきの話なんですけど、アルマが聖女だっていうのは内緒にしておいてもらえませんかね?アルマは自分の意思で探索者になったんです。聖女だからといって強制的に神殿で働かせるのは止めてほしいんです」

「分かった。おまえたちの意思を尊重しよう。後でこの場にいた者たちにも口外を禁止しておこう」

「ありがとうございます。それとこの聖鍵の褒賞の話なんですけど……」

「おお。もちろん余の叶えられる望みであれば、なんでも応えよう」

「ありがとうございます。それじゃ、聖女の過酷な労働環境の改善をお願いします」

 その言葉を聞き、驚いた顔をする聖女レオーネ。

「ルナさん……聖女レオーネは休みの日はほとんどなく、毎日働かされていると聞きました。それに毎日司教たちから強いストレスを与えられているようです。先ほども少し話しましたが、ウチのアルマは回復魔法も結界魔法も自由自在に扱えます。ですが聖女はストレスのせいで、魔法の使用に制限があるようです。もっとストレスから解放されれば、ルナさんの使う魔法ももっと効果が上がるはずですし」

「ああ、分かった。そちらもお前の望むようにさせよう。元々ドルバンを解雇した時点で、神殿内部の構造の見直しはするつもりだったしな。他に望みはないのか?」

「とりあえずはそんなとこですね」

「本当にお前は欲のないやつだな……」

 言われたロキは笑顔を浮かべる。
 国王の言う欲とは、金銭や権力などに対する欲を言うのだろう。だがロキにとって、それらは重要なことではなかった。ロキが求めていたのは、

「俺にだって欲はありますよ。ただ俺が欲しいのは、やりがいのある仕事と、信じられる仲間たちと笑顔で過ごせる日々ですかね?」

 それを聞いた国王も笑顔を浮かべた。
 笑っている二人の横で、一人申し訳なさそうな顔をしたレオーネがロキへ感謝の言葉を述べる。

「ロキさん、せっかく手に入れた聖鍵を私のために……」

「ルナさん。今まで大変でしたね。でもこれで女神を信仰していた大司教も失脚したし、これからは少しずつ働きやすくなるはずです」

「……ありがとうございます」

 礼を言うレオーネの瞳には涙が浮かんでいた。
 話がひと段落したところで、アルマがロキへと声をかけた。

「ところでロキさん。これからどうするんですか?」

「何だ?」

「えっと、もし移動するようなら、ここの結界は解けてしまいますけど、大丈夫ですかね?」

 聖女の使う結界は、通常聖女自身を中心に発動する。
 王都を覆う結界は特殊で、聖女が結界を張った後に神威代行魔法を使える神官が交代で24時間体制でそれを維持している。
 アルマが今この礼拝堂に張った結界も、誰かがこれを維持しない限り、アルマがここから去ってしまえば消えてしまう。
 そんなアルマの質問について、国王が答えた。

「それならば大丈夫であろう。この神殿の外は王都の結界に包まれている。ここの結界を解いても魔物が入って来れる入口はない。勇者も死んだ。結界を解いても何も問題はないはずだ」

「そうですね。それじゃ」

 国王の同意も得て、アルマは結界を解いた。

 その瞬間、礼拝堂の天井にあるステンドグラスから強い光が差し込む。
 何が起きたのかと、一同は光の刺す場所を見る。
 何もなかった光の中心の空間に、徐々に何かの姿が浮かぶ。
 それはすぐ後ろにそびえたつ、女神の像と瓜二つだった。

「まさか?!」

 そんなロキの叫びと同時に、光の中に立つ物体が声を出した。

「おお、勇者ダイジローよ。死んでしまうとはなさけない」

「アルマ!!!」

 その正体に気づき、ロキがアルマに再び結界を張るよう声を上げるが、アルマの結界が張られる前に光の中の人物は魔法を唱えた。

「≪復活リバイブ≫」

 次の瞬間、ロキたちの目の前に横たわる勇者の死体が光に包まれた。
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