105 / 105
Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱
最終話 Phase2 EPIROGUE 人生と言う名の迷宮
しおりを挟む
ロキたちが女神を倒してから、およそ一年が経過した。
神を信仰する神殿では女神の信仰が廃止され、組織の再編成がなされた。
それと同時に女神を信仰していた前大司教ドルバンと懇意であった貴族たちは反乱の疑いで粛清され、それによって国内には多少の混乱を生んだが、それも時間と共に落ち着きを取り戻してきていた。
女神が現れたと同時期に現れたと言われている魔物の発生と女神がもたらしたと言われている魔法という技術は、女神が滅びると同時に無くなるのではとも考えられたが無くなることもなく、迷宮についても変わらず機能していた。
そのため単純に女神が王国に与えていた影響のみが無くなり、他はそれまでと大きく変わらない、平和な日々が続いていた。
そんな平穏な日々の中、神殿の中では珍しく聖女レオーネが司祭と口論をしていた。
「聖女様のおっしゃることも分かりますが、治癒魔法を無料化してしまうと神官の数が足りずに混乱をしてしまいます」
「だからと言って今のままでは、お金のある人ばかりが救われて、お金のない人はいつまで経っても救われないまま。ドルバンさんがやってきた今までと変わりがないじゃないですか」
大きな声を上げていた二人の元に、一人の男が声をかけた。
「取り込み中ですか?」
その男の顔を見て慌てて会釈をする司祭と、驚いて振り返る聖女。
男が誰か判明すると、レオーネは顔を赤らめて謝罪した。
「すいません、はしたないところを見せてしまって……」
「いえ。ただルナさんが声を荒げるのは珍しいなと思って……」
「ケースケさん……」
笑顔でそう言った男、日本からやってきたロキ・ケースケは心配そうに何があったのか尋ねた。
「何を話していたんですか?」
「あの……お忙しいケースケさんにこれ以上問題ごとを相談するのは気が引けるのですが……」
ケースケは日本で働いていた知識を生かし、城での資材管理の仕事をしつつ、この神殿でも様々な管理業務の相談を受けて協力していた。
この日も神殿で仕事をしていて、たまたまレオーネが言い争う場所に居合わせたのだった。
「俺の仕事量はコントロールできますから。俺の事なんで気にせず教えてください」
「はい。実は、神殿での治癒魔法での治療行為についてなのですが、今では貴族の方々を優先することはなくなったのですが、依然寄付金をいただいて治療するという仕組み自体は変わっていません。これでは貧しい人たちはいつまで経っても救われません。私は寄付金をいただくことを止めたらいいと提案しているのですが……」
「なるほど」
ケースケが頷き、今度は司祭の方の顔を見ると、司祭は自分の意見を言った。
「聖女様のおっしゃることもよくわかります。ですが治癒魔法を無料化してしまえば治療の必要のない些細な症状でも神殿に来る人が増えてしまうでしょう。もしかしたら暇つぶしに来られるご老人が増える可能性だってあります。そんなことになってしまえば、治癒魔法を使える神官の数が足りなくなってしまいますし、今でさえみんな忙しいというのに一人一人にかかる負荷がさらに大きくなってしまいます」
「だったら貧しい人にだけ無料化してあげたらいいのではないですか?」
「聖女様……そんなことをしたら一般の方から苦情がきてしまうでしょう?もしかしたら裕福なのに治療費が払えないと言ってごまかす方がでてきまうかもしれません。いずれにしても聖女様のおっしゃることは理想論で、現実とかけ離れています」
「でも!」
「それに神殿組織自体もお金がなければ運営ができません。聖女様は治療費だけでなく、寄付自体にも否定的であられます。寄付をしていただくことは善行であり生前に善行を重ねることで死後に神様が救ってくれるという神殿の教えを、聖女様のように否定されてしまうと、だれも寄付をしてくれなくなってしまいます」
ケースケは黙って二人の話を聞いていた。
レオーネは涙目になって、司祭に反論をする。
「でも、でも、それではお金のある人しか救われないじゃないですか。なんで神様はお金のない人を救ってくれないんですか?貧しい人たちだって幸せになる権利はあるはずです……」
レオーネの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
レオーネも頭では分かっていた。司祭の言うことがもっともだということを。
だが、それでも納得がいかないのだ。
ケースケは懐からハンカチを差し出すと、レオーネは申し訳なさそうにそれを受け取り、そして自らの涙を拭いた。
「私は……。私は、貧しい農家の家に生まれました。父は休みもなく働いていて、毎日陽が上るよりも早く畑に出てゆき、陽が沈むまで帰ってきませんでした。母は幼い私の面倒を見ながら、家事をしていました。水場は家から離れており、毎日何時間も費やして重い水を運んでいました。働いてばかりの両親の手はボロボロで、幼心にお金さえあればもっと楽な暮らしができるのにと思ったものです。幸い私の家は、私に治癒魔法が使えることが分かった時に、私が神殿にゆく代わりに神殿から見受け金をいただくことができたため、それ以降はお金に困ることがなくなりました。でもかつての私の実家のような、お金に困っている人たちはこの国には数えきれないほどいます。私たちだけが幸せになっていてよいものかと、私はみんなを幸せにしなくてはいけないと思っているんです」
「ルナさん……。ルナさんのご両親は、自分たちの事をそんなに不幸だと思っていたのかな?」
「え?」
「俺はルナさんの話を聞いただけで、ご両親の気持ちについては想像するしかできないんだけど……。生活するだけで毎日大変だったかもしれないけど、家に帰れば家族がいて、家族のためだと思いながら毎日働くことができて、それは楽なことではなかっただろうけど、不幸だと思うか幸せかと思うのは本人たち次第だなって思うんだよね。むしろ家に帰れば大切な家族がいることって、きっと幸せなことじゃないかって思うけどね」
「……」
レオーネはケースケの言葉に驚き、言葉を失っていた。
ケースケはにっこりと笑って言葉を続ける。
「それともう一つ、自分が幸せにならないと、他人を幸せにはできないらしいよ。貧しい人にお金を与えたくても、自分がお金を持っていないと与えられないでしょ?それと同じで、自分が不幸では周りの人を幸せを与えることができないんだと思うよ。無いものを嘆いたり、できないことに頭を悩ませたりするより、今あるものに感謝して、できることからやっていこう」
ケースケの言葉に、何か憑き物が落ちたかのような表情になったレオーネは、再び泣き出した。
ケースケが慌てていると、そこにまた声をかける者がいた。
「あ!ケースケさん、ルナさん!あれ?ケースケさん、ルナさんを泣かせてるんですか?」
三人は、そんな無邪気な声の方に振り向く。
「アルマ!」
「あ、アルマちゃん……これは違うの……」
レオーネが慌てて涙を拭う。
居合わせた司祭も苦笑いを浮かべる。
そしてケースケが話題を逸らす。
「そんなことよりアルマ、久しぶりだな。実家に帰ってたって聞いてたけど、王都に戻って来てたんだな」
「そうなんです。ロキさんに教わった会計のやり方を実家のお店に取り入れたら、お父さんがもう高いお金払って税理士は雇うのは止めるって言って私に全部やらせるから大変だったんですよー」
「そうだったのか。お疲れ様」
ケースケは苦笑いを浮かべながら、なんとか話題を逸らせたことにほっとする。
「ところで、ロキさんって今どこにいるか知りませんか?ケースケさん、一緒に働いてるんですよね?」
「ああ、あいつは先月からまた迷宮探索に行ってるよ」
「え?ああ、そうなんですね」
「少し前に僻地に新しいダンジョンが発見されてね。新しくそこに迷宮探索ギルドの建物を作る予定だったんだが、ロキが一人で探索したいって言って国王陛下の許可をもらったんだ」
「え?一人で探索してるんですか?」
「ああ。ソロ踏破めざしてるみたいだよ。既知の迷宮だとそこを中心に経済圏ができあがってるから踏破すると困る人がいるってことで、自分だけが探索できる迷宮をもらうなんて、迷宮探索が趣味のやつは違うね」
ケースケが笑いながらそう言うと、アルマは少し考えるようなしぐさを見せた。
「どうした?」
「あのー、ケースケさんが聞いていないとしたら本当は秘密なのかもしれませんが……」
「なんの話だ?」
「ロキさんが今迷宮探索をしてるのって、趣味だからじゃないんですよ」
「そうなのか?」
「実は、ケースケさんが元の世界に帰りたくなったら聖鍵が必要になるからって……」
「まさか、俺のために?!俺はこの世界で生きてく覚悟ができたって言ってるのに」
「それは帰る手段がないからですよね?ロキさんはケースケさんがもし帰りたくなったら帰ってもいいし、帰りたくなければ帰らなくてもいいし、ケースケさんが選べるようにしたいって言っていました」
「あいつは俺のために命がけで迷宮を探索してくれてるのか?」
「はい。でも、まさか私も一人で行くとは思わなかったんですけど。私が戻ってくるまで待っててくれれば一緒に行ったのに。レオンさんだってココロちゃんだってアポロ君だって、声をかければみんな喜んで一緒に探索に行くんですけどねえ……」
「なんであいつはそんなに人のために一生懸命になれるんだ?」
ケースケは疑問に思ったことを素直に口にする。
アルマはそんなケースケに答える。
「多分、ロキさんの周りの人が幸せになることで、ロキさん自身が幸せを感じるんじゃないですかね?」
ケースケとレオーネは、アルマの口から幸せという単語が出たことで、先ほどの二人の会話も聞かれていたことに気が付く。
そしてアルマは二人に言う。
「家族が帰りを待ってるっていうのが幸せだと思うなら、ロキさんのことなんて気にせず早くくっついちゃえばいいと思うんですけどね?その方がロキさんも喜ぶと思いますよ」
「アルマ……知ってたのか?」
実はすでにケースケとレオーネは恋愛関係にあった。だがロキがレオーネにたいして恋心を抱いていることを知っていたため、ロキに恩のある二人はそれを公にせずにいた。
アルマの言葉を聞いて、ケースケは答える。
「ロキは俺たちのことも祝福してくれるかな?」
「もちろんですよ。きっととても喜んでくれると思いますよ。そしたらケースケさんが元の世界に帰る必要がないことも分かって、迷宮探索から帰ってきてくれると思うんですけどね」
「そうだな。ロキが戻ってきたら伝えよう」
「ところでロキさん、いつ帰ってくるんですかね?」
「そうだな。今頃迷宮主と戦ってたりしてな。ハハハ!」
★★★★★★★★
「≪爆炎≫!」
巨大な竜を魔法の炎が覆いつくす。
竜の足元は凍り付いた地面に張り付けられており、巨大な炎から逃げることができない。
身を焼き尽くそうとする炎に悲鳴のような鳴き声を上げる竜の顔のところへ、風魔法によって飛び上がったロキが聖剣を振り上げて構える。
噛みついて攻撃しようと竜が首を伸ばすが、大きく開けた口ごとロキの聖剣が切り裂く。
切り裂かれた口先から血を吹き出し、身をよじりながら苦しむ竜に、ロキはとどめの魔法を唱える。
「≪隕石落とし≫!」
迷宮の高い天井の空間がゆがみ、どこからともなく赤熱した巨大な岩が姿を現す。
そして激しい轟音とともにそれは竜の頭上へと落下した。
迷宮中に響いているのではなかろうかという轟音と共に、竜の頭部が完全に破壊されると、その全身は光に包まれて消え、そしてロキの魔法によってできたクレーターの中には巨大な魔石が一つ落ちていた。
「よっしゃー!魔力が尽きる前に倒せてよかったぜ」
ロキは魔石を拾うと、そこに現れた次の階層に続く階段を下りてゆく。
次の階層に行ったら一旦地上に戻ろうと考えていたロキだったが、階段を下りた先に待っていたのは、赤く光る石だった。
「さっきのが迷宮主だったか」
ロキはそう呟くと、その赤い石、聖鍵をガシリと掴む。
ロキは自身三つ目となる、迷宮踏破を成し遂げたのだった。
「これでケースケさんを……。でもどうすれば?確か女神はあの時……、『開け門よ』!」
ロキは女神が聖鍵を使って、別世界へと続く時空の扉を開いた時の言葉を呟く。
だがあの時のような、別世界につながる黒い空間は現れなかった。
「そんな簡単にはいかないか……。後は何が必要なんだろう?魔力?魔力はこの聖鍵自体からあふれ出ているし……。扉を繋げる場所のイメージが必要なのかな?そんなこと言っても、俺は日本に行ったことはないし、知ってるのはケースケさんが働いてた職場だけだし……」
そんな独り言を呟きながらも、ロキは眠っている時に夢で見ていた、ケースケの働いている場所を思い出しながら聖鍵を握る。
「開け門よ……」
すると、ロキの目の前にあの時と同じ黒い空間が現れた。
「マジかよ!」
ロキは恐る恐るその黒い扉に近寄る。
どこか知らない場所に飛ばされるかもしれないという恐怖はなく、なぜかロキはそれが自分のイメージ通りの場所につながっていると確信していた。
そしてロキはその黒い空間を抜けた。
★★★★★★★★
窓の外はもう暗く、その部屋では疲れた顔で働く一人の男がいた。
「あー、もう!次から次へとトラブルばっかりで、どうすりゃいいんだ」
そう叫ぶと、デスクの上で両手で頭を抱える。
そんな彼の顔をPCの灯りがぼんやりと照らしていた。
部屋の中には彼しかいないようで、彼の独り言が終わると沈黙が続く。
すると、誰にもいないはずの部屋に足音がして、こんな時間に誰がと思い、彼は足音の方を見る。
その男はこの会社の中には不釣り合いな、変な恰好をしていた。
驚き言葉を失う彼に、現れた男は声をかける。
「おー!田村じゃん!久しぶり!」
「えっ?えっ?誰?」
「あー、会うのは初めてだよな」
「初めて会うのに何で僕の事知ってるの?っていうか何その恰好は?コスプレ?なんで社内でそんなコスプレしてんの?」
「そんなことより田村、こんな遅くまで残って一人で残業か?サービス残業禁止になったんだろ?残業時間大丈夫か?」
「いやトラブル続きで帰れなくなっちゃって……」
「何があったんだ?」
「実はうっかりサーバ上の顧客先データが消えちゃって、紙データから入力しなおしてたんだけど、そしたらちょうどそのタイミングで顧客先からメールが来てて……」
「はあ?!何してんの?データ消えたならシステムに連絡して復旧できないか確認しろよ」
「そう言ってももうみんな帰っちゃったし……」
「システムの秋山なら呼びだしゃ来てくれるよ。他部署で動きのいいやつと助け合って繋がり持っときゃ、いざという時に助けてくれるから」
「秋山さん?話した事ないんだけど大丈夫かなあ?」
「ロキが言ってたって言えば大丈夫だよ。それか俺から電話するか?」
「えっ?君、露木さん知ってるの?露木さんが一年前に突然行方不明になっちゃってから大変なんだよ」
「知ってるし、俺の名前もロキっていうんだ」
「え?そうなの?親戚か何か?」
「いや、俺は名前がロキ。苗字はない」
「なんで苗字がないの?っていうか君って本当に何者?もしかして露木さんが行方不明になったのと関係がある?」
「そんなことよりあと何が残ってるんだ?」
「実は露木さんが作ったエクセルのフォーマット真似てデータ入力してるんだけど、分からない関数とかが多くて……」
「なんだよお前、よく使う関数くらい勉強しとけって言ったろ。まあいい、今日は手伝ってやるよ」
「え?データ社外秘なんですけど?」
「いいから田村、何からやればいいか説明しろ!」
「なんか君、バリバリ働いてる時の露木さんみたいだね?っていうかもしかして君が露木さん?だとしたらいいのかな?」
「後で説明するよ!さあ、やるぞ田村!」
「はい!」
ロキの戦いは続く……
神を信仰する神殿では女神の信仰が廃止され、組織の再編成がなされた。
それと同時に女神を信仰していた前大司教ドルバンと懇意であった貴族たちは反乱の疑いで粛清され、それによって国内には多少の混乱を生んだが、それも時間と共に落ち着きを取り戻してきていた。
女神が現れたと同時期に現れたと言われている魔物の発生と女神がもたらしたと言われている魔法という技術は、女神が滅びると同時に無くなるのではとも考えられたが無くなることもなく、迷宮についても変わらず機能していた。
そのため単純に女神が王国に与えていた影響のみが無くなり、他はそれまでと大きく変わらない、平和な日々が続いていた。
そんな平穏な日々の中、神殿の中では珍しく聖女レオーネが司祭と口論をしていた。
「聖女様のおっしゃることも分かりますが、治癒魔法を無料化してしまうと神官の数が足りずに混乱をしてしまいます」
「だからと言って今のままでは、お金のある人ばかりが救われて、お金のない人はいつまで経っても救われないまま。ドルバンさんがやってきた今までと変わりがないじゃないですか」
大きな声を上げていた二人の元に、一人の男が声をかけた。
「取り込み中ですか?」
その男の顔を見て慌てて会釈をする司祭と、驚いて振り返る聖女。
男が誰か判明すると、レオーネは顔を赤らめて謝罪した。
「すいません、はしたないところを見せてしまって……」
「いえ。ただルナさんが声を荒げるのは珍しいなと思って……」
「ケースケさん……」
笑顔でそう言った男、日本からやってきたロキ・ケースケは心配そうに何があったのか尋ねた。
「何を話していたんですか?」
「あの……お忙しいケースケさんにこれ以上問題ごとを相談するのは気が引けるのですが……」
ケースケは日本で働いていた知識を生かし、城での資材管理の仕事をしつつ、この神殿でも様々な管理業務の相談を受けて協力していた。
この日も神殿で仕事をしていて、たまたまレオーネが言い争う場所に居合わせたのだった。
「俺の仕事量はコントロールできますから。俺の事なんで気にせず教えてください」
「はい。実は、神殿での治癒魔法での治療行為についてなのですが、今では貴族の方々を優先することはなくなったのですが、依然寄付金をいただいて治療するという仕組み自体は変わっていません。これでは貧しい人たちはいつまで経っても救われません。私は寄付金をいただくことを止めたらいいと提案しているのですが……」
「なるほど」
ケースケが頷き、今度は司祭の方の顔を見ると、司祭は自分の意見を言った。
「聖女様のおっしゃることもよくわかります。ですが治癒魔法を無料化してしまえば治療の必要のない些細な症状でも神殿に来る人が増えてしまうでしょう。もしかしたら暇つぶしに来られるご老人が増える可能性だってあります。そんなことになってしまえば、治癒魔法を使える神官の数が足りなくなってしまいますし、今でさえみんな忙しいというのに一人一人にかかる負荷がさらに大きくなってしまいます」
「だったら貧しい人にだけ無料化してあげたらいいのではないですか?」
「聖女様……そんなことをしたら一般の方から苦情がきてしまうでしょう?もしかしたら裕福なのに治療費が払えないと言ってごまかす方がでてきまうかもしれません。いずれにしても聖女様のおっしゃることは理想論で、現実とかけ離れています」
「でも!」
「それに神殿組織自体もお金がなければ運営ができません。聖女様は治療費だけでなく、寄付自体にも否定的であられます。寄付をしていただくことは善行であり生前に善行を重ねることで死後に神様が救ってくれるという神殿の教えを、聖女様のように否定されてしまうと、だれも寄付をしてくれなくなってしまいます」
ケースケは黙って二人の話を聞いていた。
レオーネは涙目になって、司祭に反論をする。
「でも、でも、それではお金のある人しか救われないじゃないですか。なんで神様はお金のない人を救ってくれないんですか?貧しい人たちだって幸せになる権利はあるはずです……」
レオーネの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
レオーネも頭では分かっていた。司祭の言うことがもっともだということを。
だが、それでも納得がいかないのだ。
ケースケは懐からハンカチを差し出すと、レオーネは申し訳なさそうにそれを受け取り、そして自らの涙を拭いた。
「私は……。私は、貧しい農家の家に生まれました。父は休みもなく働いていて、毎日陽が上るよりも早く畑に出てゆき、陽が沈むまで帰ってきませんでした。母は幼い私の面倒を見ながら、家事をしていました。水場は家から離れており、毎日何時間も費やして重い水を運んでいました。働いてばかりの両親の手はボロボロで、幼心にお金さえあればもっと楽な暮らしができるのにと思ったものです。幸い私の家は、私に治癒魔法が使えることが分かった時に、私が神殿にゆく代わりに神殿から見受け金をいただくことができたため、それ以降はお金に困ることがなくなりました。でもかつての私の実家のような、お金に困っている人たちはこの国には数えきれないほどいます。私たちだけが幸せになっていてよいものかと、私はみんなを幸せにしなくてはいけないと思っているんです」
「ルナさん……。ルナさんのご両親は、自分たちの事をそんなに不幸だと思っていたのかな?」
「え?」
「俺はルナさんの話を聞いただけで、ご両親の気持ちについては想像するしかできないんだけど……。生活するだけで毎日大変だったかもしれないけど、家に帰れば家族がいて、家族のためだと思いながら毎日働くことができて、それは楽なことではなかっただろうけど、不幸だと思うか幸せかと思うのは本人たち次第だなって思うんだよね。むしろ家に帰れば大切な家族がいることって、きっと幸せなことじゃないかって思うけどね」
「……」
レオーネはケースケの言葉に驚き、言葉を失っていた。
ケースケはにっこりと笑って言葉を続ける。
「それともう一つ、自分が幸せにならないと、他人を幸せにはできないらしいよ。貧しい人にお金を与えたくても、自分がお金を持っていないと与えられないでしょ?それと同じで、自分が不幸では周りの人を幸せを与えることができないんだと思うよ。無いものを嘆いたり、できないことに頭を悩ませたりするより、今あるものに感謝して、できることからやっていこう」
ケースケの言葉に、何か憑き物が落ちたかのような表情になったレオーネは、再び泣き出した。
ケースケが慌てていると、そこにまた声をかける者がいた。
「あ!ケースケさん、ルナさん!あれ?ケースケさん、ルナさんを泣かせてるんですか?」
三人は、そんな無邪気な声の方に振り向く。
「アルマ!」
「あ、アルマちゃん……これは違うの……」
レオーネが慌てて涙を拭う。
居合わせた司祭も苦笑いを浮かべる。
そしてケースケが話題を逸らす。
「そんなことよりアルマ、久しぶりだな。実家に帰ってたって聞いてたけど、王都に戻って来てたんだな」
「そうなんです。ロキさんに教わった会計のやり方を実家のお店に取り入れたら、お父さんがもう高いお金払って税理士は雇うのは止めるって言って私に全部やらせるから大変だったんですよー」
「そうだったのか。お疲れ様」
ケースケは苦笑いを浮かべながら、なんとか話題を逸らせたことにほっとする。
「ところで、ロキさんって今どこにいるか知りませんか?ケースケさん、一緒に働いてるんですよね?」
「ああ、あいつは先月からまた迷宮探索に行ってるよ」
「え?ああ、そうなんですね」
「少し前に僻地に新しいダンジョンが発見されてね。新しくそこに迷宮探索ギルドの建物を作る予定だったんだが、ロキが一人で探索したいって言って国王陛下の許可をもらったんだ」
「え?一人で探索してるんですか?」
「ああ。ソロ踏破めざしてるみたいだよ。既知の迷宮だとそこを中心に経済圏ができあがってるから踏破すると困る人がいるってことで、自分だけが探索できる迷宮をもらうなんて、迷宮探索が趣味のやつは違うね」
ケースケが笑いながらそう言うと、アルマは少し考えるようなしぐさを見せた。
「どうした?」
「あのー、ケースケさんが聞いていないとしたら本当は秘密なのかもしれませんが……」
「なんの話だ?」
「ロキさんが今迷宮探索をしてるのって、趣味だからじゃないんですよ」
「そうなのか?」
「実は、ケースケさんが元の世界に帰りたくなったら聖鍵が必要になるからって……」
「まさか、俺のために?!俺はこの世界で生きてく覚悟ができたって言ってるのに」
「それは帰る手段がないからですよね?ロキさんはケースケさんがもし帰りたくなったら帰ってもいいし、帰りたくなければ帰らなくてもいいし、ケースケさんが選べるようにしたいって言っていました」
「あいつは俺のために命がけで迷宮を探索してくれてるのか?」
「はい。でも、まさか私も一人で行くとは思わなかったんですけど。私が戻ってくるまで待っててくれれば一緒に行ったのに。レオンさんだってココロちゃんだってアポロ君だって、声をかければみんな喜んで一緒に探索に行くんですけどねえ……」
「なんであいつはそんなに人のために一生懸命になれるんだ?」
ケースケは疑問に思ったことを素直に口にする。
アルマはそんなケースケに答える。
「多分、ロキさんの周りの人が幸せになることで、ロキさん自身が幸せを感じるんじゃないですかね?」
ケースケとレオーネは、アルマの口から幸せという単語が出たことで、先ほどの二人の会話も聞かれていたことに気が付く。
そしてアルマは二人に言う。
「家族が帰りを待ってるっていうのが幸せだと思うなら、ロキさんのことなんて気にせず早くくっついちゃえばいいと思うんですけどね?その方がロキさんも喜ぶと思いますよ」
「アルマ……知ってたのか?」
実はすでにケースケとレオーネは恋愛関係にあった。だがロキがレオーネにたいして恋心を抱いていることを知っていたため、ロキに恩のある二人はそれを公にせずにいた。
アルマの言葉を聞いて、ケースケは答える。
「ロキは俺たちのことも祝福してくれるかな?」
「もちろんですよ。きっととても喜んでくれると思いますよ。そしたらケースケさんが元の世界に帰る必要がないことも分かって、迷宮探索から帰ってきてくれると思うんですけどね」
「そうだな。ロキが戻ってきたら伝えよう」
「ところでロキさん、いつ帰ってくるんですかね?」
「そうだな。今頃迷宮主と戦ってたりしてな。ハハハ!」
★★★★★★★★
「≪爆炎≫!」
巨大な竜を魔法の炎が覆いつくす。
竜の足元は凍り付いた地面に張り付けられており、巨大な炎から逃げることができない。
身を焼き尽くそうとする炎に悲鳴のような鳴き声を上げる竜の顔のところへ、風魔法によって飛び上がったロキが聖剣を振り上げて構える。
噛みついて攻撃しようと竜が首を伸ばすが、大きく開けた口ごとロキの聖剣が切り裂く。
切り裂かれた口先から血を吹き出し、身をよじりながら苦しむ竜に、ロキはとどめの魔法を唱える。
「≪隕石落とし≫!」
迷宮の高い天井の空間がゆがみ、どこからともなく赤熱した巨大な岩が姿を現す。
そして激しい轟音とともにそれは竜の頭上へと落下した。
迷宮中に響いているのではなかろうかという轟音と共に、竜の頭部が完全に破壊されると、その全身は光に包まれて消え、そしてロキの魔法によってできたクレーターの中には巨大な魔石が一つ落ちていた。
「よっしゃー!魔力が尽きる前に倒せてよかったぜ」
ロキは魔石を拾うと、そこに現れた次の階層に続く階段を下りてゆく。
次の階層に行ったら一旦地上に戻ろうと考えていたロキだったが、階段を下りた先に待っていたのは、赤く光る石だった。
「さっきのが迷宮主だったか」
ロキはそう呟くと、その赤い石、聖鍵をガシリと掴む。
ロキは自身三つ目となる、迷宮踏破を成し遂げたのだった。
「これでケースケさんを……。でもどうすれば?確か女神はあの時……、『開け門よ』!」
ロキは女神が聖鍵を使って、別世界へと続く時空の扉を開いた時の言葉を呟く。
だがあの時のような、別世界につながる黒い空間は現れなかった。
「そんな簡単にはいかないか……。後は何が必要なんだろう?魔力?魔力はこの聖鍵自体からあふれ出ているし……。扉を繋げる場所のイメージが必要なのかな?そんなこと言っても、俺は日本に行ったことはないし、知ってるのはケースケさんが働いてた職場だけだし……」
そんな独り言を呟きながらも、ロキは眠っている時に夢で見ていた、ケースケの働いている場所を思い出しながら聖鍵を握る。
「開け門よ……」
すると、ロキの目の前にあの時と同じ黒い空間が現れた。
「マジかよ!」
ロキは恐る恐るその黒い扉に近寄る。
どこか知らない場所に飛ばされるかもしれないという恐怖はなく、なぜかロキはそれが自分のイメージ通りの場所につながっていると確信していた。
そしてロキはその黒い空間を抜けた。
★★★★★★★★
窓の外はもう暗く、その部屋では疲れた顔で働く一人の男がいた。
「あー、もう!次から次へとトラブルばっかりで、どうすりゃいいんだ」
そう叫ぶと、デスクの上で両手で頭を抱える。
そんな彼の顔をPCの灯りがぼんやりと照らしていた。
部屋の中には彼しかいないようで、彼の独り言が終わると沈黙が続く。
すると、誰にもいないはずの部屋に足音がして、こんな時間に誰がと思い、彼は足音の方を見る。
その男はこの会社の中には不釣り合いな、変な恰好をしていた。
驚き言葉を失う彼に、現れた男は声をかける。
「おー!田村じゃん!久しぶり!」
「えっ?えっ?誰?」
「あー、会うのは初めてだよな」
「初めて会うのに何で僕の事知ってるの?っていうか何その恰好は?コスプレ?なんで社内でそんなコスプレしてんの?」
「そんなことより田村、こんな遅くまで残って一人で残業か?サービス残業禁止になったんだろ?残業時間大丈夫か?」
「いやトラブル続きで帰れなくなっちゃって……」
「何があったんだ?」
「実はうっかりサーバ上の顧客先データが消えちゃって、紙データから入力しなおしてたんだけど、そしたらちょうどそのタイミングで顧客先からメールが来てて……」
「はあ?!何してんの?データ消えたならシステムに連絡して復旧できないか確認しろよ」
「そう言ってももうみんな帰っちゃったし……」
「システムの秋山なら呼びだしゃ来てくれるよ。他部署で動きのいいやつと助け合って繋がり持っときゃ、いざという時に助けてくれるから」
「秋山さん?話した事ないんだけど大丈夫かなあ?」
「ロキが言ってたって言えば大丈夫だよ。それか俺から電話するか?」
「えっ?君、露木さん知ってるの?露木さんが一年前に突然行方不明になっちゃってから大変なんだよ」
「知ってるし、俺の名前もロキっていうんだ」
「え?そうなの?親戚か何か?」
「いや、俺は名前がロキ。苗字はない」
「なんで苗字がないの?っていうか君って本当に何者?もしかして露木さんが行方不明になったのと関係がある?」
「そんなことよりあと何が残ってるんだ?」
「実は露木さんが作ったエクセルのフォーマット真似てデータ入力してるんだけど、分からない関数とかが多くて……」
「なんだよお前、よく使う関数くらい勉強しとけって言ったろ。まあいい、今日は手伝ってやるよ」
「え?データ社外秘なんですけど?」
「いいから田村、何からやればいいか説明しろ!」
「なんか君、バリバリ働いてる時の露木さんみたいだね?っていうかもしかして君が露木さん?だとしたらいいのかな?」
「後で説明するよ!さあ、やるぞ田村!」
「はい!」
ロキの戦いは続く……
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ミノタウロスの扱いが安いですね。あまり人の事を言えないのですが、古代大物モンスターを浅いダンジョン階層で出すのは大抵ミスとなってます。倒せた気になっているのは大抵幻でしょう。ダンジョンの階層主が入れ替わる発想が面白かったです。
ただの馬鹿という厳しい言葉での指摘、自分の表現力の不足と捉えさせてもらって反省したいと思います。
そこはあまり深く考えていなかったのですが、見た目がとても分かりにくかったというイメージと、発見されてまだ二日目で調べた人数が少なくたまたま見つからなかったというイメージをもって書いておりました。
正直自分でもところどころおかしいなと思う設定などもありますが、大目に見てもらいたいです。