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罰掃除2-3
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和泉の声に驚いて振り返り、その場で足を止める。和泉は俯いていて、その顔は前髪に隠れて見えない。こちらを見ないまま小さな声で続けた。
「これは、俺が納得した合意の上でのことだから、先生に言わないでもらえると、助かる」
その言葉に机に置かれたままの黒縁眼鏡を見た。必死に肩で息をしている和泉の呼吸音が聞こえる。あたしは深呼吸してつかつかと和泉に近寄り、「はい」と眼鏡を取って差し出した。
「イズミンが言ってほしくないなら言わないよ。今、イズミンが言った合意の意味も分かってるし」
そこで一応首を振った。
「ごめん、違う。イズミンがウチに言いたいことは分かる、かも」
すると和泉は強張らせていた肩でふうと息を吐き出し、ようやく俯いたまま「ありがとう」と眼鏡をかけ直した。黒縁眼鏡の野暮ったいいつもの和泉になると、ふーっと細く長い息を吐き出して「今のは」とぼそぼそと言う。
「そんな、いつもしてるとかじゃ、なくて」
「うん」
「学校でしたのは初めてだし、というか、それ自体初めてだったし、まだしてないし」
「うん」
「俺が、なにを言いたいかというと、姫宮さんが来てくれて、よかった、ってこと」
あたしは「うん、分かった」とこっくりと頷いた。
「今度罰掃除になったらもうちょっと早く来るね」
すると和泉がぱっと顔をあげてこちらをまじまじと見た。そして顔を和らげてくすっと笑う。
「また罰掃除をする予定なの?」
あたしも同じくらい笑ってみせた。
「超ムカつくけど、ウチ、先生から目つけられてるっぽいし」
あたしはわざと下から覗き込むように和泉を見た。
「でも、見た目って重要なんだなって納得するほど、ウチ、青春を諦めてないし。イズミン、こんな見た目のウチでも中学の頃はクラス委員長だった、って言ったら信じる?」
案の定和泉が「えっそうなの?」と驚いた顔に変わる。
「ううん、めっちゃ嘘。図書委員でカウンターの下でこっそりマンガ読んでた。ブラック・ジャック、お金の取り方がエグすぎてウチじゃ頼めないなって思った。ちなみにさっきの架空彼氏の情報も全部でたらめ」
すると和泉は、一転「姫宮さんってやっぱり変わってるね」とははっと笑い出した。和泉から笑顔を引き出せたことに安心し、あたしは「さて」とほうき等を指さす。
「イズミン、今日もバイト? ウチの罰掃除、手伝ってく? 今日のお礼はピーチティーになるけど」
すると意外なことに和泉は「それ、昨日飲んだよ」と言った。そしてこちらを見てにっこりする。
「俺はその隣のアップルティーを飲もうかな。昨日姫宮さんが画像をくれて、気になったから。掃除が終わったら一緒に買いに行く。今日はバイトないから」
思わず「ホント?」と聞き返すと、和泉は眼鏡を押さえて笑い、掃除道具が入ったグレーのロッカーを開けた。埃っぽい実験室が急に明るくなった気がする。あたしはうきうきで「ちょっと空気の入れ換え!」と窓を開けようとした。だが、水道場が手前にある実験室の窓のクレセント錠に手が届かない。つま先立ちでそれに手を伸ばすと、「はい」と後ろから和泉の手が伸びてきてそこをカチャンと回した。その手が骨張っていて大きい。
和泉、男子だ。あたしよりずっとずっと背が大きい。……鍵を開けてくれただけなのに、すっごく嬉しい。すっごく胸がどきどきしてる。
体がかあっと熱くなって、教室のほうを振り向くのが難しい。「風、気持ちいい!」と窓のから入ってくる湿気交じりの新鮮な空気を吸うと、後ろでくすりと笑う声がしてほうきが床を撫でる音がした。
「これは、俺が納得した合意の上でのことだから、先生に言わないでもらえると、助かる」
その言葉に机に置かれたままの黒縁眼鏡を見た。必死に肩で息をしている和泉の呼吸音が聞こえる。あたしは深呼吸してつかつかと和泉に近寄り、「はい」と眼鏡を取って差し出した。
「イズミンが言ってほしくないなら言わないよ。今、イズミンが言った合意の意味も分かってるし」
そこで一応首を振った。
「ごめん、違う。イズミンがウチに言いたいことは分かる、かも」
すると和泉は強張らせていた肩でふうと息を吐き出し、ようやく俯いたまま「ありがとう」と眼鏡をかけ直した。黒縁眼鏡の野暮ったいいつもの和泉になると、ふーっと細く長い息を吐き出して「今のは」とぼそぼそと言う。
「そんな、いつもしてるとかじゃ、なくて」
「うん」
「学校でしたのは初めてだし、というか、それ自体初めてだったし、まだしてないし」
「うん」
「俺が、なにを言いたいかというと、姫宮さんが来てくれて、よかった、ってこと」
あたしは「うん、分かった」とこっくりと頷いた。
「今度罰掃除になったらもうちょっと早く来るね」
すると和泉がぱっと顔をあげてこちらをまじまじと見た。そして顔を和らげてくすっと笑う。
「また罰掃除をする予定なの?」
あたしも同じくらい笑ってみせた。
「超ムカつくけど、ウチ、先生から目つけられてるっぽいし」
あたしはわざと下から覗き込むように和泉を見た。
「でも、見た目って重要なんだなって納得するほど、ウチ、青春を諦めてないし。イズミン、こんな見た目のウチでも中学の頃はクラス委員長だった、って言ったら信じる?」
案の定和泉が「えっそうなの?」と驚いた顔に変わる。
「ううん、めっちゃ嘘。図書委員でカウンターの下でこっそりマンガ読んでた。ブラック・ジャック、お金の取り方がエグすぎてウチじゃ頼めないなって思った。ちなみにさっきの架空彼氏の情報も全部でたらめ」
すると和泉は、一転「姫宮さんってやっぱり変わってるね」とははっと笑い出した。和泉から笑顔を引き出せたことに安心し、あたしは「さて」とほうき等を指さす。
「イズミン、今日もバイト? ウチの罰掃除、手伝ってく? 今日のお礼はピーチティーになるけど」
すると意外なことに和泉は「それ、昨日飲んだよ」と言った。そしてこちらを見てにっこりする。
「俺はその隣のアップルティーを飲もうかな。昨日姫宮さんが画像をくれて、気になったから。掃除が終わったら一緒に買いに行く。今日はバイトないから」
思わず「ホント?」と聞き返すと、和泉は眼鏡を押さえて笑い、掃除道具が入ったグレーのロッカーを開けた。埃っぽい実験室が急に明るくなった気がする。あたしはうきうきで「ちょっと空気の入れ換え!」と窓を開けようとした。だが、水道場が手前にある実験室の窓のクレセント錠に手が届かない。つま先立ちでそれに手を伸ばすと、「はい」と後ろから和泉の手が伸びてきてそこをカチャンと回した。その手が骨張っていて大きい。
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体がかあっと熱くなって、教室のほうを振り向くのが難しい。「風、気持ちいい!」と窓のから入ってくる湿気交じりの新鮮な空気を吸うと、後ろでくすりと笑う声がしてほうきが床を撫でる音がした。
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