バルタゴ戦記

カササギ

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ゼリス

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「話があるんだが。」
そうヤルが言ってきたのは次の日だった。


ヤルの後ろに少し背の低い、痩せ細った少年がいた。
くすんだ髪は恐らくブロンド、目は灰色がかった青をしている。

「わりぃが、俺の代わりこいつを育ててくれないか?
前にその……護身術を教えてくれるとおめぇ言ってただろう?」


「ああ、良いよ。でもヤルは覚えないで良いのか?」

「うん。俺には残念ながら荒事の適性はなさそうだ。冒険者としてやっていくのは無理だな。

それに比べこいつはシーフとしての筋も良いし、俺みたいな躊躇(ためら)いがない。

将来冒険者になりたいとも言っているしな。

だからよろしく頼む。お前へ技を教えるってのは、俺が責任持ってするからよ。」
そう言ってヤルは頭を下げた。



「お前さえ良ければ問題ない。」


「助かる。そうと決まれば、おめぇ挨拶しな。こいつは隼人って言う。半端なく強ぇぞ。ちゃんと鍛えて貰え。」


「ゼリスだ。」
ボソボソした高い声で彼は呟いた。


これがゼリスとの出会いだった。
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(しかし、今まで見た事がない顔だな。『能無し』のやつらはほぼ知っていたはずなんだが。
新入り?
……にしては線が細すぎる。)

察したのかヤルは話を続けた。
「お前が知ってるかどうか分からんが、昨日3人戻らなかった。補充で急遽『さらし』から回されてきたうちの一人がこいつだ。」

「知り合いか?」


「ああ。俺のギルドの奴だ。
数合わせなんだろが、奴らもムチャしやがる……
こいつがせめてここで生き残れるようしてやりたい。」

横をみるとゼリスは下を向いている。

(向こうでいうと精々中学生位か……可哀想に。)

「おい、ゼリス。うつむく間なんてないぜ。お前には率先して魔物を狩ってもらおうと思っているからな。」
と俺は声をかけた。

「おいっムチャ言うな。」
とヤルが驚いた顔で俺を見る。

「ヤル、こいつの身体を見てみろ。ノルマを果たせると思うのか?」


「それは、俺が……」


「こいつのノルマを肩代わりするってか?」


ヤルが狩りに参加するのを止め、ノルマに専念するとしたとしても一人で二人分のノルマはまず無理だろう。そして仮に終えることが出来たとしても体力が続かない上、

重い荷物を持ってる最中に魔物と遭遇(エンカウント)する可能性があることを考えると現実的ではない。

ヤルは俺を睨み、そして目を反らした。
「だけど、やるっきゃないだろうが」
ボソッと呟いた。

「意気込みだけでなんとかなる場所か?ここは。」
とヤルに聞く。

「僕はやれる。」
ふいにゼリスが横から口を挟んだ。

「ああ、やれるだろうさ。
行きはな。
でも帰りはどうだ?
行きの荷物の倍の重さはあるぞ?」


「やれるったら、やれる。」


(意外と頑固だな。)


「じゃあ試しにこの荷物2つ持ってみろ。」

ゼリスは黙って俺から荷物を奪い、
そして案の定2,3歩よろよろ歩くとこけた。

駆け寄り
「大丈夫か?」
と抱きおこそうとすると、

「ぼ、俺に気安く触るんじゃねえ」
と殴りかかって来た。

(ヤレヤレ……逆切れか……

しゃあない。)


身体を半身にし、攻撃をいなす。と同時に足を軽くかける。


そしてゼリスは……綺麗にすっころんだ。


そして
地べたにへたりこみ泣きそうな顔をした。


「ゼリス、そりゃあ分が悪いわ。

こいつ強いって言ったろう? 

隼人も当たってやれよ。大人気ない。」


(こいつもムチャクチャ言うな。)



「俺は黙って殴られる趣味はない。
男の意地って言うのも分かるが、自分の力量と相手の力量を推し量れるようになってからかかってこい。俺の祖国のことわざで『敵を知り、己れを知れば百戦危うからず』ってものがある。
逆に言えば、自分の力と相手の力量をちゃんと測れなければ負ける可能性があるってことだ。
まだ君は若いし、伸びしろは大きいから頑張ると良い。」
(決まった。)

「…………」 

ゼリスは黙って俺を睨み続けている。

「あちゃー」とヤルはお手上げとばかりに肩をすくめる。

(こいつもフォロー入れろよ。
確かにちょっとやり過ぎたのは認めるが……)

暫くそのままの状態が続いた後、
俺はいたたまれなくなって、話の口火を切った。

「で、提案なんだが、
俺が暫くゼリスの分のノルマを肩代わりする。その代わりさっき言ったように、狩りは楽させて貰う。
狩りまで全力で動いたら、流石の俺も体力が持たないからな。」
と多少おどけて言った。

「おいっ……」
とヤルが何か言おうとするが
手でそれを制止する。

「これはゼリスと俺の言わば『契約』だ。部外者のヤルは口を挟まないでくれ。
こいつの意思を尊重したい。」

ゼリスは目を上げ、しばし悩んだ後
強い目で頷いた。

「契約成立だな。」
そう言って俺はぜリスに握手を求めた。

「パシッ」

返ってきたのは
「つるむつもりはねぇ」
の一言だった。


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実は階位(レベル)が上がったこともあり、ノルマをこなすことだけなら、それほど負担では無くなっていた。

多分、セメント袋を2つ抱え全速力で片道駆け抜けろと言われたとしても何とかなる位にはなっていたと思う。

(絶対やりはしないが。)

ヤルもここ最近の戦闘で階位が上がったらしく、素早さが格段に上がっていた。

それ故二人だけで行動していた時には問題がなかったが、ゼリス参加で問題が炙りだされることとなった。


肝心のゼリスが俺とヤルのペースに
ついてこれないのだ。

「セメント袋もないのに」である。
これはこれで大問題であった。

この鉱山では野営地と出口それぞれにチェックポイントがある。

荷物を運び終わる度、必ず本人が検査員から受け取りのサインを貰うシステムになっており、他人が代わりにサインを受けることはできない。

つまりは、だ。例え俺が荷物を運んでも、ゼリスの歩くペース以上の速度でノルマを終えることが出来ないと言うことになる。

鉱道の中は起伏に富む為、例え5kmと言えどもゼリスだと片道一時間はかかる。これを8往復16回単純に繰り返すとして16時間。休憩も入れるとざっくり18時間はかかる計算だ。睡眠を考えた場合、狩りに当てられる時間は1日に精々1時間あるかないかである。しかもその1時間のうちに上手く敵に遭遇(エンカウント)出来ればましな方である。

ヤルと俺はゼリスが歩いている間に、狩の時間を捻出することは可能だが、ゼリスは違う。ましてや万一歩いている最中に敵にエンカウントしたら身を守るすべも無い。
(非効率極まりないし危険だ。)

ゼリスが戦闘経験を積み、階位が上がればペースがあがって、狩りに当てる時間も徐々に増えるはずだが。
何せその機会があまりにも少ないのだ。

「せめて狩りはノルマ前にしよう。
上手くいけばゼリスの階位を上げてから、ノルマに入れる。そうすれば多少ともノルマが楽にこなせるようになるだろう。」
と俺は提案した。

「そうだな。そっちの方がまあ、効率的だあな。」
良い案とばかりにヤルも同意する。


「良いな?」
ヤルの目を見て確認する。


「言っても俺の意見は通るのかよ?」
と返ってきた。

(ヤレヤレ。先行き多難だな。)

「おいゼリス、お前は反抗期か。やるかやらねぇかはお前次第に決まってるだろ。
それにお前の気持ちも分かるが、こいつはお前に武術を教えてくれようとしてくれている。いわばお師匠さまって奴だ。少しは態度をわきまえろ。」
と言いつつヤルはポンとゼリスの頭を軽くはたいた。

「ヤルの兄貴悪かった……態度は改める。

ゴメン。」
(こいつ、ヤルに対しては素直だな。って言うかむしろ謝られるのは俺じゃないのか……?)
と心の中で突っ込む。

「許しをこう相手は、あっちだろ。あっち」
とヤルは面倒臭そうに俺を顎でさす。

「お前の意見通り、先に狩りで良い。悪かったな。」
ゼリスはこれだけ言った後、目をそらした。

「…………」
(謝ったんだよな?こいつ謝ったんだよな?)
先行き不安のまま俺たちは狩りを開始した。
    
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