バルタゴ戦記

カササギ

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□◼️□◼️□◼️□◼️

間が悪い時と言うものもあるもので、それから3日間ゼリスの狩りの時間に限って獲物が出なかった。
そして4日目

「すまない。」
俺は二人に頭を下げた。出る気配が一向にないのだ。

「こいつばっかりは隼人のせいじゃあねぇよ。たまたまだ、たまたま。時期が悪いのだと思うぜ。

……と言っても、万一このままの状態が続いたとしたら確かにまずいな。」


俺も頷く。


「湧くのが止まってる訳じゃなさそうだな。」
実際俺とヤルだけの時はそこそこ湧いている。

「仕方あんめぇ。」
ヤルが重い口を開いた。

「他に良い案、無いんだろ。ついてきな。」
何かヤルは宛があるのだろう、歩き出す。
是も非もなく、俺達はついていくことにした。

そして着いた場所は……
ヤルの「秘密の小部屋」だった。

ランプをつけ、ヤルに話を促した。
ゼリスは興味深そうにキョロキョロ見ている。

「で、何か案があるんだろ?」


「ああ。」
ニヤリとヤルは笑う。


「そこのロックチェア横の壁、良く見てみな?」


そう言われて良く見ると小さな突起がある。言われない限り気付かない程度の突起だ。


「ゼリス頼む。」


ゼリスは頼まれたのが嬉しいのか、嬉々としてロック解除を開始した。
そして2分も経たないうちに隠し扉は開いた。


「上手くなったな」
そうヤルが声をかける。
本人はちょっと得意そうだ。
(分かりやすいな。)


「ここは?」


「地下に繋がる通路さ。下がると獲物が大量に湧く場所がある。」


「そいつは有難いな。でもなんで今まで教えてくれなかったんだ?」


「お前、もし前にこの場所を知っていたとしたらどうする?」


「そりゃあ、毎日潜るさ。」


「だからだ。」
肩をすくめ、ヤルは言った。



「悪いがここを使うに当たって条件を一つつけさせてもらう。」
とヤルが言った。

「どんな?」

「潜る時間についてだ。1日最高16時間をMax にする事と、5日に一回は休養日をきちんと取ることの二つは守ってもらう。
決めておかないとお前らダンジョン内に泊まりかねねぇ。
隼人が強いのは分かっているが、集中力は続かないもんだ。その綻びが出た時のつけが怖い。」

特に異論がないので頷く。横を見るとゼリスも頷いていた。


「分かったみたいだな。じゃあ潜るぞ。」
とヤルが言う。


「ちょっと待ってくれ。」


「何かあるのか?」


「その前に……これをお前に貸す。」
そう言って俺はゼリスにナイフを手渡した。


「あくまで貸すだけだ。全員の生存率を上げる為に、おまえの戦闘力あげないとな。そんな切れ味の悪い黒曜石のナイフじゃ満足に戦えないだろう?
ただ、獲物を捌く時は借りるからな。」


「…………お前はどうするんだ?」
ゼリスが訝しげな顔をする。


「いらない。と言うより必要ない。」
と答えたら、なおさらに怪訝な顔をされた。


「こいつは素手で獲物を狩るからいらねぇ。心配せず受けとっておけ。」
とヤルが横から口を挟む。


(そんな言い方だと、ぜってぇゼリスは誤解するぞ)

案の定
「バーバリアンだ。こいつぜってぇ野蛮人(バーバリアン)だ。」
と呟く声が聞こえた。


俺はとりあえず無視することにした……
気にしたら負けだし きっと。


そんな一幕の後、俺たちはいよいよ地下に向かうことにした。
下に続く階段を一段一段注意深く降りていくと平らな道に出る。人一人がかろうじてすれ違える位の道だ。


「ここを10分ほど歩くとホールに出る。前回俺が潜った時はそこに大量のゴブリンがいた。」
とヤル。


「広い場所だと囲まれた場合対処が厳しいな。」


「そうだ。どうする?」


「少しずつ釣りだす。」


「まあ、そうだろうな」


「まずは、ヤルとゼリスで注意を別の方に逸らしてくれ。風魔法は?」
そう言ってゼリスを見る。


「使える」
と一言。


「いつも通り小石でいいか?」
とヤルが聞いてくる。


「ホールの大きさにもよるよな。まあ、ホールまでみなで偵察へ行こう。」


ホールの入り口まで息を潜めて歩き覗きこむ。かなりの広さがあり、半径200m程のすり鉢状に広がっているようだ。

その中に20匹ほどのゴブリンがうろうろしており、良く見るとホールの反対側にも通路らしきものがある。

「あの緑色の子供みたいのがゴブリンなのか?」
とゼリスが聞いてくる。

「子供?ああ。遠見ではそう見えるか。顔を見てみろ悪魔のような顔をしてるぞ。。腹が出ていて小太りに見えるが敏捷性も高い。体格は小さいが、子供みたいに見えると侮っていると足元を掬われる。特に爪と黒曜石のナイフに注意するんだ」
そうヤルがゼリスに指導しているのが聞こえた。


(広すぎて小石程度じゃ意識を反らすのは無理だな。よし決めた。)


「俺が注意を反らす(タゲをとる)」


「どうやってだ?」


「あの真ん中を突っ切って向こうの通路まで駆け抜ける。」


「おまえ馬鹿だろ?」


「馬鹿だ……絶対馬鹿だ。」
ゼリスが呟く。


「無論、ゴブリンの敏捷性が高いのは知っている。」


「ならどうしてそんな馬鹿な事をする?」


「敏捷性が高いっても、おまえらシーフほどじゃないだろ?」


「ああ」


「なら大丈夫だ。敵はバラけているし。俺がタゲ取ったら、潜んで一匹ずつ後ろから刈っていってくれ。撤退のタイミングはヤルに任せる。じゃあいくぞ。」
そう言うと俺は飛びだした。


「セヤァァァァァァァァァァァァァァ」
腹の底から声を出し駆け抜ける。

中にいたゴブリンは呆気に取られ、初動が遅れた。

我に返った個体がやっと進路を防ごうと
向かって来たが、勢いがついた俺を誰も止めることは出来なかった。

(狩れる個体は適当に狩って、間引くか。)
反対側の通路まであとちょっとのところで俺は反転した。

バラけていたこともあり、奴らはバラバラと向かってくる。
(一対一なら負けない。後ろの退路も確保した。多少数はいるがゴブリンだしな)
見ると反対側でゼリス達が狩始めたのが分かった。


(ゼリスも意外とバックスタブが様になっているな。)


一匹ずつはすでに刈ったようで二匹目に入っているようだ。三匹目を狩った段階でヤル達が引き返していくのが見えた。

(タゲの役割は無事果たせたようだな。残り十匹程度。そろそろ殲滅するか。)


そう思った時であった。


ゴオン

突然 爆音とともに目の前に火の玉が飛んでくるのが見えた。
俺と相対しているゴブリンが火に包まれ、
煙で視界が遮られる。

ゴブリンが一斉に振り返るのが分かる

(後方から味方?
二人が撤退したのは確かに見た……
新たな味方が来るなんて考え難い。)

そして、煙が晴れ目の前に広がっていたのは

絶望だった……

ホールを囲む壁の地肌より、わらわらわらわら沸きだすようにゴブリンが出てくる。


(そういやヤルのやつ、前回来た時「大量の」ゴブリンがいたとほざいていたな。
20匹程度じゃ大量って言わない……か)
今更の様に己の愚かさを呪う。

そして、その集団の中には杖を持った奴までいた。
(火の玉打ったの、もしかしてこいつか?)
イタズラが成功したガキみたいにニタニタ笑っている。

(こいつ味方を巻き込んで……笑っていやがる……


まぁ魔物にそもそもモラルを期待する方がおかしいか。
味方を気にせず、バンバン火の玉(ファイアーボール)を打ち込んでくる可能性もあるってことだな?



改めて分かったのは、状況が最悪だってことだ。


まあ、そんな中でも唯一の救いがあるとすれば……

二人が撤退してくれた後だったってことだな。

最悪死ぬのは馬鹿一人……か。
シャアない足掻くとするか。)

ヤル達を巻き込まないで済んだことだけにはホッとする。

(さて、そうと決まれば……)
背後の通路に飛び込み、後ろも見ずとにかく全速力で逃げる。

背後から「ギャアギャア」と喚く声が追いかけてきた。


狩る者から狩られる者に変わった瞬間だった。
(どんな強くても流石に数の暴力には勝てないからな。ここは100%撤退の一択。三十六計逃げるに如かずってね。アバヨー)

逃走の際、所々の曲がり角で影に潜み急襲をかける。
それが奏効したのか、明らかに追跡速度が鈍ってきたのが感じられた。
ただ、さすがにこちらも無傷でとはいかなく、かすり傷をあちこちに負い始める。

(いつ限界がくるかだな。)
せめてもの救いは、通路が狭い為、変わらず一対一に近い状態が保たれているってことだ。

(問題は……
この先も狭い通路が続く保証がないってことと、あの気違い火の玉野郎が追手にいる可能性の二つだな。)

そしてこの10分後、俺はもうひとつの可能性を失念したことに気付かされることになる。

◼️□◼️□◼️□◼️□

(何とか振り切ったか?)

俺に向かっていた気配が、ある時からパタっと止んだ。

2~3分ほど様子を見てから、地べたに座り込む。
(当座、生き残ることができた……
ただ、水も食料も支援も無しか。道を戻る選択肢がない以上進むしかないよな。)

何とか気力を振り絞り立ち上がる。

「よし、行くか。」
独り言が自然と出た。先はまだ長い。
(体力がある内に少しでも進まねば。)

それからさらに数分、通路を歩いて行くと、遠くに明かりが見えた。

慎重に歩を進める。

かがり火のようなものが通路の両端に焚かれている。

「野営地に出られたのか?」
仄かな期待が浮かぶ。

そしてそんな期待が吹っ飛ぶのも、また一瞬だった。

「フガフガフガ」
そんな音を発しながら何かが、かがり火に向けやってくるのが見えた。

臭いをどうやら嗅いでいるらしい。
遠目で見ても背が高く、ガッチリしている様に見える。


そして丸太のような腕には大きなハンマーを携さえている……

「額に角ありと。」
(こりゃあオーガと言う奴に間違いないな)
本能は、こいつと戦っては駄目だと囁いていた。


不意にオーガは頭を上げ、こちらを見た。
「ヴォーーーー」



(気付かれた?)



駆け寄ってくる気配がする。



(ヤバい……)



本能が危険を告げ、もと来た道をかけ戻ることにした。


バタバタバタ
すぐ後ろより、追手の足音が響く。


(意外と早い。前門のゴブリン、後門のオーガってやつか? 完全な挟撃状態って訳だ。)


残念ながら磨り潰される未来しか浮かばなかった。

「でも……」


走りながら打開策を考える。
(考えろ、考えろ、考えろ……

待てよ?ゴブリンが俺の追跡を締め途中で引き返した理由はもしかして?
だとしたら?)
生き残る為の細いルートが浮かぶ。

(問題はその作戦を行うのに良い場所があるかだ。)

後を気にしつつ適当な場所を探す。
(なるべくゴブリンの巣に近いところがベストだな。)

考えながら走っていると、いつの間にやらオーガの足音は聞こえなくなっていた。


(よし、やつら(オーガ)は俺より足が遅い。

それに巣から一定の距離が離れると引き返していくようだ……)

そろそろゴブリンの巣か……
意識的にスピードを落とす。

そして……俺は足を止めた。

(よしっ)

運命の女神が俺を見放していなかったのか、作戦に都合が良い場所が見つかった。

(ベストでは無いがまあ、ベターと言った感じだな。出来ればもう少し天井が高い方が良いのだが……)

場所が決まるとトンネルの壁に手をかけ、ボルダリング(フリークライミングの一種)の要領で通路の天井近くまで登った。

壁は剥き出しの岩でできている為、意外とホールドするのに苦労しない。
天井付近には、おあつらえ向きに隙間(ヒビ)が横に走っている。


身体を一時的に押し込めそうだ。

(体全部は入りきらないか……

でもここより良さそうな場所もなさそうだ。)
とりあえず見切り発車することとした。

降りた後、数度登り降りを繰り返し咄嗟に登れるようにした。

(さあ、正念場だ……)

気を引き締めて俺はオーガの巣に向かった。

遠くにかがり火が見えると、身体が緊張し強張る。そして手に震えを感じた。


(正直怖い……でもやらなきゃお陀仏だ。)
手頃な大きさの石を数個手に持つ。
顔を張り気合いを込める……


(よしっ)

『突入』

『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』
腹の底から声を出し叫ぶ。
かがり火を蹴飛ばし、付近にいる
オーガに石をぶつける。
またたく間にオーガ数十匹が湧いて出てきた。

そして……


それを脇目にして俺は一目散に逃げだした。


「バタバタバタバタバタバタ」
オーガ達は遅れてついて来る。


(距離は付かず離れずだな。)


オーガが帰巣しないように時々、
『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』
と叫び、石を投げる。


ダダダダダ


(トレインの一丁あがり!)


『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』


『ヒョイヒョイ』


『ダダダダダ』


『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』

勢いは止まらない。


そろそろ?

スピードを上げ、オーガを引き離す。


今度はゴブリンだ。


トップスピードを上げ、ゴブリンの巣に飛び込む。

『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』
ワラワラいるゴブリンどもが俺を見つめ……
そして、予定どおり追いかけて来た。

どん。どん。と凄い音がして火の玉が飛ぶ。



先程練習した場所に近づく。


『ヨシッ』

慌て這い上がる。ヒビに体を押し込み


『セヤァァァァァァァァァァァァァァ』
とオーガを呼ぶ。


『ヴォーーーー』
とお馴染みのオーガ集団が現れる。

そして、何故か走り過ぎずに
俺の下辺りで周りをキョロキョロし、臭いをかぎ始めた。
(マジか?さっさと行きやがれ……)
手に力を込めたせいか

小石が……落ちていく……


「コツン」

そして、オーガの視線は俺に向いた。


ニヤッと奴らが笑うのが見えた。

(もうやけだ。)

『セヤァァァァァァァァァァァァァァ
セヤァァァァァァァァァァァァァァ
セヤァァァァァァァァァァァァァァ』
声の限り叫ぶ。

そして、奇跡は起こった。

俺の叫び声に釣られゴブリンが勢いのまま突っ込んできたのだ。

『ギャッギャッギャッ  ギャッーー』

『ヴォーーーー』

ゴブリンは勢いを殺せず、次から次へとオーガに突っ込んでいく。

瞬く間にゴブリンとオーガの間で戦闘が始まった。

人数が多いとは言え、体格差は埋められず
だんだんオーガによる大量虐殺の様を呈してきた。

『ぎゃいぎゃいぎゃい』

今までの叫びとは明らかに違う鳴き声と共にゴブリンは巣に向かい撤退を開始した。

オーガはそれを追撃していく。

(俺のことなどもう眼中に無いんだろうな。)


気がつけば、先程までの喧騒は消えこの空間に残っているのは俺だけとなっていた。


(このチャンスを逃さないようにしないと)


ゴブリンの巣に向かう。


トンネルの出口から巣の方を見ると
オーガへ鈴なりにゴブリンがぶら下がっているのがみえる。
そしてそのオーガへ火の玉(ファイアーボール)がぶち当たっていく。

(ゴブリンもなかなかヤルな。)
オーガ一匹にゴブリンは最低8匹はついている。

(これはもしかして。ゴブリンが押しているのか?)

ただし、拮抗しているように見えたのはわずかの間で、徐々にまたゴブリンは体格に勝るオーガに押され始めた。

『ケーゲッ』
異様な鳴き声と共に、一斉にゴブリンは
すり鉢状のドームを囲む壁部分の
所々空いた隙間(ヒビ)へと逃げ込み始めた。

(ゴブリンの巣はあの中なのか。)

もちろんオーガの体格では潜れず、手を突っ込んだり、斧を差し込んだりして掻き出そうとしているのが見える。

(今がチャンスか……アバヨ~)
奴ら(オーガ)がゴブリンに気を取られている間に、後ろをそっと駆け抜ける。反対のトンネルにたどり着き、一気にかけ上がった。
(死地より生還だな。)
成し遂げた達成感と泥のような疲労感が襲う。

地下への扉は閉まっていた。
ただ、仕掛けが開かないか、あちこちを触ったところ不意に開いた。

「ずいぶん遅かったな?」
ヤルが顔を覗かす。

「うるせい。門限は守っただろう?」
なんとか軽口を叩く。

「まあ……な。」


ニヤリとヤルは笑う。


「結果は?」


「上々。ゼリスの階位はちゃんと上がったぜ。」



「ああ良かった。」


「お前、なんかまあ、ぼろぼろだぜ?」


「そうか。ただな、ちょっと疲れた。」
そう言って俺はへたりこんだ。




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