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覚えのない記憶
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「えっ、イ、イルマ!?ご、ごめんねっ」
慌ててイルマの上から退いて、手を引っ張って起こしてあげると、涙目のイルマが私を見て、そして私の後ろを見て、固まる。
釣られて後ろを振り返ると、表情の消えたエルフィード王子がイルマをじっと見据えていた。
「―――イルマリア。ここで何をしている?聖女が滞在中は、来城を控えるよう、告げたはずだ。それなのになぜここにいる?しかもそのメイド姿は何だ?」
こっちまでゾクリとするような冷えた声に、イルマはぷるぷると小刻みに震えた。
「あっ、あの、これは!」
何かを言い繕おうとしたイルマは、そこでグッと唇を噛みしめると、拳を握りしめて思い切ったように叫んだ。
「そ、それより、エルフィード殿下!どういう事なのですか?先ほどおっしゃっておられましたわねっ!?聖女を抱くのは自分であるべきと!勇者のステータスを上げる儀式とは、やっぱり、そ、そ、そういう事なのですかっ!?」
「・・・それは前にも言っただろう。女神との誓約で明かせないのだと。それにそなたが気にする必要など一切ないとも言ったはずだ」
エルフィード王子が、はぁ、と小さく息を吐いて面倒臭そうに言い放つと、
「でっ、でもっ!私達は結婚を約束した間柄で!私はエルフィード殿下の事を、心からお慕いしているんですのよ!?気になるのは当然ですわ!」
イルマは悲痛な顔でそう言った。
え?
一体どういうこと?
イルマは本当はイルマリアって名前で、メイドじゃないの?
それに結婚を約束って、婚約者ってこと?
ああ、だからあの時、『儀式』の内容を詳しく知りたがったんだ・・・
口が挟めず黙ってやり取りを見守っていると、エルフィード王子は氷のように冷たい表情のまま、言った。
「・・・イルマリア。前々から言っているように、私はそなたには興味も関心も抱けない。私にとってそなたは、ランベルク家と王家の繋がりを強化する為に決められた、名ばかりの婚約者でしかない。見なかった事にしてやるから、早々に家に戻る事だ。これ以上聖女の事に首を突っ込むなら、私にも考えがあるからな」
「・・・っ!」
イルマはそれを聞くと、両手で口を押えて走り去ってしまった。
・・・何これ。
今のちょっとした一幕でも分かる。家同士で決められた婚約者だろうと、イルマは本当に王子のことが好きなんだろう。メイドのふりをして私を案内した時も、儀式の内容を必死に聞き出そうとしてたもんね。
なのに王子の冷たい態度と来たら、見ている私ですら心臓が痛くなるくらいだった。
ましてや、好きな相手にそんな態度を取られたイルマは、私よりもっと胸が痛かったに違いない。
複雑な思いでいると、エルフィード王子が口を開いた。
「・・・すみません。見苦しい所を見せてしまいましたね。色々と話したい事はありますが、もう時間です。行きましょうか」
今の騒ぎで少しクールダウンしたのか、さっきまでの狂気じみた言動はなりを潜めていた。
さすがに、今までと同じようには仮面は被れないらしくて、ちょっと疲れの滲んだ顔に無理やり笑みを張り付けている。
それを見ると、エルフィード王子の人間ぽさを感じることが出来て、さっきまでの恐れは少し、消えた。
平和な日本で生きてた私には分からないけど、家同士の繋がりの為に決められた婚約とか、王太子の立場とか、きっと、ものすごく重たいんだろう。
さっきの激情に駆られた王子には正直引いたけど、何か色々我慢してるから、何かのきっかけであんな風に出て来ちゃうのかもしれない。
そんなことを考えて、思わずじっと王子を見つめてしまっていたら、エルフィード王子が困ったように笑った。
それは、何も偽ってない素の笑いに見えた。
「はは・・・さすがに驚きましたよね。貴方にこんなみっともない姿を曝け出すつもりは、なかったのですが・・・何故でしょう。普段の私なら、あんな醜態を晒す事など絶対に無かったのに。やはりノアが聖女だからでしょうか。貴方の傍にいると、自分の内側に隠していたものが、無意識のうちに隠しきれずに漏れて行ってしまう気がする」
それは、本当かもしれない。
私のユニークスキル、『聖女の祝福』は、長期間一緒にいることで能力を引き出すってものだったし、例え短時間でも一緒にいると、その人の何かを引き出す効果はあるのかもしれない。
思いがけない王子の素直な、たぶん偽りのない気持ちを聞いて私は思わず言った。
「―――そうかもしれませんね。さっきは確かにちょっとびっくりしましたけど、もう、一回見ちゃったし、次はたぶん、あんまり引かないと思うから・・・私といる時だけでも素直に出しちゃったらどうでしょう?私には分からないけど、きっと王子様でいるって色々大変なんでしょう?あんまり我慢してると、ある日突然爆発することだってあるし・・・」
その時、ふいに何かの記憶がフラッシュバックのように脳裏を過ぎった。
『―――そんなに我慢しなくていいよ。私といる時だけでも自分を出しちゃえ!私、けっこう器大きいんだよ?』
笑いながら言う私に、
『そんな事言ってくれるの、乃愛だけだよ、好きだよ乃愛・・・』
そう言って微笑む知らない誰か。
顔は黒く影になっていて分からない。
何?この記憶?
私、知らない。
こんな男の人も、こんなこと話したのも覚えてない・・・
でも、何だろう、すごく胸がドキドキする。ときめきとかじゃない、違う、これは――――
「ノア――――?どうしました?」
しばらく放心していたみたいで、気付くとエルフィード王子が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「―――あ、な、何でもない、です」
頭を振ってそう言うと、王子はまだ少し心配そうにしていたけど、ふっと笑った。
「ありがとうノア。あなたにそう言って貰えて、何だか少し気持ちが軽くなりました。まあ、『儀式』の件については後でカインも交えて話し合う必要がありますが・・・ね。さすがにあれは納得いきませんから」
「は、はは・・・」
にっこりと完璧な仮面を被り直した王子に、私は微妙な愛想笑いを返すのだった。
★★★★★
なかなか順調に書けてる・・・っ!ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
慌ててイルマの上から退いて、手を引っ張って起こしてあげると、涙目のイルマが私を見て、そして私の後ろを見て、固まる。
釣られて後ろを振り返ると、表情の消えたエルフィード王子がイルマをじっと見据えていた。
「―――イルマリア。ここで何をしている?聖女が滞在中は、来城を控えるよう、告げたはずだ。それなのになぜここにいる?しかもそのメイド姿は何だ?」
こっちまでゾクリとするような冷えた声に、イルマはぷるぷると小刻みに震えた。
「あっ、あの、これは!」
何かを言い繕おうとしたイルマは、そこでグッと唇を噛みしめると、拳を握りしめて思い切ったように叫んだ。
「そ、それより、エルフィード殿下!どういう事なのですか?先ほどおっしゃっておられましたわねっ!?聖女を抱くのは自分であるべきと!勇者のステータスを上げる儀式とは、やっぱり、そ、そ、そういう事なのですかっ!?」
「・・・それは前にも言っただろう。女神との誓約で明かせないのだと。それにそなたが気にする必要など一切ないとも言ったはずだ」
エルフィード王子が、はぁ、と小さく息を吐いて面倒臭そうに言い放つと、
「でっ、でもっ!私達は結婚を約束した間柄で!私はエルフィード殿下の事を、心からお慕いしているんですのよ!?気になるのは当然ですわ!」
イルマは悲痛な顔でそう言った。
え?
一体どういうこと?
イルマは本当はイルマリアって名前で、メイドじゃないの?
それに結婚を約束って、婚約者ってこと?
ああ、だからあの時、『儀式』の内容を詳しく知りたがったんだ・・・
口が挟めず黙ってやり取りを見守っていると、エルフィード王子は氷のように冷たい表情のまま、言った。
「・・・イルマリア。前々から言っているように、私はそなたには興味も関心も抱けない。私にとってそなたは、ランベルク家と王家の繋がりを強化する為に決められた、名ばかりの婚約者でしかない。見なかった事にしてやるから、早々に家に戻る事だ。これ以上聖女の事に首を突っ込むなら、私にも考えがあるからな」
「・・・っ!」
イルマはそれを聞くと、両手で口を押えて走り去ってしまった。
・・・何これ。
今のちょっとした一幕でも分かる。家同士で決められた婚約者だろうと、イルマは本当に王子のことが好きなんだろう。メイドのふりをして私を案内した時も、儀式の内容を必死に聞き出そうとしてたもんね。
なのに王子の冷たい態度と来たら、見ている私ですら心臓が痛くなるくらいだった。
ましてや、好きな相手にそんな態度を取られたイルマは、私よりもっと胸が痛かったに違いない。
複雑な思いでいると、エルフィード王子が口を開いた。
「・・・すみません。見苦しい所を見せてしまいましたね。色々と話したい事はありますが、もう時間です。行きましょうか」
今の騒ぎで少しクールダウンしたのか、さっきまでの狂気じみた言動はなりを潜めていた。
さすがに、今までと同じようには仮面は被れないらしくて、ちょっと疲れの滲んだ顔に無理やり笑みを張り付けている。
それを見ると、エルフィード王子の人間ぽさを感じることが出来て、さっきまでの恐れは少し、消えた。
平和な日本で生きてた私には分からないけど、家同士の繋がりの為に決められた婚約とか、王太子の立場とか、きっと、ものすごく重たいんだろう。
さっきの激情に駆られた王子には正直引いたけど、何か色々我慢してるから、何かのきっかけであんな風に出て来ちゃうのかもしれない。
そんなことを考えて、思わずじっと王子を見つめてしまっていたら、エルフィード王子が困ったように笑った。
それは、何も偽ってない素の笑いに見えた。
「はは・・・さすがに驚きましたよね。貴方にこんなみっともない姿を曝け出すつもりは、なかったのですが・・・何故でしょう。普段の私なら、あんな醜態を晒す事など絶対に無かったのに。やはりノアが聖女だからでしょうか。貴方の傍にいると、自分の内側に隠していたものが、無意識のうちに隠しきれずに漏れて行ってしまう気がする」
それは、本当かもしれない。
私のユニークスキル、『聖女の祝福』は、長期間一緒にいることで能力を引き出すってものだったし、例え短時間でも一緒にいると、その人の何かを引き出す効果はあるのかもしれない。
思いがけない王子の素直な、たぶん偽りのない気持ちを聞いて私は思わず言った。
「―――そうかもしれませんね。さっきは確かにちょっとびっくりしましたけど、もう、一回見ちゃったし、次はたぶん、あんまり引かないと思うから・・・私といる時だけでも素直に出しちゃったらどうでしょう?私には分からないけど、きっと王子様でいるって色々大変なんでしょう?あんまり我慢してると、ある日突然爆発することだってあるし・・・」
その時、ふいに何かの記憶がフラッシュバックのように脳裏を過ぎった。
『―――そんなに我慢しなくていいよ。私といる時だけでも自分を出しちゃえ!私、けっこう器大きいんだよ?』
笑いながら言う私に、
『そんな事言ってくれるの、乃愛だけだよ、好きだよ乃愛・・・』
そう言って微笑む知らない誰か。
顔は黒く影になっていて分からない。
何?この記憶?
私、知らない。
こんな男の人も、こんなこと話したのも覚えてない・・・
でも、何だろう、すごく胸がドキドキする。ときめきとかじゃない、違う、これは――――
「ノア――――?どうしました?」
しばらく放心していたみたいで、気付くとエルフィード王子が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「―――あ、な、何でもない、です」
頭を振ってそう言うと、王子はまだ少し心配そうにしていたけど、ふっと笑った。
「ありがとうノア。あなたにそう言って貰えて、何だか少し気持ちが軽くなりました。まあ、『儀式』の件については後でカインも交えて話し合う必要がありますが・・・ね。さすがにあれは納得いきませんから」
「は、はは・・・」
にっこりと完璧な仮面を被り直した王子に、私は微妙な愛想笑いを返すのだった。
★★★★★
なかなか順調に書けてる・・・っ!ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
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