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第一章 領地でぬくぬく編
第29話 女神、模擬戦をさせる
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春のそよ風に煌めく金髪がたなびく。修練場のベンチに一人腰掛けたローラは、ミリアたちの到着を待つ。
今日は、ミリアたちとの訓練日であったが、モーラが帰郷することから、休みにしていた。けれども、どうせモーラたちに指導するならばと、いつもの三人も修練場に呼び出すことにしたのだ。
モーラたちが、着替えなどの準備をしている間、ローラは一人、なぜこうなったのかと、いまさらながらに考える。いままでのローラであれば、面倒なことは避けていた。その実、ローラ自身、よくわかっていないのだ。
モーラが、あまりにもバカバカしい理由で夢を諦めるといいだしたからだろうか? いや、それはきっかけに過ぎなかった。何ともいえぬ感情が、ローラに作用したことだけは確かだった。
準備を終えた者から順に修練場に戻って来る。モーラは、当然一番だった。そこへ、ミリアとディビーも到着した。あと残るは、ユリアだけだ。
「よう、ローラ……様、栄えある領主さまの執事のスコットさんから仰せつかり、お召しによりまして参上仕りましてございます……」
最後にやって来たユリアが、普段通り声を掛けようとして踏み止まった。その場にダリルをはじめ、ローラの家族が勢揃いしていることに気付いたようだ。ただそれも、慌てて丁寧に喋ろうとしたものだから、変な感じになっていた。
(何やっているんだか、まったく)
カールパニートでは、言葉遣いに気を付けていると、自信満々のユリアだったが、期待を遥かに下回るユリアの敬語を聞いたローラは、大袈裟に肩を落としてガッカリ度を表現する。
「はぁ、いつものようにして良いのよ、ユリア。お父様、わたしたちは、義姉妹の誓いを立てているから気にしないでね」
義姉妹《義兄弟》の誓い――武に生きる者たちの間で交わされる誓いで、その間柄では、本来の身分制度による概念を軽減し、配慮した関係。
「なるほどな。そういうことなら構わないぞ」
実のところ、ダリルもある人物と義兄弟関係にあるらしく、理解があるのだ。ダリルの承諾を確認したユリアが、「よかったー」とほっと胸を撫でおろしている。
不敬罪に問われることを心配した、ということではないだろう。ユリアは、堅苦しい言葉遣いが苦手なため、そちらの方に安心したのかもしれない。
「それで、今日はどうしたの?」
ユリアが到着したため、ミリアが呼び出された理由をいつもの口調でローラに尋ねてくる。ユリアの件があるまで敬語で話していたミリアは、切り替えが早かった。
スコットには、「可及的速やかに修練場に集合せよ」と伝えるようにいっただけで、理由までは伝えていなかったのだ。
すると、ディビーが鼻をクンクンとひくつかせはじめる。
「魔力の残滓を感じる……」
「え、何それ?」
臭いでわかるものなのかしら? とローラは、ディビーの仕草から唖然としてしまう。おそらくそれは、ローラだけが思ったことではないだろう。その場にいる全員が、ローラに同調するように目を見張っていた。
「そ、それは、さすがと言うべきなのかしら?」
「……ん、何が?」
茶色の双眸を何度か瞬かせ、ライトグリーンのお河童頭娘が口元をへの字にしている。ことの凄さを全く認識できていないのだろうか。もう少し成長すれば、ローラも肌で大気中の魔力を感じられるようになるが、現状は無理だ。いや、いくら成長しても臭いで感じることは、女神であったときでさえできなかったのだ。
ローラは、神眼でも見通せない能力がディビーにあるのだろうかと、思わず背筋がゾクリとした。
「だ、だって、臭いで魔力を感じたんでしょ?」
ローラは、頼むから否定して、と思いながらも聞かずにはいられなかった。
「あ……それは、鼻がむずがゆかった、だけ」
そういうや否や、ディビーが鼻を摘まんで揉み始める。
沈黙――いや、春真っただ中にも拘わらず、木枯らしが吹き荒れた気がするのだった。
(そ、そうよね……ディビーに魔人の血が混ざっているかもしれないといっても、いくら何でもそんな訳ないわよね)
思わず、周りと一緒に乾いた笑いをしたローラは、でも……と思い直す。
どう感じ取ったかはべつにして、ローラが三〇分も前に行使した魔法の魔力残滓を感じ取れたことには間違いないのだ。ディビーに何やらスキルらしきものが芽生えていることにほくそ笑むローラであったが、今回の主役はモーラである。
モーラたちが面白い顔になっていることから、ローラが本題へと移る。
「まあ、正解をいうと、ファイアストームで魔法の待機と威力操作を実演したのよ」
途端、ミリア、ディビーとユリアの三人が、驚いた様子でローラに視線を向けた。三人の目が、「良いのか?」と訴えている。
「良いのよ。わたしの最愛のお姉様が、希望の翼竜騎士団に入団するためですもの。出し惜しみはしないわ」
「「「おぉおおー!」」」
やはり、花形騎士団といわれているだけあってか、翼竜騎士団の名に三人が感嘆のため息を漏らした。
「という訳だから、お姉様には申し訳ないけど、現在の実力を計るためにユリアと模擬戦を行ってもらいます」
「え? あ、うん、わかったわ」
モーラは、「何が、という訳なの?」といいた気な表情で慌てていたが、頷いてくれた。おそらく、皮鎧を事前に装備させられていたことから、状況を直ぐに理解したのだろう。
「よ、宜しくお願いします」
「ええ、宜しく」
モーラに頭を下げて挨拶したユリアも、早速準備に取り掛かる。
「ねえ、ローラ」
「なあに?」
ユリアが防具の最終確認をしている間に、モーラがローラの隣にやってきた。
「どの程度の模擬戦をやるつもりなの?」
モーラの確認は、当たり前のことだろう。常識的に考えると、天地がひっくり返ったとしても、ユリアがモーラに勝つことはない。九歳と一五歳なのだから当然といわれれば、当然ではある。
が、その差を埋められるだけのことを、この二年間でユリアはしてきた。
――無詠唱魔法と魔力操作の鍛錬。
さらにいえば、身体操作の能力もそんじょそこらの騎士にでさえ引けを取らないハズだ。少なくとも、ダリルとラルフなどの従者たちを除くと、ユリアに勝る男性は、テレサにはいない。門番でさえもだ。
「どの程度? それは……ああ、準備が整ったみたいですよ」
モーラの質問にローラが答えようとしたとき、どうやらユリアの準備も整ったようだ。
「ルール説明通りになさってください」
「そう、わかったわ」
ローラがモーラへ答えると、ユリアが近付いてきた。
「ルールは、模擬剣で有効打を与えるか、先に攻撃魔法を相手に当てた方が勝ちよ。ただし、ユリアは魔法を待機させた状態でお姉様に触れること……良いかしら?」
「あたしはそれでいいぞ」
「え、そんなあっさりと……」
明らかにモーラが絶対有利の条件にもそうだが、それを歯牙にも掛けずに承諾したユリアの様子に、モーラは驚きを隠せないようだ。むしろ、舐められていると感じたのかもしれない。モーラの頬が、痙攣しそうなほどにひくついている。
(うーん、お姉様には悪いけど、先ずは現実を知ってもらわないといけないのよね)
当然、条件が平等でないことをローラは承知している。むしろ、ローラからモーラへのメッセージでもあった。相手を子供だと思って油断したら足元をすくわれるわよ、というメッセージ。
「もしかして、いまの私では、ユリアちゃんに勝てないと思っているのね?」
モーラは、そこまでバカではないようだ。ローラの意図に気付き、モーラが悔しそうに歪んだ眼をローラへと向ける。
「いえ、近接戦闘では、お姉様の方が確実に強いと思います。でも……魔法で差が出ると思うの」
「そう……ね」
戦う前であるにも拘らず、早くも落ち込んだようにモーラが肩を落とす。魔法の詠唱が苦手だと自覚していても、それは仕方が無いことだ。むしろ、自覚しているからこそ、苦手意識がある魔法のことをはっきりといわれ、精神的ダメージを負ったようである。
(まあ、可愛がっていた妹からいわれたのだから、仕方ないわね)
ローラは、悪気があっていった訳ではない。敢えて意識させるためだったのだ。
一先ず、モーラから離れ、ローラがユリアの下へ歩み寄る。ローラが少し背伸びをして、「無詠唱だけは禁止よ」とユリアの耳元で囁く。そして、何でも良いから適当に詠唱するフリをするようにと付け加える。
まだ、その段階ではないという判断だった。
「それでは……始め!」
ローラの合図で模擬戦が開始された。
互いに身体強化魔法を使用した剣術戦へと突入する。目論見通り、身長と腕力に差があるため、傍から見ればややモーラが押しているように映っていることだろう。実際は、ユリアが身体強化魔法を巧みに操り、危なげなく攻撃を躱し、ときに剣を軽く当てていなしている。
こんなに打っているのに当たらない……何で! とでもいいたそうに、モーラの顔が焦りで次第に曇っていく。
剣を振るう度に、輝く金髪のポニーテールが忙しなく揺れ、モーラの乱撃が苛烈さを極める。それでも、ユリアはモーラの猛攻を防ぎつつ、口を動かして攻撃魔法の詠唱を行うフリをはじめた。
ユリアが詠唱をはじめたと勘違いしたモーラが、慌てて距離を取り、詠唱を開始する。
が、
ユリアが距離を詰め、攻撃に転じた。モーラの魔法詠唱を邪魔するためだろう。案の定、ユリアの攻撃を防ぐのに必死で、モーラは詠唱を中断せざるを得なかった。
あー、やっぱり、とローラは、予想通りの展開に結末が見えてしまったのだった。
ユリアは、剣を振りながらも口を動かし続け、待機状態に移行できたようだ。右手が真っ赤に輝いた。詠唱が完了した証である。
途端、ユリアが距離を取る。
ユリアの不自然な行動に、モーラの表情が困惑気味に曇る。ルールを思い出したのだろう。ユリアの勝利条件は、模擬剣で有効打を与えるか、魔法待機が完成したその右手で触れなければならない。
気の迷いが生じたのか、モーラの動きが止まる。
砂塵が舞った。
ユリアが、足の動きが止まったモーラのすきをつき、アクセラレータで一気に加速したのだ。瞬く間にモーラとの距離が詰まる。ユリアが、走りながら剣を左手に持ち替え、地面を削るように剣を下から上へと振り上げた。
(あっ、目潰しとは汚いわね。でも、上手い!)
飛び散った土が目に入ったのか、モーラは目を擦って慌てて距離を取ろうと膝を曲げた。が、跳躍姿勢で無防備となったモーラをユリアが逃さない。懐まで踏み込んだユリアが、モーラの左肩に右手をポンと乗せた。
「勝負ありぃ~」
ローラが、試合終了を宣言すると、ユリアが喜びを身体全体でジャンプして表現する。
一方のモーラは、負けたことに相当ショックを受けたようにその場に崩れ落ちてしまう。
後ろでダリルが汚いぞ! といっているが、これが実際の命のやり取りなら関係のない話である。ローラとしては、如何にしてモーラに近付くかがカギだと思っていたが、ユリアの機転に軍配が上がった。座り込んでしまったモーラに、ローラが一週間後の再戦を伝える。訓練するにも目的は大事である。つまり、モーラの闘争心に火をつけるために発破をかけたのだった。
今日は、ミリアたちとの訓練日であったが、モーラが帰郷することから、休みにしていた。けれども、どうせモーラたちに指導するならばと、いつもの三人も修練場に呼び出すことにしたのだ。
モーラたちが、着替えなどの準備をしている間、ローラは一人、なぜこうなったのかと、いまさらながらに考える。いままでのローラであれば、面倒なことは避けていた。その実、ローラ自身、よくわかっていないのだ。
モーラが、あまりにもバカバカしい理由で夢を諦めるといいだしたからだろうか? いや、それはきっかけに過ぎなかった。何ともいえぬ感情が、ローラに作用したことだけは確かだった。
準備を終えた者から順に修練場に戻って来る。モーラは、当然一番だった。そこへ、ミリアとディビーも到着した。あと残るは、ユリアだけだ。
「よう、ローラ……様、栄えある領主さまの執事のスコットさんから仰せつかり、お召しによりまして参上仕りましてございます……」
最後にやって来たユリアが、普段通り声を掛けようとして踏み止まった。その場にダリルをはじめ、ローラの家族が勢揃いしていることに気付いたようだ。ただそれも、慌てて丁寧に喋ろうとしたものだから、変な感じになっていた。
(何やっているんだか、まったく)
カールパニートでは、言葉遣いに気を付けていると、自信満々のユリアだったが、期待を遥かに下回るユリアの敬語を聞いたローラは、大袈裟に肩を落としてガッカリ度を表現する。
「はぁ、いつものようにして良いのよ、ユリア。お父様、わたしたちは、義姉妹の誓いを立てているから気にしないでね」
義姉妹《義兄弟》の誓い――武に生きる者たちの間で交わされる誓いで、その間柄では、本来の身分制度による概念を軽減し、配慮した関係。
「なるほどな。そういうことなら構わないぞ」
実のところ、ダリルもある人物と義兄弟関係にあるらしく、理解があるのだ。ダリルの承諾を確認したユリアが、「よかったー」とほっと胸を撫でおろしている。
不敬罪に問われることを心配した、ということではないだろう。ユリアは、堅苦しい言葉遣いが苦手なため、そちらの方に安心したのかもしれない。
「それで、今日はどうしたの?」
ユリアが到着したため、ミリアが呼び出された理由をいつもの口調でローラに尋ねてくる。ユリアの件があるまで敬語で話していたミリアは、切り替えが早かった。
スコットには、「可及的速やかに修練場に集合せよ」と伝えるようにいっただけで、理由までは伝えていなかったのだ。
すると、ディビーが鼻をクンクンとひくつかせはじめる。
「魔力の残滓を感じる……」
「え、何それ?」
臭いでわかるものなのかしら? とローラは、ディビーの仕草から唖然としてしまう。おそらくそれは、ローラだけが思ったことではないだろう。その場にいる全員が、ローラに同調するように目を見張っていた。
「そ、それは、さすがと言うべきなのかしら?」
「……ん、何が?」
茶色の双眸を何度か瞬かせ、ライトグリーンのお河童頭娘が口元をへの字にしている。ことの凄さを全く認識できていないのだろうか。もう少し成長すれば、ローラも肌で大気中の魔力を感じられるようになるが、現状は無理だ。いや、いくら成長しても臭いで感じることは、女神であったときでさえできなかったのだ。
ローラは、神眼でも見通せない能力がディビーにあるのだろうかと、思わず背筋がゾクリとした。
「だ、だって、臭いで魔力を感じたんでしょ?」
ローラは、頼むから否定して、と思いながらも聞かずにはいられなかった。
「あ……それは、鼻がむずがゆかった、だけ」
そういうや否や、ディビーが鼻を摘まんで揉み始める。
沈黙――いや、春真っただ中にも拘わらず、木枯らしが吹き荒れた気がするのだった。
(そ、そうよね……ディビーに魔人の血が混ざっているかもしれないといっても、いくら何でもそんな訳ないわよね)
思わず、周りと一緒に乾いた笑いをしたローラは、でも……と思い直す。
どう感じ取ったかはべつにして、ローラが三〇分も前に行使した魔法の魔力残滓を感じ取れたことには間違いないのだ。ディビーに何やらスキルらしきものが芽生えていることにほくそ笑むローラであったが、今回の主役はモーラである。
モーラたちが面白い顔になっていることから、ローラが本題へと移る。
「まあ、正解をいうと、ファイアストームで魔法の待機と威力操作を実演したのよ」
途端、ミリア、ディビーとユリアの三人が、驚いた様子でローラに視線を向けた。三人の目が、「良いのか?」と訴えている。
「良いのよ。わたしの最愛のお姉様が、希望の翼竜騎士団に入団するためですもの。出し惜しみはしないわ」
「「「おぉおおー!」」」
やはり、花形騎士団といわれているだけあってか、翼竜騎士団の名に三人が感嘆のため息を漏らした。
「という訳だから、お姉様には申し訳ないけど、現在の実力を計るためにユリアと模擬戦を行ってもらいます」
「え? あ、うん、わかったわ」
モーラは、「何が、という訳なの?」といいた気な表情で慌てていたが、頷いてくれた。おそらく、皮鎧を事前に装備させられていたことから、状況を直ぐに理解したのだろう。
「よ、宜しくお願いします」
「ええ、宜しく」
モーラに頭を下げて挨拶したユリアも、早速準備に取り掛かる。
「ねえ、ローラ」
「なあに?」
ユリアが防具の最終確認をしている間に、モーラがローラの隣にやってきた。
「どの程度の模擬戦をやるつもりなの?」
モーラの確認は、当たり前のことだろう。常識的に考えると、天地がひっくり返ったとしても、ユリアがモーラに勝つことはない。九歳と一五歳なのだから当然といわれれば、当然ではある。
が、その差を埋められるだけのことを、この二年間でユリアはしてきた。
――無詠唱魔法と魔力操作の鍛錬。
さらにいえば、身体操作の能力もそんじょそこらの騎士にでさえ引けを取らないハズだ。少なくとも、ダリルとラルフなどの従者たちを除くと、ユリアに勝る男性は、テレサにはいない。門番でさえもだ。
「どの程度? それは……ああ、準備が整ったみたいですよ」
モーラの質問にローラが答えようとしたとき、どうやらユリアの準備も整ったようだ。
「ルール説明通りになさってください」
「そう、わかったわ」
ローラがモーラへ答えると、ユリアが近付いてきた。
「ルールは、模擬剣で有効打を与えるか、先に攻撃魔法を相手に当てた方が勝ちよ。ただし、ユリアは魔法を待機させた状態でお姉様に触れること……良いかしら?」
「あたしはそれでいいぞ」
「え、そんなあっさりと……」
明らかにモーラが絶対有利の条件にもそうだが、それを歯牙にも掛けずに承諾したユリアの様子に、モーラは驚きを隠せないようだ。むしろ、舐められていると感じたのかもしれない。モーラの頬が、痙攣しそうなほどにひくついている。
(うーん、お姉様には悪いけど、先ずは現実を知ってもらわないといけないのよね)
当然、条件が平等でないことをローラは承知している。むしろ、ローラからモーラへのメッセージでもあった。相手を子供だと思って油断したら足元をすくわれるわよ、というメッセージ。
「もしかして、いまの私では、ユリアちゃんに勝てないと思っているのね?」
モーラは、そこまでバカではないようだ。ローラの意図に気付き、モーラが悔しそうに歪んだ眼をローラへと向ける。
「いえ、近接戦闘では、お姉様の方が確実に強いと思います。でも……魔法で差が出ると思うの」
「そう……ね」
戦う前であるにも拘らず、早くも落ち込んだようにモーラが肩を落とす。魔法の詠唱が苦手だと自覚していても、それは仕方が無いことだ。むしろ、自覚しているからこそ、苦手意識がある魔法のことをはっきりといわれ、精神的ダメージを負ったようである。
(まあ、可愛がっていた妹からいわれたのだから、仕方ないわね)
ローラは、悪気があっていった訳ではない。敢えて意識させるためだったのだ。
一先ず、モーラから離れ、ローラがユリアの下へ歩み寄る。ローラが少し背伸びをして、「無詠唱だけは禁止よ」とユリアの耳元で囁く。そして、何でも良いから適当に詠唱するフリをするようにと付け加える。
まだ、その段階ではないという判断だった。
「それでは……始め!」
ローラの合図で模擬戦が開始された。
互いに身体強化魔法を使用した剣術戦へと突入する。目論見通り、身長と腕力に差があるため、傍から見ればややモーラが押しているように映っていることだろう。実際は、ユリアが身体強化魔法を巧みに操り、危なげなく攻撃を躱し、ときに剣を軽く当てていなしている。
こんなに打っているのに当たらない……何で! とでもいいたそうに、モーラの顔が焦りで次第に曇っていく。
剣を振るう度に、輝く金髪のポニーテールが忙しなく揺れ、モーラの乱撃が苛烈さを極める。それでも、ユリアはモーラの猛攻を防ぎつつ、口を動かして攻撃魔法の詠唱を行うフリをはじめた。
ユリアが詠唱をはじめたと勘違いしたモーラが、慌てて距離を取り、詠唱を開始する。
が、
ユリアが距離を詰め、攻撃に転じた。モーラの魔法詠唱を邪魔するためだろう。案の定、ユリアの攻撃を防ぐのに必死で、モーラは詠唱を中断せざるを得なかった。
あー、やっぱり、とローラは、予想通りの展開に結末が見えてしまったのだった。
ユリアは、剣を振りながらも口を動かし続け、待機状態に移行できたようだ。右手が真っ赤に輝いた。詠唱が完了した証である。
途端、ユリアが距離を取る。
ユリアの不自然な行動に、モーラの表情が困惑気味に曇る。ルールを思い出したのだろう。ユリアの勝利条件は、模擬剣で有効打を与えるか、魔法待機が完成したその右手で触れなければならない。
気の迷いが生じたのか、モーラの動きが止まる。
砂塵が舞った。
ユリアが、足の動きが止まったモーラのすきをつき、アクセラレータで一気に加速したのだ。瞬く間にモーラとの距離が詰まる。ユリアが、走りながら剣を左手に持ち替え、地面を削るように剣を下から上へと振り上げた。
(あっ、目潰しとは汚いわね。でも、上手い!)
飛び散った土が目に入ったのか、モーラは目を擦って慌てて距離を取ろうと膝を曲げた。が、跳躍姿勢で無防備となったモーラをユリアが逃さない。懐まで踏み込んだユリアが、モーラの左肩に右手をポンと乗せた。
「勝負ありぃ~」
ローラが、試合終了を宣言すると、ユリアが喜びを身体全体でジャンプして表現する。
一方のモーラは、負けたことに相当ショックを受けたようにその場に崩れ落ちてしまう。
後ろでダリルが汚いぞ! といっているが、これが実際の命のやり取りなら関係のない話である。ローラとしては、如何にしてモーラに近付くかがカギだと思っていたが、ユリアの機転に軍配が上がった。座り込んでしまったモーラに、ローラが一週間後の再戦を伝える。訓練するにも目的は大事である。つまり、モーラの闘争心に火をつけるために発破をかけたのだった。
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