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第二章 遭遇【精霊の樹海編】
第12話 一人じゃない
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イルマのおかげでゴブリンジェネラルを討伐できる目途が立った。
覚悟を決めたコウヘイは、五階層の広間の方を見つめる。
イルマがトーチの魔法を解除し、離れた広間の入り口からぼわーっとした淡い光が、エルサの悩ましい表情をより暗いものへと印象付けていた――――
「エルサ、そういうことみたいだから、討伐するよ」
「う、うん……」
エルサの表情はなんだか暗く、声音からエルサは上の空であった。
「どうしたの?」
「……ごめん、わたしの気のせいだと思うから気にしないで」
先程、広間の入り口に行ったときからずっとこの調子で、僕とイルマが話している間も話に参加してこなかった。
僕やイルマが気付かなかったことを、魔法眼で何かを見たのかもしれない。
その違和感を聞けば、僕でなくとも、イルマになら何かわかるかもしれない。
「いや、念のために教えてくれないかな? 集中できないと危険だし」
「そ、そうだよね。わたしが気になったのは、ゴブリンシャーマンがいないこと」
「ああ、そう言えば」
五階層には、魔法を使うゴブリンシャーマンがいると聞いていた。
ここまでの道中でも、その話をしたばかりだったのに、ゴブリンジェネラルに気を取られていた僕は、完全にその存在を忘れていた。
「魔法眼で何かわかる?」
「ううん、魔力の流れだけで、魔獣がいるかどうかまではわからないの。そもそも直接見えないと意味ないし、通路の奥に隠れていたら無理」
「ちょっと覗いてみるようか」
広間の入口から顔だけ出して覗き見ても、やっぱりゴブリンシャーマンの姿は見当たらず、身を隠せそうな場所も無かった。
「これも異変の一つかもね。ゴブリンジェネラルがそれに取って代わっているのかもしれないしさ」
そう言った僕は、何かを忘れている気がしたけど、頭を振ってイルマの肩を軽く叩いた。
「それじゃあ、イルマ。あとは宜しくね」
「ん? 何を言っておるのじゃ。倒すのはコウヘイじゃろうて」
任せろ、と言っていたのに何のつもりだろう。
僕は、訳がわからないという顔をして意思表示をした。
「わしは、魔法職じゃよ。後ろで補助系の魔法を使うから、その間にコウヘイがそのメイスで倒すのじゃ」
「え? イルマが攻撃魔法で倒すんじゃないの?」
イルマが魔法職なのは知っている、エルフなのに弓を使えないということも。
弓が使えないというより、使う必要がないほどに魔法が強いと思っていた。
「攻撃魔法も使えんこともないが、専門は補助魔法なんじゃ」
おいおい、マジかよ。
最高ランクと偉そうにしておきながら、そんな落ちがあるとは思わなかった。
どおりでテレサに向かう途中の戦闘に、積極的に参加しなかったはずだ。
てか、昨日の打ち合わせは、何だったんだろうか。
一気に不安が押し寄せてきたけど、補助系の魔法は、身体強化と同じように他者の能力向上や敵の行動阻害と多岐に渡るらしく、きっとそれが強力なのだろう。
「わ、わかったよ。じゃあ、攻撃魔法はエルサに任せる。僕が前衛で引き付けるから、ガンガンお願いね。それとイルマは、何を使うの?」
「光魔法の拘束魔法を使うつもりじゃ。さすれば、ゴブリンジェネラルは身動き一つできんじゃろう。あとは……ひたすら殴るだけじゃな」
拘束魔法って闇魔法のイメージが強いけど、光魔法でもあるんだな、と感心しながら、それを聞いて地味だけど勝てる見込みが出てきた。
心配しているのは僕だけのようで、イルマは当然で、エルサもさっきの様子は消え去り、やる気にその青みを帯びた銀色の瞳が輝いているように見えた。
「じゃあ、行くよ。準備は良いかな?」
「うむ、思う存分暴れてくるのじゃ」
「先ずは、わたしがファイアストームを唱えるから、それを撃ってからね」
「うん、わかった」
ゴブリン系は、火魔法に弱い。
それをわかった上での、ファイアストームだろう。
広間の入口の陰から身体を出さないように注意して、魔法の準備を始める。
「大地に眠りし火の精霊よ、我の問いに応え汝の力を解き放て、その炎荒れ狂う業火となりて、すべてを燃やし尽くせ……」
エルサは、詠唱省略をせずに魔法を唱えて、発動直前で止める。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。
エルサの前に、拳大ほどの炎が三つほど姿を現した。
その小ささからは想像もできないほどの熱を感じて、額に汗が噴き出る。
「エルサ、いいよ。前に出てそのまま撃っちゃって」
その言葉に、エルサは頷き、前へと歩いて行く。
ゴブリンたちに気付かれないか心配で、鼓動が速くなる。
エルサが前に進むのに合わせ、僕とイルマも歩を進める。
完全に三人が広間に入って数秒後、後ろから地響きがして足元が揺さぶられる。
何事かと思い後ろを振り返ると、たった今僕たちが来た通路の入口が塞がれた。
「な!」
「コウヘイっ、それはあとじゃ! ゴブリンたちが来るぞ」
「く、くそっ」
入口の方へ戻ろうとしたら、イルマに止められた。
今の入口が塞がる音で、ゴブリンたちに気付かれてしまったようだ。
「エルサ、撃てえー!」
「お願いっ、ファイアストーム!」
ゴブリンたちが、大きな鳴き声を上げてこちらへ突っ込んで来ようとする。
そこへ、エルサのファイアストームが炸裂する。
拳大だった小さな炎の塊が、魔法名を唱えた途端、数十倍の大きさに膨れ上がり、炎の津波となってゴブリンたちを襲った。
横に二〇メートルほど広がり、それが回転しながらゴブリンたちの身を焦がす。
「や、やったか?」
ファイアストームは、今だ回転の速度を弱めず、天井全体が炎で埋め尽くされていた。
ゴブリンの姿が影となって、悶え苦しむ様子が見えたが、一匹……また、一匹と倒れていくのがわかった。
「ほう、エルサの攻撃魔法は凄いのう。流石は、シュタウフェルン家の娘と言ったところかのう」
「それは関係ないよ。これは、コウヘイにイメージすることを教わってから急激に威力が上がったの」
はじめてエルサが見せてくれたファイアストームは、こんな規模じゃなかった。
森の中ならいざ知れず、洞窟内で辺りが岩だらけなのに、未だ燃え続けている。
この広間の酸素を全て使い切ってしまうのではないかと、心配になるほどに激しく燃え続けていた。
エルサには、酸素のことを理解してもらえなかったけど、燃え続けるイメージを持ってもらうことには成功していた。
「これはゴブリンジェネラルもやったんじゃないかな」
僕がそんな希望的観測を述べたけど、そう簡単にはならなかった。
「いや、無理じゃな。ほれ、見てみよ」
イルマが顎をしゃくり、その方向を注意深く見ると、勢いが弱まるファイアストームの中からゴブリンジェネラルが姿を現した。
鉄製の鎧が所々焦げたような色をして、手に持っている斧の柄の布が燃えた程度で、問題のゴブリンジェネラルは、全くダメージを負ったようには見えなかった。
「はは」
僕は、笑うしかなかった。
アレをくらって大丈夫ってどういうことだよ。
流石は、ミスリルランク魔獣といったところだろうか。
そして、微かに足元が震えていることに気が付いた。
怖いのか?
怖いに決まっている!
いくら魔法を撃っても、いくら弓矢を撃っても、いくら斧で切り込んでも、倒れることのなかった死の砂漠谷でのあの中級魔族との戦闘を思い出してしまった。
あのときは、重装騎士として必死に大楯を持って攻撃を耐えていた。
無我夢中であまりよく覚えていない、数時間にも及ぶ戦闘で意識もうろうとしていたのだ。
結局、最後の最後で気を失った僕は、どう中級魔族を倒したのか覚えていない。
結末を内村主将たちに聞いたけど、何故か決して教えてはくれなかった。
葵先輩にも聞いたけど、はぐらかされて悲しい思いをしたのを覚えている。
エルサのファイアストームが直撃したにも拘わらず、その平然としたゴブリンジェネラルの姿が、あの中級魔族と重なり、腰が引けてしまった。
僕は、全てを都合の良いように考えすぎていた。
異変のことが頭にありつつも、ゴブリンジェネラルが通常より強くなっている可能性を見逃していたのである。
本来の目的であるはずが、今までの戦闘がゴブリンだけですっかり忘れていた。
そう考えている間にも、ゴブリンジェネラルが前に一歩一歩、歩を進めてくる。
さっきまで鳴きながら話していたゴブリンたちの死骸を踏み潰し、骨が折れるような嫌な音をさせながら、僕たちをあざ笑うかのように口角を上げた太々しい笑みを浮かべていた。
その音を聞いて、その笑みを見て、より僕は恐怖の渦に飲まれた。
誰が攻撃をする? 僕?
無理だ……誰が攻撃に耐える? 僕?
嫌だ……逃げたい!
「コウヘイ! おい、コウヘイ。しっかりするのじゃ!」
僕の混乱に気付いたのか、イルマが僕の手を握って揺さぶってくるけど、どこか遠くの声に聞こえた。
葵先輩……ごめんなさい。
やっぱり、僕には無理、でした……ゴブリンジェネラルでこれじゃあ……
魔王討伐なんて大それたこと……
考えれば考えるほど恐怖が込み上げ、まともな思考ができなくなってしまった。
すると、
「イルマ、どいてっ!」
イルマを押し退けたエルサの顔が、僕の視界に飛び込んできた。
そのエルサの褐色の顔が、青みを帯びた銀色の瞳が、そのまま接近し――
優しくて暖かいエルサの舌が、僕の中を柔らかく撫でた。
唇と唇が魔力の磁石のようにくっついて離れない。
熱い唇の感触に魔力が僕を貫き、力が漲るのを感じ、正気を取り戻した。
時間にして大したことのない数秒のできごと。
エルサがぱっと顔を離すと、いやらしく糸がひいていた。
「な、何を!」
あまりにも急なできごとに僕は、訳がわからず取り乱した。
「魔力充電だよ」
ぺろっと舌を出して、エルサが照れ笑いをしてくる。
さっき、あの舌が……
先程のキスを思い出し、僕は顔が熱を帯びるのを感じた。
「ほら、後ろにわたしたちがいるから大丈夫だよ。ゴブリンジェネラルくらい大したことないよ」
そっか、僕が怖気づいていたことが、魔法眼で見た魔力の色でバレバレだったようだ。
そうだね……そうだよ。
今までとは違うんだ。
勇者パーティーのときとは違うんだ!
僕は捨て駒じゃない……エルサが今力を与えてくれたように。
借り物の魔力だけど、むしろ一緒に戦っていることを意味する。
僕は僕でエルサとイルマを守る盾なんだ!
そう自分に言い聞かせ、前を向き、足を前へ一歩踏み出した。
――――未だ太々しい笑みを浮かべるゴブリンジェネラル。
そのゴブリンジェネラルを見据え、コウヘイは覚悟を決めるのだった。
覚悟を決めたコウヘイは、五階層の広間の方を見つめる。
イルマがトーチの魔法を解除し、離れた広間の入り口からぼわーっとした淡い光が、エルサの悩ましい表情をより暗いものへと印象付けていた――――
「エルサ、そういうことみたいだから、討伐するよ」
「う、うん……」
エルサの表情はなんだか暗く、声音からエルサは上の空であった。
「どうしたの?」
「……ごめん、わたしの気のせいだと思うから気にしないで」
先程、広間の入り口に行ったときからずっとこの調子で、僕とイルマが話している間も話に参加してこなかった。
僕やイルマが気付かなかったことを、魔法眼で何かを見たのかもしれない。
その違和感を聞けば、僕でなくとも、イルマになら何かわかるかもしれない。
「いや、念のために教えてくれないかな? 集中できないと危険だし」
「そ、そうだよね。わたしが気になったのは、ゴブリンシャーマンがいないこと」
「ああ、そう言えば」
五階層には、魔法を使うゴブリンシャーマンがいると聞いていた。
ここまでの道中でも、その話をしたばかりだったのに、ゴブリンジェネラルに気を取られていた僕は、完全にその存在を忘れていた。
「魔法眼で何かわかる?」
「ううん、魔力の流れだけで、魔獣がいるかどうかまではわからないの。そもそも直接見えないと意味ないし、通路の奥に隠れていたら無理」
「ちょっと覗いてみるようか」
広間の入口から顔だけ出して覗き見ても、やっぱりゴブリンシャーマンの姿は見当たらず、身を隠せそうな場所も無かった。
「これも異変の一つかもね。ゴブリンジェネラルがそれに取って代わっているのかもしれないしさ」
そう言った僕は、何かを忘れている気がしたけど、頭を振ってイルマの肩を軽く叩いた。
「それじゃあ、イルマ。あとは宜しくね」
「ん? 何を言っておるのじゃ。倒すのはコウヘイじゃろうて」
任せろ、と言っていたのに何のつもりだろう。
僕は、訳がわからないという顔をして意思表示をした。
「わしは、魔法職じゃよ。後ろで補助系の魔法を使うから、その間にコウヘイがそのメイスで倒すのじゃ」
「え? イルマが攻撃魔法で倒すんじゃないの?」
イルマが魔法職なのは知っている、エルフなのに弓を使えないということも。
弓が使えないというより、使う必要がないほどに魔法が強いと思っていた。
「攻撃魔法も使えんこともないが、専門は補助魔法なんじゃ」
おいおい、マジかよ。
最高ランクと偉そうにしておきながら、そんな落ちがあるとは思わなかった。
どおりでテレサに向かう途中の戦闘に、積極的に参加しなかったはずだ。
てか、昨日の打ち合わせは、何だったんだろうか。
一気に不安が押し寄せてきたけど、補助系の魔法は、身体強化と同じように他者の能力向上や敵の行動阻害と多岐に渡るらしく、きっとそれが強力なのだろう。
「わ、わかったよ。じゃあ、攻撃魔法はエルサに任せる。僕が前衛で引き付けるから、ガンガンお願いね。それとイルマは、何を使うの?」
「光魔法の拘束魔法を使うつもりじゃ。さすれば、ゴブリンジェネラルは身動き一つできんじゃろう。あとは……ひたすら殴るだけじゃな」
拘束魔法って闇魔法のイメージが強いけど、光魔法でもあるんだな、と感心しながら、それを聞いて地味だけど勝てる見込みが出てきた。
心配しているのは僕だけのようで、イルマは当然で、エルサもさっきの様子は消え去り、やる気にその青みを帯びた銀色の瞳が輝いているように見えた。
「じゃあ、行くよ。準備は良いかな?」
「うむ、思う存分暴れてくるのじゃ」
「先ずは、わたしがファイアストームを唱えるから、それを撃ってからね」
「うん、わかった」
ゴブリン系は、火魔法に弱い。
それをわかった上での、ファイアストームだろう。
広間の入口の陰から身体を出さないように注意して、魔法の準備を始める。
「大地に眠りし火の精霊よ、我の問いに応え汝の力を解き放て、その炎荒れ狂う業火となりて、すべてを燃やし尽くせ……」
エルサは、詠唱省略をせずに魔法を唱えて、発動直前で止める。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。
エルサの前に、拳大ほどの炎が三つほど姿を現した。
その小ささからは想像もできないほどの熱を感じて、額に汗が噴き出る。
「エルサ、いいよ。前に出てそのまま撃っちゃって」
その言葉に、エルサは頷き、前へと歩いて行く。
ゴブリンたちに気付かれないか心配で、鼓動が速くなる。
エルサが前に進むのに合わせ、僕とイルマも歩を進める。
完全に三人が広間に入って数秒後、後ろから地響きがして足元が揺さぶられる。
何事かと思い後ろを振り返ると、たった今僕たちが来た通路の入口が塞がれた。
「な!」
「コウヘイっ、それはあとじゃ! ゴブリンたちが来るぞ」
「く、くそっ」
入口の方へ戻ろうとしたら、イルマに止められた。
今の入口が塞がる音で、ゴブリンたちに気付かれてしまったようだ。
「エルサ、撃てえー!」
「お願いっ、ファイアストーム!」
ゴブリンたちが、大きな鳴き声を上げてこちらへ突っ込んで来ようとする。
そこへ、エルサのファイアストームが炸裂する。
拳大だった小さな炎の塊が、魔法名を唱えた途端、数十倍の大きさに膨れ上がり、炎の津波となってゴブリンたちを襲った。
横に二〇メートルほど広がり、それが回転しながらゴブリンたちの身を焦がす。
「や、やったか?」
ファイアストームは、今だ回転の速度を弱めず、天井全体が炎で埋め尽くされていた。
ゴブリンの姿が影となって、悶え苦しむ様子が見えたが、一匹……また、一匹と倒れていくのがわかった。
「ほう、エルサの攻撃魔法は凄いのう。流石は、シュタウフェルン家の娘と言ったところかのう」
「それは関係ないよ。これは、コウヘイにイメージすることを教わってから急激に威力が上がったの」
はじめてエルサが見せてくれたファイアストームは、こんな規模じゃなかった。
森の中ならいざ知れず、洞窟内で辺りが岩だらけなのに、未だ燃え続けている。
この広間の酸素を全て使い切ってしまうのではないかと、心配になるほどに激しく燃え続けていた。
エルサには、酸素のことを理解してもらえなかったけど、燃え続けるイメージを持ってもらうことには成功していた。
「これはゴブリンジェネラルもやったんじゃないかな」
僕がそんな希望的観測を述べたけど、そう簡単にはならなかった。
「いや、無理じゃな。ほれ、見てみよ」
イルマが顎をしゃくり、その方向を注意深く見ると、勢いが弱まるファイアストームの中からゴブリンジェネラルが姿を現した。
鉄製の鎧が所々焦げたような色をして、手に持っている斧の柄の布が燃えた程度で、問題のゴブリンジェネラルは、全くダメージを負ったようには見えなかった。
「はは」
僕は、笑うしかなかった。
アレをくらって大丈夫ってどういうことだよ。
流石は、ミスリルランク魔獣といったところだろうか。
そして、微かに足元が震えていることに気が付いた。
怖いのか?
怖いに決まっている!
いくら魔法を撃っても、いくら弓矢を撃っても、いくら斧で切り込んでも、倒れることのなかった死の砂漠谷でのあの中級魔族との戦闘を思い出してしまった。
あのときは、重装騎士として必死に大楯を持って攻撃を耐えていた。
無我夢中であまりよく覚えていない、数時間にも及ぶ戦闘で意識もうろうとしていたのだ。
結局、最後の最後で気を失った僕は、どう中級魔族を倒したのか覚えていない。
結末を内村主将たちに聞いたけど、何故か決して教えてはくれなかった。
葵先輩にも聞いたけど、はぐらかされて悲しい思いをしたのを覚えている。
エルサのファイアストームが直撃したにも拘わらず、その平然としたゴブリンジェネラルの姿が、あの中級魔族と重なり、腰が引けてしまった。
僕は、全てを都合の良いように考えすぎていた。
異変のことが頭にありつつも、ゴブリンジェネラルが通常より強くなっている可能性を見逃していたのである。
本来の目的であるはずが、今までの戦闘がゴブリンだけですっかり忘れていた。
そう考えている間にも、ゴブリンジェネラルが前に一歩一歩、歩を進めてくる。
さっきまで鳴きながら話していたゴブリンたちの死骸を踏み潰し、骨が折れるような嫌な音をさせながら、僕たちをあざ笑うかのように口角を上げた太々しい笑みを浮かべていた。
その音を聞いて、その笑みを見て、より僕は恐怖の渦に飲まれた。
誰が攻撃をする? 僕?
無理だ……誰が攻撃に耐える? 僕?
嫌だ……逃げたい!
「コウヘイ! おい、コウヘイ。しっかりするのじゃ!」
僕の混乱に気付いたのか、イルマが僕の手を握って揺さぶってくるけど、どこか遠くの声に聞こえた。
葵先輩……ごめんなさい。
やっぱり、僕には無理、でした……ゴブリンジェネラルでこれじゃあ……
魔王討伐なんて大それたこと……
考えれば考えるほど恐怖が込み上げ、まともな思考ができなくなってしまった。
すると、
「イルマ、どいてっ!」
イルマを押し退けたエルサの顔が、僕の視界に飛び込んできた。
そのエルサの褐色の顔が、青みを帯びた銀色の瞳が、そのまま接近し――
優しくて暖かいエルサの舌が、僕の中を柔らかく撫でた。
唇と唇が魔力の磁石のようにくっついて離れない。
熱い唇の感触に魔力が僕を貫き、力が漲るのを感じ、正気を取り戻した。
時間にして大したことのない数秒のできごと。
エルサがぱっと顔を離すと、いやらしく糸がひいていた。
「な、何を!」
あまりにも急なできごとに僕は、訳がわからず取り乱した。
「魔力充電だよ」
ぺろっと舌を出して、エルサが照れ笑いをしてくる。
さっき、あの舌が……
先程のキスを思い出し、僕は顔が熱を帯びるのを感じた。
「ほら、後ろにわたしたちがいるから大丈夫だよ。ゴブリンジェネラルくらい大したことないよ」
そっか、僕が怖気づいていたことが、魔法眼で見た魔力の色でバレバレだったようだ。
そうだね……そうだよ。
今までとは違うんだ。
勇者パーティーのときとは違うんだ!
僕は捨て駒じゃない……エルサが今力を与えてくれたように。
借り物の魔力だけど、むしろ一緒に戦っていることを意味する。
僕は僕でエルサとイルマを守る盾なんだ!
そう自分に言い聞かせ、前を向き、足を前へ一歩踏み出した。
――――未だ太々しい笑みを浮かべるゴブリンジェネラル。
そのゴブリンジェネラルを見据え、コウヘイは覚悟を決めるのだった。
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