39 / 154
第二章 遭遇【精霊の樹海編】
第13話 危機一髪
しおりを挟む
エルサのファイアストームで黒焦げになったゴブリンソルジャーの死骸を越えたあたりで、ゴブリンジェネラルは、コウヘイたちの様子を窺うようにその歩みを止めた。
ゴブリンジェネラルの手には、引きずるほどの大きな斧があった。
未だ太々しい笑みを浮かべているが、強者の余裕といった感じだろう。
必ず勝てるというほどの自信はないが、先ほどコウヘイが抱いた不安は、見事エルサのおかげで解消されていた――――
エルサとイルマが、ジッと見ていることに気付き、僕はそちらを向く。
「エルサ、ありがとう。イルマも……ごめん」
エルサのおかげで正気に戻ることができた。
エルサは、僕の変化に気付きニコリと微笑みを浮かべた。
イルマは、ただただ困惑気味だった。
「良いのじゃ。それよりも、ほれ。態々待ってくれているようじゃぞ」
イルマに言われ、再びゴブリンジェネラルへ向き直った。
すると、イルマが拘束魔法の詠唱を開始した。
「全てを照らす光の精霊よ。その神聖にして厳かな光を具現化し――」
二人を信じて僕は、身体強化の魔法を唱える。
「パワーブースト、プロテクション、アクセラレータ!」
言下、ゴブリンジェネラルへと突撃を開始した。
そして、イルマの詠唱が完成する。
「そこな不届き者を拘束するのじゃ。フィジカルリストレイン!」
僕の後ろから、激しい光が押し寄せ、ゴブリンジェネラルを包み込んだ。
そのゴブリンジェネラルは、一瞬、目を覆うような仕草をしようとして、不敵な笑みから驚愕の表情へと変化させた。
「これで動きを封じたぞ。そのまま殴るのじゃ」
イルマの声に、チラリと振り向くと、両腕を前に突き出していた。
その両腕も同じく輝いていた。
これがさっき言っていた拘束魔法か。
ゴブリンジェネラルの身体は、後光がさしたように神々しく光り輝いていた。
指一本動かせないのだろう。
狼狽えるように忙しくなく眼球を動かし、状況把握を試みようとしていた。
「それじゃあ、遠慮なくっ」
僕は、身体強化した状態で、思いっきりメイスをゴブリンジェネラルの横っ腹に叩き込む。
「いってー!」
パワーブーストとプロテクションを掛けているはずなのに、手が痺れるほどの衝撃を受けた。
鉄の鎧を着こんでおり、生身の部分が少ないため仕方なく鎧ごと殴ったけど、もしかしたらゴブリンジェネラルも身体強化をしているのかもしれない。
魔獣は、上位種であればあるほど色々な魔法を使用する。
だから、ゴブリンジェネラルもそうに違いないと思った。
顔を狙いたいけど、身の丈が三メートル以上もあるため、ギリギリのところでメイスが届かない。
ジャンプすれば届くけど、もっと効率の良い方法がある。
「エルサっ、魔法で顔を狙って! 僕は腕や足を集中的に攻撃する」
「わかった!」
エルサのファイアボルトやらウィンドカッターが、ゴブリンジェネラルの顔に殺到する。
それを受けて呻き声をあげるゴブリンジェネラル。
「これは時間の問題かな」
ひたすらタコ殴りにするという地味な戦闘? が五分ほど続き、痛みに苦しむ咆哮にも似た叫び声が広間に響いた。
すると……
「おいおい、マジかよ……」
何かが弾けるような音がして、ゴブリンジェネラルを包んでいた光が霧散した。
「何! 破っただとっ」
「えっ、これって有効時間あるの! うわあっ」
ゴブリンジェネラルが、右手の斧を振り下ろし、攻撃してきた。
それを必死に飛び退き、躱す。
「いやっ、わしの魔力が続く限り解けないはずじゃっ!」
どうやら、拘束魔法を力ずくで破ったようだった。
イルマが再び詠唱を開始して、
「フィジカルリストレイン!」
拘束魔法を発動するも、
「なっ、レジストしたじゃと!」
ゴブリンジェネラルを同じく光が包み込むも、その光は集束したのちに、霧散してしまった。
「くそっ、仕方ない!」
それからは殴り合いの応酬だった。
斧攻撃をラウンドシールドで芯をずらして受け、相手の体勢を崩し、ちまちまメイスで殴り続ける。
時折蹴り攻撃をしてくるので、それに注意をしながら。
エルサの魔法攻撃が上手い具合に集中力を乱しており、ゴブリンジェネラルは、時折、鬱陶しそうにしていた。
ゴブリンジェネラルの本音としては、エルサを先に倒したいのだろう。
先ほどから、視線が僕ではなく、後方へ向けられ、そちらへ向かおうとしていた。
が、僕がそれをさせない。
先ほどまで、ゴブリンジェネラルにビビっていた僕は、バカみたいだった。
ゴブリンジェネラルの攻撃は、今まで出会た魔獣より素早く重かった。
でも、避けられない速度でも、耐えられない強さではなかった。
ミスリルランク魔獣といえども、あの中級魔族の攻撃からしたら全然だった。
「いける、これならいけるぞっ」
どちらが先に力尽きるかのギリギリの戦いなのは間違いなかった。
それでも、負ける気はしなかった。
そう思った矢先――
「な、何だ!」
ガクッと身体が重くなるのを感じた。
どうやら、僕の魔力が切れたようだった。
「くそっ、こんなときに!」
拘束魔法が効かなくなり、身体強化魔法の付与をイルマにしてもらっていたけど、沼にはまったように、身体の動きが鈍くなったのを感じた。
もしかしたら、僕自身の身体強化魔法の方が効果が良かったのかもしれない。
「あと、もう少しだというのに」
ゴブリンジェネラルとの戦闘は、三〇分ほど続いていた。
鉄の鎧は、いたるところをべこべこにその形を変形させ、鎧の体を成しておらず、当のゴブリンジェネラルは、大きく肩で息をしている。
「エルサっ、攻撃魔法は良いから僕に身体強化の魔法をかけてくれ!」
どれくらい効果があるかわからないけど、今はこの身体の動きの差が、色々と命取りになる。
攻撃が当たるか当たらないかのギリギリの戦闘の中で、それは重要だった。
が、
「ごめーん、わたしもほとんど残ってない。マジックポーションも使い切った」
エルサが無情な事実を伝えてくる。
「じゃ、じゃあ回復に努めてくれ!」
今は、エルサの魔力が回復するのを待つしかない。
トラウマのせいで、イルマから魔力を吸収しなかったことが仇となった。
たかが魔獣調査と、高を括っていたツケがでてしまった。
「おっと、危ない危ない」
寸でのところで、頭上から振り下ろされた斧を躱す。
空を切った斧が地面を抉るように割った衝撃で、地面の欠片が飛び跳ねる。
ゴブリンジェネラルは、僕の動きが鈍重になったことに気付いたのか、ここぞとばかりに、斧を振るう手を激しくさせてきた。
イルマも苦手といいつつも、マジックアロー等の魔法で支援してくれている。
しかし、有効打にはなっていない。
僕のスキルはかなり有能だけど、戦闘中に回復する手段が少なすぎる。
今からでもイルマの魔力を吸収しに行くか?
いや、ゴブリンジェネラルが待ってはくれないだろう。
頭の中で必死に模索しながら、ゴブリンジェネラルと打ち合いを続ける。
すると、
「コウヘイ! 奥から何かくる!」
「えっ」
休んでいたエルサが声をあげて、僕たちが来た入口と反対側の通路を指差した。
「おいおい、こんなことってあっていいの?」
そこから現れた魔獣を目にして、驚いた。
「最高じゃないか!」
嬉しさのあまり、僕はそう叫んだ。
他の冒険者からしたら、新手の出現は最悪なことだろう。
しかし、そこから現れたのは、存在を疑っていたゴブリンシャーマンだった。
寝坊助にもほどがあるけど、僕からしたら本当に最高のタイミングだった。
ゴブリンシャーマンは、僕たちの姿を確認し早速魔法詠唱を開始した。
ゴブリンジェネラルも勝ち誇った顔をしていた。
これから起きる悲劇を理解できずに――
ゴブリンシャーマンのファイアボルトがエルサたちへ襲い掛かる。
「そっちじゃない、っよ」
僕は、大気中の魔力から吸収した微かな魔力を振り絞り、脚だけにアクセラレータを行使し、素早くそのファイアボルトに身を投げた。
ゴブリンシャーマンは、その様子に呆気に取られていた。
それでも、僕が無傷なことに気付き、直ぐにファイアボルトを撃ってきた。
「あは、あははは。良いぞーもっと、もっとだー」
半ば狂ったように僕はそう叫び、ファイアボルトを吸収する。
僕に魔法が効いていないのに、学習能力がないのか一〇発ほど撃ち続けて、ようやく魔法攻撃が止んだ。
ゴブリンシャーマンが何やら鳴き、逃げるように身を翻したので、
「何だ、もう終わりか。ならっ、サンダーボルト!」
大気を割くような轟音を轟かせ、目にも止まらぬ速さのサンダーボルトを受けたゴブリンシャーマンは、電撃に焼かれ、そのまま物言わぬ屍となった。
「あっ、良いこと思いついた」
ゴブリンシャーマンが感電する様を見て、武器に魔法の効果を及ぼせないかと考えた。
定着に魔法石が必要だけど、魔法効果を付与したマジックアイテムがあるんだ。
それに、身体強化魔法のプロテクションが鎧にも効果を及ぼすことから、攻撃魔法で同じことができたっておかしくない。
だから、電撃魔法をメイスにエンチャントできるのでは? と考えたのだ。
「何で今まで思いつかなかったんだろう」
それからは、今までの苦労が何だったのかと呆れるほに簡単だった。
電撃魔法をエンチャントしたメイスで殴るだけで、面白いようにゴブリンジェネラルが鳴き叫び、次第に身体から煙を出し、どうっと倒れたのだった。
近付いて足の裏で揺さぶったけど、うんともすんとも言わなかった。
「あっ」
ゴブリンジェネラルが死んだのを確認した途端、僕は、そのまま糸が切れたように崩れた。
「なんじゃ、うおぉ……」
近くに来ていたイルマが慌てて支えてくれようとしたけど、体格差のせいで一緒に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめん、暫くこのままで」
はからずも膝枕をする姿で――
「あーイルマずるいー」
「何がずるいんじゃ、何なら代わるか?」
「えっ、良いのー?」
それを見たエルサが、イルマと代わり膝枕をしてくれた。
青みを帯びた銀色の双眸が、僕を覗き込んだ。
「魔力切れなら、わたしも大分回復したから……もう一回、する?」
何を? とは聞かない。
思わず、エルサの控えめだけど、ぽってりとした艶のある小さな唇に視線が行き、顔が熱くなるのを感じた。
その視線に気付いたエルサは、頬を紅潮させてから顔を近付けてくる。
「だ、大丈夫。僕は魔力切れ関係ないし。ずっと戦いっぱなしで脚から力が抜けただけだから……」
「そう……」
慌ててそう言い顔を背けた僕に、残念そうに眉根を顰めたエルサは、そっぽを向く。
「ああじれったいのう。そこは気にせずぶちゅーっとすればよかろうに」
その様子を見ていたイルマがそう茶化してくるけど、僕たちは何も言わない。
「それはそうと、さっきのアレは何じゃ? まるでコウヘイが魔王のようじゃったぞ」
「あ、あれは……」
ゴブリンシャーマンのファイアボルトを受けていときのことだ。
思い出しただけで恥ずかしくなり、顔が赤くなった僕は、
「し、仕方ないじゃないか。それだけ魔力が必要だったんだよ。アレは煽る意味で、べつに魔王のつもりじゃない。それに、あのおかげでゴブリンジェネラルを倒せたんだし勘弁してよ」
と、あれでも結構必死だったと言い訳をした。
「はは、冗談じゃよ。しかし、どうやって戻ろうかのう」
ゴブリンジェネラルを倒した後も入口は塞がれたままだった。
そして、ゴブリンシャーマンが出てきた先へ進める唯一の道も、ゴブリンジェネラルを倒したとき塞がれてしまった。
「とりあえず、ゴブリンジェネラルとゴブリンシャーマンを回収しておいて」
身体を動かせない僕は、そうイルマにお願いした。
これで報告を済ませれば依頼達成だろう。
本来の異変は、魔物の力が強まっていることだったはずだけど、ゴブリンジェネラルもその一部と考え良いのだろうか。
エルサの太ももの柔らかい感触に頭を預けながら僕は、これからのことを考える。
間違いなく今回の依頼達成で、アイアンランクからカッパーランクへと昇格できると思う。
それに、ゴブリンジェネラルを倒したことが広まれば、きっとその話が葵先輩にも届くかもしれない。
というか届いてほしい。
平穏に過ごしながらランクを上げていくつもりだったけど、既に平穏に事を進めるのは無理な話だった。
それに、ミスリルランクといわれるゴブリンジェネラルを倒したことで、大分自自信が付いた。
もう、「ゼロの騎士」なんて誰にも言わせない!
僕がそう決心し、イルマが倒した魔獣の回収を終えて僕の元へ近付いてきた、そのときだった。
辺りを眩い光が支配し、思わず僕は目を覆った。
「な、何だ?」
「コウヘイ、落ち着くのじゃ。地面を見てみよ」
突然のことにも拘わらず、イルマは平然としていた。
身を起こした僕は、言われるがまま地面を見た。
「ま、魔法陣?」
広間全体を覆うように直系三〇メートルほどの金色に輝く魔法陣が光り輝いていた。
「うむ、これは転移魔法陣じゃな」
「何だって!」
それを聞いた僕は狼狽えた。
一方、イルマは落ち着いており、僕とエルサの手を握ってきた。
「どこに飛ばされるかはわからぬ。じゃが、こうしていれば一緒にいられるはずじゃ」
「そ、それより、何でそんなに――」
何でそんない落ち着いていられるのさ、と言おうとして言えなかった。
――――転移魔法陣により、三人はその広間から姿を消した。
金色に輝く魔法陣が消えると、出入り口を塞いでいた壁は消え、その広間には、コウヘイたちの代わりにゴブリンシャーマンとゴブリンたちが姿を現した。
そして、耳障りで下品な鳴き声が、その広間に響き渡るのだった。
ゴブリンジェネラルの手には、引きずるほどの大きな斧があった。
未だ太々しい笑みを浮かべているが、強者の余裕といった感じだろう。
必ず勝てるというほどの自信はないが、先ほどコウヘイが抱いた不安は、見事エルサのおかげで解消されていた――――
エルサとイルマが、ジッと見ていることに気付き、僕はそちらを向く。
「エルサ、ありがとう。イルマも……ごめん」
エルサのおかげで正気に戻ることができた。
エルサは、僕の変化に気付きニコリと微笑みを浮かべた。
イルマは、ただただ困惑気味だった。
「良いのじゃ。それよりも、ほれ。態々待ってくれているようじゃぞ」
イルマに言われ、再びゴブリンジェネラルへ向き直った。
すると、イルマが拘束魔法の詠唱を開始した。
「全てを照らす光の精霊よ。その神聖にして厳かな光を具現化し――」
二人を信じて僕は、身体強化の魔法を唱える。
「パワーブースト、プロテクション、アクセラレータ!」
言下、ゴブリンジェネラルへと突撃を開始した。
そして、イルマの詠唱が完成する。
「そこな不届き者を拘束するのじゃ。フィジカルリストレイン!」
僕の後ろから、激しい光が押し寄せ、ゴブリンジェネラルを包み込んだ。
そのゴブリンジェネラルは、一瞬、目を覆うような仕草をしようとして、不敵な笑みから驚愕の表情へと変化させた。
「これで動きを封じたぞ。そのまま殴るのじゃ」
イルマの声に、チラリと振り向くと、両腕を前に突き出していた。
その両腕も同じく輝いていた。
これがさっき言っていた拘束魔法か。
ゴブリンジェネラルの身体は、後光がさしたように神々しく光り輝いていた。
指一本動かせないのだろう。
狼狽えるように忙しくなく眼球を動かし、状況把握を試みようとしていた。
「それじゃあ、遠慮なくっ」
僕は、身体強化した状態で、思いっきりメイスをゴブリンジェネラルの横っ腹に叩き込む。
「いってー!」
パワーブーストとプロテクションを掛けているはずなのに、手が痺れるほどの衝撃を受けた。
鉄の鎧を着こんでおり、生身の部分が少ないため仕方なく鎧ごと殴ったけど、もしかしたらゴブリンジェネラルも身体強化をしているのかもしれない。
魔獣は、上位種であればあるほど色々な魔法を使用する。
だから、ゴブリンジェネラルもそうに違いないと思った。
顔を狙いたいけど、身の丈が三メートル以上もあるため、ギリギリのところでメイスが届かない。
ジャンプすれば届くけど、もっと効率の良い方法がある。
「エルサっ、魔法で顔を狙って! 僕は腕や足を集中的に攻撃する」
「わかった!」
エルサのファイアボルトやらウィンドカッターが、ゴブリンジェネラルの顔に殺到する。
それを受けて呻き声をあげるゴブリンジェネラル。
「これは時間の問題かな」
ひたすらタコ殴りにするという地味な戦闘? が五分ほど続き、痛みに苦しむ咆哮にも似た叫び声が広間に響いた。
すると……
「おいおい、マジかよ……」
何かが弾けるような音がして、ゴブリンジェネラルを包んでいた光が霧散した。
「何! 破っただとっ」
「えっ、これって有効時間あるの! うわあっ」
ゴブリンジェネラルが、右手の斧を振り下ろし、攻撃してきた。
それを必死に飛び退き、躱す。
「いやっ、わしの魔力が続く限り解けないはずじゃっ!」
どうやら、拘束魔法を力ずくで破ったようだった。
イルマが再び詠唱を開始して、
「フィジカルリストレイン!」
拘束魔法を発動するも、
「なっ、レジストしたじゃと!」
ゴブリンジェネラルを同じく光が包み込むも、その光は集束したのちに、霧散してしまった。
「くそっ、仕方ない!」
それからは殴り合いの応酬だった。
斧攻撃をラウンドシールドで芯をずらして受け、相手の体勢を崩し、ちまちまメイスで殴り続ける。
時折蹴り攻撃をしてくるので、それに注意をしながら。
エルサの魔法攻撃が上手い具合に集中力を乱しており、ゴブリンジェネラルは、時折、鬱陶しそうにしていた。
ゴブリンジェネラルの本音としては、エルサを先に倒したいのだろう。
先ほどから、視線が僕ではなく、後方へ向けられ、そちらへ向かおうとしていた。
が、僕がそれをさせない。
先ほどまで、ゴブリンジェネラルにビビっていた僕は、バカみたいだった。
ゴブリンジェネラルの攻撃は、今まで出会た魔獣より素早く重かった。
でも、避けられない速度でも、耐えられない強さではなかった。
ミスリルランク魔獣といえども、あの中級魔族の攻撃からしたら全然だった。
「いける、これならいけるぞっ」
どちらが先に力尽きるかのギリギリの戦いなのは間違いなかった。
それでも、負ける気はしなかった。
そう思った矢先――
「な、何だ!」
ガクッと身体が重くなるのを感じた。
どうやら、僕の魔力が切れたようだった。
「くそっ、こんなときに!」
拘束魔法が効かなくなり、身体強化魔法の付与をイルマにしてもらっていたけど、沼にはまったように、身体の動きが鈍くなったのを感じた。
もしかしたら、僕自身の身体強化魔法の方が効果が良かったのかもしれない。
「あと、もう少しだというのに」
ゴブリンジェネラルとの戦闘は、三〇分ほど続いていた。
鉄の鎧は、いたるところをべこべこにその形を変形させ、鎧の体を成しておらず、当のゴブリンジェネラルは、大きく肩で息をしている。
「エルサっ、攻撃魔法は良いから僕に身体強化の魔法をかけてくれ!」
どれくらい効果があるかわからないけど、今はこの身体の動きの差が、色々と命取りになる。
攻撃が当たるか当たらないかのギリギリの戦闘の中で、それは重要だった。
が、
「ごめーん、わたしもほとんど残ってない。マジックポーションも使い切った」
エルサが無情な事実を伝えてくる。
「じゃ、じゃあ回復に努めてくれ!」
今は、エルサの魔力が回復するのを待つしかない。
トラウマのせいで、イルマから魔力を吸収しなかったことが仇となった。
たかが魔獣調査と、高を括っていたツケがでてしまった。
「おっと、危ない危ない」
寸でのところで、頭上から振り下ろされた斧を躱す。
空を切った斧が地面を抉るように割った衝撃で、地面の欠片が飛び跳ねる。
ゴブリンジェネラルは、僕の動きが鈍重になったことに気付いたのか、ここぞとばかりに、斧を振るう手を激しくさせてきた。
イルマも苦手といいつつも、マジックアロー等の魔法で支援してくれている。
しかし、有効打にはなっていない。
僕のスキルはかなり有能だけど、戦闘中に回復する手段が少なすぎる。
今からでもイルマの魔力を吸収しに行くか?
いや、ゴブリンジェネラルが待ってはくれないだろう。
頭の中で必死に模索しながら、ゴブリンジェネラルと打ち合いを続ける。
すると、
「コウヘイ! 奥から何かくる!」
「えっ」
休んでいたエルサが声をあげて、僕たちが来た入口と反対側の通路を指差した。
「おいおい、こんなことってあっていいの?」
そこから現れた魔獣を目にして、驚いた。
「最高じゃないか!」
嬉しさのあまり、僕はそう叫んだ。
他の冒険者からしたら、新手の出現は最悪なことだろう。
しかし、そこから現れたのは、存在を疑っていたゴブリンシャーマンだった。
寝坊助にもほどがあるけど、僕からしたら本当に最高のタイミングだった。
ゴブリンシャーマンは、僕たちの姿を確認し早速魔法詠唱を開始した。
ゴブリンジェネラルも勝ち誇った顔をしていた。
これから起きる悲劇を理解できずに――
ゴブリンシャーマンのファイアボルトがエルサたちへ襲い掛かる。
「そっちじゃない、っよ」
僕は、大気中の魔力から吸収した微かな魔力を振り絞り、脚だけにアクセラレータを行使し、素早くそのファイアボルトに身を投げた。
ゴブリンシャーマンは、その様子に呆気に取られていた。
それでも、僕が無傷なことに気付き、直ぐにファイアボルトを撃ってきた。
「あは、あははは。良いぞーもっと、もっとだー」
半ば狂ったように僕はそう叫び、ファイアボルトを吸収する。
僕に魔法が効いていないのに、学習能力がないのか一〇発ほど撃ち続けて、ようやく魔法攻撃が止んだ。
ゴブリンシャーマンが何やら鳴き、逃げるように身を翻したので、
「何だ、もう終わりか。ならっ、サンダーボルト!」
大気を割くような轟音を轟かせ、目にも止まらぬ速さのサンダーボルトを受けたゴブリンシャーマンは、電撃に焼かれ、そのまま物言わぬ屍となった。
「あっ、良いこと思いついた」
ゴブリンシャーマンが感電する様を見て、武器に魔法の効果を及ぼせないかと考えた。
定着に魔法石が必要だけど、魔法効果を付与したマジックアイテムがあるんだ。
それに、身体強化魔法のプロテクションが鎧にも効果を及ぼすことから、攻撃魔法で同じことができたっておかしくない。
だから、電撃魔法をメイスにエンチャントできるのでは? と考えたのだ。
「何で今まで思いつかなかったんだろう」
それからは、今までの苦労が何だったのかと呆れるほに簡単だった。
電撃魔法をエンチャントしたメイスで殴るだけで、面白いようにゴブリンジェネラルが鳴き叫び、次第に身体から煙を出し、どうっと倒れたのだった。
近付いて足の裏で揺さぶったけど、うんともすんとも言わなかった。
「あっ」
ゴブリンジェネラルが死んだのを確認した途端、僕は、そのまま糸が切れたように崩れた。
「なんじゃ、うおぉ……」
近くに来ていたイルマが慌てて支えてくれようとしたけど、体格差のせいで一緒に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめん、暫くこのままで」
はからずも膝枕をする姿で――
「あーイルマずるいー」
「何がずるいんじゃ、何なら代わるか?」
「えっ、良いのー?」
それを見たエルサが、イルマと代わり膝枕をしてくれた。
青みを帯びた銀色の双眸が、僕を覗き込んだ。
「魔力切れなら、わたしも大分回復したから……もう一回、する?」
何を? とは聞かない。
思わず、エルサの控えめだけど、ぽってりとした艶のある小さな唇に視線が行き、顔が熱くなるのを感じた。
その視線に気付いたエルサは、頬を紅潮させてから顔を近付けてくる。
「だ、大丈夫。僕は魔力切れ関係ないし。ずっと戦いっぱなしで脚から力が抜けただけだから……」
「そう……」
慌ててそう言い顔を背けた僕に、残念そうに眉根を顰めたエルサは、そっぽを向く。
「ああじれったいのう。そこは気にせずぶちゅーっとすればよかろうに」
その様子を見ていたイルマがそう茶化してくるけど、僕たちは何も言わない。
「それはそうと、さっきのアレは何じゃ? まるでコウヘイが魔王のようじゃったぞ」
「あ、あれは……」
ゴブリンシャーマンのファイアボルトを受けていときのことだ。
思い出しただけで恥ずかしくなり、顔が赤くなった僕は、
「し、仕方ないじゃないか。それだけ魔力が必要だったんだよ。アレは煽る意味で、べつに魔王のつもりじゃない。それに、あのおかげでゴブリンジェネラルを倒せたんだし勘弁してよ」
と、あれでも結構必死だったと言い訳をした。
「はは、冗談じゃよ。しかし、どうやって戻ろうかのう」
ゴブリンジェネラルを倒した後も入口は塞がれたままだった。
そして、ゴブリンシャーマンが出てきた先へ進める唯一の道も、ゴブリンジェネラルを倒したとき塞がれてしまった。
「とりあえず、ゴブリンジェネラルとゴブリンシャーマンを回収しておいて」
身体を動かせない僕は、そうイルマにお願いした。
これで報告を済ませれば依頼達成だろう。
本来の異変は、魔物の力が強まっていることだったはずだけど、ゴブリンジェネラルもその一部と考え良いのだろうか。
エルサの太ももの柔らかい感触に頭を預けながら僕は、これからのことを考える。
間違いなく今回の依頼達成で、アイアンランクからカッパーランクへと昇格できると思う。
それに、ゴブリンジェネラルを倒したことが広まれば、きっとその話が葵先輩にも届くかもしれない。
というか届いてほしい。
平穏に過ごしながらランクを上げていくつもりだったけど、既に平穏に事を進めるのは無理な話だった。
それに、ミスリルランクといわれるゴブリンジェネラルを倒したことで、大分自自信が付いた。
もう、「ゼロの騎士」なんて誰にも言わせない!
僕がそう決心し、イルマが倒した魔獣の回収を終えて僕の元へ近付いてきた、そのときだった。
辺りを眩い光が支配し、思わず僕は目を覆った。
「な、何だ?」
「コウヘイ、落ち着くのじゃ。地面を見てみよ」
突然のことにも拘わらず、イルマは平然としていた。
身を起こした僕は、言われるがまま地面を見た。
「ま、魔法陣?」
広間全体を覆うように直系三〇メートルほどの金色に輝く魔法陣が光り輝いていた。
「うむ、これは転移魔法陣じゃな」
「何だって!」
それを聞いた僕は狼狽えた。
一方、イルマは落ち着いており、僕とエルサの手を握ってきた。
「どこに飛ばされるかはわからぬ。じゃが、こうしていれば一緒にいられるはずじゃ」
「そ、それより、何でそんなに――」
何でそんない落ち着いていられるのさ、と言おうとして言えなかった。
――――転移魔法陣により、三人はその広間から姿を消した。
金色に輝く魔法陣が消えると、出入り口を塞いでいた壁は消え、その広間には、コウヘイたちの代わりにゴブリンシャーマンとゴブリンたちが姿を現した。
そして、耳障りで下品な鳴き声が、その広間に響き渡るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる