賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~

ぶらっくまる。

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第三章 動乱と日常【魔族内乱編】

第24話 仲間と共に

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 中級魔族襲来の知らせに慌ただしかったことが嘘のように、コウヘイたちはダンジョンの入口で岸壁を背にのんびりと昼食を取っていた。

 夏目前という季節なのに森の奥にいることもあり、時折頬を撫でる風が心地良く吹いていた。

 だが、肝心のコウヘイは、おにぎりを頬張りながら、心ここにあらずだった――――

「ほう、これは何とも……塩だけでこの味とは」
「あっ、中にも何か入ってるよー」
「これは何のお肉でしょう?」

 ふと聞こえた話声の方に僕が顔を向けると、イルマ、エルサとミラが物珍しそうに一口食べては、両手に持ったおにぎりをまじまじと見つめていた。

 おにぎりを食べるのがはじめてなんだろうなと、思いながらも僕はそれを説明する気にはなれなかった。

「それはオンコリュンクス・ケタという海の魚よ」

 エヴァがそれを知っていたようで、僕の代わりに中身の具を説明していた。

 ただ、オンコリュンクス・ケタって何だよ! 鮭じゃないの! と思ったのは僕だけだろう。

 テレサを出るときにお昼時が近いことから白猫亭でお弁当を頼んだら、

 フーさんが、ケタおにぎりでいい? と言っていたから、この世界ではそういう名前なのかもしれない。

 一方、それを聞いたミラとエルサの反応はいまいちだった。

「へー海の魚なんですね」
「わたしは海の魚なんてはじめて食べたよー」

 ミラとエルサがそんな反応を見せる中、イルマがいつものようにクツクツと喉を鳴らして笑った。

「な、なによ……」

 エヴァの方を見ながらそうするもんだから、エヴァがイルマを睨みつけた。

「いやーあれじゃろうと思ってな。そんな顔をしてるということは、もっと驚くところを期待したんじゃろ?」
「あーそういうことか」

 僕もイルマが笑った理由がわかり、釣られるようにして笑った。

 僕としては、海魚を散々白猫亭で食べているのに、はじめてと言ったエルサのことも含めていたけど、少し笑い方がぎこちなかったかもしれない。

「もう、コウヘイまで……いいじゃない、せっかく驚かそうとしたのにこの反応よ。あたしは神の考えに身を任すわ」

 エヴァは鼻息荒々しくそう言ってへそを曲げてしまった。
 でも、その様子がおかしくて僕は少し気持ちに余裕が生まれた。

 神の考えに身を任す――この世界では、異議を唱えたいときに言う慣用句のようなものらしい。
 ニュアンス的に、全て受け入れる印象を受けるけど、自分の信じていることを神が代わって相手に理解させるという意味らしい。

 どうやら、エヴァは敬虔なデミウルゴス神教徒らしかった。

「まあ、相手が悪かったね」
「そうじゃな」
「ん、ん? どうかしたのー?」

 ようやく自分のことを言われていることに気が付いたエルサが不思議そうにしている。

「ほらね」

 僕は、そんなエルサに期待しても無駄だよ、という意味を込めて再びエヴァの方を向いた。

「もー何なのよー。白猫亭のおにぎりと言ったら、貴族の人気商品よ! 貴族だって滅多に食べられないのに……ありがたみをもっと感じなさいよね!」
「まあまあ、落ち着いてよ。それにしても、白猫亭ってそんなに人気店なんだね」

 白猫亭がバステウス連邦王国でチェーン展開されていることにも驚いたけど、特に貴族に人気が高いことには、更に驚きを隠せない。

 テレサにある白猫亭は、確かにレストランぽい感ではあるものの、場末の酒場にちょっと毛が生えた程度で、アットホームの中に騒がしさが混ざっている雰囲気なのだ。
 貴族が好き好んでいくようなお店には、到底思えない。

「それは何と言っても、新鮮な魚介類が食べられるとなれば人気が出るわよ。バステウスは内陸の国なのよ」
「まあ、確かにね。でも、何で貴族なの? テレサでも人気店なんだから平民も食べてそうだけど」
「平民? 海の魚なんてふつうは手に入らないし、食べる習慣が無いんだから平民が食べる訳ないじゃないの」

 エヴァの言いように僕は喉の奥に小骨が引っ掛かったような違和感を感じた。

「ふーん、それじゃあ、何で貴族は食べるの? 貴族にはそういう習慣があるってこと?」
「貴族だってそんな習慣ないわよ。ただ、習慣と言えば習慣に違いないわね」
「えっと、それは?」
「それは、見栄よ、つまらない見栄。手に入れることが難しいものを持っているていうことは、それだけで貴族の中でステータスになるのよ。卿はそんな経験おありかしら? ってな感じね」

 エヴァは貴族の口真似なのかそう教えてくれた。
 それが妙に様になっていて感心したけど、そんなことよりも僕は、

「へー、何かめんどくさいね」

 と、素直に思ったことを口に出す。

 僕がエヴァとの会話から何かを掴みかけたとき、ミラが、

「えっ、ではどうやって運んで来たんですか? 海の魚なんですよね?」
「「遅っ!」」

 テレサだって海から大分距離がある。
 ふつうに輸送していたら、テレサに到着するころには腐ってしまう。
 収納系魔道具を持っていれば話は別だけど、そこまでする料理店は中々ない。

 ただそれも、チェーン展開するほどの白猫亭ならば、あり得ない話でもないかもしれない。

 どうやら、ミラは今更そのことに気が付いたようで、深紅の瞳を驚きで真ん丸とさせていた。

 イルマはそれを見て先程と同様に、クツクツと喉を鳴らして笑っている。
 エヴァ、良かったね、と僕は心の中でエヴァの試みが成功したことを祝福した。

 それでも、当のエヴァは、苦虫を潰したような表情をしており、あまり嬉しそうではなかった。

 白猫亭の料理は、僕に馴染のあるというか、日本で食べてきたものばかりなので、フーエイさんが何らかの理由でこの世界に来た日本人だと確信している。

 白猫亭で出される魚介類は、全てその素材が新鮮なのである。
 先程考えたように収納系魔道具を持っていれば鮮度の件は可能だけど、毎回、『本日のとれたて』と言っていることからその可能性は消える。

 それでは、どうやって?

 そこが今でも白猫亭の謎で、僕の頭を悩ませているのだけど、その悩みは心地よいものだった。

 危惧していたイルマとエヴァの関係は、数時間前では想像すらできなかったほど、冗談を言い合うような仲にまで発展しており、それはとても良好で僕は安心した。

 やっぱり、仲間ってこういう間柄のことをいうのかな?
 他愛のない話をしたり、お互いの欠点をそれぞれで補い合って埋めていく。

 僕がそんな風に考えていると、

「それにしてもアレには驚きましたね」

 遅まきながら気付いたけど、それが遅すぎたことで笑われた恥ずかしさを隠すためか、ミラは話題をすり替えようとした。

 ただそれは、少し持ち直していた僕の気持ちが再び沈む原因となった。

 僕が追放されたなどと詳しい理由を知らないミラが、勇者パーティーが来ると聞いたときの冒険者たちの盛り上がりようを興奮気味に話し始めた。

「なんかコウヘイさんが勇者様だってばれているんですね」
「……何の話?」

 暗く沈んでしまっていた僕の心を引き上げてくれたエルサの言葉を反芻していたら、僕の名前が聞こえて反応したけど、よく聞いていなかった。

「えっと、冒険者のみなさんが、言ってましたよ。コウヘイさんのパーティーには入れなかったけど、今度来る勇者様たちに売り込むんだーって息巻いてました」
「ああ、なるほどね。まあ、元なんだけど、何でそんな話になってるんだろう?」
「何ででしょう?」

 ミラが小首を傾げたことで、赤みがかったツーサイドアップの金髪が揺れた。
 その無垢な感じのミラに木漏れ日が差し込み、揺れた金髪の輝いている様が、僕には眩しく見えた。

 僕が元勇者パーティーに居たという事情は、ラルフさんとアリエッタさんに説明済みだった。
 だけど、本当にその二人にしか説明していないから、その情報が漏れるとしたらそこからだけど、その可能性は限りなく低い。

「まあ、それは良いとして、先輩たちのパーティーもどうせ無理だと思うよ……」

 僕は遠い目をし、投げ遣り気味にぼそりと言った。

 途端、良い音を鳴らして、ミラの頭が勢いよく前に傾いだ。

「いったあああーい。な、何するんですか!」

 口より手が先に出るイルマがミラの頭を後ろから叩いたようだった。

 深紅の瞳を涙目にしながらイルマに反論したミラだったけど、イルマはそれには取り合わず、話題を無理やり空飛ぶバイクに変えようとしていた。

 ただ、僕は先程エルサに言われたことを思い返し、顔を上げた。

「やっぱり考えすぎも良くないよね……」

 そう言って僕は、ケタおにぎりを一口食べる。

「どうしたの?」

 僕の独白が聞こえたのか、エルサが身を寄せながら聞いてきた。

「いや、さっきのことを思い出していただけだよ」
「そっか……」
「うん、さっきも言ったけど、ありがとう」
「ううん、わたしは一度後悔しているし、それをコウヘイには味わってほしくなかったから」

 エルサは長い間一人で頑張ってきた。

 強迫観念にも似た不快な気持ちに押し潰されそうになりながらも、差し伸べる手を拒絶し、自分の殻に閉じこもり、必死に里のみんなを守るために訓練していた。

 でも、それは何にもならなかったと、エルサは言っていた。
 そして、それに気が付いたときの絶望感を。

 エルサは、自分の気持ちに素直になってからは、心の靄が晴れたと言っていた。
 だから、僕にも早く過去を忘れて前に進んでほしかったらしい。

「魔王討伐を目的にするのは止めるよ」

 何の気なしに僕がそう言うと、イルマたちの遣り取りを見ていたエルサが驚いたようにこちらを振り向いた。

「それって……」
「ああ、でも目標としては魔王討伐は残ると思うよ」
「ん?」
「本当の目的はまだ決められないけど、いずれ魔王と戦うような気がするんだよ。魔族の内乱がどうなったかわからないけど、テレサに中級魔族が現れるってことは、きっと、人間の味方をしていた方が負けちゃったのかな。って……エルサ?」

 僕が新しい目的をどうするか話していたら、いつのまにかエルサの頭から煙がもくもくとあがっていた。

「魔王討伐はしないけど、魔王討伐は残るってどういうこと?」

 最終地点を魔王討伐にはせず、過程で魔王が立ちはだかるなら討伐するくらい強くなるという意味で、目的と目標を使い分けたけど、エルサにはうまく伝わらなかったようだった。

「んー、何て言えば良いのかな? 積極的に倒そうとしないけど、僕たちの邪魔をするなら容赦しない、的な?」
「へ、へえー……」

 エルサのその表情を見て、これは理解してないな、と僕は苦笑い。
 白猫亭での真剣な眼差しで僕を諭し、優しく微笑んでいた可憐な少女は何処へやら。

 今のエルサの間抜け顔は、完全に残念少女のものだった。

「僕に付いて来てくれる?」

 唐突に僕は、そう言ってエルサの手を取った。 

「わたしはコウヘイが決めたことなら何も言わないよ」

 エルサは、頬を染めながら頷いてくれた。

「おーい、そういうのは、わしらがいないところでやってくれんかのう?」

 いつの間にか、僕とエルサの様子を他の三人が注目しており、三者三様の反応をみせた。

 イルマは、いつも通りクツクツと喉を鳴らして僕たちのことを揶揄った。
 エヴァは、口笛を吹いて茶化してくる。
 ミラなんて、エルサよりリンゴのように真っ赤になってあわあわしていた。

 いつまでもこんな時間が続きますように。

 大切なものを守るために、僕は前に進まなければならない。

 ――――この日を境に、コウヘイは、自重することを止めるのであった。
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