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第五章 宿命【英雄への道編】
第02話 素顔
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デミウルゴス神歴八四六年、八月一日、復元――モーラの曜日。
テレサの森の奥深く、ヘヴンスマウンテンの麓にあるダンジョン。ラルフローランの最下層と言われている一五階層は、安全階層である一〇階層と同様のドーム状をしていた。それでも、泉があったり、草花が自生していたり、光苔が辺りを照らしているということはない。
そこにあるのは闇――光が存在する余地を残さないほどの暗闇が占拠しているのだった。
が、
闇に抵抗するように魔導カンテラの光が一つ、また一つ、暗闇から顔を出す。
一つは、いまにも暗闇に呑み込まれそうなほど儚く、微動だにしていない。けれども、もう一つが突如眩い光を発し、小刻みに、そして激しく揺れはじめるのだった。
「嫌っ、ダメっ! 絶対ダメですわ! わっ、わたくしを一人にしないでッ――」
悲痛な叫び声を上げながらミディアムショートの紫色の髪を揺らす女性は、指先から血が出るのもお構いなしで土砂を掻き分けるように必死に手を動かす。
その女性は、エヴァ・フォン・サルターニ。
エヴァは、なんとかアースドラゴンを相手に無事生き残れた安堵よりも、不安で心がいまにも押し潰されそうだった。
両親が殺され、一人残されたときの絶望を。
パーティーを組んだ冒険者たちが全滅し、一人だけ生き残ってしまった悲しい過去を。
――思い出してしまったのだ。
再び誰かを失ってしまうのかと。
やっと信頼出来る仲間と思える相手に出会えたのに再び失ってしまうのかと。
過去の暗い記憶と共にエヴァはそんな不安に襲われていた。
「もう嫌なの……わたくしを一人に……置いていかないでっ!」
嗚咽を伴わせながら叫ぶエヴァは、グレーの双眸を涙で充血させ、鼻頭を真っ赤に染めている。いつもの勝気な雰囲気は消え失せ、悲しみに泣き叫ぶ少女のようにただひたすら手を動かし続けるしかできない。
アースドラゴンに吹き飛ばされたコウヘイたちが居たであろう壁際。エヴァは、積もった土砂を一心不乱に退かし、必死に救助活動を行っているのだった。
それを開始して数分後。
魔導カンテラの明かりを受け煌いたエルサの銀髪があらわになった。
「エルちゃん!」
それに歓喜したエヴァは、早く救い出すべく黙々と手を動かすことに専念する。
それからは早かった。
「イーちゃん! コウヘイさん!」
イルマとエルサがコウヘイを庇うように覆い被さっており、芋づる式に三人同時に救い出すことに成功したのだった――――
呼ばれている? そう思った瞬間、激痛が僕の身体を襲った。
「いっ!」
が、痛すぎて声にならない。現状把握のために起き上がろうにも首を動かすたびに背中に電流が走るような痛みを感じる。
もしかしたら、背骨が折れているかもしれない。
「良かった、気付いたのね!」
僕は、近くで聞こえた声に反応するように視線を向けると、覗き込んできたエヴァと目が合った。
どうやら僕は、地面に寝かされているようだ。
「やあ、エヴァ。大丈夫?」
エヴァの表情は、目元が腫れて顔全体に朱がさしており、まるで泣きはらしたあとのようだった。
「バカっ! 人のことより自分のことを心配しなさいよ」
尤もなことを言われたけど、僕としてはエルサたちみんなの安否の方が気になって仕方がない。
「他のみんなは? あと、アースドラゴンは、どうなったの?」
アースドラゴンがドラゴンブレスを放ったところで僕は意識を失ってしまった。それでも、僕が生きている時点で何かが起きたのだろう。と言うよりも、僕たちが取るに足らない相手と見なされそのまま姿を消したのかもしれない。
「三人ともおそらく命に別状はないわよ。あとドラゴンは大丈夫」
「おそらく? えっと、ドラゴンが大丈夫、って……ごめん、意味がわからない」
他の三人も生きていると判明し、安心しかけたけど、「おそらく」という言葉に不安が募る。さらに、ドラゴンに対する漠然とした返答に、僕が身を起こそうと力を込めると再び激痛に襲われる。
激痛に顔を歪めた僕に対し、心配するようにエヴァが声を荒げた。
「大丈夫って言ってるんだから落ち着きなさいってば!」
大丈夫だと言うエヴァの言葉を信じ、いまは大人しく言われた通りにした方がよさそうだ。
「順を追って説明するから、大人しくあたしの話を聞くこと。いい?」
「はい……」
僕の返事に満足したのか、エヴァはようやく詳細を語るために口を開いた。
「ミラちゃんには外傷がないから、単純な魔力切れだと思うの。それで取り敢えず、マジックポーションを飲ませたわ。エルちゃんとイーちゃんには、全身擦り傷や後頭部に打撲の跡があったから、エナジーポーションを浸した布で回復を試みたんだけど、目を覚まさないのよ。だから、おそらくと言ったの。あたしのマジックポーションはミラちゃんに飲ませたのが最後だったから……」
三人の症状を聞いた限りでは、その応急処置が妥当なところかな。むしろ、一人でそれだけの処置をしてくれたエヴァに感謝しないといけない。
「それでドラゴンだけど、みんなが目を覚ましたら話すわ。この一五階層にはいないから、一先ず安心してちょうだい。それに、コウヘイは傷が深かったからエナジーポーションを飲ませたんだから感謝しなさいよね」
「そっか、ありがとう」
話を聞き終えた僕は、エヴァの対応に感謝の言葉を口にする。それでも、そろそろこの姿勢のままで会話することに限界を感じはじめた。
僕は、地面に仰向けで寝そべっている。それに対し、なぜかエヴァは両手を地面に突いて覗き込むように僕の方を向いているのだ。そうなると、ざっくりと空いた革鎧の谷間に視線がどうしても行ってしまう。
僕は、バレてやしないだろうかと、不謹慎にも内心ひやひやしているのだった。
一先ず、自分自身に治癒魔法を掛けて起き上れるように回復を試みた。
幸い、ここまでの道のりで貯めた魔力が大分残っているハズだ。ここまでの大怪我がはじめてだったため、正直上手くいくか自信はない。それでも、エナジーポーションをエヴァが事前に飲ませてくれたおかげか、折れた左腕と腰の治療だけで直ぐに立ち上がれるようになった。
「あれ? でも……」
「どうしたのよ?」
エナジーポーション類は、傷口に掛けたりするだけでも効果を発揮する。それにもかかわらず、重症だった僕だけには飲ませたと言っていた。
「いや、そう言えば飲ませてくれたとか言っていたから」
ただ単に気になったから尋ねたんだけど、エヴァはそっぽを向いてしまい、心なしか頬が急に赤らんだ気がした。
「えーっと、エヴァ?」
僕が名前を呼ぶと、エヴァは上目遣いになって声を震わせたように言い放った。
「は、はじめてだったんだから、感謝しなさいよねっ」
「はじめて?」
「そ、そうよ! 気絶していたんだから口移しで飲ませるしかなかったのよ!」
「えっ!」
それを聞いた僕は、息をするのも忘れて口元へ手をやった。
そうか。だから感謝しなさいよねよ言っていたのか。僕は、てっきり治療を施した行為に対して言っているのだとばかり思っていたのだ。
それにしても、エヴァは年上だし綺麗だからそういう事情は経験豊富だと思っていたけど、どうやら僕の思い違いだったようだ。
僕は意外に思いながらも、エヴァの言動に妙に納得して声を漏らした。
「ふーん、そうなんだ」
「なっ、わ、わわ悪かったわね。あたしなんかで!」
何を勘違いしているんだ? エヴァは慌てたように叫んでから完全に俯いてしまう。
なんだろう……
そのときの記憶がないことが悔やまれたけど、そう言われると余計に僕まで恥ずかしくなってしまう。よくわからないけど、これが甘酸っぱい気持ち、というものなのだろうか?
そんなどうでもいい感想を抱きながらも、念のため謝ることにした。
「いや、むしろごめん。僕なんかがはじめてで……」
「ああー、もう! なんでコウヘイが謝るのよぉ。そのことはいいからエルちゃんたちを診てよ!」
うーん、やっぱり僕にはまだまだ女性の対応はできないようだ。
エヴァに急かされるまま僕は、エルサとイルマの状況を確認するために立ち上がる。
僕のときのようにエナジーポーションだけでは不完全だった可能性を考え、治癒魔法を二人にも掛けることにした。
それでも目を覚まさない。
「うーん、呼吸はしてるから大丈夫たと思うんだけど、もしかしたらミラと同じなのかな?」
目視だけでは外傷が見当たらず、異常は無いように思える。となると、ミラと同じ魔力切れの可能性が高いだろう。
早速、僕がエルサに魔力を供給して暫くすると、微かにエルサの瞼が震え、青みがかった銀色の双眸が僕をとらえた。
やはり、魔力切れが原因だったみたい。
ただ、それに安心したのも束の間。
「あれ? あ、あぁぁぁあああ――ッ!」
目を覚ますなりエルサは、叫びながら僕の胸に飛び込んでくる。思い切り抱き着かれたため結構苦しかったけど、それは回復した証拠だろう。
プレートアーマーを着込んでるはずなのに……エルサは意外と怪力なのかもしれない。
僕は、そのままエルサのしたいようにさせ、左腕をエルサの背中に回して右手でエルサの頭を優しく撫でる。
「コーヘー、心配したんだからぁー!」
「……うん」
「本当に、本当なんだからね!」
「……うん」
「わたし、待ってって言ったよね? なんで飛び込むのよー、コウヘイの、バカぁ!」
「……うん。いや、ごめん」
「もう、やだぁ……」
エルサは相当心配してくれたのだろう。そのまま泣き崩れたエルサを見て僕は、自分の浅はかな行動を悔いた。
エルサが落ち着くのを待ち、エルサへ施した要領でイルマにも魔力の供給を開始した。
「む……無事じゃったか……」
目を覚ましたイルマは、エルサとは違い冷静でいつも通りのように見える。
「うん、この通り」
無事を証明するように、僕は両手を広げて見せる。すると、むくりと起き上がったイルマは、そのまま僕に抱き着いてきたのだった。
エルサと違って苦しくはなかったけど、ある意味で苦しかった。あまりの驚きで呼吸を忘れたのだ。
「ど、どど、どうしたんだよ!」
「どうもせん! ほら、動くな……」
「え? あ、はい……」
気が動転した僕を他所にイルマは、次々と要求をしてくる。
「む、コウヘイよ。両手が開いているようじゃが?」
「ん?」
「わしに恥ずかしい思いをさせるんか」
「は、はい、ごめんなさいっ」
激しく動揺した僕は、もう訳がわからずに言われるがままだ。
「うむ、それでよいのじゃ」
結局、エルサにしたようにイルマの背中へ腕を回した。それでも、イルマはエルサよりも色々な意味で小さいため、腕が大分余ってしまう。
正直、その抱擁はぎこちない感じになった。
一先ず、余った腕を持ち上げてエルサにしたように右手で頭を撫でてあげると、イルマの口角が少し上がり、「うむ」と嬉しそうにはにかむのだった。
うーん、訳がわからない。
それが僕の正直な感想だ。
撫でれば機嫌を直してくれるから僕としてはありがたいけど、その理屈が僕にはわからない。
それにしても、おねだりされて頭を撫でてあげる機会がままあった。けれども、このように抱擁したのは、はじめてかもしれない。
そう思った僕は、はっとしてエルサを見た。
僕の自意識過剰でなければ、エルサは僕に好意を寄せている。そんなエルサの前で僕が別の女性――女性の定義は要検討――と抱き合っているのを目にして気分がいいはずがない。
が、当のエルサは、ニコニコしており、不機嫌になるどころか手さえ振っている。
内心で僕は、「はぁぁあッ!」とらしくない叫び声をあげた。
イルマに抱擁を求められた以上に、僕がエルサの反応に混乱しているとイルマが変なことを言いだした。
「うむ、温かくて気持ちがよいの」
「え? 冷たいよね、どう見ても?」
僕の胸に顔を埋めるイルマを見た僕はそう訂正する。イルマの頬が触れているのは、鎧のミスリル部分なのだから温かい訳が無いのだ。
「違う、手のことを言っておるのじゃ」
「あ、さいですか……」
「うむっ、興が削がれた……もうよい」
ぶすっと不機嫌な顔をしたイルマは、僕の腕からするりと抜け出す。どうやら僕は、再び対応を間違えたようだった。
――――そのときのエヴァは、エルサとイルマの対応で慌てふためくコウヘイの姿を眺めながら一人満足気に頷き、「皆さんが無事でよかったわ」と呟くと、そのまま唇へ人差し指と中指を持っていき、コウヘイの感触を思い出して頬を染める。
コウヘイの浅薄な行動のせいで危うくデビルスレイヤーズは、壊滅するところだった。
それに対し、色々と思うところがあるエヴァではあったが、いまは全員が生き残ったことに感謝して微笑むのだった。
テレサの森の奥深く、ヘヴンスマウンテンの麓にあるダンジョン。ラルフローランの最下層と言われている一五階層は、安全階層である一〇階層と同様のドーム状をしていた。それでも、泉があったり、草花が自生していたり、光苔が辺りを照らしているということはない。
そこにあるのは闇――光が存在する余地を残さないほどの暗闇が占拠しているのだった。
が、
闇に抵抗するように魔導カンテラの光が一つ、また一つ、暗闇から顔を出す。
一つは、いまにも暗闇に呑み込まれそうなほど儚く、微動だにしていない。けれども、もう一つが突如眩い光を発し、小刻みに、そして激しく揺れはじめるのだった。
「嫌っ、ダメっ! 絶対ダメですわ! わっ、わたくしを一人にしないでッ――」
悲痛な叫び声を上げながらミディアムショートの紫色の髪を揺らす女性は、指先から血が出るのもお構いなしで土砂を掻き分けるように必死に手を動かす。
その女性は、エヴァ・フォン・サルターニ。
エヴァは、なんとかアースドラゴンを相手に無事生き残れた安堵よりも、不安で心がいまにも押し潰されそうだった。
両親が殺され、一人残されたときの絶望を。
パーティーを組んだ冒険者たちが全滅し、一人だけ生き残ってしまった悲しい過去を。
――思い出してしまったのだ。
再び誰かを失ってしまうのかと。
やっと信頼出来る仲間と思える相手に出会えたのに再び失ってしまうのかと。
過去の暗い記憶と共にエヴァはそんな不安に襲われていた。
「もう嫌なの……わたくしを一人に……置いていかないでっ!」
嗚咽を伴わせながら叫ぶエヴァは、グレーの双眸を涙で充血させ、鼻頭を真っ赤に染めている。いつもの勝気な雰囲気は消え失せ、悲しみに泣き叫ぶ少女のようにただひたすら手を動かし続けるしかできない。
アースドラゴンに吹き飛ばされたコウヘイたちが居たであろう壁際。エヴァは、積もった土砂を一心不乱に退かし、必死に救助活動を行っているのだった。
それを開始して数分後。
魔導カンテラの明かりを受け煌いたエルサの銀髪があらわになった。
「エルちゃん!」
それに歓喜したエヴァは、早く救い出すべく黙々と手を動かすことに専念する。
それからは早かった。
「イーちゃん! コウヘイさん!」
イルマとエルサがコウヘイを庇うように覆い被さっており、芋づる式に三人同時に救い出すことに成功したのだった――――
呼ばれている? そう思った瞬間、激痛が僕の身体を襲った。
「いっ!」
が、痛すぎて声にならない。現状把握のために起き上がろうにも首を動かすたびに背中に電流が走るような痛みを感じる。
もしかしたら、背骨が折れているかもしれない。
「良かった、気付いたのね!」
僕は、近くで聞こえた声に反応するように視線を向けると、覗き込んできたエヴァと目が合った。
どうやら僕は、地面に寝かされているようだ。
「やあ、エヴァ。大丈夫?」
エヴァの表情は、目元が腫れて顔全体に朱がさしており、まるで泣きはらしたあとのようだった。
「バカっ! 人のことより自分のことを心配しなさいよ」
尤もなことを言われたけど、僕としてはエルサたちみんなの安否の方が気になって仕方がない。
「他のみんなは? あと、アースドラゴンは、どうなったの?」
アースドラゴンがドラゴンブレスを放ったところで僕は意識を失ってしまった。それでも、僕が生きている時点で何かが起きたのだろう。と言うよりも、僕たちが取るに足らない相手と見なされそのまま姿を消したのかもしれない。
「三人ともおそらく命に別状はないわよ。あとドラゴンは大丈夫」
「おそらく? えっと、ドラゴンが大丈夫、って……ごめん、意味がわからない」
他の三人も生きていると判明し、安心しかけたけど、「おそらく」という言葉に不安が募る。さらに、ドラゴンに対する漠然とした返答に、僕が身を起こそうと力を込めると再び激痛に襲われる。
激痛に顔を歪めた僕に対し、心配するようにエヴァが声を荒げた。
「大丈夫って言ってるんだから落ち着きなさいってば!」
大丈夫だと言うエヴァの言葉を信じ、いまは大人しく言われた通りにした方がよさそうだ。
「順を追って説明するから、大人しくあたしの話を聞くこと。いい?」
「はい……」
僕の返事に満足したのか、エヴァはようやく詳細を語るために口を開いた。
「ミラちゃんには外傷がないから、単純な魔力切れだと思うの。それで取り敢えず、マジックポーションを飲ませたわ。エルちゃんとイーちゃんには、全身擦り傷や後頭部に打撲の跡があったから、エナジーポーションを浸した布で回復を試みたんだけど、目を覚まさないのよ。だから、おそらくと言ったの。あたしのマジックポーションはミラちゃんに飲ませたのが最後だったから……」
三人の症状を聞いた限りでは、その応急処置が妥当なところかな。むしろ、一人でそれだけの処置をしてくれたエヴァに感謝しないといけない。
「それでドラゴンだけど、みんなが目を覚ましたら話すわ。この一五階層にはいないから、一先ず安心してちょうだい。それに、コウヘイは傷が深かったからエナジーポーションを飲ませたんだから感謝しなさいよね」
「そっか、ありがとう」
話を聞き終えた僕は、エヴァの対応に感謝の言葉を口にする。それでも、そろそろこの姿勢のままで会話することに限界を感じはじめた。
僕は、地面に仰向けで寝そべっている。それに対し、なぜかエヴァは両手を地面に突いて覗き込むように僕の方を向いているのだ。そうなると、ざっくりと空いた革鎧の谷間に視線がどうしても行ってしまう。
僕は、バレてやしないだろうかと、不謹慎にも内心ひやひやしているのだった。
一先ず、自分自身に治癒魔法を掛けて起き上れるように回復を試みた。
幸い、ここまでの道のりで貯めた魔力が大分残っているハズだ。ここまでの大怪我がはじめてだったため、正直上手くいくか自信はない。それでも、エナジーポーションをエヴァが事前に飲ませてくれたおかげか、折れた左腕と腰の治療だけで直ぐに立ち上がれるようになった。
「あれ? でも……」
「どうしたのよ?」
エナジーポーション類は、傷口に掛けたりするだけでも効果を発揮する。それにもかかわらず、重症だった僕だけには飲ませたと言っていた。
「いや、そう言えば飲ませてくれたとか言っていたから」
ただ単に気になったから尋ねたんだけど、エヴァはそっぽを向いてしまい、心なしか頬が急に赤らんだ気がした。
「えーっと、エヴァ?」
僕が名前を呼ぶと、エヴァは上目遣いになって声を震わせたように言い放った。
「は、はじめてだったんだから、感謝しなさいよねっ」
「はじめて?」
「そ、そうよ! 気絶していたんだから口移しで飲ませるしかなかったのよ!」
「えっ!」
それを聞いた僕は、息をするのも忘れて口元へ手をやった。
そうか。だから感謝しなさいよねよ言っていたのか。僕は、てっきり治療を施した行為に対して言っているのだとばかり思っていたのだ。
それにしても、エヴァは年上だし綺麗だからそういう事情は経験豊富だと思っていたけど、どうやら僕の思い違いだったようだ。
僕は意外に思いながらも、エヴァの言動に妙に納得して声を漏らした。
「ふーん、そうなんだ」
「なっ、わ、わわ悪かったわね。あたしなんかで!」
何を勘違いしているんだ? エヴァは慌てたように叫んでから完全に俯いてしまう。
なんだろう……
そのときの記憶がないことが悔やまれたけど、そう言われると余計に僕まで恥ずかしくなってしまう。よくわからないけど、これが甘酸っぱい気持ち、というものなのだろうか?
そんなどうでもいい感想を抱きながらも、念のため謝ることにした。
「いや、むしろごめん。僕なんかがはじめてで……」
「ああー、もう! なんでコウヘイが謝るのよぉ。そのことはいいからエルちゃんたちを診てよ!」
うーん、やっぱり僕にはまだまだ女性の対応はできないようだ。
エヴァに急かされるまま僕は、エルサとイルマの状況を確認するために立ち上がる。
僕のときのようにエナジーポーションだけでは不完全だった可能性を考え、治癒魔法を二人にも掛けることにした。
それでも目を覚まさない。
「うーん、呼吸はしてるから大丈夫たと思うんだけど、もしかしたらミラと同じなのかな?」
目視だけでは外傷が見当たらず、異常は無いように思える。となると、ミラと同じ魔力切れの可能性が高いだろう。
早速、僕がエルサに魔力を供給して暫くすると、微かにエルサの瞼が震え、青みがかった銀色の双眸が僕をとらえた。
やはり、魔力切れが原因だったみたい。
ただ、それに安心したのも束の間。
「あれ? あ、あぁぁぁあああ――ッ!」
目を覚ますなりエルサは、叫びながら僕の胸に飛び込んでくる。思い切り抱き着かれたため結構苦しかったけど、それは回復した証拠だろう。
プレートアーマーを着込んでるはずなのに……エルサは意外と怪力なのかもしれない。
僕は、そのままエルサのしたいようにさせ、左腕をエルサの背中に回して右手でエルサの頭を優しく撫でる。
「コーヘー、心配したんだからぁー!」
「……うん」
「本当に、本当なんだからね!」
「……うん」
「わたし、待ってって言ったよね? なんで飛び込むのよー、コウヘイの、バカぁ!」
「……うん。いや、ごめん」
「もう、やだぁ……」
エルサは相当心配してくれたのだろう。そのまま泣き崩れたエルサを見て僕は、自分の浅はかな行動を悔いた。
エルサが落ち着くのを待ち、エルサへ施した要領でイルマにも魔力の供給を開始した。
「む……無事じゃったか……」
目を覚ましたイルマは、エルサとは違い冷静でいつも通りのように見える。
「うん、この通り」
無事を証明するように、僕は両手を広げて見せる。すると、むくりと起き上がったイルマは、そのまま僕に抱き着いてきたのだった。
エルサと違って苦しくはなかったけど、ある意味で苦しかった。あまりの驚きで呼吸を忘れたのだ。
「ど、どど、どうしたんだよ!」
「どうもせん! ほら、動くな……」
「え? あ、はい……」
気が動転した僕を他所にイルマは、次々と要求をしてくる。
「む、コウヘイよ。両手が開いているようじゃが?」
「ん?」
「わしに恥ずかしい思いをさせるんか」
「は、はい、ごめんなさいっ」
激しく動揺した僕は、もう訳がわからずに言われるがままだ。
「うむ、それでよいのじゃ」
結局、エルサにしたようにイルマの背中へ腕を回した。それでも、イルマはエルサよりも色々な意味で小さいため、腕が大分余ってしまう。
正直、その抱擁はぎこちない感じになった。
一先ず、余った腕を持ち上げてエルサにしたように右手で頭を撫でてあげると、イルマの口角が少し上がり、「うむ」と嬉しそうにはにかむのだった。
うーん、訳がわからない。
それが僕の正直な感想だ。
撫でれば機嫌を直してくれるから僕としてはありがたいけど、その理屈が僕にはわからない。
それにしても、おねだりされて頭を撫でてあげる機会がままあった。けれども、このように抱擁したのは、はじめてかもしれない。
そう思った僕は、はっとしてエルサを見た。
僕の自意識過剰でなければ、エルサは僕に好意を寄せている。そんなエルサの前で僕が別の女性――女性の定義は要検討――と抱き合っているのを目にして気分がいいはずがない。
が、当のエルサは、ニコニコしており、不機嫌になるどころか手さえ振っている。
内心で僕は、「はぁぁあッ!」とらしくない叫び声をあげた。
イルマに抱擁を求められた以上に、僕がエルサの反応に混乱しているとイルマが変なことを言いだした。
「うむ、温かくて気持ちがよいの」
「え? 冷たいよね、どう見ても?」
僕の胸に顔を埋めるイルマを見た僕はそう訂正する。イルマの頬が触れているのは、鎧のミスリル部分なのだから温かい訳が無いのだ。
「違う、手のことを言っておるのじゃ」
「あ、さいですか……」
「うむっ、興が削がれた……もうよい」
ぶすっと不機嫌な顔をしたイルマは、僕の腕からするりと抜け出す。どうやら僕は、再び対応を間違えたようだった。
――――そのときのエヴァは、エルサとイルマの対応で慌てふためくコウヘイの姿を眺めながら一人満足気に頷き、「皆さんが無事でよかったわ」と呟くと、そのまま唇へ人差し指と中指を持っていき、コウヘイの感触を思い出して頬を染める。
コウヘイの浅薄な行動のせいで危うくデビルスレイヤーズは、壊滅するところだった。
それに対し、色々と思うところがあるエヴァではあったが、いまは全員が生き残ったことに感謝して微笑むのだった。
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食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
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