今世は良い子になります

ゆゆ

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17.

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僕はウィルソン先生のことを買っている。教え方は上手だし、魔法の実技の授業はまだだけど、座学だけでわかる範囲では魔法士としての腕も十分だ。だから、出来れば先生には家庭教師のままでいて欲しい。何となく先生に不信感があるのはきっと先生のことを僕が何も知らないから。そして、同じように先生も僕のことを何も知らない。だから僕たちは他人同士のまま授業を行っているのだ。それではコミュニケーションが上手く取れるはずもない。言葉が足りなければ上手く行かないことは、家族でもう十分わかった。
ならどうすればいいのか?色々と考えたけれど、お世辞にも人と深く関わってきたとは言えない僕は、エイミー先生の真似をする以外思いつかなかった。そう、雑談作戦だ。
思い立ったその後すぐの授業で僕は早速先生に話しかけることにした。勿論授業態度を咎められたら困るから、全ての講義が終わった後でだ。
「ウィルソン先生。」
「何だ。」
「ウィルソン先生の好きな食べ物ってなんですか?」
「は?」
てっきりいつも通り教えられた内容に関する質問だと思っていたのだろう。彼は口をあんぐりと開けて、見たことがないような表情をしていた。そして、僕とウィルソン先生の間に沈黙が流れる。時間にして十数秒と言ったところだろうけれど、僕には永遠みたいに感じた。突然変なことを聞いてごめんなさいと謝ろうかと思った時、ようやく彼は口を開いた。
「……シチューだ。」
「っ!シチューですか。美味しいですよね!」
「あ、ああ。」
「ミルクのものですか?それともビーフシチューですか?」
「ミルクの方だ。」
先生は明らかに戸惑った様子だったけれど、僕がずずいと顔を近づけて聞くと、やや顔をひくつかせながら答えてくれた。
「僕は侍女の作ってくれるチョコレートケーキが1番好きです!」
「そうか。」
「先生は甘いものはお好きですか?」
「……なあ、先程からなんなんだ。授業とは関係のないことばかり聞いて。」
しびれを切らしたように先生はそう言った。わかるよ。突然そんな風に沢山話を振られたら困るよな。僕もそうだったから。けれど、先生には慣れてもらうしかない。そして、次の授業でも質問するために、ここでは上手く答えなければならないので、
「ウィルソン先生のこと、もっと知りたかったんです。……だめでしたか?」
と、めいいっぱい僕の可愛い目をうるうるさせて先生を見つめる。流石のお堅いウィルソン先生にも多少は聞いたのか、気まずそうな顔をして、
「だめ……ではないが……」
と呟いた。よし、言質は取ったぞ。
「じゃあこれからも僕とお話してくださいね?」
と微笑めば先生は眉を寄せながら、
「授業の妨げにならないようにしろ。」
と言った。残念でした。僕の頭の中には18年分の知識があるんだ。おしゃべりをしたくらいで勉学に支障はでない。
それからも、授業が終わる度に僕はウィルソン先生を質問攻めにした。ウィルソン先生は短く一言でしか返してくれなかったし、質問をし返してくれるなんてこともなかったが、僕はめげなかった。
「甘いものだと何が好きですか?」
「甘いものは好かん。」
「じゃあ紅茶もお嫌いですか?」
「普通だ。」
「コーヒーはどうですか。」
「まあ、よく飲むな。」
などと、また彼も、最初こそ僕の矢継ぎ早な質問にたじろいでいたが、最近では無表情で返されるようになった。困っているウィルソン先生を見るのも楽しかったので、少し残念だ。
しかし、先生が慣れてきたということは次の作戦に移行できるということだ。先生の趣味趣向をある程度聞き出したら、僕は先生をティータイムに誘うことに決めていた。
「先生!今日この後お時間はございますか?」
「なんだ。」
「コーヒーを用意させたので、良かったら一緒にお茶をしませんか?甘くないお茶請けもありますから。」
そう僕が言うと、ウィルソン先生は暫し目を泳がせた後で、
「まあ、少しなら。」
と言った。良かった、断られたらどうしようかと実は思っていたのだ。ウィルソン先生に泣き落としが通じるかどうかは疑問だし。
今日は天気が良かったので、そのまま僕と先生は庭園にあるガゼボに移動して、テーブルを囲んだ。季節はもう7月で、あと少し遅かったら暑すぎてここでティータイムは楽しめなかっただろう。眺めが良くて会話が続かなくても楽しめるから、出来ればここでお茶をしたかった。僕は紅茶とクッキー、ウィルソン先生はコーヒーとベーコンの練り込まれたスコーンをお茶請けに。最初は本当に甘くないのか半信半疑という様子だった先生も、一口食べて気に入ったのか2つ目に手が伸びていた。
「先生ってそう言えばおいくつなんですか?」
「18だ。」
「えっ!」
「何だ。」
見た目の割に若いので驚いたけれど、それを言う訳にもいかないので、
「その若さで王家の魔法士をされてるなんて、優秀なんですね。」
と言っておく。これも嘘じゃない。王家の魔法士になるためには実力は勿論、難しい試験に合格しなければならないと聞く。人によっては30代半ばでようやく合格する人もいるらしいから、この人は本当に優秀なのだろう。しかし、彼は僕の言葉が気に入らなかったようで顔を顰めて、
「お世辞はいらない。」
と唸った。最近はなりを潜めていたのだが、やはりウィルソン先生は卑屈だ。流石にちょっとカチンときて、
「お世辞じゃありません!先生は授業も分かりやすいし、すごい人だって思ってます!」
と大きな声を出してしまった。慌てて口に手を当てると、先生は驚いたように目を見開いて固まってしまっていた。失礼な物言いをしたと怒られてしまうだろうか。
「……すまない。私が大人げなかった。」
しかし、僕の心配とは裏腹に先生は眉を寄せて頭を下げた。
「い、いえ!頭をあげてください!」
家庭教師に頭を下げさせている所なんてこの場にいる人以外に見られたら、また僕が悪いことをしていると思われてしまう。僕が慌ててそう言うと、先生は顔をあげて僕の顔を見つめた。そして、
「最近私のことについてよく聞いてくるようになったな。」
と零した。先生の言葉の意図が読めず、
「はい。」
とだけ返す。
「私のことが知りたいか?」
先生は真面目な顔をしてそう言った。勿論だ。そのために僕はここ暫く、先生にしつこく聞いて回ったのだから。
「知りたいです。」
「……私は伯爵家の人間だと言ったな。」
僕が肯定すれば、先生はぽつりぽつりと語り始めた。
「私は養子なのだ。代々魔法士を排出している家なのだが、上の兄2人にはあまり適性がなくてな。孤児院で魔法適性のある子供、つまり私が引き取られた。」
「……」
思っていたよりも重く深い話をされて、何を言うべきか分からず、黙って続きを待つ。
「魔法士になるために迎え入れられたのだから、当然厳しく躾られ、様々なことを学ばされた。しかし、一方で平民である私を恥じたのか、社交界には全くと言っていいほど出しては貰えなかった。」
彼は目を伏せて、テーブルの上に置かれた自分の手を見つめたまま話し続ける。
「そんな……」
社交界で遊ぶことでストレス発散をしていたルイスにとってはそれは拷問のように思えた。
「別にいい。私は興味がなかったしな。そして、兄2人からは才能が云々で疎まれた。家に居場所なんてなかったから、早く出てしまいたかったよ。」
「それで、その歳で魔法士に?」
「そうだ。しかし、就職しても居場所がないことに変わりはなかったがな。」
「どういうことですか?」
「この若さで魔法士になった平民を、帰属連中が面白く思うはずはないだろう。仕事を与えられず、雑用ばかり押し付けられている。」
「酷い……」
「王家の魔法士であるにも関わらず、こうして君に教えることができているのはそういう訳だ。」
「……」
「さて、思わずこんなことを話してしまったが、私は面白くも凄くもない、関わっても仕方の無い人間だ。君も私を解雇したければすると良い。」
先生はそう言って顔をあげると、驚いたような顔をした。どうしたのだろうと思っていると、頬を温かいものが伝う感触がした。指で触れてみるとそれは透明な雫で、どうやら僕は泣いているらしかった。
「どうしてルイスが泣いているんだ。」
先生は困ったようにそう言って綺麗なハンカチを差し出してくれる。それを受け取りながら僕自身もどうしてだろうと考えて、理解した。だって、今一人ぼっちでいるウィルソン先生はまるで前世の僕みたいだったからだ。事情も地位も何もかも違うけれど、諦めと僅かな期待を孕んだその目を僕は何度も鏡の向こう側に見てきた。家にも学校にも、本当の居場所なんてどこにもなかった。けれど、より良い人と結婚できればもしかしたら、なんて愚かにも光を掴もうとしていたのだ。本当はすぐそこに光っているものはあったのに。
でも、ウィルソン先生にはあるのだろうか。僕にはお父様とお兄様がいる。けれど、ウィルソン先生は家でも職場でも上手くいっていないようだ。
ずびずびと鼻を鳴らして借りたハンカチで涙を拭っていると、先生が初めて見る優しい目で僕を見ていることに気がついた。
「先生?」
「君は変わっているな。こんな私の話を聞いて泣くなんて。」
「そんなことないです。僕は先生のことを尊敬しているし、これからも教えて欲しいと思っているんです。だから、ウィルソン先生のことを下げないでください。」
喉をしゃくり上げながら、何とかそういうと、先生は目を瞬かせて、
「君は本当に変わっているな。」
と少し笑ってくれた。その笑顔が、何故か凄く尊い物のように思えて、僕が先生の居場所をつくってあげられたらいいのに、なんて無責任なことをおもってしまったのだ。
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