【完結】貧乏令嬢、悪徳商人の息子に嫁ぎましたが――浮気と虐げの日々は終わりです

五月ふう

文字の大きさ
2 / 5

絶対復讐するから!Side モア

しおりを挟む
Side モア

ここは、三百年前から続く豊かな島国。
 四方を海に抱かれ、交易で賑わう港には、香辛料と果物の匂いがする。

 私の家もまた三百年の歴史を持つ由緒ある貴族だった――過去形で言えば、だけど。
 近年の飢饉が領地を襲い、借財状況は見ていられないはど無惨だ。
人は私の家を「貧乏貴族」とバカにした。

 それでも、私は家を守りたいと思っていた。
 …あの冬の夜、父の口から告げられるまでは。

「我が家の家宝は……もうない。あの商人に、すっかりしてやられた」

 父の声は震えていた。続いた言葉に、私は息を呑む。

「そして……お前を、あの商人の息子に嫁がせねばならぬ」

「どうして?」
「その……借金を返せないなら、モアを嫁によこせと、やつらが」
「……何のために?」
「やつらは、貴族になりたいんじゃ。きっと最初からそのつもりだったんじゃ…すまん。本当にすまん、モア」

 膝の上で固く握った手が、汗で滑った。胸は苦しいのに、なぜか笑えてしまった。
 
――なるほど、家を守る方法は一つだけ。私が犠牲になることだ。



 私はモア。幼いころから第二王子のクレイと一緒に育った。母同士が親友で、よく屋敷を行き来していたからだ。
 彼は周囲から「完璧な王子」と言われる。だけど私にとっては――ただの悪友だ。

 だって昔、彼がこう言ったから。

「みんな俺を“殿下”って呼ぶ。息苦しいんだ。ひとりぼっちな気がする」
 そしてむすっと言い足す。
「だからモア。お前だけは普通に話せ。敬語禁止。命令だ。」
「はいはい、クレイ」
「よし。従ったな」
「その威張り方、ぜったい友達減るよ」
「……減ってもモアがいる」

 以来、私たちはタメ口だ。身分なんて、二人の間にはない。

 だから、私が悪徳商人の息子に嫁ぐと決まった日、彼は烈火のごとく怒った。
「モア、そんな結婚、絶対にやめろ!」
「無理ね。うちはもう後がないんだよ」
「家より大事なのはお前自身の幸せだろ」
「前に私を池に落とした人が言っても説得力ないよ」
「あれは事故!」
「わかってるよ」

 ふざけ合っていても、クレイの目は真剣だった。

「なんであんな奴に従うんだよ‼」

私は、クレイにそっとささやいた。

「私はあの男に嫁ぐ…だけど、それは、あいつから家宝を取り返すためだよ。クレイ。私は絶対に負けないから。」





 婚礼の日、私は姿を偽った。
 大きなそばかすを顔に描き、もじゃもじゃのかつらを被り、分厚い眼鏡で目元を隠す。
 姿見に映るのは「冴えない田舎娘」。
 女好きのあの男なら、見向きもしないはず。

 案の定、商人の息子パウロは私を一瞥しただけで鼻で笑った。


 結婚相手――商人の息子、パウロ。
 小太りで、指という指に金の輪。笑えば金歯がギラリ、香水は甘すぎるし、歩けば布の擦れる音がする。

「お前の部屋は、あそこだ」

 案内されたのは屋根裏だった。埃、割れた窓、軋む寝台。
「ここですか?」
「田舎娘には十分だ。どうせ何もできないだろう?」

 私は使用人と同じ下働きに組み込まれた。夜、廊下の向こうからは笑い声――パウロが愛人を堂々と迎え入れている。
 鉢合わせるたび、彼は肩をすくめる。

「誤解するな。あれは“友達”だ」
「へえ。ずいぶん仲の良い“友達”ですね」

 パウロを見ていると、吐き気を催しそう。けれど口角だけは上げる。
 ――大丈夫。今に見てなさい。

 救いもあった。
 料理人のマリは「ほら内緒」と焼き菓子を渡してくれ、庭師の老爺は黙って花鋏を貸してくれた。
 洗濯場の子たちと歌えば、屋根裏の埃っぽさも少しは紛れる。
 私は不幸の真ん中で、ちゃんと笑った。
 けれど、心の奥であの男を憎む気持ちは忘れなかった。


 ――家宝を取り戻し、やつらに絶対”復讐”してやる。



屋敷での暮らしの中、私はパウロの振る舞いを注意深く観察していた。
 彼はよく「俺は商売の才がある」と吹聴していたが、実態はずいぶんお粗末なものだった。

 たとえば、港から入ってきた品を取り扱うとき。
 「見ろ、今月の売り上げは倍だ!」と胸を張ってみせるが、帳簿を覗けば、数字を水増ししているのがすぐにわかった。実際の売り上げより多く見せかけ、その差額を「手間賃」と称して懐に入れているのだ。

 あるときは、安物の織物を「王都直送の高級品だ」と偽り、商会に高値で売りつけた。
 またあるときは、使用人たちに「倹約だ」と粗末な食事を強いながら、自分は愛人に宝飾品を買い与えていた。

 ――父親譲りの“賢さ”なのだろう。馬鹿な相手を見つけては、笑顔でしゃぶり尽くす。
 けれど、それも長くは続かない。

(だって私が、全部暴いてみせるから。)

 私は黙って耐えるふりをしながら、証拠をひとつずつ集めていった。

 証拠が、十分に集まった時、私はクレイに手紙を書いた。
 手紙を受け取ったクレイは、すぐに駆け付けてくれた。
 夜の庭で、私はクレイに言った。


「お願い。あいつに復讐するのを手伝って」
「任せろ。……っていうかモア、俺より調べが早いな。頭打ったんじゃないか?」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる。前はもうちょっと抜けてた。」
「は? 今すぐ取り消してよ」
「はいはい。……モア、よく頑張ったよ。」

クレイは笑った。

「復讐、成功させて、さっさとあんな男と離婚しよう。」

どうやら私は少し、幼馴染を心配させてしまっていたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。 誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。 それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。 そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

婚約破棄されたので、元婚約者の兄(無愛想な公爵様)と結婚します

ニャーゴ
恋愛
伯爵令嬢のエレナは、社交界で完璧な令嬢と評されるも、婚約者である王太子が突然**「君とは結婚できない。真実の愛を見つけた」**と婚約破棄を告げる。 王太子の隣には、彼の新しい恋人として庶民出身の美少女が。 「うわ、テンプレ展開すぎない?」とエレナは内心で呆れるが、王家の意向には逆らえず破談を受け入れるしかない。 しかしその直後、王太子の兄である公爵アルベルトが「俺と結婚しろ」と突如求婚。 無愛想で冷徹と噂されるアルベルトだったが、実はエレナにずっと想いを寄せていた。 婚約破棄されたことで彼女を手に入れるチャンスが巡ってきたとばかりに、強引に結婚へ持ち込もうとする。 「なんでこんな展開になるの!?』と戸惑うエレナだが、意外にもアルベルトは不器用ながらも優しく、次第に惹かれていく—— だが、その矢先、王太子が突然「やっぱり君が良かった」と復縁を申し出てきて……!?

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?

みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。 婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。 なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。 (つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?) ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる? ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...