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絶対復讐するから!Side モア
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Side モア
ここは、三百年前から続く豊かな島国。
四方を海に抱かれ、交易で賑わう港には、香辛料と果物の匂いがする。
私の家もまた三百年の歴史を持つ由緒ある貴族だった――過去形で言えば、だけど。
近年の飢饉が領地を襲い、借財状況は見ていられないはど無惨だ。
人は私の家を「貧乏貴族」とバカにした。
それでも、私は家を守りたいと思っていた。
…あの冬の夜、父の口から告げられるまでは。
「我が家の家宝は……もうない。あの商人に、すっかりしてやられた」
父の声は震えていた。続いた言葉に、私は息を呑む。
「そして……お前を、あの商人の息子に嫁がせねばならぬ」
「どうして?」
「その……借金を返せないなら、モアを嫁によこせと、やつらが」
「……何のために?」
「やつらは、貴族になりたいんじゃ。きっと最初からそのつもりだったんじゃ…すまん。本当にすまん、モア」
膝の上で固く握った手が、汗で滑った。胸は苦しいのに、なぜか笑えてしまった。
――なるほど、家を守る方法は一つだけ。私が犠牲になることだ。
◇
私はモア。幼いころから第二王子のクレイと一緒に育った。母同士が親友で、よく屋敷を行き来していたからだ。
彼は周囲から「完璧な王子」と言われる。だけど私にとっては――ただの悪友だ。
だって昔、彼がこう言ったから。
「みんな俺を“殿下”って呼ぶ。息苦しいんだ。ひとりぼっちな気がする」
そしてむすっと言い足す。
「だからモア。お前だけは普通に話せ。敬語禁止。命令だ。」
「はいはい、クレイ」
「よし。従ったな」
「その威張り方、ぜったい友達減るよ」
「……減ってもモアがいる」
以来、私たちはタメ口だ。身分なんて、二人の間にはない。
だから、私が悪徳商人の息子に嫁ぐと決まった日、彼は烈火のごとく怒った。
「モア、そんな結婚、絶対にやめろ!」
「無理ね。うちはもう後がないんだよ」
「家より大事なのはお前自身の幸せだろ」
「前に私を池に落とした人が言っても説得力ないよ」
「あれは事故!」
「わかってるよ」
ふざけ合っていても、クレイの目は真剣だった。
「なんであんな奴に従うんだよ‼」
私は、クレイにそっとささやいた。
「私はあの男に嫁ぐ…だけど、それは、あいつから家宝を取り返すためだよ。クレイ。私は絶対に負けないから。」
◇
婚礼の日、私は姿を偽った。
大きなそばかすを顔に描き、もじゃもじゃのかつらを被り、分厚い眼鏡で目元を隠す。
姿見に映るのは「冴えない田舎娘」。
女好きのあの男なら、見向きもしないはず。
案の定、商人の息子パウロは私を一瞥しただけで鼻で笑った。
結婚相手――商人の息子、パウロ。
小太りで、指という指に金の輪。笑えば金歯がギラリ、香水は甘すぎるし、歩けば布の擦れる音がする。
「お前の部屋は、あそこだ」
案内されたのは屋根裏だった。埃、割れた窓、軋む寝台。
「ここですか?」
「田舎娘には十分だ。どうせ何もできないだろう?」
私は使用人と同じ下働きに組み込まれた。夜、廊下の向こうからは笑い声――パウロが愛人を堂々と迎え入れている。
鉢合わせるたび、彼は肩をすくめる。
「誤解するな。あれは“友達”だ」
「へえ。ずいぶん仲の良い“友達”ですね」
パウロを見ていると、吐き気を催しそう。けれど口角だけは上げる。
――大丈夫。今に見てなさい。
救いもあった。
料理人のマリは「ほら内緒」と焼き菓子を渡してくれ、庭師の老爺は黙って花鋏を貸してくれた。
洗濯場の子たちと歌えば、屋根裏の埃っぽさも少しは紛れる。
私は不幸の真ん中で、ちゃんと笑った。
けれど、心の奥であの男を憎む気持ちは忘れなかった。
――家宝を取り戻し、やつらに絶対”復讐”してやる。
◇
屋敷での暮らしの中、私はパウロの振る舞いを注意深く観察していた。
彼はよく「俺は商売の才がある」と吹聴していたが、実態はずいぶんお粗末なものだった。
たとえば、港から入ってきた品を取り扱うとき。
「見ろ、今月の売り上げは倍だ!」と胸を張ってみせるが、帳簿を覗けば、数字を水増ししているのがすぐにわかった。実際の売り上げより多く見せかけ、その差額を「手間賃」と称して懐に入れているのだ。
あるときは、安物の織物を「王都直送の高級品だ」と偽り、商会に高値で売りつけた。
またあるときは、使用人たちに「倹約だ」と粗末な食事を強いながら、自分は愛人に宝飾品を買い与えていた。
――父親譲りの“賢さ”なのだろう。馬鹿な相手を見つけては、笑顔でしゃぶり尽くす。
けれど、それも長くは続かない。
(だって私が、全部暴いてみせるから。)
私は黙って耐えるふりをしながら、証拠をひとつずつ集めていった。
証拠が、十分に集まった時、私はクレイに手紙を書いた。
手紙を受け取ったクレイは、すぐに駆け付けてくれた。
夜の庭で、私はクレイに言った。
「お願い。あいつに復讐するのを手伝って」
「任せろ。……っていうかモア、俺より調べが早いな。頭打ったんじゃないか?」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる。前はもうちょっと抜けてた。」
「は? 今すぐ取り消してよ」
「はいはい。……モア、よく頑張ったよ。」
クレイは笑った。
「復讐、成功させて、さっさとあんな男と離婚しよう。」
どうやら私は少し、幼馴染を心配させてしまっていたらしい。
ここは、三百年前から続く豊かな島国。
四方を海に抱かれ、交易で賑わう港には、香辛料と果物の匂いがする。
私の家もまた三百年の歴史を持つ由緒ある貴族だった――過去形で言えば、だけど。
近年の飢饉が領地を襲い、借財状況は見ていられないはど無惨だ。
人は私の家を「貧乏貴族」とバカにした。
それでも、私は家を守りたいと思っていた。
…あの冬の夜、父の口から告げられるまでは。
「我が家の家宝は……もうない。あの商人に、すっかりしてやられた」
父の声は震えていた。続いた言葉に、私は息を呑む。
「そして……お前を、あの商人の息子に嫁がせねばならぬ」
「どうして?」
「その……借金を返せないなら、モアを嫁によこせと、やつらが」
「……何のために?」
「やつらは、貴族になりたいんじゃ。きっと最初からそのつもりだったんじゃ…すまん。本当にすまん、モア」
膝の上で固く握った手が、汗で滑った。胸は苦しいのに、なぜか笑えてしまった。
――なるほど、家を守る方法は一つだけ。私が犠牲になることだ。
◇
私はモア。幼いころから第二王子のクレイと一緒に育った。母同士が親友で、よく屋敷を行き来していたからだ。
彼は周囲から「完璧な王子」と言われる。だけど私にとっては――ただの悪友だ。
だって昔、彼がこう言ったから。
「みんな俺を“殿下”って呼ぶ。息苦しいんだ。ひとりぼっちな気がする」
そしてむすっと言い足す。
「だからモア。お前だけは普通に話せ。敬語禁止。命令だ。」
「はいはい、クレイ」
「よし。従ったな」
「その威張り方、ぜったい友達減るよ」
「……減ってもモアがいる」
以来、私たちはタメ口だ。身分なんて、二人の間にはない。
だから、私が悪徳商人の息子に嫁ぐと決まった日、彼は烈火のごとく怒った。
「モア、そんな結婚、絶対にやめろ!」
「無理ね。うちはもう後がないんだよ」
「家より大事なのはお前自身の幸せだろ」
「前に私を池に落とした人が言っても説得力ないよ」
「あれは事故!」
「わかってるよ」
ふざけ合っていても、クレイの目は真剣だった。
「なんであんな奴に従うんだよ‼」
私は、クレイにそっとささやいた。
「私はあの男に嫁ぐ…だけど、それは、あいつから家宝を取り返すためだよ。クレイ。私は絶対に負けないから。」
◇
婚礼の日、私は姿を偽った。
大きなそばかすを顔に描き、もじゃもじゃのかつらを被り、分厚い眼鏡で目元を隠す。
姿見に映るのは「冴えない田舎娘」。
女好きのあの男なら、見向きもしないはず。
案の定、商人の息子パウロは私を一瞥しただけで鼻で笑った。
結婚相手――商人の息子、パウロ。
小太りで、指という指に金の輪。笑えば金歯がギラリ、香水は甘すぎるし、歩けば布の擦れる音がする。
「お前の部屋は、あそこだ」
案内されたのは屋根裏だった。埃、割れた窓、軋む寝台。
「ここですか?」
「田舎娘には十分だ。どうせ何もできないだろう?」
私は使用人と同じ下働きに組み込まれた。夜、廊下の向こうからは笑い声――パウロが愛人を堂々と迎え入れている。
鉢合わせるたび、彼は肩をすくめる。
「誤解するな。あれは“友達”だ」
「へえ。ずいぶん仲の良い“友達”ですね」
パウロを見ていると、吐き気を催しそう。けれど口角だけは上げる。
――大丈夫。今に見てなさい。
救いもあった。
料理人のマリは「ほら内緒」と焼き菓子を渡してくれ、庭師の老爺は黙って花鋏を貸してくれた。
洗濯場の子たちと歌えば、屋根裏の埃っぽさも少しは紛れる。
私は不幸の真ん中で、ちゃんと笑った。
けれど、心の奥であの男を憎む気持ちは忘れなかった。
――家宝を取り戻し、やつらに絶対”復讐”してやる。
◇
屋敷での暮らしの中、私はパウロの振る舞いを注意深く観察していた。
彼はよく「俺は商売の才がある」と吹聴していたが、実態はずいぶんお粗末なものだった。
たとえば、港から入ってきた品を取り扱うとき。
「見ろ、今月の売り上げは倍だ!」と胸を張ってみせるが、帳簿を覗けば、数字を水増ししているのがすぐにわかった。実際の売り上げより多く見せかけ、その差額を「手間賃」と称して懐に入れているのだ。
あるときは、安物の織物を「王都直送の高級品だ」と偽り、商会に高値で売りつけた。
またあるときは、使用人たちに「倹約だ」と粗末な食事を強いながら、自分は愛人に宝飾品を買い与えていた。
――父親譲りの“賢さ”なのだろう。馬鹿な相手を見つけては、笑顔でしゃぶり尽くす。
けれど、それも長くは続かない。
(だって私が、全部暴いてみせるから。)
私は黙って耐えるふりをしながら、証拠をひとつずつ集めていった。
証拠が、十分に集まった時、私はクレイに手紙を書いた。
手紙を受け取ったクレイは、すぐに駆け付けてくれた。
夜の庭で、私はクレイに言った。
「お願い。あいつに復讐するのを手伝って」
「任せろ。……っていうかモア、俺より調べが早いな。頭打ったんじゃないか?」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる。前はもうちょっと抜けてた。」
「は? 今すぐ取り消してよ」
「はいはい。……モア、よく頑張ったよ。」
クレイは笑った。
「復讐、成功させて、さっさとあんな男と離婚しよう。」
どうやら私は少し、幼馴染を心配させてしまっていたらしい。
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