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1.星彩学園

シング・バトル 後編

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 横山くんのザックが彼の“アバター”の位置に戻って初めと同じ状態になる。
 すると、雄翔くんが息を吸い攻撃のための歌を歌った。

 流れは 変わる
 強く 強く
 思いを ぶつけて
 キミの心を この手に

 さっきよりも心に響く歌声は確実に強い感情が乗せられている。
 ゾクリと鳥肌が立つくらい印象的な声は、その感情を観覧席にまで伝えていた。

 その声と、歌詞に含まれたキーワードに観覧していたみんながザワリと騒がしくなる。

 含まれたキーワードは二つ。
 攻撃のキーワードは【ぶつけて】。
 そしてもう一つ、【変わる】というのはメタモルフォーゼするためのキーワードだ。

 雄翔くんの“うたアニ”のメタモルフォーゼが見られるの⁉

 驚きと喜びにスクリーンから目が離せない。


『っ! マジかよ……』

 デモプレイでのバトルでメタモルフォーゼまでするとは思ってなかったんだろうな。
 横山くんの驚きの声が聞こえた。
 でも、私の目は瞬きもせずスクリーンに釘付けだ。

 雄翔くんの“うたアニ”、ヘビのリュウがくるりと回ると水がその身を包む。
 その状態で空中を泳ぐように天高く上ると、体を包んでいた水が水流となってどんどん大きくなる。
 水流が水しぶきをあげて、散るように消えたらそこに現れたのは青い鱗を持つ龍だった。

 “うたアニ”、リュウ。
 メタモルフォーゼ、《青龍せいりゅう》!

 スクリーンにもそんな文字が表示されて、観覧席は一気に湧いた。

「うぉおお⁉ すげぇ! メタモルフォーゼだ!」
「プロでも難しいんでしょう? まさかこんなすぐに見られるなんて!」

 興奮するみんなは、そのまま横山くんに注目する。
 雄翔くんの《青龍》に対抗するには彼もメタモルフォーゼするしかない。
 みんなが横山くんにも期待しているのが分かった。

『ったく……やってやろうじゃねぇか』

 意気込んだ横山くんは、息を吸って防御の歌を歌う。

 燃え盛るほどに 変化するキモチ
 翼羽ばたかせ 思いに備えろ
 この心 簡単には 渡さない

 防御のキーワードは【備えろ】。
 そして【変化】がメタモルフォーゼのキーワードだ。

「よっし! そう来なくちゃね!」

 近くからそんな千代ちゃんの声が聞こえる。
 みんなもキーワードは把握しているみたいで、よく分からないって顔をしている人はいなかった。

 スクリーンでは横山くんの“うたアニ”、鳥のザックが火に包まれる。
 火の鳥みたいにそのまま空に飛び上がると、火がゴウゴウと燃え上がって大きくなった。
 バサリと翼が羽ばたいて炎が払われると、綺麗な長い尾羽を持つ真っ赤な鳥が現れる。

 “うたアニ”、ザック。
 メタモルフォーゼ、《朱雀すざく》!

 スクリーンに表示された文字に、もはや歓声が上がった。

「青龍と朱雀って中国の四神だよね?」
「そうそう! 《S-JIN》って四神をモチーフにしてるアイドルユニットなんだよ?」

 私の前にいる女子たちの会話が聞こえた。
 結構有名な情報なんだけど、知らない子もいるんだなって思う。

 四神は青龍、朱雀、玄武げんぶ白虎びゃっこの四体。
 《S-JIN》のメンバーの“うたアニ”がメタモルフォーゼした姿がそれぞれの霊獣れいじゅうになるっていうのは、ファンじゃなくても《S-JIN 》のことを少しでも知っていれば分かることだと思ってた。

 ちなみに、玄武は藤原先輩、白虎は中島先輩が担当している。


「すごい、あんな短い曲とフレーズでメタモルフォーゼまで出来るくらい気持ちを高められるなんて……」

 千絵ちゃんが作曲家志望らしい驚きを呟く。
 本当にすごいよねって同意したかったけれど、スクリーンに映る霊獣たちに動きがあったからそっちに集中しちゃった。

 攻撃側の青龍が大きく長い体をうねらせ、滝のような水を横山くんの“アバター”に向かわせる。

 対する防御側の朱雀は大きな翼を羽ばたかせ炎を巻き起こし、青龍の滝にぶつけるようにして横山くんの“アバター”を守った。

 でも火と水で相性が悪かったからなのか、横山くんの歌に乗せた感情がちょっと弱かったのか。
 朱雀の炎は水で消されて、多少勢いは弱くなったけれど横山くんの“アバター”は青龍の滝に流されてしまう。

 表示されている横山くんのHPメーターがどんどん下がって、56で止まる。

 1バトル勝負で設定されていたのか、そのままスクリーンには【橘雄翔WIN】の文字が大きく表示された。


『おおーーー!!!』

 デモプレイとは思えないほどのバトルに観覧席で歓声が上がる。
 私も興奮のドキドキが治まらない状態でスクリーンを見つめた。

 そう、これが《シング・バトル》。
 目立つのが苦手な私でも、“ハコ”に入って顔が見えない状態でなら歌うことが出来ると思った。
 だから私はこの星彩学園に来たの。

 《シング・バトル》のプレイヤーとしてなら、大好きな歌を思い切り歌えるって思ったから。

 だから私はこの学園で成長して、絶対に《シング・バトル》のeスポーツプロプレイヤーになるんだ!

 そんな決意を新たにしていると、バトルを終えた二人がプレイルームから出てきた。


 二人ともそれぞれのクラスの人たちにすぐ囲まれちゃう。
 雄翔くんはA組のみんなから称賛を浴びていて照れ臭そうにはにかんでいた。

 出遅れて近づけそうにないなぁって思ったけれど、人垣の間から雄翔くんが顔を出す。
 そして目が合うとニコッと笑ってくれた。

【みてくれた?】

 明らかに私に向かって雄翔くんの口が動く。
 思わずコクコクと激しく首を縦に振ると、嬉しそうに二ッと笑ってくれた。

「っっっ~!」

 まるで私に見て欲しくて頑張ったって言ってるみたいに見えて、声にならない悲鳴が出ちゃう。

 かわいい! カッコイイ! ドキドキってして、息がまともに吸えないよ!

 赤くなった顔を隠すように帽子のふちを引っ張って、私は雄翔くんの笑顔を噛みしめた。


 ……本当、過剰ファンサだ。
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