10 / 10
終
しおりを挟む
翌日、ご機嫌な竜輝がいつものように書類に目を通している側で、梓は変わらずスーツに身を包み控えていた。
神和ぎが梓であることはまだ竜輝と砂羽しか知らない。
竜輝はすぐにでも公言し梓を花嫁として迎えようと思っていたらしいが、砂羽がそれを止めたからだ。
梓が初めから巫として嫁いで来ていればなんの問題もなかったのだが、身を偽って覡の側近として仕えに来てしまった。
そんな状態で実は招ではなく梓だった。側近ではなく花嫁だったということになればただでさえ混乱を招く。
そしてその混乱は口うるさい古老達に付け入る隙を与えてしまうとのことだった。
「彼らのことです。妾として自分の孫を宛がおうとしたり、下手をすれば竜輝様の心など無視して梓殿を引き離そうとしかねませんからね」
ため息交じりに言われたが、竜輝も苦々しい顔をして否定はしなかったので間違ってはいないのだろう。
そういった理由から、今はまだ男装を続け招の振りをしていた方がいいという事だった。
ただ、そうなると梓には一つ不安があった。
「ですがその……そうなると竜輝様の変化はおかしいと思われるのではないでしょうか?」
今の竜輝は、髪と目の色が本来の濃い金髪と翠色に戻っていた。肌の鱗も消え去り、元の人の姿を取り戻している。
覡は側に仕えることで自然と龍の神気を取り込み人の世に行き渡らせるのだ。このように一晩で元に戻ったとなると、不審に思う者も出てくるのではないだろうか?
まさか一夜を共にしただけでここまで変化が出るとは思わなかっただけに、やらかしてしまったような気分になる。
「……まあ、その辺りは仕方のないことです。竜輝様ほど龍のお姿に近付いた方も珍しいので、戻るときは早いのだなという認識を周囲に植え付けていくしかないですね」
そんな大雑把な方法で良いのだろうかとも思ったが、他に良い案がある訳でもないため黙って任せることにした。
「計画成功の知らせは招殿に送りましたので、うまい具合に入れ替わるしかないですね」
そのための細かな暗躍は砂羽に任せるしかない。
「すみません……よろしくお願いします」
自分が身を偽らずにいれば必要のなかった手間を任せることになる。心から申し訳ないと思いつつも、よろしく頼んだ。
「いいえ。その代わり、私が動き回っている間竜輝様のお手伝いを引き続きお願いいたします」
「あ、はい。それはもちろん」
当然ながら、自分の出来ることはするつもりだった梓は強く頷いた。
そんな梓を無言で見つめた砂羽は、胡乱な目を竜輝に向ける。
「竜輝様、これから二人きりになる時間も多いとは思いますが……」
「ああ、そうなるな」
鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌な竜輝はにこにこと笑顔で砂羽に応える。
「……まだ周囲には梓殿だと知られるわけにはいかないのです。陸み合うのもほどほどになさって下さいね?」
「……努力する」
釘を刺した砂羽に真面目な顔で答えた竜輝だったが、すぐにふやけた表情になってしまう。
なかなか引き締まらない主に軽くため息を吐いた砂羽は、「梓殿もそういうことでお願いします」と言い残し部屋を出て行った。
「……全く、砂羽は口うるさいな。あれは俺の母親か?」
砂羽の姿が見えなくなった途端愚痴を口にする竜輝。
梓は少し困ったように眉尻を下げながら苦笑する。
「でも気をつけなければならないことは確かですから」
そう言って注意を促すが、幸せそうに笑む竜輝には届いているのかいないのか。
「まあいいだろう。……おいで、梓」
「……竜輝様、今は招と。知られないようにと注意されたばかりではないですか」
やはり届いていなかったのかともう一度気をつけるように言いつつ、梓は言われるままに彼に近付いた。
「今は二人だけなのだから良いだろう? やっと想いが通じ合ったのだ。俺はお前を愛でたくて仕方ない」
「っ! でも……あっ」
竜輝の言葉を嬉しく思いつつ、それでも今は駄目だと口にしようとした。だが、腕を引かれ彼の胸へと飛び込むような形になる。
梓を受け止めた竜輝はそのままぎゅうっと柔らかな体を抱き締めた。
「嫌われたと思い一度は諦めようとしたのだ。それが諦めなくても良くなったのだから多少浮かれても仕方のないことだろう?」
「多少……ですか?」
これは多少どころでは無いと思うが、と疑問を口にする。
仕事中だというのにこの様に抱き締めるのだ。かなり浮かれているのではないだろうか?
「……まあ、相当浮かれているとは思う」
渋々認めた竜輝に梓はクスリと笑い、彼の鮮やかな緑の目が見えるように顔を上げた。
「今私は招で、竜輝様はお仕事中です。こういうことは後に致しましょう?」
「……」
少なくとも今は駄目だと告げたが、竜輝は無言でじっと梓を見下ろすだけ。
「竜輝様?」
何を思っているのかと小首を傾げると、彼の口元がふっとほころんだ。だが、その翠の目には僅かな意地の悪さを感じる。
「口づけを」
「え?」
「梓が口づけをしてくれれば、仕事を頑張ろう」
「な……」
まるで駄々っ子のような交換条件。
「してくれないのか?」
でも、その誘いは梓の中に甘く響く。
トクリと、鼓動がわずかに早まった。
「……触れるだけですよ?」
愛しい人の願いに抵抗する術はなく、甘い囁きに誘われるまま梓は竜輝の頬に手を添える。
もはや鱗はなく、肌理の細かい肌はするりと梓の手を受け入れた。
「ああ……それでいい」
梓の手に頬を預け、彼は優しく妖艶に微笑んだ。
その微笑みに引き寄せられるまま、顔を近付ける。
吐息に恥じらいが顔を出したが、思い切って唇を触れ合わせた。
すると背に回されていた竜輝の腕に力が入り、また強く抱き締められる。
その様子に梓は思った。
(触れるだけの口づけで終わってくれるかしら?)
と――。
了
神和ぎが梓であることはまだ竜輝と砂羽しか知らない。
竜輝はすぐにでも公言し梓を花嫁として迎えようと思っていたらしいが、砂羽がそれを止めたからだ。
梓が初めから巫として嫁いで来ていればなんの問題もなかったのだが、身を偽って覡の側近として仕えに来てしまった。
そんな状態で実は招ではなく梓だった。側近ではなく花嫁だったということになればただでさえ混乱を招く。
そしてその混乱は口うるさい古老達に付け入る隙を与えてしまうとのことだった。
「彼らのことです。妾として自分の孫を宛がおうとしたり、下手をすれば竜輝様の心など無視して梓殿を引き離そうとしかねませんからね」
ため息交じりに言われたが、竜輝も苦々しい顔をして否定はしなかったので間違ってはいないのだろう。
そういった理由から、今はまだ男装を続け招の振りをしていた方がいいという事だった。
ただ、そうなると梓には一つ不安があった。
「ですがその……そうなると竜輝様の変化はおかしいと思われるのではないでしょうか?」
今の竜輝は、髪と目の色が本来の濃い金髪と翠色に戻っていた。肌の鱗も消え去り、元の人の姿を取り戻している。
覡は側に仕えることで自然と龍の神気を取り込み人の世に行き渡らせるのだ。このように一晩で元に戻ったとなると、不審に思う者も出てくるのではないだろうか?
まさか一夜を共にしただけでここまで変化が出るとは思わなかっただけに、やらかしてしまったような気分になる。
「……まあ、その辺りは仕方のないことです。竜輝様ほど龍のお姿に近付いた方も珍しいので、戻るときは早いのだなという認識を周囲に植え付けていくしかないですね」
そんな大雑把な方法で良いのだろうかとも思ったが、他に良い案がある訳でもないため黙って任せることにした。
「計画成功の知らせは招殿に送りましたので、うまい具合に入れ替わるしかないですね」
そのための細かな暗躍は砂羽に任せるしかない。
「すみません……よろしくお願いします」
自分が身を偽らずにいれば必要のなかった手間を任せることになる。心から申し訳ないと思いつつも、よろしく頼んだ。
「いいえ。その代わり、私が動き回っている間竜輝様のお手伝いを引き続きお願いいたします」
「あ、はい。それはもちろん」
当然ながら、自分の出来ることはするつもりだった梓は強く頷いた。
そんな梓を無言で見つめた砂羽は、胡乱な目を竜輝に向ける。
「竜輝様、これから二人きりになる時間も多いとは思いますが……」
「ああ、そうなるな」
鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌な竜輝はにこにこと笑顔で砂羽に応える。
「……まだ周囲には梓殿だと知られるわけにはいかないのです。陸み合うのもほどほどになさって下さいね?」
「……努力する」
釘を刺した砂羽に真面目な顔で答えた竜輝だったが、すぐにふやけた表情になってしまう。
なかなか引き締まらない主に軽くため息を吐いた砂羽は、「梓殿もそういうことでお願いします」と言い残し部屋を出て行った。
「……全く、砂羽は口うるさいな。あれは俺の母親か?」
砂羽の姿が見えなくなった途端愚痴を口にする竜輝。
梓は少し困ったように眉尻を下げながら苦笑する。
「でも気をつけなければならないことは確かですから」
そう言って注意を促すが、幸せそうに笑む竜輝には届いているのかいないのか。
「まあいいだろう。……おいで、梓」
「……竜輝様、今は招と。知られないようにと注意されたばかりではないですか」
やはり届いていなかったのかともう一度気をつけるように言いつつ、梓は言われるままに彼に近付いた。
「今は二人だけなのだから良いだろう? やっと想いが通じ合ったのだ。俺はお前を愛でたくて仕方ない」
「っ! でも……あっ」
竜輝の言葉を嬉しく思いつつ、それでも今は駄目だと口にしようとした。だが、腕を引かれ彼の胸へと飛び込むような形になる。
梓を受け止めた竜輝はそのままぎゅうっと柔らかな体を抱き締めた。
「嫌われたと思い一度は諦めようとしたのだ。それが諦めなくても良くなったのだから多少浮かれても仕方のないことだろう?」
「多少……ですか?」
これは多少どころでは無いと思うが、と疑問を口にする。
仕事中だというのにこの様に抱き締めるのだ。かなり浮かれているのではないだろうか?
「……まあ、相当浮かれているとは思う」
渋々認めた竜輝に梓はクスリと笑い、彼の鮮やかな緑の目が見えるように顔を上げた。
「今私は招で、竜輝様はお仕事中です。こういうことは後に致しましょう?」
「……」
少なくとも今は駄目だと告げたが、竜輝は無言でじっと梓を見下ろすだけ。
「竜輝様?」
何を思っているのかと小首を傾げると、彼の口元がふっとほころんだ。だが、その翠の目には僅かな意地の悪さを感じる。
「口づけを」
「え?」
「梓が口づけをしてくれれば、仕事を頑張ろう」
「な……」
まるで駄々っ子のような交換条件。
「してくれないのか?」
でも、その誘いは梓の中に甘く響く。
トクリと、鼓動がわずかに早まった。
「……触れるだけですよ?」
愛しい人の願いに抵抗する術はなく、甘い囁きに誘われるまま梓は竜輝の頬に手を添える。
もはや鱗はなく、肌理の細かい肌はするりと梓の手を受け入れた。
「ああ……それでいい」
梓の手に頬を預け、彼は優しく妖艶に微笑んだ。
その微笑みに引き寄せられるまま、顔を近付ける。
吐息に恥じらいが顔を出したが、思い切って唇を触れ合わせた。
すると背に回されていた竜輝の腕に力が入り、また強く抱き締められる。
その様子に梓は思った。
(触れるだけの口づけで終わってくれるかしら?)
と――。
了
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる