宝石アモル

緋村燐

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シゴト 前編

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「さ、要芽ちゃんも落ち着いたことだし……今後のことを話しましょうか」

 場所をリビングに変えて、春花さんはクッキーとオレンジジュースを出してくれた。
 人目も気にせずネコのオウちゃんとじゃれまくってたから、ちょっとずかしい。
 落ちつくためにオレンジジュースを飲みながら「はい」と小さく返事をした。

 でもソファーに座ってる私のひざの上にはオウちゃんがいるから、ついついなでてはまたへにゃぁっと顔がゆるんじゃうんだよね。
 そんな私の代わりに、隣に座ったリオくんが真面目な様子で話した。

「今後のことって、シゴトのことだよね? 手伝うかどうかはカナメにまかせるって言ってたけど」
「そうだけど、でもやっぱり手伝ってほしいことに変わりはないからさ」

 答えたのはちょっと申し訳なさそうな様子の永遠。
 頭の後ろをかきながら私を見た。

「とつぜん巻き込んだ状態だから無理言ってるってのはわかってる」

 うん、そう言うってことはやっぱり春花さんになにか言われたんだね。
 昨日までとスタンスが違うもん。

「でも俺には要芽が必要なんだ。前向きに考えてくれないか?」
「うーん……」

 正直なところ迷ってる。
 石の声が聞こえるようになって、ディコルに狙われるようになって、守りの強化だって言ってリオくんとオウちゃんを具現化してもらった。
 リオくんとオウちゃんとお話ができるようになって嬉しいし、具現化した姿はどっちも素敵だし……そっちは良いことずくしなんだよね。
 ただ、ディコルに関してはやっぱり怖いって思っちゃうし……。

 迷って答えを出せないでいると、春花さんがゆったりとした落ち着く声で一つ提案ていあんしてきた。

「とりあえず試しに一度お手伝いしてみるのはどうかしら? 呪われた石を探すだけならディコルにおそわれることはほとんどないだろうし」
「え? そうなんですか?」

 探し出して見つけたら、昨日の香ちゃんのときみたいにすぐにおそって来るのかと思ってた。
 でも詳しく話を聞いたら、石の声を聞く人のシゴトは色んな石から情報をもらって呪われた石を特定とくていするところまでなんだって。
 その特定した石をはらうのは永遠の役目だから、はらう場所について行きさえしなければ昨日みたいにおそわれることはないって話だった。

「へぇ……それなら、とりあえず一回手伝ってみようかな?」
「そうか!? ありがとな、要芽!」

 パッと喜ぶ永遠に逆に申し訳なくなる。
 だって、手伝ってもいいかなって思った一番の理由は……。

「……カナメ、手伝えば色んな石や宝石が見られるかもって思っただろ?」

 隣からリオくんがボソッと言い当ててくる。
 ギクッと肩をこわばらせた私は「なんのこと?」って誤魔化ごまかしたけれど、リオくんからのジトッとした眼差まなざしは変わらなかった。

 だって、怖いことが無いんだったら断る理由もないじゃない。
 小学生の私は宝石を直接見る機会なんてほとんどないんだから、チャンスがあるなら見たいんだもん!

 そんな本音は、純粋に喜ぶ永遠の前では言えないから心の中だけにとどめた。

***

 そのままお昼に春花さんの手作りオムライスをいただいて、午後から石を探すお手伝いをすることになった。

 リオくんとオウちゃんには石の中に戻ってもらって、私たちは三人で外に出る。

「ディコルは色んな人の手を渡ることで悪い感情をため込んでいくわ。だから通常のジュエリーショップで見つけることができるのは呪いがかけられてあまり時間がたっていない宝石ばかりなの」
「そうなんですか」

 春花さんの話を聞きながらワクワクが止まらない。
 ジュエリーショップ……なんて素敵な響きなんだろう。

 私のお母さんはそんなオシャレなお店に行くことはないから、ジュエリーショップなんて百貨店とかでチラッと見たことしかない。
 はじめはそういう宝石専門店に行けるのかなって思ったけれど、どうやらちょっと違うみたい。

「そういう呪いがかけられたばかりの石を見つけることも大事だけれど、今回はもっと人の手を渡ってきた石を探してほしいのよ」
「人の手を渡ってきた石、ですか?」

 具体的に想像できなくて、春花さんの言葉をそのままオウム返しで聞いた。
 そういうのはどうやって見つけるの? って首をかしげていたら永遠が答えてくれる。

「いわゆる質屋しちやってやつだよ。いらなくなった貴金属ききんぞくを買い取って、それを売ってるところに行くんだ」
「ああ、CMとかで見たことあるよ」

 街でものぼりとか見たことはあるけれど、売るようなものもなければ買えるようなものもない私には関係ないと思ってスルーしてた。
 でもたしかにそういう場所なら人の手を渡ってきた石が見つかりそう。

 そんな感じで話しながら歩いて、ついた場所は街の中心部。
 【質】って文字が大きくついた看板が立っている『ジュエリー・ルーメン』っていうお店だ。
 中には入ったことないけど、どんなところだろう?

 ドキドキしながら店に近づくと、丁度ドアが開いて見知った顔が現れた。

「え? 澪音くん?」
「ん? あれ? かなちゃん?」

 質屋しちやさんのお店から一人で出てきたからビックリしちゃったよ。
 澪音くんもめずらしく私と休みの日に会ったからか、目を丸くして驚いてた。

「そっちは転校生だっけ? なんだよ、休みの日に一緒に出かけるとか……もう二人ともそんな仲良くなってんの?」

 僕は一緒に出かけたことないのに、ってなぜかすねる澪音くん。
 そんなすねられても……澪音くんが私と一緒に出かける用事なんてないでしょ。

「まあ、友だちだし。それより澪音くんはどうしてここに? 小学生が一人で入るようなお店じゃないよね?」
「ああ、ちょっと探し物しててさ。でもなかったからもう帰るとこなんだ」

 澪音くんは手のひらを上に向けて肩をすくめた。
 残念、といった様子だけれど、仕方ないって思ってるのか落ち込んでる感じには見えない。
 「そっか」と無難ぶなんな言葉を返していたら、澪音くんと私の間に永遠が割って入ってきた。

「そっか、じゃあサヨナラだな。行こうぜ要芽!」
「え? あ、うん」

 澪音くんとの会話をムリヤリ終わらせて、永遠が私の手首をつかんで引っぱる。
 なにをそんなに急いでるのか知らないけど、ちょっと強引だよ!?

「じゃあまた学校でね!」

 私はあわてて澪音くんに別れのあいさつをしてお店の中に入った。
 一連の様子を見守っていた春花さんは、「あらあら」と口元に軽く手をそえてほほ笑ましいものを見る目になっている。

 ちょっと様子のおかしい永遠と、よくわからない態度になってる春花さんに『なんなの?』って思ったけれど、お店の中の様子を目にしたら全部がどうでもよくなっちゃった。
 だって、お店の中は普通のジュエリーショップと変わらない感じだったんだもん。
 百貨店やテレビで見た雰囲気と同じだって思った。

「はわわわ」

 ダイヤモンド、エメラルド、ルビー。他にも色んな宝石が色んな形で置かれてる。
 素敵すぎる!
 こんなところなら一日中いてもきないよ!

 ショーケースにかじりつくように中の宝石たちをながめた。

「お前、ホント宝石好きなのな……」

 永遠のあきれた声が聞こえたけれど気にならない。

 引かれたってかまわない。
 だってガマンなんてできないよ。
 このきらめきを堪能たんのうしないと!

「でもほら、そこで見てるだけじゃあ手伝いにならないから。母さんのところ行くぞ、さわらなきゃ意味ないからな」
「!?」

 さわっ、さわっていいの!?

 石の声を聞くために来たんだから、さわらなきゃ意味ないってことはわかってる。
 でも目の前の綺麗な宝石たちに直接ふれていいって言われたらテンション上がり過ぎてちょっと混乱しちゃった。

「ほら、行くぞ」

 そう言って手を差し出してきた永遠が素敵な王子様にすら見える。
 思わずつないだ手を引かれて、私はお店の人と話してる春花さんのところへ行った。

 歩きながらも他の宝石たちを見て興奮しちゃう。
 定番のもの以外にも、サンゴやオパール……あっ! タンザナイトまである!
 ドキドキとワクワクがおさまらないよ!

「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」

 春花さんと話していた白髪まじりの品のいい店員さんは、ニッコリほほ笑むと私たちをどこか別の場所に案内してくれる。
 たくさんの宝石が並べられている場所から離れてちょっとしょんぼりしていたら、また永遠のあきれた声がした。

「お前ホントわかりやすすぎ。ひと仕事終えたらまたゆっくり見て行けばいいだろ?」
「え!? 見て行っていいの!?」

 終わったらすぐに帰るのかなって思っていたから、うれしくなってパッと笑顔になっちゃう。
 するとそんな私を見た永遠がほほを真っ赤にした。

「おまっ……はぁ、もうホント。俺をふり回さないでくれよ」
「はい? なんのこと?」

 大きなため息と一緒に出てきた言葉の意味が本気でわからない。

 私の宝石好きをあきれた目で見てくる永遠だけど、他の人みたいに離れてはいかない。
 私が石の声を聞けるようになったから、パートナーとして近くにいて欲しいって理由もあるんだろうけど……。
 それでも結構自然な言い合いを出来るくらい親しくなったと思うし、少なくとも私は友だちだと思ってる。

 そんな永遠だけど、なぜかたまにはじめの頃と同じように顔を赤くして変な態度になることがあるんだよね。
 サンゴみたいに赤くなって……。

 そうだ、サンゴはコーラルとも言うから、赤い顔のときの永遠のことコーラル永遠って呼ぼう。

 そんなコーラル永遠に手を引かれてついた先は、ふかふかのソファーがある応接室って感じのところ。
 うながされるままソファーに座ると、老紳士の店員さんは私たちにお茶を出してくれた。

「では、こちらで少々お待ちください」

 老紳士はそう言って一度部屋を出て行った。
 その背中を見ていたら、春花さんが老紳士のことを説明してくれる。

「あの人は倉橋くらはしさんって言って、ここの店長さんなの。【石の守護者】の協力者でもあるのよ」
「協力者ですか?」

 春花さんの話では、こういうジュエリーショップや石を取りあつかう仕事をしている人の中には、ディコルの呪いがかけられた石を探すお手伝いをしてくれる協力者がいるんだって。
 石の声を聞く人が呪われた石を探しやすいように、めぼしい石を取っておいてくれるんだとか。

「へぇー」

 って感心してると、なんだか右のポケットが熱くなってきた。
 不思議に思っていたら、ポケットから白い煙がもくもくと出てきてリオくんが人型になって現れる。

「リオくん!?」

 ビックリした。
 石の精って、勝手にこうやって出てこられちゃうんだね。

「カナメ、本当に大丈夫なのか?」

 おどろく私と春花さんを見下ろしたリオくんは、真面目な顔で心配事を口にした。

「呪われた石を探すだけって言ってたけど、もし声を聞いた石自体が呪われてたらどうするんだ? 危ないんじゃないか?」
「それは大丈夫よ」

 答えたのは春花さんだ。

「たくさんの人の手に渡ったものや、すでに人の悪意を誘導するようなあやしいものは持ってこないようにしてもらっているから」
「でも――」
「それに、この部屋にはディコルが出て来られないような結界が張られているの。万が一呪われた石が持ってこられたとしても、おそって来るような事にはならないわ」

 おだやかに、でもしっかりした目でリオくんを見る春花さん。
 その真剣さにリオくんも納得したみたい。

「たしかにムーンストーンの力を感じる。……わかった、信じるよ」
「リオくん、納得したなら早く戻って! いきなり人数が増えてたら倉橋さんビックリしちゃうよ」

 私はあわててポケットから黒水晶のリオくんを取り出して声をかける。
 そんな私を心配そうにチラッと見たリオくんは、白い煙になって黒水晶に戻っていった。
 心配してくれるのは嬉しいけど……リオくんってなんだか過保護かほごだ。
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