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四章 山の神の娘
木霊のコタちゃん①
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「で? 告白しないの?」
風雅先輩への思いを自覚してから数日後。
言おうか迷っていたけれど、今までたくさん相談に乗ってくれていた仁菜ちゃんには話しておこうと思って伝えた。
そして一通り話を聞いた後に仁菜ちゃんが発した第一声がそれだ。
「ええ!? 出来ないよ!」
まさかいきなり告白なんてことを言われるとは思わなかったから、本気で驚いて否定する。
「わたしが自覚したってだけだし……」
「でも滝柳先輩は喜ぶと思うよ? 美沙都ちゃんのこと好きみたいだし」
「もう、期待させるような事言わないで! それでもし違っていたら、気まずくて今までみたいに接することも出来なくなっちゃうでしょう?」
「結局のところ、それが怖いだけなんでしょう?」
「うぐっ」
言い当てられて言葉に詰まる。
嫌われてはいないと思う。
どっちかって言うと好意を持ってくれてるだろうって。
でも、それが異性としての好意なのかは確信が持てなくて……。
そうなると、今の関係すら壊れてしまうかもしれない告白なんて出来なかった。
「……まあ、小学生のときの話も聞いたし怖がる気持ちも分からなくはないけどね」
と、仁菜ちゃんは苦笑しながらわたしの思いを汲み取ってくれた。
「仁菜ちゃん……」
友達思いの仁菜ちゃんにちょっと感動したのも束の間。
「でも! はたから見てるとすっごくじれったいの!」
と、人差し指を突きつけられてしまう。
「ええぇ?」
「あの滝柳先輩だよ!? 友達と話しているときくらいしか笑わないし、女の子になんて全く興味ないって感じだった滝柳先輩だよ!?」
「“あの”とか言われても、わたしは甘い微笑みを浮かべる風雅先輩しか知らないし……」
指を突きつけたまま力説する仁菜ちゃんに反論するけれど、彼女はそのまま言葉を続ける。
「それだよ! 美沙都ちゃんだけにあんなとろけそうな笑顔向けてたらもう確実でしょう!?」
「そんなこと言われても……もし仁菜ちゃんの言う通りだったとしても、どうしてわたしを好きになってくれたのかが分からないんだもん!」
「だからそれは初めて会ったときに何かあったんでしょう!? 思い出して!」
両手を拳にして頑張って思い出せと言う仁菜ちゃんに困惑しながら、もう一度思い出してみる。
はじめわたしに警戒していた風雅先輩が甘くて優しい微笑みを見せてくれたのは確か……。
「確か、コタちゃんが足を上って来て……ネズミかと思ったわたしはビックリして、思わず風雅先輩に抱きついちゃって……」
「ほうほう!」
仁菜ちゃんが興奮気味に相槌を打つ。
なんか楽しんでない? と思わなくもなかったけれどそのまま続きを話した。
「その後ネズミじゃなくて可愛い木霊だって分かったら、今度は風雅先輩に抱き着いてる状態が恥ずかしくなって慌てて離れて……。で、池に落ちそうになったのを助けてもらって……」
「……美沙都ちゃん滝柳先輩に助けられてばかりだね」
「うっ」
鋭いツッコミに反論できない。
「それで? 危なっかしいとか言われて俺が守ってやる! ってなっちゃったとか?」
「え? まあ、確かに危なっかしいとは言われたけど……」
でもそれで仁菜ちゃんの言う通り守ってやる! とはなっていなかったと思う。
呆れられていたし……。
「その後でコタちゃんも巻き込みそうだったのを謝ってお互いにスリスリしてたら『かわいいな』って言われて……それからだね」
「……」
一通り聞いた仁菜ちゃんは難しい顔をして黙り込んだ。
「仁菜ちゃん?」
何か言って欲しくて声を掛けると、「う~ん」とうなり声を上げられる。
「分かるような分からないような……こう、もっとハッキリ滝柳先輩の気持ちが分かりそうなエピソードはないの?」
「ないよぉ! だからわたしも分からなくて困ってるんじゃない」
無茶ぶりをする仁菜ちゃんにそう主張すると、また「う~ん」とうなって首をひねられた。
「……でも、滝柳先輩が美沙都ちゃんのこと好きなのは確実だと思うんだけどなぁ?」
「わたしも、それくらい確信を持てたらいいんだけどね……」
はぁ、と二人同時にため息をついて苦笑いを交わし合った。
***
風雅先輩への恋心を自覚したとは言っても日常が特に変わるわけじゃない。
相変わらず山里先輩はお菓子を持って来るし、煉先輩はわたしを嫁と呼んで強引にデートに誘って来るし。
そして風雅先輩はいつもわたしを助けに来てくれる。
自覚した分風雅先輩を意識することは多くなったけれど、気持ちを伝える勇気は出ないまま似たような日々を過ごしていた。
そんな日常がガラリと変わったのは、珍しく煉先輩が昼休みにわたしの教室に来た日だった。
***
「おい、俺の嫁――美沙都はいるか!?」
「なっ!? 煉先輩!?」
毎日来る山里先輩に周りも慣れてきたのか、最近ではそこまで騒がしくなかった昼休み。
今日は珍しく廊下が騒がしいなと思ったらまさかの煉先輩だった。
あまり騒ぎを大きくしてほしくなくて、わたしはすぐにドアのところに来た煉先輩のもとへ行く。
「ど、どうしたんですか!? 教室に来るなんて」
いつもは放課後帰り際に遭遇するはずの煉先輩に戸惑う。
「いい加減滝柳に邪魔されるのもうんざりしてきたんだよ。それに、話したいこともあったからな」
「話したい事、ですか?」
「ああ。この間女子連中に呼び出されたって聞いたぞ? で、具合悪くなって倒れたって」
「あ、それは……」
まさか煉先輩の耳にも入っていたなんて。
もしかして心配してくれてたのかな?
優しいところもあるんだなって見直しかけたけれど、ちょっと違ったらしい。
「俺から逃げ回ってばかりだからそんな事になるんだよ。俺の嫁になるって言え、そうすればちゃんと嫁だから手を出すなって宣言して守ってやる」
「は?」
何だかズレた物言いに頭がついていかない。
煉先輩から逃げ回っているから女子に呼び出されたってこと?
え? 違うよね?
煉先輩だけが原因じゃなかったし……。
とりあえず。
「えっと……とりあえず嫁にはなりませんよ?」
「お前、この後におよんで!」
目を釣り上げる煉先輩にビクッと思わず震えるけれど、わたしが好きなのは風雅先輩だもん。
例え両想いになれなかったとしても、だからといって煉先輩の嫁になんてなれない。
「お前が俺の嫁になるのは決定だって言っただろ? さっさと惚れろよ!」
「む、無理ですー!」
怒鳴る勢いで言われて涙目になったけれど、頷くことはやっぱりできない。
「無理じゃねぇ! じゃあ今からでもデート行くぞ! 来い!」
イラついた様子の煉先輩はそう言って手を伸ばして来た。
「ええ!?」
叫びながら何とか煉先輩の手から逃れようと後ろに下がると、間に仁菜ちゃんが入ってくる。
「ダメですよ。授業サボるつもりですか?」
「仁菜ちゃん……」
煉先輩が怖かったから、仁菜ちゃんの助けがとても嬉しい。
でも煉先輩からしてみればただの邪魔者にしか見えないみたいで……。
「ああん? 邪魔すんな」
目つきをさらに悪くさせて凄んでくる。
仁菜ちゃんも流石に怖かったみたいで、ビクッと震えた。
「あれ? 何で日宮がいるの?」
そこへ場違いなほどのほほんとした声が響く。
見ると、いつものようにお菓子を持ってきてくれたらしい山里先輩がいた。
「ああ? お前こそ何で一年の教室になんか来てるんだよ、那岐」
不機嫌そうに問い質す煉先輩にもひるまず、山里先輩は無害そうな微笑みを浮かべてわたしを見た。
「僕はそこの瀬里さんに毎日お菓子をあげててね。……もう一度聞くよ? 日宮は何でいるの?」
微笑みは優しそうなのに、なんでだろう? 後半の言葉には冷気を感じた気がする。
「美沙都に?……俺は今からこいつとデートに行くんだよ。邪魔すんな」
「へぇ……デートねぇ? それは瀬里さんも了解してるの?」
何だかさらに冷たくなった声音に戸惑いつつ、わたしは聞かれたことに答えた。
風雅先輩への思いを自覚してから数日後。
言おうか迷っていたけれど、今までたくさん相談に乗ってくれていた仁菜ちゃんには話しておこうと思って伝えた。
そして一通り話を聞いた後に仁菜ちゃんが発した第一声がそれだ。
「ええ!? 出来ないよ!」
まさかいきなり告白なんてことを言われるとは思わなかったから、本気で驚いて否定する。
「わたしが自覚したってだけだし……」
「でも滝柳先輩は喜ぶと思うよ? 美沙都ちゃんのこと好きみたいだし」
「もう、期待させるような事言わないで! それでもし違っていたら、気まずくて今までみたいに接することも出来なくなっちゃうでしょう?」
「結局のところ、それが怖いだけなんでしょう?」
「うぐっ」
言い当てられて言葉に詰まる。
嫌われてはいないと思う。
どっちかって言うと好意を持ってくれてるだろうって。
でも、それが異性としての好意なのかは確信が持てなくて……。
そうなると、今の関係すら壊れてしまうかもしれない告白なんて出来なかった。
「……まあ、小学生のときの話も聞いたし怖がる気持ちも分からなくはないけどね」
と、仁菜ちゃんは苦笑しながらわたしの思いを汲み取ってくれた。
「仁菜ちゃん……」
友達思いの仁菜ちゃんにちょっと感動したのも束の間。
「でも! はたから見てるとすっごくじれったいの!」
と、人差し指を突きつけられてしまう。
「ええぇ?」
「あの滝柳先輩だよ!? 友達と話しているときくらいしか笑わないし、女の子になんて全く興味ないって感じだった滝柳先輩だよ!?」
「“あの”とか言われても、わたしは甘い微笑みを浮かべる風雅先輩しか知らないし……」
指を突きつけたまま力説する仁菜ちゃんに反論するけれど、彼女はそのまま言葉を続ける。
「それだよ! 美沙都ちゃんだけにあんなとろけそうな笑顔向けてたらもう確実でしょう!?」
「そんなこと言われても……もし仁菜ちゃんの言う通りだったとしても、どうしてわたしを好きになってくれたのかが分からないんだもん!」
「だからそれは初めて会ったときに何かあったんでしょう!? 思い出して!」
両手を拳にして頑張って思い出せと言う仁菜ちゃんに困惑しながら、もう一度思い出してみる。
はじめわたしに警戒していた風雅先輩が甘くて優しい微笑みを見せてくれたのは確か……。
「確か、コタちゃんが足を上って来て……ネズミかと思ったわたしはビックリして、思わず風雅先輩に抱きついちゃって……」
「ほうほう!」
仁菜ちゃんが興奮気味に相槌を打つ。
なんか楽しんでない? と思わなくもなかったけれどそのまま続きを話した。
「その後ネズミじゃなくて可愛い木霊だって分かったら、今度は風雅先輩に抱き着いてる状態が恥ずかしくなって慌てて離れて……。で、池に落ちそうになったのを助けてもらって……」
「……美沙都ちゃん滝柳先輩に助けられてばかりだね」
「うっ」
鋭いツッコミに反論できない。
「それで? 危なっかしいとか言われて俺が守ってやる! ってなっちゃったとか?」
「え? まあ、確かに危なっかしいとは言われたけど……」
でもそれで仁菜ちゃんの言う通り守ってやる! とはなっていなかったと思う。
呆れられていたし……。
「その後でコタちゃんも巻き込みそうだったのを謝ってお互いにスリスリしてたら『かわいいな』って言われて……それからだね」
「……」
一通り聞いた仁菜ちゃんは難しい顔をして黙り込んだ。
「仁菜ちゃん?」
何か言って欲しくて声を掛けると、「う~ん」とうなり声を上げられる。
「分かるような分からないような……こう、もっとハッキリ滝柳先輩の気持ちが分かりそうなエピソードはないの?」
「ないよぉ! だからわたしも分からなくて困ってるんじゃない」
無茶ぶりをする仁菜ちゃんにそう主張すると、また「う~ん」とうなって首をひねられた。
「……でも、滝柳先輩が美沙都ちゃんのこと好きなのは確実だと思うんだけどなぁ?」
「わたしも、それくらい確信を持てたらいいんだけどね……」
はぁ、と二人同時にため息をついて苦笑いを交わし合った。
***
風雅先輩への恋心を自覚したとは言っても日常が特に変わるわけじゃない。
相変わらず山里先輩はお菓子を持って来るし、煉先輩はわたしを嫁と呼んで強引にデートに誘って来るし。
そして風雅先輩はいつもわたしを助けに来てくれる。
自覚した分風雅先輩を意識することは多くなったけれど、気持ちを伝える勇気は出ないまま似たような日々を過ごしていた。
そんな日常がガラリと変わったのは、珍しく煉先輩が昼休みにわたしの教室に来た日だった。
***
「おい、俺の嫁――美沙都はいるか!?」
「なっ!? 煉先輩!?」
毎日来る山里先輩に周りも慣れてきたのか、最近ではそこまで騒がしくなかった昼休み。
今日は珍しく廊下が騒がしいなと思ったらまさかの煉先輩だった。
あまり騒ぎを大きくしてほしくなくて、わたしはすぐにドアのところに来た煉先輩のもとへ行く。
「ど、どうしたんですか!? 教室に来るなんて」
いつもは放課後帰り際に遭遇するはずの煉先輩に戸惑う。
「いい加減滝柳に邪魔されるのもうんざりしてきたんだよ。それに、話したいこともあったからな」
「話したい事、ですか?」
「ああ。この間女子連中に呼び出されたって聞いたぞ? で、具合悪くなって倒れたって」
「あ、それは……」
まさか煉先輩の耳にも入っていたなんて。
もしかして心配してくれてたのかな?
優しいところもあるんだなって見直しかけたけれど、ちょっと違ったらしい。
「俺から逃げ回ってばかりだからそんな事になるんだよ。俺の嫁になるって言え、そうすればちゃんと嫁だから手を出すなって宣言して守ってやる」
「は?」
何だかズレた物言いに頭がついていかない。
煉先輩から逃げ回っているから女子に呼び出されたってこと?
え? 違うよね?
煉先輩だけが原因じゃなかったし……。
とりあえず。
「えっと……とりあえず嫁にはなりませんよ?」
「お前、この後におよんで!」
目を釣り上げる煉先輩にビクッと思わず震えるけれど、わたしが好きなのは風雅先輩だもん。
例え両想いになれなかったとしても、だからといって煉先輩の嫁になんてなれない。
「お前が俺の嫁になるのは決定だって言っただろ? さっさと惚れろよ!」
「む、無理ですー!」
怒鳴る勢いで言われて涙目になったけれど、頷くことはやっぱりできない。
「無理じゃねぇ! じゃあ今からでもデート行くぞ! 来い!」
イラついた様子の煉先輩はそう言って手を伸ばして来た。
「ええ!?」
叫びながら何とか煉先輩の手から逃れようと後ろに下がると、間に仁菜ちゃんが入ってくる。
「ダメですよ。授業サボるつもりですか?」
「仁菜ちゃん……」
煉先輩が怖かったから、仁菜ちゃんの助けがとても嬉しい。
でも煉先輩からしてみればただの邪魔者にしか見えないみたいで……。
「ああん? 邪魔すんな」
目つきをさらに悪くさせて凄んでくる。
仁菜ちゃんも流石に怖かったみたいで、ビクッと震えた。
「あれ? 何で日宮がいるの?」
そこへ場違いなほどのほほんとした声が響く。
見ると、いつものようにお菓子を持ってきてくれたらしい山里先輩がいた。
「ああ? お前こそ何で一年の教室になんか来てるんだよ、那岐」
不機嫌そうに問い質す煉先輩にもひるまず、山里先輩は無害そうな微笑みを浮かべてわたしを見た。
「僕はそこの瀬里さんに毎日お菓子をあげててね。……もう一度聞くよ? 日宮は何でいるの?」
微笑みは優しそうなのに、なんでだろう? 後半の言葉には冷気を感じた気がする。
「美沙都に?……俺は今からこいつとデートに行くんだよ。邪魔すんな」
「へぇ……デートねぇ? それは瀬里さんも了解してるの?」
何だかさらに冷たくなった声音に戸惑いつつ、わたしは聞かれたことに答えた。
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