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二話 あらわになる父とのミゾ

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 ため息が響いた途端、部屋の空気が張り詰めた。ここには二人しかいないから、つい心苦しく感じてしまう。俺がベッドで横になっているから、どうしても見下ろされることも拍車がかかる。
「ヘイルが話した通りか……」
 目の前のオッサンは呆れながらも、締め括った。それから顎に手を当てて考え始める。
 偉そうな仕草だが、実際偉いから仕方ない。何せ彼が俺の今の父だ。そしてこの世界では家の中で父が一番偉いということにまだなっている。
 一部当てはまらない家族もいると聞いたことはあるが、ウチは大多数の方だ。
 それに俺は反骨心なんて持ち合わせていないから、親父に歯向かったりもしない。

 そんなことを考えているなんてちっとも思っていない親父は話を続けた。
「まあ、ヘイルは反省しているようだし、後はどう始末するかだ。リーク、お前はどう考えている」
「何をでしょうか?」
「ヘイルにどうして欲しいかということだ」
 どうでも良くて決めきれず、俺は黙り込む。そんな姿を見かねて状況を説明し出した。
「ただの兄弟喧嘩ならヘイルが謝るだけで済んだ。しかしお前に大けがを負わせたとなれば、そうも行かない。だから何かしらの処罰を下すが、当事者のお前の意見も聞き入れるべきだろう」
 説明し終えた親父に「で、どうなんだ」と委ねられる。
『どうしろと』
 思わず親父を睨んだ。こんな時にどう対処するべきかなんて知らないし、考える気にもならない。とは言え何かは返さないといけないだろう。
 そこで息を整える。
「申し訳ありませんが、これと言った考えはありません」
「お前の問題だ。自分で考えろ」
 そう吐き捨てられる。余りに面倒臭いからうんざりした。それを顔に出したからか父が鋭い目つきで見つめていた。思わず体が浮かんだ。どうやら俺が処分の案を出さない限り、態度を変えそうにない。

「謹慎させるというのはどうです?」
 咄嗟に思いついたことを口にする。けどそれを見抜いたのか親父は呆れた。しかし「まあいいか」と呟く。
「ではヘイルを一週間謹慎させる。いいな?」
「はい。構いません」
 話が一段落したからか親父はゆっくり頷き、部屋を出る。かと思いきや立ち止まった。

「そう言えば、お前に確認したいことが他にもある」
「何でしょうか」
 振り向く親父の顔つきに思わず唾を飲み込む。この眼光からして気楽に聞ける内容では無いだろう。そんな予感は的中した。
「お前がハーレムを築きたがっているとヘイルから聞いたが、本当なのか?」
「はい、そうです」
 この願望は隠すことでは無いから、淀み無く答えた。そんな俺を見て親父はため息を大きくついた。
「リーク、ハーレムを築くことは悪いことだ。そんな考えはもう捨てなさい」
 咄嗟に親父を見る。親父は財務官僚として色んな貴族との関りがあった。その中にはハーレムを築いた奴らも大勢居たが、そいつらとも一応の関係を築いていた。それにハーレムを悪く言ったことだって、今までに無かった。
 それなのにこんな話をするなんて、意外に思えた。と同時に親父の様子を思い返せば、心当たりもあった。
 知り合いから『何故他にも女を娶らないのか』と不思議がられていた様だが、高尚な精神の持ち主であればそれにも納得が行く。しかし俺は違った。

「出来ません」
「何?」
 指図を断られた親父は無意識に威圧する。される方は堪ったもんじゃないが、それでも意思は曲げたくない。
「私は多くの女性にモテたいのです。ですのでその考えを捨てるつもりはございません」
「リークゥ」
 親父は汚物を見る目をしていた。その顔で俺に近づく。
「そんなことは人を不幸にするだけだ。今すぐに諦めろ」
「諦めません。それに父上のお知り合いにもハーレムを築いている方もいらっしゃいます。何故私だけが許されないのでしょうか」
 親父はその指摘にたじろいだ。自分のダブルスタンダードに後ろめたさでも感じたんだろう。それでも俺の歪んだ考えを矯正するために、話を続けた。
「他所の事なんて関係ない。これは我が家の問題だ」
「しかし」
「口答えするな!」
 その瞬間頬が熱くなり、体の痛みが引く。顔の向きも変わるが、目だけでも親父にすぐに向けた。でも当の本人は息が荒れている。
「とにかくだ。間違いは言われた通り、素直に直せ」
「はい、承知しています」
 その後に「ですが」と反論しようとすると、「それだ」と遮られた。
「兄よりも聞き分けがいいから好きにさせていたが、それは間違いだったようだ」
 事実、そうだろう。年だけ取った子供なのだから。そうとも知らず、親父は宣告する。
「まあ、後半年近く猶予があったのは幸いだ。この間に徹底的に叩き直す。分かったな」
 迫られた俺は承諾の言葉しか返せない。けど親父は言うだけ言って、部屋から堂々と出て行った。
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