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十話 どこか不自然だと全て不自然

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 気付けば屋敷のベッドにいた。捕らわれていた時の硬い椅子とは比べ物にならない程柔らかい感触だ。本当ならそれがいつも通りのこと。そう、変わらないからこそ俺は頭を抱えていた。
 間の記憶と他の物とは差があまりにもあり過ぎて、俺が捕らわれていたのが本当あったことなのか疑問に思ってしまう。でも現実に起きたことだった。
 目覚めてしばらくして、あの時の様な寒気にまた襲われた。薬物を吸わされた後の後遺症だ。学校で習った通り、高揚した後に気だるさが襲って来た。そのせいであれをまた吸いたい気持ちが心に残ってる。
 ああ、憂鬱だ。忘れもしないこの欲望はこれからずっと続く。その事実が俺に重くのしかかる。

 これだけでもお腹一杯なのに、話は終わっていない。面倒だが、また父からの話を聞く羽目になっていた。それが今日、事件から一週間ほど経て、傷もある程度癒えた時に行われていた。
 会話はいつも通りの定型的な挨拶から始まった。
「大変だっただろう?誘拐された挙句、重傷を負い、何日も寝込んでいたのだから」
「お気遣い感謝いたします。ですがもう心配いりません」
 俺は親父に感心していた。俺を見切ったのに、その体を心配するとは思えない。心配したのは俺が死ぬことでダーター家の名が落ちないかどうかに違いない。
 そこまで考えて俺はにやけた。これは流石にうがっている。いくらこんな俺でも親として心配したはずだ。それを踏みにじる俺は大した人でなしだ。
「何かあったか?」
「いえ、何でもありません」
 そう聞かれて、慌てて取り繕った。そのおかげか親父が呆れるだけで済み、胸をなで下ろした。話をけむに巻けば、それで済む。

「まあいい。実はこの前の事件のことで一つ言っておきたいことがあってな。お前を呼び出したのもそれが理由だ」
 心臓がバクンと大きく動いた気がした。この前の事件で俺は良いとこなし。こっぴどく叱られても不思議じゃない。気も動転していたが、恐る恐る口に出す。
「ひょっとして……私が誘拐されてしまったことでしょうか」
「あれはあの女を雇い入れた私とみすみす見過ごした衛兵の責任だ。それは気にしなくていい。だがお前も今後こうならない様に気を付けろ。あと言葉遣いもだ」
 その指摘で肩が揺れ動いた。アドリブは相変わらずへたっぴのようだ。

「それで本題だが、あいつは『自分の父親が私だ』と言ったそうじゃないか」
「はい。確かに言っていました」
 それは事実だが、俺は親父がそんなことを急いで聞く理由が分からなかった。そんなことを暴露するなら、体の痛みも消えてからにして欲しい。そう思っていた。
「うむ。ではそれを忘れなさい」
「は?」
 思わず顔を上げる。目に映ったのは相変わらず険しい顔をした親父だ。

「『は?』ではない。奴の妄言を真に受けてどうする。貴族の名を騙るなど、よくある話だぞ。」
 冗談じゃない。家族かもしれない人の言葉をどうしてあっさり聞き流せる?それが引っかかり、父に訴えた。
「しかし彼女は父上の血を引いているのではないのですか?父上の手記に記載があったと言っていましたが」
 彼女が言っていた情報を調べれば、真偽のほども明らかになる。そう考えていた。
「それも含めて言っている。あいつがどう言おうが、私がそんなことを記したことなど無いのだ。もっともそれを既に捨ててしまったことが悔やまれるな。このせいであいつが何とも言えるのだから」
 返事はこれ。俺が言ったことを一切聞き入れてない。そこがどうにも気にかかってしまう。
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