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「おまえのような年増とは婚約破棄だ」と言われましたが、あなたが選んだ妹って、実は私より年上なんですよね

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「アイリア、おまえのような年増とは婚約破棄だ。ゴルドディ家の次期当主たる俺にふさわしいのは、若くて愛らしいレーシャだ」
「ごめんなさいお姉さま。でも、若い私の方がグリオドフ様にふさわしいでしょう?」

 レーシャは甘ったるい声で言って、グリオドフ様にすがりつきました。わたくしからすれば実に慣れきった娼婦のやり口で、若々しさのかけらもないのですが。

 このようなことを食堂でやり始めたので、周囲は迷惑と好奇心の視線を向けています。たった十ヶ月早く生まれたわたくしを「年増」などと言うので、女生徒の多くからは「死ねばいいのに」という目を向けられていますね。

「まあそうですの。相性のよい二人でしたのね」

 婚約破棄はむしろありがたいのですが、わたくしに対する侮辱には反撃せねばなりませんね。そもそも次期当主はわたくしで、グリオドフ様が次期当主だったことは一度もありません。

「そうだ。年増のおまえと違い、レーシャは可愛い年下だ。不本意ながらおまえと婚約していた間も、まるで妹のように接していた。これほど愛らしい女はいない……」

 妹のように接していて、どうして肉体関係を持つのか、わたくしにはさっぱりわかりません。周囲も、かなり汚物を見る目になりましたよ。

「ふふっ、そうよ、私とグリオドフ様は運命で結ばれているの……」

 うっとりとしたレーシャに、私はすかさず聞きました。

「生まれ年も水と風だから?」
「ええ! 水の年に生まれたグリオドフ様の背中を押してあげられるのは、風の年に生まれた私。相性ぴったりですものね!」
「えっ?」

 グリオドフ様が驚いた顔をしました。

 水だの風だのというのは、近頃流行の占いでの言い方です。水はグリオドフ様の生まれ年を意味します。
 そして風を持つのは、グリオドフ様より一つ年上の人間です。

「あっ! 違ったわ、ご、ごめんなさい、間違えちゃった!」
「はは、レーシャは本当に可愛いな。君が風のはずがないだろう」

 私は更に質問しました。

「レーシャ、それじゃ、あなたの生まれ年って平民歴では何年だったかしら?」
「へ、平民歴は……貴族歴ではヘズティア43年よ!」
「ふうん。平民として12年育ったのに、すぐ忘れてしまうものなのね」
「そんなことないわ、平民歴では163……2年よ!」
「それだとグリオドフ様の2つ上になっちゃうけど?」
「お、おねえさまが意地悪言うから! 164年よ!」

「レーシャ、落ち着け。自分の生まれ年を忘れるやつがいるか」
「忘れているのではなくて、残念ながらレーシャは年齢を偽装できる頭を持っていないのですわ。貴族歴だけは教え込まれましたけれど」
「偽装だと? 何を馬鹿な……」

 そう言いながらも、グリオドフ様は少し疑念のこもった目でレーシャを見ました。
 レーシャの顔が青ざめていきます。そして「そんなわけ、ないじゃないですかあ……」とひきつった笑顔を浮かべました。あからさまに怪しいですよ。

 ですがグリオドフ様も同類でしょう。わたくしくらいの年で、一つ二つの差なんてわからないものです。大人っぽい女性も、子供っぽい女性もいます。
 それをわざわざ年増年増と言うなんて、何も見えていないとしか思えません。

「父が母と婚姻する時、三年は不貞しないという契約だったのですけれど、すぐさま不貞したのですわ。それで生まれたのがレーシャ。その一年後にわたくしが生まれましたの。契約違反を知られれば祖父の支援は得られませんから、レーシャの年齢を偽り、当家に引き取るさいも、わたくしの妹としたのですわ」

「いや……そんな……まさか……」
「わたくしとの婚約を破棄して、年上のレーシャを選ぶなんて。年増年増と言われましたけれど、実はグリオドフ様って年増がお好きだったのですね」
「はあっ!?」
「嫌よ嫌よも好きのうちと言いますものね。祝福しますわ」

「そ、な……いや、レーシャ! 騙したのか!?」
「騙したなんて……っ! 違います、おねえさまが嘘をついてるんです! おねえさまに騙されてるんです!
「そう……なのか? そうだろう! かわいいお前が年増のはずがない! アイリア、なんという卑劣な真似を……」

「レーシャが育ったのは裕福な商家ですから、調べれば情報は残っていると思いますよ? 節々の記念日には父もかなりお金をかけたようですから」
「お姉さま!!!!」
「まあ怖いわ、お姉さま。妹には優しくしてくださいませ?」

 わたくしは鼻で笑って、この茶番に背を向けました。

 今までわたくしがこのことを黙っていたのは、レーシャが長子と知られれば、次期当主候補となってもおかしくなかったからです。無駄な醜聞や争いは避けるべきと考えました。お父様にもさっさと引退して貰わなければなりませんし。
 学園に入って、レーシャはかなり残念な成績をおさめ、姉の婚約者とイチャイチャし続けて評判を落としました。もう公表しても構わないでしょう。

「……アイリア! 待ってくれ、アイリア! この女に騙されて、君の良さが目に入らなくなっていたんだ! 姉を妹と呼ばされていたなんて、今まで大変だっただろう、君こそが我が運命……」
「待って、グリオドフ様! 愛があればっ、年なんて……っ!」
「黙れ、この真の年増め!」
「なんですってぇえええええ!?」
「ぐあぁっ!?」

 背後から妹フェチと、自分が言われるのは耐えられない女の声が聞こえましたが、完全に無視しました。これだけの人の前で主張したのですから、しっかり結婚してもらいましょう。
 妹は、いえ、姉は平民育ちのせいか言いたいことを我慢しませんから、実際お似合いだと思いますわ。

 わたくしはちゃんとした婚約者をようやく決められます。ずっと待っていてくださった方がいるので……ふふ、これから忙しくなりますわ。
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