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 はあ、と嫌味たらしいため息をついて、妻は私を冷たく見た。

「だいたいそのあなたのお金だって、あなたが稼いだものではなくて、お義父様から受け継いだものでしょう。お義父様には感謝していますわ。商人としてのイロハを教えてくださったのもあの方ですもの」
「な、親父に……なぜ……」
「あなたはお義父様の言葉なんて聞きませんものね。いずれあなたの商会は潰れるだろうと予測しておられましたわ」
「親父に何がわかる! あの古臭い感性の老害に!」

 確かに親父は名前の知られた商人だった。
 だが過去形だ。今となっては時代に置いていかれた老人に過ぎない。
 だというのに俺の邪魔をして、必要な資金の借り入れも上手くいかない。誰も俺に貸さないようにと根回しされているのだ。

「そうやって、自分が全て正しいと信じているから、お客の心もつかめなければ、職人の心もつかめない。あなたの商会が潰れるのは当たり前のことですよ」
「潰れるものか! 今はただ、俺が引き継いだことで、親父の名前に寄ってきたやつらが離れていっただけだ。どこまでも邪魔をしやがって……!」
「あなたの名前に寄ってくる人はいませんものね」
「き、君もだっ! 商会のことを全く手伝おうともしない!」
「ええ、手伝おうとしたら、男の仕事に口出しするな、と教えていただきましたので」

 だから自分で商会をつくりましたのよ、と妻は笑う。

「そ、それは……」
「商品を売りつけるのではなく、お客様の欲しいものを見つけ出すべきだと言っても、鼻で笑われましたものね。まあ、悔しく思ってお義父様に学んだおかげで、私の商会は順調です」
「たまたま、たまたまだ。君のように学のない女がいい気になって、いずれ失敗するだけだ。今のうちに商会を俺に……」
「嫌ですわ。あなたはあなたの、男の仕事……ですか? それを頑張ってくださいませ。お義父様も言っておりましたわ。商会が潰れるくらいの失敗ならいい。その失敗で学んでくれれば、と」

 まあ、無理そうですけれど。
 そう言って妻は「では、忙しいので」と俺の前からいなくなった。
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