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15 桃野百々子の過去

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 小学6年生の頃、内梨達司うちなしたつじという幼馴染みの男の子がいた。中学校が別々になるという事で、卒業間近に私達は二人だけで遊ぶ事にしたのである。誘ってきたのは内梨くんの方で、会った時からいつもと様子が違った。

 ずっとソワソワして、焦っている感じがした。二人っきりで遊ぶのは初めてだから、そのせいだろうと思っていたし、私自身もちょっと緊張していたのである。

 そして、色んな場所へ行き思い出を共有したあと、いつもの公園で私達は会話をしていた。

「モモちゃんは、将来何になりたいの?」

 内梨くんが不意にそのような質問をしてきたので、私は「幸せになりたい」と答えた。

 どんな職業に就きたいとかは無かったけれど、幸せになれたらそれで良いかなと思っていたのだ。すると、内梨くんは笑って私に言う。

「モモちゃんらしいね」

「私らしいって?ボンヤリしてるって事?」

「正解!」

「ひどーい!何か、何も考えてないみたいじゃん!」

「ごめんごめん」と笑いながら内梨くんは謝る。

「内梨くんは、何になりたいの?頭良いから、先生とか?」

 そう言うと、内梨くんはしばらく考えて言う。

「先生には絶対になる。これは確実だね。でも、そういうのじゃなくて……本当の夢は……」

 そこまで言って、内梨くんは顔を赤らめた。そして、「また今度話す」と先を言わない。

「今度っていつ?中学が違ったら、もうあんまり遊ぶ機会ないよね」

「いつだって遊べるよ。たぶん……」

「最初はね。でも、そのうち内梨くんは内梨くんの中学で知り合った子と友達になって、そっちと遊ぶようになるよ」

 私がそう言うと、何だか寂しい空気が辺りに漂った。それは太陽が半分山に隠れたからだろうか?山の影が公園を包み込み、内梨くんの表情も暗くなりよく見えない。数羽のカラスが真上を飛んでいて煩く鳴いている。早く帰れと私達に言っているようだった。

 私は、「行こっか」と内梨くんに背を向けた。すると彼は、「モモちゃん」と私を呼び止める。

「俺の夢は、好きになった人を一生幸せにすること」

 私は振り返り、言葉の意味を探る。

「だから俺、モモちゃんを幸せにしたい」

 それが告白だと気付くまでに少しの間があり、私は顔が紅くなった。内梨くんの事が恋愛対象かどうか、よくわからないが、好きではある。この関係を終わらせたくない。だから私は応えたのだ。

「ありがとう。じゃあ、内梨くんに幸せにしてもらおうかな?」

 それがトリガーとなった。突然、真上を飛んでいたカラスが「ギャア!」と鳴き、内梨くんの頭を目掛けて落ちてきた。クチバシは下を向いている。内梨くんはそれに気付いていない。

 私は「危ない!」と叫んだ。すると内梨くんは“何が?”という感じに首を傾げ、その瞬間……頭にカラスが激突。頭から血を流し、私は慌てて近くの住民に助けを求めた。

 しかし、数日後に内梨くんは還らぬ人となったのである。それは紛れもなく事故死だった。突然死したカラスが、落ちてきた不運な事故……

 その時に私の将来は終わった。幸せになりたいという細やかな願いが消えてなくなったのである。
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