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19 運命という名の呪い

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 よく考えれば、死なずにお別れをしたのはカズ君が初めてだなと私は思った。私が殺し屋をせずに普通に出会っていたら、そのまま付き合っていただろうか?

 などと思考を巡らせ、気が付いたらアパートへと帰ってきていた。カズ君に真実を打ち明けたが、殺し屋って事を信じてくれただろうか?何か信じてない気がする。

 もしかしたら、別れるための嘘として捉えたか?いや、カズ君ならきっと信じてくれたに違いない。

「何してんだい?」

 アパートの前で考え事をしていると、大家さんが声をかけてきた。タバコを咥えながらこっちを見ている。

「自分の部屋、忘れたかい?」

「いえ……」と、私が部屋に向かおうとすると、大家さんは言う。

「それとも、彼氏と別れたのかい?」

 核心をつかれた問いに、私の身体は反応してビクっと震える。

「どうして、分かったんですか?」

 大家さんのほうを向いてそう訊ねると、大家さんはニカッと笑いながら、私に返す。

「そりゃあ、そんなに泣きべそかいてりゃ、それぐらいしか考えられないでしょ」

 泣きべそ?そこで私は気付いた。どうして今まで気付かなかったのか不思議なぐらいだ。どうやら私は泣いていたらしい。涙がボロボロと頬を伝い、地面に落ちる。

「あたしで良けりゃ、聞いてやろうか?」

 大家さんに対して、あまり良い印象は無かったが、そんな優しさを見せられたらちょっと嬉しい。でも、人に話せるような事でもないので、「大丈夫です」と断る。

「そうかいそうかい」

 そう言いながら大家さんは咥えていた煙草を地面に落として消した。

「せっかく親身に話を聞いてやろうとしたのに、あたしはショックだよ」

「あ、ご、ごめんなさい」

「ウソウソ」と大家さんは笑顔を見せる。

「言いたくない事もあるわな。あたしだってそうさ」

 この大家さんにも何か隠し事があるのだろうか?不意に気になった私は、大家さんに訊いてみる。

「大家さんは、結婚とかされてるんですか?」

 そういえば旦那さんがいるような気配がない。もう亡くしているのか?だとしたら、ちょっと気まずい質問だったか?

「してるように見えるかい?」

 大家さんは笑顔でそう返した。

「あたしも若い頃は人並みに恋愛はしてきたけどね。どうもこうも、良い巡り合わせがなかった」

「巡り合わせ?」

「運命みたいなもんさ。あたしには男性と結ばれない呪いみたいなもんがあったんだろうね。いつも良いところで邪魔が入る」

 きっと、大家さんも色んな経験をしてきたのだろう。今の姿からは想像もつかないが、人並みの幸せを望んで生きてきたのだろう。

「でも、それはそれとして受け止めるしかないと思ったよ」

「諦めろって事ですか?」

「そうさ」

 私には幸せになるなという事か……そりゃそうだ。幸せになる権利なんて無いんだから……

 もう、ここから去ろう。依頼者には何も言わず、警察から怪しまれるだろうけど、なるべく遠くに、誰にも見つからないように……

 それでいい。そうやって一生孤独に生きていけばいいではないか。殺し屋なんてものを始めた人間には、お似合いの人生だ。

「でもね」

 私が俯きながら黙っていると、大家さんは喋り出した。

「でも、だよ。その自分の運命を受け入れてくれて、それに抗ってくれる人がいるなら、その人こそ運命の人かもしれない」

 それを聞いて、私にはカズ君の姿が頭を過ぎった。彼は、私の特殊能力に唯一抵抗した男性だ。どういう理屈かわからないが、ほぼ確実に事故死するはずの状況を回避してきた。

 大家さんはズボンの左ポケットに手を入れ、煙草の箱を取り出し、トントンと叩いて器用に一本だけ箱から出す。そしてそれを咥えて火を点けた。その時、大家さんの左手の薬指に指輪の跡がある事に気付く。

「あれ?」と私は声を出す。「結婚、してたんですか?」

「もう、亡くして3年になるかな……あの人は、あたしの運命に抵抗してくれた唯一の男性だったよ。まぁ、あたしの運命を捻じ曲げるのにだいぶ苦労してたけどね」

 大家さんは黄色い歯を見せてニカッと笑う。

「ちょっとお喋りし過ぎたかな。あたしは部屋に戻るとしますか。あんたも、早く入りな」

 そう言い残し、大家さんは煙草を吸いながら部屋に入っていった。私は大家さんの部屋を見ながら、さっきの言葉を思い返す。

 運命を……捻じ曲げる?
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