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#5 それは風船のように
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僕の目の前にはコップが置かれている。コップの中には白い球体が入れられており、僕はそのコップを手に取り、その球体をまじまじと見つめた。
「目玉?」
そう、そこにある球体は目玉だった。しかも人間の……
「これ、誰のですか?」
と僕が目の前にいる白衣を着た人に訊くと、「それを私に訊ねますか?」と白衣の人は言った。
「この目玉については、あなたの方が知っているのではないですか?」
「いえ……」と僕は言い、辺りを見渡す。「ぜんぜん……」
「ふぅ……」と白衣の人は息を吐き、「これは君が持ってきたのですよ」と答える。
「君が殺した恋人の目玉です」
それを聞き、僕は「あぁ」と声を出す。「それは違います。先生」
そう自分で言って、先生という言葉に引っかかった。あぁそうか、ここは病院か……でも、いったいどうして僕はここに居るのだろう?
「何が違うのですか?」
「それは……」と僕は目玉を見つめる。「僕は恋人を殺していません」
「いや、君は、長年付き合った恋人を殺したあと、バラバラに解体した」
「だから……殺していないんです」
「どういう事ですか?」
「いかせてあげた」
先生は眉間にしわを寄せて、「んーー……」と唸る。「逝かせてあげた?それは、殺したと同じでは?」
「あぁ、違います」と僕は空中に文字を書く。「生」です。「生かせてあげた。という意味です」
「わからないな……」
先生は天井を見て大きく息を吐き、「わからない……」ともう一度言った。
「ここは不安定な世界です。ほら、僕はもう、ここがどこだかわからない」
あぁそうだ。ここはどこだろう?そして、目の前に居るこの人は誰だろう?白衣を着ているから先生だろうか?白衣って何だろう?白い衣。なぜ白いのだろう?あれ?目の前にあるこの入れ物はなんだ?あぁ、コップか。で、中に入っているのが……目玉。
僕が考え事をしていると、白衣を着た人が口を開く。
「大丈夫ですか?ここがどこかわかりますか?」
僕はその問いかけに何て応えればいいかわからなかった。だからとりあえず、目玉をコップから出し、自分の目に押し当てる。
「何をしているのですか!やめなさい!」
白衣を着た人が僕にそう叫ぶが、僕は目玉を自分の目玉に入れようと必死になっていた。しかし、どういうわけか目玉が僕の目に入らない。そうこうしている内に、先生が僕から目玉を取り上げる。
「これは……没収です」
僕は残念な気持ちになったが、あぁそうか……と、目の前にあるコップを手に取り、自分の目玉に押し当てた。そして、自分の目玉を勢いよくエグり取る。ブチっという音がして、僕は叫び、悲願した。
「あぁ……!!僕も解体してください!」
部屋に他の白衣を着た人が入ってくる。その人たちは僕を身動きが取れないように押さえつけた。そして、さっきから居る白衣を着た人が僕に問う。
「不安定な世界とは、どういう事ですか?」
その質問の答えを僕は脳内から探すが、適切な言葉が見当たらない。でも、まぁ、いい。口を開けば自然と言葉が出てくる。これもまた、不安定だからだろう。
「ここは、世界に出ていく前の世界です」
「は?」
「ここで何かを試して、そして、本物の世界で実行される」
「意味がわからないのですが……」
僕はクスクスと笑う。意味がわからないのはこっちだ。どうして気付かないのだろう?この非常識な現実に……
「先生の手に持っているその目玉。それを見て何も思いませんか?」
先生は手に持っている目玉を見つめて、「特に……」と言う。
「綺麗な目玉だと思いますが……あなたの恋人の目玉ですよね?」
「はい……」と僕は頷き、「彼女は完璧でした」と答える。
「だからこそ、僕は彼女を生かせてあげた。本物の世界へ……」
「本物の世界?」
「とりあえず、この押さえつけている人が邪魔なので、どかしてくれませんか?」
「あぁ……」と先生は言い、「帰ってゲームでもしていなさい」と命令した。すると、さっきまで力強く押さえていた人達は一斉に部屋から出ていき、楽しそうに談笑しながら視界から消えていった。
「ほら、これもまた不安定だ」
「はっ」と先生は笑う。「何が?どう不安定だと?」
何が不安定?何が?ん?確かに何が不安定なのだろう?目の前にいるこの人は誰だ?どうして白衣を着ている?あぁそうか……ここは病院なのだな……いや、違う。ここはそうじゃない……
「忘れないうちに、僕を解体してください。僕を生かしてください」
「さっきから何を言っているのですか?解体ってどういうことですか?」
「自分では無理なのです。ほら、道具ならいっぱいあるでしょ。先生の座る椅子でもいい、何でもいいから、僕を殺して解体してください……」
先生は言われるがまま、自分の座っていた椅子を持ち上げた。そして、僕に向かって勢いよく振り下ろす。ゴン!と脳が揺れて、意識が飛びそうになる。僕はぼんやりとした意識の中、右手の甲に十字のキズがある事に気付いた。あぁ、これが僕なのだろう。先生はもう一発僕に椅子を振り下ろす。そうだ。それでいい。どうかトドメをさして……
*****
ふと、思った。ここは本物の世界ではない。考えるよりも先に、脳に直接情報が流れ込んできた。それはきっとバグみたいなもので、世界の真実を誰かが別の世界から教えてくれているようだった。ここは。そう。ここは不安定な世界。
理屈の通らない世界。物理現象を無視した世界。倫理観の狂った世界。誰もが自分はまともだと思い、誰もが自分は正解だと思い、誰もが自分が世界の中心だと思っている。でもそれはただの思い込みで、ふとした瞬間にそれは風船のようにパンっと消えてしまう。
ここから抜け出すには、殺され、解体されることだ。自分ではそれを行う事ができない。だから僕は、この情報が消えてしまう前に、あまりにも完璧な彼女を殺した。そして、解体し、その一つ一つを大切に取り出した。彼女の全てを知ることが何よりも大事で、それを知る事で本物の世界に反映される。
ここは、不安定な世界。まるで。そう。頭に浮かんだアイデアのような。メモをしないと忘れてしまうような。そんな……不安定な世界。
*****
まったくもって、何で俺はこんなボロアパートを選んでしまったのだろう……。隣の住人が朝から盛んで、その音がこちらに駄々洩れなもんで、非常に困っている。壁でも叩いて「聞こえてんだよ!」と叫んでやろうと思ったが、トラブルになるのが面倒なのでやめた。それよりもだ……漫画の次回作のアイデアを出さないと……
その時だ。ふと、イメージが現れた。キャラクターのイメージだ。そいつは男で、一人称は僕。そして、右手の甲に十字のキズがある。その傷は子供の頃に負ったもので……、だけどその傷について考えると頭が痛くなり、その時の事を思い出すのを脳みそが拒否する。そうだ。それから……その男は自分の過去について探り初めて……。うんうん。いいぞ。そうそう。そして、世界を救う物語へと発展していく。ヒロインはそうだな……何もかもが完璧な彼女ってのはどうだろう?
俺は思い付いたアイデアをノートにメモしていった。これが採用されるかわからないが……没にならない事を祈ろう……
【#5】それは風船のように【没】
「目玉?」
そう、そこにある球体は目玉だった。しかも人間の……
「これ、誰のですか?」
と僕が目の前にいる白衣を着た人に訊くと、「それを私に訊ねますか?」と白衣の人は言った。
「この目玉については、あなたの方が知っているのではないですか?」
「いえ……」と僕は言い、辺りを見渡す。「ぜんぜん……」
「ふぅ……」と白衣の人は息を吐き、「これは君が持ってきたのですよ」と答える。
「君が殺した恋人の目玉です」
それを聞き、僕は「あぁ」と声を出す。「それは違います。先生」
そう自分で言って、先生という言葉に引っかかった。あぁそうか、ここは病院か……でも、いったいどうして僕はここに居るのだろう?
「何が違うのですか?」
「それは……」と僕は目玉を見つめる。「僕は恋人を殺していません」
「いや、君は、長年付き合った恋人を殺したあと、バラバラに解体した」
「だから……殺していないんです」
「どういう事ですか?」
「いかせてあげた」
先生は眉間にしわを寄せて、「んーー……」と唸る。「逝かせてあげた?それは、殺したと同じでは?」
「あぁ、違います」と僕は空中に文字を書く。「生」です。「生かせてあげた。という意味です」
「わからないな……」
先生は天井を見て大きく息を吐き、「わからない……」ともう一度言った。
「ここは不安定な世界です。ほら、僕はもう、ここがどこだかわからない」
あぁそうだ。ここはどこだろう?そして、目の前に居るこの人は誰だろう?白衣を着ているから先生だろうか?白衣って何だろう?白い衣。なぜ白いのだろう?あれ?目の前にあるこの入れ物はなんだ?あぁ、コップか。で、中に入っているのが……目玉。
僕が考え事をしていると、白衣を着た人が口を開く。
「大丈夫ですか?ここがどこかわかりますか?」
僕はその問いかけに何て応えればいいかわからなかった。だからとりあえず、目玉をコップから出し、自分の目に押し当てる。
「何をしているのですか!やめなさい!」
白衣を着た人が僕にそう叫ぶが、僕は目玉を自分の目玉に入れようと必死になっていた。しかし、どういうわけか目玉が僕の目に入らない。そうこうしている内に、先生が僕から目玉を取り上げる。
「これは……没収です」
僕は残念な気持ちになったが、あぁそうか……と、目の前にあるコップを手に取り、自分の目玉に押し当てた。そして、自分の目玉を勢いよくエグり取る。ブチっという音がして、僕は叫び、悲願した。
「あぁ……!!僕も解体してください!」
部屋に他の白衣を着た人が入ってくる。その人たちは僕を身動きが取れないように押さえつけた。そして、さっきから居る白衣を着た人が僕に問う。
「不安定な世界とは、どういう事ですか?」
その質問の答えを僕は脳内から探すが、適切な言葉が見当たらない。でも、まぁ、いい。口を開けば自然と言葉が出てくる。これもまた、不安定だからだろう。
「ここは、世界に出ていく前の世界です」
「は?」
「ここで何かを試して、そして、本物の世界で実行される」
「意味がわからないのですが……」
僕はクスクスと笑う。意味がわからないのはこっちだ。どうして気付かないのだろう?この非常識な現実に……
「先生の手に持っているその目玉。それを見て何も思いませんか?」
先生は手に持っている目玉を見つめて、「特に……」と言う。
「綺麗な目玉だと思いますが……あなたの恋人の目玉ですよね?」
「はい……」と僕は頷き、「彼女は完璧でした」と答える。
「だからこそ、僕は彼女を生かせてあげた。本物の世界へ……」
「本物の世界?」
「とりあえず、この押さえつけている人が邪魔なので、どかしてくれませんか?」
「あぁ……」と先生は言い、「帰ってゲームでもしていなさい」と命令した。すると、さっきまで力強く押さえていた人達は一斉に部屋から出ていき、楽しそうに談笑しながら視界から消えていった。
「ほら、これもまた不安定だ」
「はっ」と先生は笑う。「何が?どう不安定だと?」
何が不安定?何が?ん?確かに何が不安定なのだろう?目の前にいるこの人は誰だ?どうして白衣を着ている?あぁそうか……ここは病院なのだな……いや、違う。ここはそうじゃない……
「忘れないうちに、僕を解体してください。僕を生かしてください」
「さっきから何を言っているのですか?解体ってどういうことですか?」
「自分では無理なのです。ほら、道具ならいっぱいあるでしょ。先生の座る椅子でもいい、何でもいいから、僕を殺して解体してください……」
先生は言われるがまま、自分の座っていた椅子を持ち上げた。そして、僕に向かって勢いよく振り下ろす。ゴン!と脳が揺れて、意識が飛びそうになる。僕はぼんやりとした意識の中、右手の甲に十字のキズがある事に気付いた。あぁ、これが僕なのだろう。先生はもう一発僕に椅子を振り下ろす。そうだ。それでいい。どうかトドメをさして……
*****
ふと、思った。ここは本物の世界ではない。考えるよりも先に、脳に直接情報が流れ込んできた。それはきっとバグみたいなもので、世界の真実を誰かが別の世界から教えてくれているようだった。ここは。そう。ここは不安定な世界。
理屈の通らない世界。物理現象を無視した世界。倫理観の狂った世界。誰もが自分はまともだと思い、誰もが自分は正解だと思い、誰もが自分が世界の中心だと思っている。でもそれはただの思い込みで、ふとした瞬間にそれは風船のようにパンっと消えてしまう。
ここから抜け出すには、殺され、解体されることだ。自分ではそれを行う事ができない。だから僕は、この情報が消えてしまう前に、あまりにも完璧な彼女を殺した。そして、解体し、その一つ一つを大切に取り出した。彼女の全てを知ることが何よりも大事で、それを知る事で本物の世界に反映される。
ここは、不安定な世界。まるで。そう。頭に浮かんだアイデアのような。メモをしないと忘れてしまうような。そんな……不安定な世界。
*****
まったくもって、何で俺はこんなボロアパートを選んでしまったのだろう……。隣の住人が朝から盛んで、その音がこちらに駄々洩れなもんで、非常に困っている。壁でも叩いて「聞こえてんだよ!」と叫んでやろうと思ったが、トラブルになるのが面倒なのでやめた。それよりもだ……漫画の次回作のアイデアを出さないと……
その時だ。ふと、イメージが現れた。キャラクターのイメージだ。そいつは男で、一人称は僕。そして、右手の甲に十字のキズがある。その傷は子供の頃に負ったもので……、だけどその傷について考えると頭が痛くなり、その時の事を思い出すのを脳みそが拒否する。そうだ。それから……その男は自分の過去について探り初めて……。うんうん。いいぞ。そうそう。そして、世界を救う物語へと発展していく。ヒロインはそうだな……何もかもが完璧な彼女ってのはどうだろう?
俺は思い付いたアイデアをノートにメモしていった。これが採用されるかわからないが……没にならない事を祈ろう……
【#5】それは風船のように【没】
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