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第19話 公衆衛生大作戦 ~鉱山都市の大掃除~
しおりを挟む「総員、聞けぇッ!!」
鉱山都市ボールデンの広場に、ビル伯爵の枯れた、しかし決意のこもった声が響き渡った。
集められたのは、まだ動ける兵士たちと、感染を免れた鉱山夫たち約50名。
「これより、エルガレア子爵家のリック殿の指揮下に入り、防疫作戦を開始する! これは悪霊祓いではない! 『見えざる敵』との戦争である! 命を惜しむな、街を守れ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
絶望に沈んでいた男たちの目に、光が戻った。
やるべきこと(タスク)が明確になったからだ。
「よし、作戦開始(ミッション・スタート)だ!」
俺の号令と共に、ボールデン史上最大の大掃除が始まった。
***
フェーズ1:隔離とトリアージ(教会エリア)
まずは感染源となっている教会だ。
俺は口元を覆った布をきつく縛り直し、礼拝堂の中へ飛び込んだ。
「窓を全部開けろ! 新鮮な空気を入れろ!」
「し、しかし寒気が入っては患者が……」
「腐った空気の中にいるよりマシだ!」
俺の剣幕に押され、司祭たちが慌てて重い鎧戸を開け放つ。
吹き込んだ冷たい風が、堂内に淀んでいた死臭を薄めていく。
「ここからは区域分け(ゾーニング)を行う! 右側は軽症者! 左側は重症者! そして奥の別室は回復の兆しがある者だ! ベッドの間隔は最低でも歩幅2つ分空けろ!」
兵士たちが担架を運び、雑魚寝状態だった患者たちを次々と移動させる。
そして、患者同士の間には、俺が持参した「煮沸した白い布」がカーテンのように吊るされた。
飛沫感染を防ぐための物理的な壁だ。
「いいか、患者に触れる前には必ずこれで手を洗え!」
俺は樽に入った高濃度アルコールを、司祭たちの手に容赦なくぶっかけた。
「ひぃっ!? しみる!?」
「しみるのは汚れが落ちている証拠だ! 爪の間、手首まで、30秒数えて擦り合わせろ!」
最初は「悪魔の水」と怖がっていた神官たちも、アルコールで手を拭いた後の爽快感と、清潔感がもたらす安心感に気づき始め、次第に積極的に消毒を行うようになった。
***
フェーズ2:都市浄化(セバスによる魔法清掃)
教会の外では、もっと大掛かりな「掃除」が行われていた。
街の中央通りに立ったセバスが、優雅に燕尾服の袖をまくった。
「さて……。リック様のご期待に応えねばなりませんな」
セバスが杖を掲げると、周囲の空気が渦を巻き始めた。
「風よ、穢れを運び去れ。『エアロ・スイーパー(暴風清掃)』」
ゴオオオオオオッ!!
猛烈な突風が発生した。
だが、それは家を壊す風ではない。
路地裏、家の隙間、側溝の中。あらゆる場所にへばりついたゴミ、腐敗物、汚泥を、掃除機のように吸い上げ、一点に集める制御された風だ。
空中に巨大なゴミの球体が出来上がる。
その光景に、住民たちは腰を抜かして空を見上げた。
「集めただけでは不十分ですな。……燃え尽きなさい。『インシネレート・フレア(焼却の炎)』」
ボッ!!!
空中のゴミ球が、紅蓮の炎に包まれた。
凄まじい熱量。悪臭を放つ間もなく、病原菌ごと灰へと変わっていく。
灰は風に乗って街の外へ。
「仕上げです。水よ、洗い流せ。『ハイドロ・フラッシュ』」
今度は大量の水が、空になったドブ川を一気に駆け抜けた。
こびりついていたヘドロが洗い流され、本来の石造りの底が姿を現す。
わずか30分。
腐臭に満ちていた街から、物理的に「汚れ」が消滅した瞬間だった。
***
フェーズ3:害獣駆除(経済的インセンティブ)
街が綺麗になったところで、俺は広場に看板を立てた。
『ネズミの死骸、一匹につき銅貨一枚と交換』
効果は劇的だった。
仕事がなく、家に閉じこもっていた貧民たちが、目の色を変えて外に飛び出してきたのだ。
銅貨一枚あればパンが買える。
「殺せぇ! ネズミだ!」
「そこだ! 逃がすな!」
大人も子供も、棒を持ってネズミを追い回す。
街中から聞こえるのは、悲鳴ではなく「狩り」の熱狂的な声だ。
感染源であるドブネズミが次々と駆除され、専用の焼却炉(ドラム缶)へと放り込まれていく。
***
フェーズ4:水源管理
夕方。街の広場では、巨大な鍋がいくつも並び、グツグツと湯気を上げていた。
俺が命じた「飲み水の煮沸」だ。
「いいか! 生水は絶対に飲むな! 必ずこの沸かした湯を冷ましてから飲め!」
兵士たちが、煮沸済みの清潔な水を住民に配給する。
喉が渇いて脱水症状になりかけていた人々が、安全な水を求めて列を作った。
「……うまい」
「変な味がしない……」
今まで飲んでいた井戸水がいかに汚れていたか、彼らも本能で理解したようだ。
***
日が沈む頃。
ボールデンの街の空気は、朝とは別物になっていた。
腐敗臭は消え、代わりにアルコールのツンとした匂いと、焚き火の煙の匂いが漂っている。
静まり返っていた死の街に、人が動き、声を掛け合う「生気」が戻りつつあった。
「……ふぅ」
教会の入り口で、俺はその場にへたり込んだ。
さすがに10歳の体で、一日中怒鳴り散らして指揮を執るのは限界だった。
「お疲れ様でございます、リック様」
いつの間にか戻ってきていたセバスが、さっと肩に上着を掛けてくれる。
彼も相当な魔力を使ったはずなのに、顔色一つ変えていない。化け物だ。
「セバス……街の様子は?」
「見違えるようです。ネズミの姿は消え、道は清潔に保たれています。何より、住民の目に『希望』が灯りました。『何かすれば助かるかもしれない』という希望が」
「そうか。……なら、第一段階は成功だね」
俺は重い瞼をこすった。
まだ特効薬を作ったわけじゃない。死者がゼロになるわけでもない。
けれど、感染の連鎖(チェーン)は断ち切った。
「今日はゆっくりお休みください。夜番は私が引き受けます」
「うん……頼むよ……」
俺の意識は、泥のように深い眠りへと落ちていった。
夢の中で、清潔な白い病院を建て直す設計図を描きながら。
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