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第23話 工場稼働と、王都への戦略的お土産
しおりを挟む2日後。
エルガレアの空は快晴だった。
俺は屋敷の庭で、王都行きのワイバーンの手綱を握っていた。
「では若様。王都の攻略、頼みましたぞ」
「ああ。任せてくれ」
見送りに来たセバスは、いつになく真剣な表情だ。
それもそのはず。俺がこれから仕掛けるのは、単なるお土産の配達ではない。エルガレア商会の命運をかけた大規模プロモーションの幕開けだからだ。
そして、その需要を支える「生産」の責任は、すべてセバスの双肩にかかっている。
「留守は任せたよ、工場長」
「ふっ。その呼び名は慣れませんが……ご安心を。若様がお戻りになる頃には、倉庫を商品の山で埋め尽くしておきます」
俺はニヤリと笑い、ワイバーンを空へと飛ばした。
***
一方、主を送り出した後のエルガレア商会「第一工房」。
元は倉庫だった建物を改装したその場所は、異様な熱気に包まれていた。
「1班、瓶詰め急げ! 泡を立てるな!」
「2班、ラベル貼りは歪みなく! エルガレアのブランドに関わるぞ!」
「3班、リバーシの石の研磨だ! 手触りを滑らかにしろ!」
セバスの低い、しかしよく通る声が響く。
そこには約50名の従業員と臨時で雇った魔法使いが働いていたが、その働き方は従来の職人工房とは全く異なっていた。
一人が一つの商品を最初から最後まで作るのではない。
工程を細分化し、流れ作業で行う「ライン生産方式」だ。
セバスはリックから授かった知識を、完璧に現場に落とし込んでいた。
「魔法部隊、乾燥(ドライ)を!」
「はい! 『ウインド・ブロー』!」
洗浄した瓶を一瞬で乾かす風魔法。
重い原材料を運ぶ土魔法。
適材適所に魔法を組み込むことで、生産効率は手作業の10倍に達していた。
(……恐ろしい構想だ。職人の熟練度に頼らず、誰でも均一な品質のものを、大量に作り出す。これが『工業化』というものか)
セバスは整然と並ぶ完成品――シャンプーの瓶とリバーシのセットを見つめ、静かに戦慄していた。
王都で火がつけば、注文は嵐のように押し寄せるだろう。
だが、受けて立つ。
最強の執事としての矜持が、彼の指揮をさらに加速させた。
***
数時間後。王都リンデンバルド、カーラ侯爵邸。
俺は再び、祖父母の元を訪れていた。
「おお、リック! よく来たな! 百貨店の噂、王都でも持ちきりだぞ!」
「お祖父様、今日はお礼と、新しい『遊び』を持ってきました」
応接間に通された俺は、早速持参した木箱を開けた。
「なんだこれは? 白と黒の石……?」
「『リバーシ』です。お祖父様、一局いかがですか? ルールは簡単、挟んでひっくり返すだけです」
最初は「子供の遊びか」と侮っていた商務大臣バーノンだったが、ゲーム開始から5分後には、額に脂汗をかいて盤面を睨みつけていた。
「ぬぬぬ……! ここを置けば角を取られる……しかし、置かねばパスか!? なんだこの悪魔的なゲームは!」
「ふふ、お祖父様、そこは罠ですよ」
パチッ。
俺が石を置き、黒を一気に白へと変える。
盤面は真っ白。俺の圧勝だ。
「負けたぁぁぁ! もう一回だ! 次は負けん!」
「ええ、何度でも。……ですがお祖父様。このゲーム、王宮の待ち時間に最適だと思いませんか?」
俺の囁きに、バーノンはハッとして顔を上げた。
単純だが奥深く、持ち運びも容易。そして何より、知的な駆け引きを楽しめる。
退屈な会議の前や、夜会の余興にこれほど適したものはない。
「……なるほど。これを私が流行らせれば、貴族たちはこぞって買い求めるか」
「はい。流行の最先端は、常にカーラ侯爵家から発信されるべきです」
***
次は、祖母スーナの部屋だ。
こちらには、シャンプーとトリートメントのセットを献上した。
「髪を……洗う薬? 石鹸とは違うの?」
「はい。お祖母様、今夜これを使ってみてください。バラとハーブの香りをつけました。そして明日の朝、鏡を見れば違いが分かります」
俺は小瓶の蓋を開け、香りを嗅がせた。
ふわっと広がる高級なバラの香り。それだけでスーナの目が輝く。
「いい香り……。わかったわ、試してみる。あなたの持ってくるものに、ハズレはないものね」
俺は確信した。
明日の朝、絹のような髪を手に入れたスーナは、必ず夜会でそれを自慢する。
「どこの香油を使っているの?」と聞かれた彼女は、扇子で口元を隠してこう答えるはずだ。
『あら、これはエルガレア商会のシャンプーですのよ』と。
それこそが、何万枚のチラシよりも強力な宣伝になる。
「さあ、種は蒔いた」
王都の空を見上げ、俺はニヤリと笑った。
領地ではセバスが山のような商品を用意して待っている。
需要と供給。
二つの歯車が噛み合った時、エルガレア商会は莫大な富を生み出す怪物となる。
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