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第29話 神童のお披露目と、二輪の若き華
しおりを挟むロイドが伯爵に陞爵(しょうしゃく)してから一ヶ月。
王都リンデンバルドの一等地にある貸し切りホールで、盛大なパーティーが開かれた。
名目は「エルガレア伯爵陞爵記念祝賀会」。
だが、集まった貴族たちの真の目的は別にあった。
それは、エルガレアの奇跡を裏で操ると噂される、伯爵家の嫡男――リック・フォン・エルガレアを一目見ることだ。
会場は、エルガレア商会の威信をかけて装飾されていた。
天井からは魔石灯のシャンデリアが輝き、テーブルには領内産の新鮮な食材を使った創作料理が並ぶ。
そして会場の至る所には、特大の「ガラス製オブジェ」や「リバーシセット」が置かれ、さながら展示会の様相を呈していた。
「……すごい人だね、父上」
俺はセバスに仕立ててもらった子供用のタキシードを着て、苦笑した。
会場には、下級貴族から王族に近い公爵家まで、この国のパワーバランスを決定づける面々が勢揃いしている。
「緊張しないのか、リック? 私は胃が痛くて……」
「堂々としていてください、伯爵様。……さあ、主役の登場ですよ」
俺たちは扉を開け、光あふれるホールへと足を踏み入れた。
***
挨拶回りが始まると同時に、俺の周りには黒山の人だかりができた。
それも、ただの貴族ではない。国の舵取りをする重鎮たちだ。
「おお、君がリック君か! 噂は聞いているぞ!」
最初に食いついてきたのは、小太りの財務大臣ハマン侯爵だ。
「君の領地の納税額、素晴らしいな! 一体どんな魔法を使えば、あんな短期間で税収を三倍にできるのだね?」
「簡単なことです、ハマン閣下。『取る』のではなく『稼がせる』のです。領民が豊かになれば、税率は下げても税収総額は増えます。……後ほど、当家の『複式簿記』の資料をお送りしましょうか?」
「ふ、複式簿記……? ぜひ頼む! 君とは美味い酒が飲めそうだ!」
10歳の子供とは思えない専門的な回答に、ハマン侯爵が目を丸くして喜ぶ。
続いて割り込んできたのは、厳格な顔つきの宰相ガリウス公爵だ。
「おい小僧、いやリック殿。あのリバーシの戦術だが……『定石』というものがあるそうだな?」
「はい、ガリウス閣下。序盤は中央を固めず、相手に打たせるのがコツです。今度、必勝の解説書を差し上げますよ」
「おおっ! これで陛下に勝てる! ……コホン。いや、君の知性には感服した」
政治、経済、そして娯楽。
あらゆる話題に対し、完璧な礼儀作法と、大人顔負けの知見で返す俺の姿に、会場のざわめきが変わっていく。
「おい、あの子……本当に10歳か?」
「神童というレベルじゃない。中身は老獪な商人のようだぞ」
「エルガレア家の真の当主は彼かもしれん……」
評価は定まった。
リック・フォン・エルガレアは、「ただの子供」として扱ってはならない相手である、と。
***
重鎮たちの相手が一通り終わり、俺がバルコニーで夜風に当たって休憩している時のことだ。
「見つけたわ。あなたが噂の『神童』ね?」
凛とした声が響いた。
振り返ると、そこにはドレスアップした二人の少女が立っていた。
どちらも俺より少し年上――12、3歳くらいだろうか。
一人は、透き通るような銀髪を腰まで伸ばした、冷ややかな美少女。
知的なブルーの瞳が、値踏みするように俺を見ている。
「初めまして。私はアリシア・フォン・ガリウス」
「ガリウス……宰相閣下のご令嬢ですか」
俺が一礼すると、彼女はフンと鼻を鳴らした。
「父が毎晩リバーシに夢中で迷惑しているわ。でも……あの『新都心計画』の図面、あれを引いたのはあなたなんでしょう? 都市機能を分散させる発想、悔しいけれど合理的だわ」
彼女、アリシアは宰相の娘らしく、政治や都市計画に興味があるらしい。ツンとした態度だが、その瞳には知的好奇心が宿っている。
「へえ、アリシアが人を褒めるなんて珍しいじゃん!」
もう一人、燃えるような赤髪をショートカットにした活発そうな少女が、ニカッと笑って俺の背中をバシッと叩いた。
痛っ。いい掌底だ。
「あたしはカレン・フォン・ゼガード! 父さんが『エルガレアの坊主は面白い』って褒めてたから見に来たんだ!」
ゼガード……騎士団長の娘か。どうりで腕力が強いわけだ。
カレンは興味津々で俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ、あんた魔法も凄いんでしょ? 今度、あたしと手合わせしなさいよ! 父さんより強いか試してやる!」
「お手柔らかにお願いしますよ、カレン様」
知性派のアリシアと、武闘派のカレン。
国のトップ2の娘たちが、揃って俺に興味を示している。
これは……ある意味、大臣たちを相手にするより厄介かもしれない。
「ふふ。面白いわ、リック・フォン・エルガレア。あなた、同年代の退屈な男子とは違うみたい」
アリシアが扇子で口元を隠し、挑発的に微笑む。
「あたしも気に入った! 今度、あたし達の学園にも遊びに来なさいよ! 案内してあげるから!」
カレンが屈託なく笑う。
どうやら俺は、貴族社会だけでなく、次世代の社交界(ヒロインたち)にも強烈な爪痕を残してしまったらしい。
遠くでその様子を見ていたセバスと祖父バーノンが、ニヤニヤと親指を立てているのが見えた。
……後で文句を言ってやろう。
こうして、王都でのお披露目会は大成功に終わった。
リックの名は国中に轟き、エルガレア伯爵家の地位は盤石なものとなったのだ。
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