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第33話 アトリエの魔法使いと、二つの革新
しおりを挟むエルガレア伯爵王都邸の一室は、急遽「デザイン・ラボ(研究室)」へと改装されていた。
部屋の中央には大きな裁断台。壁には色とりどりの布地(反物)が立てかけられ、ボイラー直結のアイロンからはシューシューと蒸気が上がっている。
「では、採寸を始めます。……アンナ、頼むよ」
「はい、若様」
俺の指示で、専属メイドのアンナがメジャーを手に取る。
さすがに10歳の男子(俺)が、年上の令嬢の体を触るわけにはいかない。俺はデスクで、アンナが読み上げる数字を羊皮紙に記録していく。
「カレン様。じっとしていてください。筋肉に力が入るとサイズが変わります」
「えー、くすぐったいのよ! 早くして!」
台の上でモジモジしているのは、騎士団長の娘カレンだ。
一方、宰相の娘アリシアは、澄ました顔で直立しているが、その目は俺の手元をじっと観察している。
「……リック。あなたが引いているその線、普通の仕立て屋の型紙とは違うわね。曲線が多いわ」
「鋭いですね。人間の体は直線じゃないですから」
俺は定規を置き、二人にそれぞれの「コンセプト」を説明し始めた。
***
【Design 1:カレン・モデル ~戦う乙女のための機動力~】
「カレン様のオーダーは『動きやすさ』。でも、貴族としての品格も必要です」
俺は、深い紅色の布地を広げた。伸縮性のあるニット素材に近い、特殊な織り方をしたウールだ。
「採用するのは『キュロット・スカート(ガウチョパンツ)』です。たっぷりと布を使うことで、直立している時はロングスカートに見えます。ですが――」
俺はチャコ(印付けのチョーク)で股下のラインを引く。
「中身はパンツ構造になっています。これで馬に跨っても足が露出することはありません。さらに、ここを見てください」
「……穴? 縫い忘れてるわよ」
「違います。『ポケット』です」
この世界の女性服にはポケットがない。小物は巾着袋に入れて持ち歩くのが常識だ。
だが、アクティブな彼女には不便極まりない。
「左右に深めのポケットを付けました。ハンカチはもちろん、小さな短剣くらいなら隠し持てます」
「最高じゃない! いちいち従者に荷物を持たせなくていいのね!」
カレンがガッツポーズをする。
上着は、腕の可動域を広げるために袖の付け根(アームホール)を広く取ったショートジャケット。
これで、剣を振っても生地が突っ張らない。
***
【Design 2:アリシア・モデル ~知的探求者のための静寂~】
「次はアリシア様。テーマは『集中力』です」
選んだのは、知的な紺色(ネイビー)の布地と、チェック柄の織物だ。
「勉強の天敵は『血流の悪さ』です。コルセットで締め付けると脳に酸素が行きません。なので、ウエストはゴム……いえ、シャーリング(伸縮帯)仕様にします」
見た目はきちんとしたベルトだが、内部に伸縮素材を仕込み、座った時に腹部を圧迫しないようにする。
「そして、スカートは『プリーツ(ひだ)』加工を施します。折り目をつけることで、座った時にお尻のラインが出にくく、長時間座っていてもシワになりにくい」
「……なるほど。機能的ね。でも、それだと少し『地味』ではないかしら?」
アリシアが不安そうに尋ねる。
確かに、フリルもレースもない服は、彼女たちにとって下着同然に見えるかもしれない。
「そこで、これです」
俺はジャケットの胸元に、金糸で刺繍されたワッペンを置いた。
エルガレア商会の紋章と、王立学園の校章を組み合わせたエンブレムだ。
「『ブレザー・スタイル』です。宝石で飾るのではなく、所属と誇り(エンブレム)で飾るのです。これに白いブラウスと、首元にリボンタイを合わせれば……」
俺は完成予想図(イラスト)を見せた。
そこには、凛として本を読む、知的で高潔な深窓の令嬢が描かれている。
「……っ! か、可愛い……」
アリシアが素の反応を見せて口元を押さえた。
従来の「豪華さ」とは違う、「清楚(トラッド)」という新しい価値観が彼女のハートを射抜いたようだ。
***
「デザインは決まりました。セバス、縫製班に指示を。今夜中に仕上げるぞ」
「御意。……徹夜になりますが、皆様の期待に応えねばなりませんな」
セバスがニヤリと笑い、ミシン(魔導駆動式)の準備を始める。
俺たちの本気はここからだ。
ミリ単位の補正、魔法による布地の強化、そして着心地の追求。
「明日の朝、試着会を行います。……お二人とも、覚悟しておいてください。自分の姿に惚れてしまうかもしれませんよ?」
俺の挑発的な言葉に、二人の令嬢は期待に満ちた瞳で頷いた。
アパレルブランド『Milina』の歴史的なファースト・コレクションが生まれようとしていた。
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