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第39話 甘美なる外交兵器と、溶解する重鎮たち
しおりを挟む数日後。
私は、試作品の「四天王」を重箱のような化粧箱に詰め、まずは商会長室(執務室)にいる父ロイドの元へ向かった。
「……リックよ。厨房を占拠して何を作っていたのかと思えば、菓子か?」
「ただの菓子じゃありません。父上、これを食べてみてください」
私は切り分けたショートケーキと、一粒のチョコレートを差し出した。
書類仕事で疲れた顔をしているロイドは、訝しげにフォークを手に取った。
「ふむ……。見た目は美しいが……」
パクッ。
一口食べた瞬間、ロイドの動きが止まった。
ペンが手から滑り落ち、カタンと音を立てる。
「……なんだ、これは」
ロイドは自分の口元をさすった。
「噛んでいないぞ? 口に入れた瞬間、雪のように溶けた。そして、この濃厚なミルクの風味……。疲れが一瞬で吹き飛ぶようだ」
「生クリームとスポンジケーキです。そして、その黒いのがチョコレート」
ロイドは震える手でチョコを口に運び、さらに目を大きく見開いた。
「!! 苦い、いや甘い! 頭が痺れるような美味さだ……! これは麻薬か何かか!?」
「ある意味ではそうです。一度知れば、もう戻れませんから」
ロイドは商人の顔になり、ニヤリと笑った。
「……恐ろしい子だ。これを王都で売れば、金貨が砂利のように集まるぞ。よし、まずは『身内』と『上』に配るぞ。これは最強の外交カードになる」
***
次に私が向かったのは、エルガレア伯爵邸のサロンだ。
そこには、母ミリナ、祖母スーナ、そして呼び出されたアリシアとカレンが待機していた。
「リック、すごい自信ね。あの硬いビスケットより美味しいの?」
カレンが疑わしそうに腕を組んでいる。
「カレン様、前言撤回させて差し上げますよ。……どうぞ、開封してください」
私が合図を送ると、メイドたちが四つのスイーツが並んだ銀のトレイを、それぞれの目の前に置いた。
宝石のように輝くスイーツたちに、女性陣から歓声が上がる。
「まあ! なんて綺麗なの!」
「これが食べ物? 硝子細工のようだわ」
実食タイムの始まりだ。
【ミリナ&スーナ:プリンの衝撃】
「あら……スプーンが吸い込まれるわ。……んっ!」
ミリナが頬を染めて口元を押さえる。
「とろとろ……! 卵の優しさが、喉を撫でていくみたい!」
スーナも目を輝かせる。
「この苦味のあるソース(カラメル)が絶品ね! 甘いだけじゃなくて、品があるわ。……これなら、いくらでも食べられてしまうわね」
【カレン:シュークリームの洗礼】
「あたしはこれ! 岩みたいだけど……ガブッ!」
その瞬間、ブシュッ! とクリームが溢れ出した。
「んぐっ!? あーっ! こぼれるこぼれる!」
カレンは慌てて指についたクリームを舐め取る。
「なによこれ! 中身が全部クリームじゃない! サクサクでトロトロで……んーっ! 最高!! あたし、これなら10個はいける!」
【アリシア:チョコレートの虜】
一方、アリシアは静かにボンボン・ショコラを味わっていた。
「……複雑な味。カカオの香りと、中の柔らかいクリーム(ガナッシュ)のハーモニー。……読書のお供に最適だわ」
彼女はうっとりと瞳を閉じ、私に視線を送った。
「リック……。あなたは罪な人ね。こんな味を教えておいて、もう供給を止めないで頂戴ね?」
女性陣の陥落は完了した。
彼女たちは口々に「次の茶会が待ちきれない」「ドレスが入らなくなる」と嬉しい悲鳴を上げていた。
***
そして同刻。
王城の会議室では、ロイドによる「甘い爆撃」が行われていた。
集まったのは、国王オスウェルをはじめ、宰相ガリウス、財務大臣ハマン、騎士団長ゼガードといった国のトップたちだ。
「陛下。本日は、我が領地の新作菓子を献上いたします」
「ほう、菓子か。エルガレアは食にも精通しておるのか?」
オスウェル王は興味深げに、ショートケーキを一口食べた。
その瞬間、厳格な王の表情が、子供のように崩れた。
「……ふぉぉ……」
王の口から、威厳のない声が漏れる。
「柔らかい……。余は今、雲を食べているのか? 王宮の菓子職人が作るものとは、次元が違うぞ……」
周囲の大臣たちも同様だった。
「ぬおっ! なんだこのシュークリームというやつは! クリームの爆弾だ!」
騎士団長ゼガードが、髭にクリームをつけて驚愕している。
「こ、このプリンという黄金の物体……。この滑らかさは金貨以上の価値がある! ロイド殿、これに関税はかけられんぞ!」
財務大臣ハマンが、計算高い目を捨てて貪っている。
そして、宰相ガリウスは、娘のアリシアと同じくチョコレートを手にしていた。
「……甘いが、苦い。政治のような味だ。……くっ、止まらん。ロイド殿、これは脳の疲れによく効く」
会議室は、もはやお菓子パーティー会場と化していた。
オスウェル王は、最後の一口を惜しむように飲み込み、ロイドに向き直った。
「……エルガレア伯爵。そなたの領地は、軍事力や経済力だけでなく、文化においてもこの国を凌駕するつもりか?」
「滅相もございません。全ては、陛下の治世を彩るためのものでございます」
ロイドが恭しく頭を下げる。
王は満足げに頷いた。
「よかろう。次回の『諸外国との晩餐会』、デザートはエルガレアに任せる。……恥をかかせるなよ?」
「はっ! 必ずや、各国の要人を甘い夢に誘ってみせましょう」
こうして、リックが作った「四天王スイーツ」は、王家の「御用達(ロイヤル・ワラント)」の地位を獲得した。
エルガレア商会のブランド力は、もはや不動のものとなったのだ。
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