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第38話 揺れる黄金、膨らむ空洞、そして黒き宝石
しおりを挟むショートケーキの完成で勝利を確信した私だったが、休んでいる暇はない。
王都の茶会(ティーパーティー)を完全に制圧するためには、たった一つの武器では心もとないからだ。
私はホワイトボードに新たな三つの図面を描き出し、まだクリームの甘い香りが残る厨房で宣言した。
「いいか、セバス。ショートケーキは『王道』だ。だが、人の好みは千差万別。我々はあらゆる嗜好を撃ち抜くための『甘味の四天王』を揃える」
「四天王、ですか。……残り三つも、また常識外れな代物なのでしょうな」
セバスは呆れつつも、新しいボウルを用意している。
彼の職人魂(と食い意地)には、すでに火がついているようだ。
***
【開発No.2:至高のなめらかさ『カスタード・プリン』】
「次はこれだ。『プリン(Crème caramel)』」
「……卵液を蒸す? これは東方諸国の『茶碗蒸し』に似ていますが」
セバスがレシピを見て首を傾げる。
確かに製法は似ている。だが、目指すゴールは全く違う。
「茶碗蒸しは『出汁』だが、これは『乳』と『卵』の融合だ。そして最大の特徴は、この『カラメルソース』にある」
私は小鍋にグラニュー糖と少量の水を入れ、火にかけた。
グツグツと沸騰し、シロップ状になる。だが、ここで止めてはいけない。
水分が飛び、色が狐色から褐色へと変わり、香ばしい煙が立ち上るギリギリの瞬間を見極める。
「焦げる寸前だ! ここで熱湯を少し足す! 跳ねるぞ、下がれ!」
ジュワアアアッ!!
激しい蒸気と共に、漆黒に近い褐色のソースが完成した。
舐めると、強烈な苦味が舌を刺し、その後に深い甘みが広がる。
「苦い……。若様、これは失敗では?」
「いいや、この『苦味』こそが、甘さを引き立てる名脇役なんだ」
次にプリン液を作る。
卵黄を多めに使い、牛乳、グラニュー糖、そして香り付けのバニラビーンズ(南方交易で入手した香料)を混ぜ合わせる。
ここでのポイントは「濾過(ろか)」だ。
「セバス、目の細かい布でこせ。白身のコシ(カラザ)を徹底的に取り除くんだ。舌触りを絹のようにするために」
濾した液を、カラメルを敷いた耐熱ガラスの器に静かに注ぐ。
そして、湯を張った鉄板に並べ、オーブンへ。
「温度は150度。絶対に沸騰させるなよ。『す(気泡)』が入ったら台無しだ。卵が固まるギリギリの温度帯をキープするんだ」
セバスが繊細な魔力操作で温度を管理すること40分。
焼き上がったプリンを氷水でキンキンに冷やす。
皿の上にひっくり返すと――
ぷるんッ。
黄金色の台形が、皿の上で妖艶に震えた。
上に乗った褐色のカラメルが、とろりと側面を伝い落ちる。
「……揺れています。まるで生き物のように」
「食べてみろ」
セバスがスプーンを入れる。
抵抗なく入り、断面は鏡のように滑らかだ。
口に運ぶと、卵の濃厚なコクと優しい甘さが広がり、最後にカラメルのほろ苦さが全体をキュッと引き締めた。
「甘い、のに苦い。そして噛む間もなく消える……。これは大人の味ですな」
「『ツルッとした喉越し』は、この世界にはない快楽だ。特に暑い日には最高のご馳走になる」
***
【開発No.3:膨張する奇跡『シュー・ア・ラ・クレーム』】
「次は難易度が上がるぞ。『シュークリーム』だ」
「シュー(キャベツ)? 野菜を使うのですか?」
「形が似ているだけだ。これは『科学実験』の極みだぞ」
鍋に水、牛乳、バター、塩、砂糖を入れ、沸騰させる。
そこにふるった小麦粉を一気に投入し、力任せに練り上げる。
「ここだ! 粉に火を通せ! 『糊化(こか)』させるんだ!」
鍋底に薄い膜が張るまで加熱し、デンプンを変質させる。
火から下ろし、溶き卵を少しずつ加えて固さを調整する。
ヘラですくった時、生地が逆三角形に垂れ下がるのがベストだ。
「これを絞り袋に入れて、鉄板に丸く絞り出す。そしてオーブンへ! 最初は200度で一気に膨らませ、その後温度を下げて乾燥焼きにする!」
オーブンの窓から中を覗く。
平らだった生地が、熱を受けてムクムクと膨らみ始める。
内部の水分が水蒸気となり、粘りのある生地を押し広げているのだ。
やがて、倍以上の大きさになり、表面に美味しそうな亀裂が走る。
「……中身が空っぽですぞ!? 失敗ですか?」
焼き上がったシュー皮(シェル)を割って、セバスが驚愕する。
中は見事な空洞だ。
「大成功だ。この空洞こそが『器』になる」
私は別のボウルで作っておいた**「カスタードクリーム」**を取り出した。
卵黄と砂糖、小麦粉を混ぜ、温めた牛乳を加えて炊き上げた、黄金色の濃厚なクリームだ。これに、ショートケーキで使った生クリームを少し混ぜ合わせる(ディプロマットクリーム)。
「この濃厚なクリームを、空洞にたっぷりと注入するんだ」
たっぷりとクリームを詰め込み、最後に粉砂糖を雪のように振りかける。
ゴツゴツとした岩のような見た目。
だが、齧り付けば、サクッとした皮の中から、冷たく濃厚なクリームが雪崩のように溢れ出す。
「ぬおおっ!? 溢れる! クリームが!」
セバスが慌てて口元を拭う。
「手掴みで豪快に食べる菓子だ。サクサクの皮と、トロトロのクリーム。この対比(コントラスト)を楽しむんだ」
***
【開発No.4:温度の魔術『ボンボン・ショコラ』】
「最後だ。これが一番の難関にして、最強の兵器。『チョコレート』だ」
テーブルには、南方から薬として輸入した「カカオ豆」が置かれている。
これを焙煎し、皮を剥き、すり潰す。
出てきたドロドロの液体(カカオマス)に、砂糖とカカオバターを加えて練り上げる。
だが、ただ混ぜて固めただけでは、ボソボソとした不味い塊にしかならない。
必要なのは『テンパリング(温度調整)』だ。
「セバス、ここからは温度との戦いだ。1度たりとも間違えるな」
湯煎で50度まで溶かし、結晶を完全に崩す。
次に27度まで下げて、安定した結晶の核を作る。
そして再び32度まで上げ、結晶を整える。
「氷魔法で冷やせ! ……下げすぎだ! 今度は少し火を入れろ!」
温度計がない世界で、これをやるのは至難の業だ。
私は指先の感覚と、セバスの精密な魔力制御だけを頼りに温度を操る。
液体の艶(ツヤ)が変わる瞬間を見逃さない。
「……今だ! ツヤが出た!」
美しく乳化したチョコレートを型に流し込む。
中には、温めた生クリームとチョコを混ぜた「ガナッシュ(生チョコ)」を封入する。
表面は硬く(スナップ性があり)、中は口溶けの良い二層構造(トリュフ)にするためだ。
冷やし固めて型から抜くと、そこには黒曜石のように黒光りする、一口サイズの宝石が現れた。
「美しい……。宝石(ジュエリー)のようですな」
「口に入れてみろ。体温で溶けるように計算してある」
セバスがつまんで口に入れる。
カリッという音と共に外殻が割れ、中から濃厚なガナッシュが溶け出す。
カカオの芳醇な香りと、苦味、そして脳髄を痺れさせるような甘み。
「……魔性、ですな」
セバスがうっとりと息を吐く。
「これは危険です。一度知れば、これ無しでは生きられない体になりますぞ」
***
こうして、厨房のテーブルには「甘味の四天王」が勢揃いした。
* ショートケーキ: 純白と紅の王道。
* カスタード・プリン: 黄金の揺らぎとほろ苦さ。
* シュークリーム: サクサクとトロトロの爆弾。
* ボンボン・ショコラ: 黒き魔性の宝石。
「完璧だ……」
私は並んだ皿を前に、腕を組んで頷いた。
「これだけあれば、カーラ侯爵家の茶会は伝説になる。……いや、下手をすれば戦争が起きるかもしれん」
「奪い合いの戦争が、ですな」
セバスが苦笑しながら、汚れたボウルに残ったチョコを指ですくって舐めている。
準備は整った。
次は、この甘い弾丸を装填し、王都の淑女たちを狙い撃つ番だ。
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