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第42話 炎と氷の狂想曲(ラプソディ)~三国通商会議・晩餐会~
しおりを挟む王城、大広間。
無数のシャンデリアが輝くその場所は、息苦しいほどの緊張感に支配されていた。
『三国通商会議』に伴う公式晩餐会。
円卓には、ホストであるオスウェル国王を挟んで、二人の要人が座っている。
「……フン。貴国の肉料理、焼き加減は悪くないが……ソースが甘いな。軟弱だ」
ナイフを乱暴に置いたのは、東の軍事大国・ナルクレア帝国のヴォルグ将軍だ。
全身から放たれる威圧感は、食事の席というより戦場にいるかのようだ。
「そうですかな? 私には塩気が強すぎましたよ。……ああ、我が国の『海の幸のスープ』が恋しい」
グラスを傾けながら嫌味を言うのは、南の海洋国家・ヴェネル共和国のシルヴィオ議員。
彼の舌を満足させる料理は、コースの最後までついに現れなかったようだ。
場の空気は最悪に近い。
同席しているロイドや大臣たちの顔色は蒼白だ。このままでは、食後の通商交渉(ディール)に響く。
「……さて、皆様。最後のお楽しみ、デセール(デザート)の時間です」
オスウェル国王が、努めて明るく声をかけた。
それを合図に、大広間の扉が静かに開かれた。
カツ、カツ、カツ……。
一糸乱れぬ足音と共に現れたのは、セバス率いるエルガレアの精鋭メイド部隊だ。
彼女たちの手には、銀のトレイが乗せられている。
そして、各要人の前に皿が置かれた。
「……なんだ、これは?」
ヴォルグ将軍が眉をひそめた。
皿の中央に鎮座しているのは、直径10センチほどの**「真っ黒な球体」**だ。
飾り気もなければ、香りもしない。ただの黒い玉である。
「これがデザートですか? ……美しくない。まるで砲弾のようだ」
シルヴィオ議員が呆れたように鼻を鳴らす。
「ロイド殿。貴殿の領地では、客人に石炭を食わせるのか?」
ヴォルグの目が鋭く光る。
だが、給仕の指揮を執るセバスは、不敵な笑みを浮かべて一礼した。
「ご安心を。……これより、皆様に『魔法』をお見せいたします」
セバスが指をパチンと鳴らす。
同時に、照明係が明かりを少し落とした。
そして、メイドたちが一斉に小さなソースポットを手に取る。
中に入っているのは、直前まで熱せられ、フランベされた「熱々のベリーソース」だ。
「注げ!」
セバスの号令と共に、メイドたちが一斉にソースをかけた。
ジュワアアアァァ……!!
静寂な広間に、心地よい音が響く。
熱いソースが黒い球体にかかった瞬間、薄く作られたチョコレートの殻が、熱でとろりと溶け始めた。
黒い壁が崩壊する。
そして中から現れたのは――鮮やかな緑(ピスタチオ)と赤(ベリー)のアイスクリーム、そして真っ赤な苺の果実。
「なっ……!?」
「黒い殻が溶けて、中から色が……!」
それは、夜の闇が明けて花が咲くような、劇的な変化だった。
立ち上る湯気と共に、チョコレートの苦い香りと、ベリーの甘酸っぱい香り、そして洋酒(ブランデー)の芳醇な香りが爆発的に広がる。
「さあ、溶けないうちにどうぞ。『炎のショコラ・ドーム』でございます」
ヴォルグ将軍は、呆気にとられながらもスプーンを手に取った。
溶けたチョコとソース、そして中のアイスを一度にすくい、口へ運ぶ。
「……!!」
屈強な将軍の体が、ビクリと震えた。
「あ、熱い……いや、冷たい!? なんだこれは!」
熱々のソースと、キンキンに冷えたアイスクリーム。
相反する温度が口の中で喧嘩し、そして融合する。
「チョコの苦味……それが、アイスの甘さと混ざり合って……ぬううっ! ガツンと来るな! 軟弱な菓子だと思っていたが、これはまるで……炎と氷の戦場だ!」
ヴォルグが唸る。
彼が求めていた「力強さ(インパクト)」が、そこにはあった。
一方、美食家シルヴィオ議員。
彼は溶け出した断面の美しさに目を奪われていた。
「……計算されている。チョコの厚み、ソースの粘度、アイスの温度……。全てがこの一瞬のために設計されている……!」
彼は震える手で一口食べた。
ピスタチオの濃厚なコク、ベリーの酸味、ブランデーの香り。それらが複雑に絡み合い、オーケストラのようなハーモニーを奏でる。
「……参った。我が国の三ツ星シェフでも、ここまでの演出(パフォーマンス)は思いつかない。……味も、食感も、芸術(アート)だ」
二人の要人は、言葉を失い、無心でスプーンを動かし続けた。
カチャカチャという食器の音だけが響く。それは、最大の賛辞だった。
完食。
皿に残ったソースまでパンで拭って食べた二人は、満足げに息を吐いた。
「……ロイド殿、と言ったか。貴殿の領地には、恐ろしい魔術師がいるようだな」
ヴォルグがニヤリと笑う。機嫌は最高潮だ。
「この菓子、我が国への輸出を許可していただきたい。……関税? そんなものは撤廃しましょう。これが毎日食べられるなら安いものです」
シルヴィオが身を乗り出して提案してくる。
それを見て、オスウェル国王が高らかに笑った。
「はっはっは! どうやら『甘い交渉』は成立のようだな! ロイド伯爵、大手柄だぞ!」
「は、ははっ! 恐悦至極に存じます!」
ロイドが安堵で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて頭を下げる。
厨房の通用口からその様子を覗き見ていた俺は、セバスと拳を合わせた。
作戦成功。
エルガレアのスイーツは、一夜にして大陸全土へとその名を轟かせることになったのだ。
だが、俺の野望はこれで終わりではない。
次なる一手――魔道具による産業革命が、すぐそこまで迫っていた。
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