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第43話 永遠の氷河を箱に詰めて
しおりを挟む三国通商会議の晩餐会は大成功に終わった。
ナルクレア帝国、ヴェネル共和国へのスイーツ輸出も決まり、エルガレア商会の未来は明るい。
だが、現場は悲鳴を上げていた。
「若様! 生クリームが持ちません! 氷魔法で冷やしても、時間が経てば溶けてしまいます!」
「作り置きができません! 朝作ったケーキが、夕方にはダレて売り物になりません!」
パティスリー『La Neige』の厨房からの報告に、俺は腕組みをして頷いた。
当然だ。生菓子(ナマガシ)の賞味期限は極めて短い。
氷魔法を使える魔導師を常駐させれば解決するが、それでは人件費がかかりすぎるし、魔力が尽きれば終わりだ。
「……やはり、あれを作るしかないか」
俺は執務室のホワイトボードに向かい、大きな四角形を描いた。
「セバス。我々の次なる革命は『保存』だ。魔法使いがいなくても、24時間365日、一定の低温を保ち続ける箱……『魔導冷蔵庫(マジック・フリッジ)』を作る」
***
俺たちは商会の工房へと移動した。
そこには、俺がスカウトしたドワーフの鍛冶師や、細工師たちが集まっている。
「いいか、原理はこうだ」
俺は設計図を広げた。
前世の冷蔵庫は、冷媒ガスをコンプレッサーで循環させて熱を奪う仕組みだった。
だが、この世界でガスや電気モーターを作るのはまだ早い。
ならば、魔法で代用する。
【構成要素1:冷却ユニット】
「心臓部はこれだ。『氷属性の魔石』」
俺は青白く輝く石を取り出した。魔獣から採取される魔石には、魔力を流すと特定の現象を起こす性質がある。
「この魔石に、特殊な『魔導回路(サーキット)』を刻み込む。これまでは人間が呪文(コード)を唱えていたが、回路を通すことで『冷気を出し続ける』という命令を自動化するんだ」
【構成要素2:断熱構造】
「そして、箱そのものも重要だ。外の熱を遮断しなければ意味がない」
木製の箱の内側に、鉄板を貼り付ける。
その隙間に、炭化したコルクや羊毛(ウール)をぎっしりと詰め込む。
魔法瓶と同じ「断熱構造」だ。
「さらに、扉の縁にはゴム……いや、スライムの素材を加工したパッキンを取り付ける。これで冷気を逃さない完全密閉空間を作る」
【構成要素3:サーモスタット(温度調整魔具)】
「最後に、これだ。庫内の温度を感知する魔道具。冷えすぎたら魔石への魔力供給を止め、温まったら再開する。これで庫内は常に5度に保たれる」
セバスが設計図を見て、感嘆の声を漏らした。
「……なるほど。魔法を『使い切り』ではなく、『循環システム』として組み込むのですな。これなら魔石一つで数ヶ月は稼働しましょう」
「ああ。魔石交換式にすれば、半永久的に使える。……さあ、作ろうか。世界初の家電を」
***
開発は急ピッチで進んだ。
ドワーフたちが箱を作り、セバスが魔石に微細な回路を彫り込む。
俺は温度センサーの調整に没頭した。
そして数日後。
工房の中央に、真っ白に塗装された、高さ1.5メートルほどの木箱が完成した。
取っ手は銀色に輝き、シンプルながら高級感のあるデザインだ。
「……よし。起動実験だ」
俺が見守る中、セバスが背面のソケットに魔石をセットした。
ブォン……。
微かな駆動音と共に、箱の内部から冷気が漂い始めた。
扉を開ける。
「おおっ……!」
ドワーフたちが歓声を上げる。
中からひんやりとした空気が溢れ出したのだ。
俺は温度計(アルコール式)を確認する。
「室温25度に対して、庫内温度は……順調に下がっている。10度、8度、……よし、5度で安定した!」
成功だ。
俺は試しに、用意していたショートケーキと、水の入ったグラスを中に入れた。
「このまま一晩放置する。明日の朝、ケーキが溶けていなければ完成だ」
***
翌朝。
俺とセバス、そして父ロイドが工房に集まった。
ロイドは半信半疑といった顔だ。
「リックよ。本当に魔法使いもなしに、一晩中冷えていたのか?」
「開ければ分かります」
俺はロイドに扉を開けさせた。
プシューッ。
扉を開けた瞬間、白い冷気がロイドの顔を撫でた。
「冷たいっ!?」
中に入っていた水は、キンキンに冷えている。
そしてショートケーキは、クリームの角が立ったまま、昨日の美しさを保っていた。
「……馬鹿な。氷も入れていないのに……」
ロイドはケーキを取り出し、恐る恐る口にした。
冷たく、フレッシュな食感。傷んでいる様子など微塵もない。
「成功ですね。これがあれば、スイーツの大量生産(ストック)が可能になります。食品ロスもゼロだ」
「それだけじゃないぞ、リック……」
ロイドの目が、商人の鋭い光を帯びた。
彼は白い箱を愛おしそうに撫で回した。
「これがあれば、肉も魚も腐らない。野菜も長持ちする。料理人にとって夢の道具だ。……それに、冷たい酒がいつでも飲める!」
ロイドが興奮してまくし立てる。
「売れる! これはスイーツ以上に売れるぞ! 貴族はもちろん、レストラン、宿屋……世界中がこれを欲しがる!」
「ええ。名前は『魔導冷蔵庫(アイス・ボックス)』。エルガレア商会の、家電部門の主力商品になります」
俺はニヤリと笑った。
スイーツのために作った箱が、人々のライフスタイルそのものを変える。
「セバス、量産体制に入れ。ドワーフたちを増員だ。……ああ、それともう一つ」
俺は冷蔵庫の上部にある、小さな区画を指差した。
「こっちは設定温度を氷点下に下げてある。何ができると思う?」
「……まさか、水が凍るのですか?」
「その通り。『冷凍庫(フリーザー)』だ。これがあれば、遠い海から新鮮な魚を凍らせて運ぶこともできるし、あのアイスクリームを家庭で保存することもできる」
冷蔵と冷凍。
二つの温度を操る白い箱は、エルガレアに莫大な富をもたらす「ドル箱」となることが確定した瞬間だった。
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