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第60話 13歳の決断と、美食家からの招待状
しおりを挟むアリアでの熱狂的な収穫祭から、1年の時が流れた。
季節は秋。俺、リック・フォン・エルガレアは、13歳となっていた。
鏡に映る自分を見る。
身長はこの一年でぐんと伸び、子供特有の丸みが消え、顔つきも精悍になってきた。
母ミリナが仕立ててくれた新しいスーツも、半ズボンではなく、すらりとしたスラックスだ。
「……よし。もう『子供だから』という言い訳は通用しないな」
俺は襟を正し、王都本部の大会議室へと向かった。
***
会議室には、父ロイドと商会幹部たちが揃っていた。
だが、その表情は一様に険しい。
円卓の中央には、高級な紙に包まれ、甘い香水を纏った一通の手紙が置かれている。
「父上、これは?」
俺が席に着くと、ロイドが重い口を開いた。
「……ヴェネル共和国からの親書だ。差出人は、あのシルヴィオ議員だよ」
その名を聞いて、俺の脳裏に1年前の記憶が蘇った。
王城での『三国通商会議』。
各国の要人が集まる晩餐会で、俺とセバスが裏から提供した「炎のショコラ・ドーム」に衝撃を受け、その場で「スイーツの関税撤廃」を約束してくれた、あの美食家の議員だ。
「内容は?」
「『招待状』だ。ヴェネルで開催される建国記念式典に、エルガレア商会の代表を招きたいとな。……そして追伸にはこうある」
ロイドが手紙を読み上げた。
『――あの夜の感動は忘れられません。しかし、風の噂で聞きました。エルガレアには、あの魔法のような菓子だけでなく、冬を支配する箱(冷蔵庫)や、時を止める瓶(保存食)を生み出す、「真の天才」がいると』
俺は眉をひそめた。
あの夜、俺は厨房の陰に隠れていたはずだ。だが、やはり一国の外交を担う古狸は侮れない。ロイドの後ろに誰かがいると感づいていたか。
「シルヴィオ議員は、甘い菓子を好むが、商売に関してはサメのように貪欲だ」
ロイドが腕を組む。
「スイーツの輸出は順調だが、彼らの本命はそこじゃない。最近、アリアで作った『冷蔵庫』や『ガラス瓶詰め』に目をつけている。……技術提携か、あるいは製造法の開示を迫るつもりだろう」
エルガレアの経済力は、今や一国に匹敵しつつある。
海洋貿易を支配するヴェネル共和国にとって、我々は無視できない「競合」であり、同時に喉から手が出るほど欲しい「金脈」なのだ。
「無視しますか?」
「いや、無視すれば彼らは手のひらを返すだろう。関税を引き上げられれば、砂糖や瓶詰めの輸出が止まる。……誰かが行って、腹を割って話さねばならん」
ロイドがチラリと俺を見た。
商会の実質的なトップは俺だ。だが、相手は海千山千の古狸たちが支配する国。13歳の小僧が行って勝てる相手ではない……というのが常識的な判断だろう。
だが、俺はニヤリと笑った。
「面白い。……行きましょう、私が」
会議室がざわめく。
「リック、お前がか!? 相手はあのシルヴィオだぞ? 骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ!」
「だからこそです、父上。代理人では舐められます」
俺は立ち上がり、壁の世界地図を指差した。
「それに、あの人は『本物』を好む人です。品質さえ確かなら、話は通じます。……今回の招待を逆手に取り、ヴェネルを『お得意様』から『パートナー』に変えてみせます」
俺の目には、すでに青写真が浮かんでいた。
ヴェネルが持つ「航海技術」と「海外ネットワーク」。それと俺たちの「商品力」が組めば、世界経済を支配できる。
これはピンチではなく、ビッグチャンスだ。
「……はぁ。お前のその自信はどこから来るんだ」
ロイドは深いため息をついたが、その目には信頼の色があった。
「分かった。全権を委任する。……ただし、セバスを連れて行け。あと、護衛も最強の布陣で行くんだ」
「もちろんです。……さて、忙しくなりますよ」
俺は拳を握りしめた。
初めての海外遠征。
剣を使わない戦争、外交戦の始まりだ。
「セバス! 荷物をまとめろ! 目指すは南の海、商人の都ヴェネルだ!」
こうして、13歳になった俺の新たな冒険――「外交編」の幕が上がった。
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