前世知識は最強!異世界改革!

namisan

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第62話 古狸の牙と、出来損ないの模倣品

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 ゴンドラに揺られること三十分。
 運河の奥深くに、一際巨大な白亜の宮殿(パラッツォ)が見えてきた。
 水面に直接浮かぶように建てられたその屋敷こそ、ヴェネル共和国の重鎮、シルヴィオ議員の邸宅だ。
 船着場に降り立つと、秘書のエレナが重厚な扉を開け放った。
「どうぞ。閣下が首を長くしてお待ちです」
 通されたのは、海を臨むテラス付きの応接室だった。
 壁には名画が飾られ、床には最高級の絨毯。
 その中央にある革張りのソファに、豪奢なガウンを纏った初老の男――シルヴィオが座っていた。
「ようこそ、エルガレアの若き麒麟児。……いや、今は全権大使殿と呼ぶべきかな?」
 シルヴィオはグラスに入ったワインを揺らしながら、値踏みするような視線を俺に向けた。
 1年前の晩餐会では「陽気な食いしん坊」を演じていたが、今の目は完全に「捕食者」のそれだ。
「お招き感謝します、シルヴィオ閣下。……素晴らしい眺めですね」
「ああ。ここから見える海、そして行き交う船。全てが私の庭であり、富の源泉だ」
 シルヴィオは立ち上がり、俺の前に立った。
「単刀直入に言おう。……君のところの『魔導冷蔵庫』と『瓶詰め』。あれは素晴らしい。我が国の食文化を激変させる発明だ」
「それは光栄です」
「だが、不満がある。……供給量が少なすぎるし、価格も強気だ。我々ヴェネルとしては、もっと自由に、安価に扱いたい」
 彼はニヤリと笑い、部屋の隅に置かれた、布を被った物体を指差した。
「そこでだ。……これを見てくれたまえ」
 エレナが布を取り払う。
 そこに現れたのは、木と真鍮で作られた、見覚えのある箱だった。
 エルガレア製の冷蔵庫に酷似しているが、一回り大きく、無骨なデザインだ。
「これは……」
「我が国の優秀な魔導技師たちに作らせた、ヴェネル製冷蔵庫、名付けて『コールド・ボックス』だ」
 俺は眉をひそめた。
 コピー商品だ。やはり、分解して構造を解析していたか。
「性能は君のところと遜色ない。すでに量産体制も整いつつある。……これがあれば、わざわざ高い関税を払ってエルガレアから輸入する必要はない。そうだろう?」
 シルヴィオの言葉は、明確な脅しだった。
 『技術は盗んだ。お前たちはもう用済みだ』と言っているのだ。
 もしここで俺が動揺すれば、足元を見られ、不利な通商条約を結ばされるだろう。
 だが。
 俺は「コールド・ボックス」に近づき、そっと手を触れた。
「……動かしてみても?」
「構わんよ。その性能に驚くがいい」
 俺はスイッチを入れた。
 
 ブオオオオオオッ……!!
 部屋中に、不快な振動音と、風切り音が響き渡った。
 俺が作った静音設計の魔導モーターとは似ても似つかない、荒々しい駆動音だ。
 扉を開けると、冷気は確かに出ている。だが、庫内の壁にはびっしりと霜がつき、床には水たまりができている。
「……ほう」
 俺は扉を閉め、わざとらしいほど大きなため息をついた。
「シルヴィオ閣下。……あなたは本当に『美食家』なのですか?」
「なんだと?」
 シルヴィオの眉がピクリと動く。
「こんな騒音の箱をダイニングに置けば、優雅な食事が台無しだ。それに、このひどい霜と結露……湿度の管理が全くできていない。これでは野菜は水っぽくなり、チーズにはカビが生える」
 俺はセバスを見た。
「魔力効率はどうだ?」
「最悪ですな。漏れ出る魔力を感知しましたが、これでは最高級の魔石を使っても3日で空になります。……我が社の製品の5倍は燃費が悪い」
 俺はシルヴィオに向き直り、冷徹に告げた。
「これは冷蔵庫ではありません。ただの『冷えるうるさい箱』です。……こんな未完成品で、世界一の舌を持つヴェネルの市民が満足するとお思いですか?」
 シルヴィオの表情から余裕が消えた。
 彼も薄々は気づいていたのだ。自国の技術者が作ったものが、エルガレアの劣化コピーでしかないことに。
「……口の減らない小僧だ。だが、安ければ売れるのが商売だ」
「いいえ。安物買いの銭失いは、商人の都の恥でしょう?」
 俺は懐から、一枚の提案書を取り出した。
「閣下。劣化品で対抗するのはおやめなさい。……代わりに、もっと面白い話をしましょう」
「面白い話?」
「ええ。この『コールド・ボックス』の欠陥を、私がすべて直してあげると言ったら……どうします?」
 その瞬間、部屋の空気が変わった。
 敵対から、取引へ。
 俺は相手の土俵(コピー品)を逆手に取り、ヴェネルの技術力をエルガレアの下請けとして取り込むための、大胆な交渉カードを切った。

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