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第63話 心臓部は渡さない――『ブラックボックス』戦略
しおりを挟む「……直す、だと? どういう意味だ」
シルヴィオ議員が、怪訝な顔で俺を見下ろした。
俺はテーブルの上に、持参していた鞄から「ある部品」を取り出し、ゴトリと置いた。
それは、拳大の黒い金属の塊。
複雑な魔導回路が刻印され、一切の継ぎ目がない密閉されたユニットだ。
「これが冷蔵庫の心臓部、『エルガレア製・魔導冷却ユニット』です」
俺はシルヴィオの目の前で、それを指差した。
「あなたの国の職人は優秀だ。外側の箱(キャビネット)を作る技術、真鍮の加工、断熱材の詰め方……どれも美しい。ですが、この『心臓』だけは作れない」
「……ぐぬっ」
シルヴィオが言葉に詰まる。図星だ。
彼らが作った模倣品は、見た目は立派だが、肝心のモーターと冷却魔法の変換効率が低すぎるのだ。
「そこで提案です。……これからは『分業(パートナーシップ)』をしませんか?」
俺は二本の指を立てた。
【提案:ノックダウン生産方式】
*エルガレアの役割: この「心臓部(冷却ユニット)」のみを製造し、ヴェネルへ輸出する。
*ヴェネルの役割: 職人が作った「箱」に、輸入したユニットを組み込み、完成品にする。
「こうすれば、あなた方は技術的な難題から解放される。そして我々は、重たい冷蔵庫を船で運ぶコストが浮く。……さらに」
俺はニヤリと笑った。
「商品は『ヴェネル製』として売っていい。ただし、『Powered by Elgarea』の刻印を入れることが条件です」
シルヴィオの目が大きく見開かれた。
彼にとって、これは願ってもない話だ。
自国の職人の仕事を守りつつ、最高性能の冷蔵庫を「自国ブランド」として売れるのだから。
「……悪魔のような小僧だ。我々に『箱屋』になれと言うのか」
「いいえ、『共犯者』になりましょうと言っているのです。……それとも、あのうるさい霜だらけの箱を売りつけて、ヴェネルの信用を落としますか?」
シルヴィオはしばらく沈黙し、手元のワインを一気に飲み干した。
そして、獰猛な商人の笑みを浮かべた。
「……いいだろう。その話、乗った。だが、条件がある」
シルヴィオが身を乗り出す。
「その黒いユニット。……中身を解析させてもらいたい。我々が技術を学ぶ権利はあるはずだ」
来たな。やはりそこを狙ってくるか。
だが、俺は涼しい顔で首を横に振った。
「お断りします。……というか、『できません』」
「何?」
「セバス、実演を」
セバスが予備のユニットを取り出し、シルヴィオの護衛の騎士に渡した。
「これを無理やりこじ開けてみてください」
「ふん、こんなもの……!」
騎士が短剣を隙間に差し込み、力を込めたその瞬間。
パァァン!!
乾いた破裂音と共に、ユニット内部から白い煙が噴き出した。
騎士が驚いて取り落とす。
「な、なんだ!?」
「『対・解析用防衛術式(アンチ・タンパー)』です。……無理に開けようとすると、内部の魔石が自壊し、回路が焼き切れる仕掛けになっています」
俺は呆然とするシルヴィオに微笑みかけた。
「技術は渡しません。心臓部は常にブラックボックス。……それが、私の条件です」
沈黙が場を支配する。
やがて、シルヴィオが腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは! 完敗だ! ここまで用意周到とはな!」
彼は涙を拭いながら、俺に右手を差し出した。
「気に入った。……エルガレア商会、いや、リック・フォン・エルガレア代表。ヴェネル共和国は、君を正式なパートナーとして歓迎しよう」
「ありがとうございます、閣下。……これで、南の海も冷たく(クールに)なりそうですね」
俺は彼の手を強く握り返した。
こうして、最初の交渉は成立した。
エルガレアは「完成品メーカー」から、世界へ基幹部品を供給する「プラットフォーマー」へと進化したのだ。
だが、これで終わりではない。
俺にはもう一つ、このヴェネルで手に入れなければならない「技術」があった。
「さて、閣下。……ビジネスの話はまとまりました。次は、私からの『買い物』の相談に乗っていただきたいのですが」
俺の視線は、部屋の窓に使われている、歪みの少ない透明なガラスに向けられていた。
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