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第17話 暴走する鉄の心臓と、調速機の魔法(スチーム・レボリューション)
職業訓練校として使っている旧倉庫から、白煙と悲鳴が上がったのは、昼下がりのことだった。
「逃げろぉぉっ! 博士がまたやったぞ!」
「釜が爆発するぞ!」
工員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出してくる。
私は執務室を飛び出し、現場へ駆けつけた。
倉庫の中はサウナのような熱気と蒸気に満ちていた。その中心で、鉄の塊がガシャン! ガシャン! と狂ったようなリズムを刻みながら、今にも分解しそうなほど振動している。
「素晴らしい! 見ろアレン! このパワーを!」
煤だらけの顔で叫んでいるのは、レイノルズ博士だ。
彼が指差す先には、私が教えた「蒸気の力」を元に、彼が独自に組み上げた試作機関があった。
魔石で水を沸騰させ、その圧力でピストンを動かす。ここまではいい。
だが、制御が効いていない。
「回転数が上がりすぎだ! このままだとフライホイール(弾み車)が千切れて飛ぶぞ!」
「止め方が分からんのじゃ! バルブを閉めようにも、熱くて近づけん!」
完全に暴走している。
私は【構造解析(ブループリント)】を展開した。
内部圧力、危険域。ピストンの往復運動が限界を超え、クランクシャフトが悲鳴を上げている。
原因は単純だ。
エネルギーの入力(魔石の火力)と、出力(回転数)のバランスを取る装置がない。回れば回るほど加速する、自殺志願の機械だ。
「……冷却魔法、最大出力!」
私は機関全体を氷漬けにする勢いで魔力を叩きつけた。
ジュワァァァ……ッ!
凄まじい音と共に蒸気が液化し、鉄の塊はようやくその狂った鼓動を止めた。
◇
「死ぬかと思ったわい……」
床にへたり込むレイノルズ博士。
私は冷え切った機械を点検しながら、呆れ果てていた。
「博士。動力ってのは、ただ回せばいいってもんじゃないんです。『制御』されて初めて使い物になる」
「分かっておる! だが、火力を調整するバルブを、人間がずっと見張っているわけにはいかんじゃろ? 少し目を離すと、すぐに暴走するんじゃ」
そう、蒸気機関の最大の課題はそこだ。
負荷が軽くなれば回転が上がりすぎ、重くなれば止まる。
常に一定の回転数を保つには、誰かがバルブを操作し続けなければならない。
「人間が見張る必要はありません。機械に、自分で自分を監視させればいい」
「は? 機械に意思を持たせるのか? ゴーレムのように?」
「いいえ。『物理法則』という意思です」
私は工具箱から真鍮の棒と、二つの鉄球を取り出した。
そして、サラサラと図面を描く。
回転軸に取り付ける、奇妙な振り子のような装置。
「『遠心調速機(ガバナー)』です」
◇
一時間後。
修理された機関の上に、その装置は取り付けられた。
二つの鉄球が、回転軸の周りにぶら下がっている。
この軸は、エンジンのメインシャフトとベルトで繋がっている。
「いいですか、博士。エンジンが回ると、この軸も回ります。すると『遠心力』で、ぶら下がった鉄球が外側へ広がろうとしますね?」
「うむ。子供がバケツを振り回すのと同じ理屈じゃな」
「鉄球が広がると、リンク機構が持ち上がり……このレバーが動いて、蒸気のバルブを『閉じる』ように繋いであります」
レイノルズ博士が目を見開いた。
「待て、ということは……回転が上がれば上がるほど、勝手にバルブが閉まるのか?」
「そうです。逆に、回転が落ちれば鉄球が下がり、バルブが開いて加速する。つまり、機械が自分で回転数を一定に保つんです(ネガティブ・フィードバック)」
私は博士に再起動を促した。
シュゴォォ……。
蒸気が送り込まれ、ピストンが動き出す。
ガシャン、ガシャン、ガシャン……。
回転が上がるにつれ、頭上の鉄球がフワリと広がる。
すると、自動的にバルブが絞られ、回転が落ち着く。
ガシャン、ガシャン……。
暴走しない。
まるで生き物が呼吸をするように、一定のリズムで力強く動き続けている。
「……美しい」
博士が涙ぐんで呟いた。
「これぞ『自律』じゃ。魔法を使わず、ただの鉄の玉と棒だけで、ここまでの知性を宿すとは……!」
「これが産業革命の心臓(ハート)ですよ」
◇
安定した動力源が完成したことで、ベルナ領の風景は一変した。
まずは、工廠長ゴーディの製材所だ。
これまでは水車や人力で動かしていた巨大な鋸(のこぎり)に、この『魔導蒸気機関』が接続された。
ギャァァァァァン!
凄まじい音と共に、丸太がバターのように切断されていく。
疲れることも、休むこともない。
水車のように川の水量に左右されることもない。
燃料(魔石と水)がある限り、二十四時間稼働し続ける。
「すげえ! 板が山積みだ! これじゃ乾燥が追いつかねえぞ!」
「次は織機(はたおりき)に繋げ! 布を量産しろ!」
工場の生産性は、一夜にして十倍に跳ね上がった。
リリアーナとの契約で大量に必要だった「木箱」や「ガラス瓶」の生産ラインも、この動力のおかげで完全に自動化された。
それを見守るレイノルズ博士は、興奮して鼻息を荒くしていた。
「アレン! これがあれば何でもできるぞ! 船に積めば、風がなくても進む船ができる! 車輪をつければ、馬がいらない馬車ができる!」
「……そうですね。ですが、まずは『固定』して使うのが先です。移動体に積むには、まだボイラーが重すぎますから」
私は博士をなだめた。
彼の頭の中には、すでに『蒸気船』や『蒸気機関車』の構想があるようだ。
だが、それを実現するには、もっと小型で高出力な機関と、何より強靭な「鉄の道(レール)」が必要になる。
「焦らないでください。まずはこの技術で、領内の産業を底上げするのが先決です。……それに」
私は窓の外を見た。
煙突から白い蒸気を上げる工場群。
その活気は喜ばしいが、それは同時に「ゴミ」も生み出す。
「産業廃棄物の処理と、労働環境の整備。……技術が進めば進むほど、人間が追いつけなくなる。私の仕事は、その調整ですから」
急激な機械化は、職人の失業や、公害問題を引き起こす可能性がある。
光があれば影がある。
私は領主代行として、技術の暴走(エンジン)だけでなく、社会の暴走にも「調速機(ガバナー)」を取り付けなければならない。
そんなことを考えていると、執務室にシオンが音もなく現れた。
「アレン様。……少し、気になる噂が」
「噂?」
「はい。最近、領内の山間部で、妙な『揺れ』を感じると。地震ではありません。……もっと、周期的な」
私は眉をひそめた。
ベルナ領の北側には、未開の鉱山地帯が広がっている。
まさか、私の知らないところで、誰かが「別の実験」をしているのか?
それとも、地下深くに眠る「何か」が、地上の蒸気機関の振動に呼応して目覚めようとしているのか。
(……嫌な予感がするな)
産業革命の槌音(つちおと)は、思わぬ来訪者を呼び寄せようとしていた。
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