没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第23話 白粉(おしろい)の呪いと、真珠の肌(ポイズン・コスメティック)



 王都の宿の一室。
 窓を閉め切り、重苦しい空気が漂う中、宮廷医師のキールは震える手で一枚の診断書を差し出した。
「……『影の病(シャドウ・シックネス)』と呼ばれています」
 彼が語った症状は、凄惨なものだった。
 王都の貴婦人たちの間で、ここ数年流行している奇病。
 最初は肌がくすみ、それを隠すためにさらに厚化粧をする。やがて皮膚が黒ずんで壊死し、精神錯乱や頭痛、そして死に至る。
 神殿の司祭たちは「悪魔の呪い」だと言って匙を投げたという。
「ですが、貴殿の香水をつけた夫人が、一夜にして『肌の調子が良くなった』と言っているのです。……あの香水には、浄化の魔法がかかっているのですか?」
 キールは縋るような目で私を見た。
 私は腕を組み、考え込んだ。
 浄化魔法なんてかけていない。ただの蒸留水と精油とアルコールだ。
 それが「薬」になる理由は一つしかない。
「……キール先生。その患者たちが普段使っている『化粧品』を見せてくれませんか?」
          ◇
 翌日。
 私はリリアーナの協力を得て、王都で最も高級な「化粧品店」を視察した。
 店内には、色とりどりの瓶や、美しい装飾のコンパクトが並んでいる。
 特に人気なのは、肌を雪のように白く見せるという「最高級白粉(おしろい)」だ。
「さあ、紳士淑女の皆様! この白粉は『鉛(なまり)』を特殊加工した魔法の粉! 塗るだけでシミもシワも消え失せますぞ!」
 店主が得意げに宣伝している。
 私はその白粉を指先に取り、こっそりと【構造解析(ブループリント)】を発動した。
「……成分分析。……主成分:炭酸鉛、水銀、ヒ素」
 背筋が凍った。
 呪いでも魔法でもない。
 鉛中毒だ。
 この世界の「美」の基準は、肌を白く塗ることにある。そのために、毒性の高い鉛や水銀を含んだ白粉を、毎日顔に塗りたくっているのだ。
 私の香水をつけた夫人が回復したのは、香水の効果ではない。
 香水をつける際、古い化粧を洗い流した――つまり「毒を断った」から回復しただけだ。
「……馬鹿げている。金を払って自殺しているようなものだ」
 私は店を出て、待っていたリリアーナとキール医師に告げた。
「原因は白粉です。あれに含まれる『鉛』が、皮膚から吸収されて内臓と脳を破壊している」
「なっ!? 鉛ですって!?」
 リリアーナが青ざめて自分の頬を押さえた。彼女も薄く白粉をはたいている。
「安心してください。貴女が使っているのは植物性の安物……失礼、安全な粉です。ですが、高貴な方ほど『白く発色する』鉛入りの高級品を使っている」
 キール医師が膝から崩れ落ちた。
「なんということだ……。我々は、毒を『薬』だと思って処方していたのか……!」
「嘆いている暇はありません。このままでは王都の貴族が全滅します」
 私はリリアーナに向き直った。
「ビジネスチャンスですよ、リリアーナ嬢。……『毒』を駆逐し、本物の『美』を売る」
「……代わりの商品があるのですか?」
「ありますよ。鉛を使わずに、真珠のような輝きを放つ粉がね」
          ◇
 私はベルナ領から緊急輸送させた素材を使った。
 まずは、『真珠』だ。
 ベルナの海で養殖している真珠のうち、形が悪くて売り物にならない「クズ真珠」を粉砕し、微細な粉末にする。
 成分は炭酸カルシウムとタンパク質。肌に優しく、光を乱反射して自然な光沢を生む。
 次に、『雲母(マイカ)』。
 鉱山から出るキラキラした鉱石を精製し、混ぜ合わせる。
「これが『ミネラル・ファンデーション(真珠の白粉)』だ」
 さらに、毒で荒れた肌を守るための「第二の皮膚」も用意した。
 先日開発した**『スチーム・シルク』**だ。
 高圧蒸気で精錬されたシルクは、保湿性が高く、肌への刺激が極限まで少ない。
「シルクのドレスを纏い、真珠の粉で化粧をする。……これが、これからの『健康的な美』のスタンダードになる」
          ◇
 数日後、メディシス家の主催で「新作発表会」が開かれた。
 会場には、肌荒れに悩む貴婦人たちが招待された。
 彼女たちの多くは、厚化粧でただれた肌を隠し、扇子で顔を隠している。
「皆様。本日は『呪い』を解く魔法をお見せしましょう」
 私が壇上に上がると、ざわめきが起きた。
 私は一人のモデル――肌荒れが酷い下級貴族の娘を呼び、その場で顔を洗わせた。
 素顔を晒すことを恥じらう娘。
 だが、私は彼女に、化粧水(バラの蒸留水)をたっぷりと染み込ませ、その上から『真珠の白粉』を薄くはたいた。
 そして、スチーム・シルクのドレスを着せる。
「……鏡を見てください」
 娘がおずおずと鏡を覗き込む。
 そこには、厚塗り感のない、内側から発光するような透明感のある肌の少女が映っていた。
「ま、まあ……! これが私……? 肌が……呼吸しているみたいに軽いですわ!」
「鉛の毒を止めれば、肌は本来の力を取り戻します。この白粉は、貴女の美しさを隠すのではなく、引き出すためのものです」
 会場が静まり返り、次の瞬間、爆発的な歓声に包まれた。
 リリアーナが、すかさず注文票を持って客席へ飛び込んでいく。
「さあ皆様! 鉛の毒で命を縮めるのは今日で終わりですわ! これからは『健康』こそが最高のステータス!」
 その様子を、会場の隅でキール医師が見つめていた。
 彼は涙を拭い、私に深々と頭を下げた。
「……感謝します、ベルナ殿。貴方は医者ではないが、何十人もの医者が治せなかった病を治してしまった」
「ただの化学(ケミストリー)ですよ」
 私は肩をすくめた。
 これで、王都の「美」の常識は覆った。
 鉛入りの白粉業者は廃業に追い込まれ、ベルナ領の「真珠」と「シルク」は飛ぶように売れるだろう。
 だが、キール医師の表情は晴れていなかった。
 彼は私の耳元で、声を潜めて言った。
「……実は、もう一人。私の手に負えない患者がいるのです」
「誰です?」
「……王城の奥深く、離宮に幽閉されている『第二王女』ソフィア様です。彼女の病は……白粉の毒ではないのです」
 ソフィア。
 前回の夜会で遠くから見かけた、儚げな少女。
 彼女もまた、「呪い」と呼ばれる病に伏せっているという。
「彼女は、何も食べていないのに体が腫れ上がり、呼吸が苦しくなる発作を起こします。……こればかりは、化学でも解けない呪いかと」
 何も食べていないのに腫れる?
 呼吸困難?
 ……ピンときた。
 それは呪いではない。
 現代医学で言うところの「アナフィラキシー・ショック(重度のアレルギー)」だ。
「いいえ、先生。それもまた、化学で解ける『謎』です」
 私はキール医師の手を握った。
「案内してください。そのお姫様の『呪い』も、私が解いてみせましょう」
 
 病弱な王女と、アレンの「アレルゲン特定」ミッションが始まる。
 その原因は、王城の誰もが予想しない「意外な場所」にあった。

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