23 / 55
第23話 白粉(おしろい)の呪いと、真珠の肌(ポイズン・コスメティック)
王都の宿の一室。
窓を閉め切り、重苦しい空気が漂う中、宮廷医師のキールは震える手で一枚の診断書を差し出した。
「……『影の病(シャドウ・シックネス)』と呼ばれています」
彼が語った症状は、凄惨なものだった。
王都の貴婦人たちの間で、ここ数年流行している奇病。
最初は肌がくすみ、それを隠すためにさらに厚化粧をする。やがて皮膚が黒ずんで壊死し、精神錯乱や頭痛、そして死に至る。
神殿の司祭たちは「悪魔の呪い」だと言って匙を投げたという。
「ですが、貴殿の香水をつけた夫人が、一夜にして『肌の調子が良くなった』と言っているのです。……あの香水には、浄化の魔法がかかっているのですか?」
キールは縋るような目で私を見た。
私は腕を組み、考え込んだ。
浄化魔法なんてかけていない。ただの蒸留水と精油とアルコールだ。
それが「薬」になる理由は一つしかない。
「……キール先生。その患者たちが普段使っている『化粧品』を見せてくれませんか?」
◇
翌日。
私はリリアーナの協力を得て、王都で最も高級な「化粧品店」を視察した。
店内には、色とりどりの瓶や、美しい装飾のコンパクトが並んでいる。
特に人気なのは、肌を雪のように白く見せるという「最高級白粉(おしろい)」だ。
「さあ、紳士淑女の皆様! この白粉は『鉛(なまり)』を特殊加工した魔法の粉! 塗るだけでシミもシワも消え失せますぞ!」
店主が得意げに宣伝している。
私はその白粉を指先に取り、こっそりと【構造解析(ブループリント)】を発動した。
「……成分分析。……主成分:炭酸鉛、水銀、ヒ素」
背筋が凍った。
呪いでも魔法でもない。
鉛中毒だ。
この世界の「美」の基準は、肌を白く塗ることにある。そのために、毒性の高い鉛や水銀を含んだ白粉を、毎日顔に塗りたくっているのだ。
私の香水をつけた夫人が回復したのは、香水の効果ではない。
香水をつける際、古い化粧を洗い流した――つまり「毒を断った」から回復しただけだ。
「……馬鹿げている。金を払って自殺しているようなものだ」
私は店を出て、待っていたリリアーナとキール医師に告げた。
「原因は白粉です。あれに含まれる『鉛』が、皮膚から吸収されて内臓と脳を破壊している」
「なっ!? 鉛ですって!?」
リリアーナが青ざめて自分の頬を押さえた。彼女も薄く白粉をはたいている。
「安心してください。貴女が使っているのは植物性の安物……失礼、安全な粉です。ですが、高貴な方ほど『白く発色する』鉛入りの高級品を使っている」
キール医師が膝から崩れ落ちた。
「なんということだ……。我々は、毒を『薬』だと思って処方していたのか……!」
「嘆いている暇はありません。このままでは王都の貴族が全滅します」
私はリリアーナに向き直った。
「ビジネスチャンスですよ、リリアーナ嬢。……『毒』を駆逐し、本物の『美』を売る」
「……代わりの商品があるのですか?」
「ありますよ。鉛を使わずに、真珠のような輝きを放つ粉がね」
◇
私はベルナ領から緊急輸送させた素材を使った。
まずは、『真珠』だ。
ベルナの海で養殖している真珠のうち、形が悪くて売り物にならない「クズ真珠」を粉砕し、微細な粉末にする。
成分は炭酸カルシウムとタンパク質。肌に優しく、光を乱反射して自然な光沢を生む。
次に、『雲母(マイカ)』。
鉱山から出るキラキラした鉱石を精製し、混ぜ合わせる。
「これが『ミネラル・ファンデーション(真珠の白粉)』だ」
さらに、毒で荒れた肌を守るための「第二の皮膚」も用意した。
先日開発した**『スチーム・シルク』**だ。
高圧蒸気で精錬されたシルクは、保湿性が高く、肌への刺激が極限まで少ない。
「シルクのドレスを纏い、真珠の粉で化粧をする。……これが、これからの『健康的な美』のスタンダードになる」
◇
数日後、メディシス家の主催で「新作発表会」が開かれた。
会場には、肌荒れに悩む貴婦人たちが招待された。
彼女たちの多くは、厚化粧でただれた肌を隠し、扇子で顔を隠している。
「皆様。本日は『呪い』を解く魔法をお見せしましょう」
私が壇上に上がると、ざわめきが起きた。
私は一人のモデル――肌荒れが酷い下級貴族の娘を呼び、その場で顔を洗わせた。
素顔を晒すことを恥じらう娘。
だが、私は彼女に、化粧水(バラの蒸留水)をたっぷりと染み込ませ、その上から『真珠の白粉』を薄くはたいた。
そして、スチーム・シルクのドレスを着せる。
「……鏡を見てください」
娘がおずおずと鏡を覗き込む。
そこには、厚塗り感のない、内側から発光するような透明感のある肌の少女が映っていた。
「ま、まあ……! これが私……? 肌が……呼吸しているみたいに軽いですわ!」
「鉛の毒を止めれば、肌は本来の力を取り戻します。この白粉は、貴女の美しさを隠すのではなく、引き出すためのものです」
会場が静まり返り、次の瞬間、爆発的な歓声に包まれた。
リリアーナが、すかさず注文票を持って客席へ飛び込んでいく。
「さあ皆様! 鉛の毒で命を縮めるのは今日で終わりですわ! これからは『健康』こそが最高のステータス!」
その様子を、会場の隅でキール医師が見つめていた。
彼は涙を拭い、私に深々と頭を下げた。
「……感謝します、ベルナ殿。貴方は医者ではないが、何十人もの医者が治せなかった病を治してしまった」
「ただの化学(ケミストリー)ですよ」
私は肩をすくめた。
これで、王都の「美」の常識は覆った。
鉛入りの白粉業者は廃業に追い込まれ、ベルナ領の「真珠」と「シルク」は飛ぶように売れるだろう。
だが、キール医師の表情は晴れていなかった。
彼は私の耳元で、声を潜めて言った。
「……実は、もう一人。私の手に負えない患者がいるのです」
「誰です?」
「……王城の奥深く、離宮に幽閉されている『第二王女』ソフィア様です。彼女の病は……白粉の毒ではないのです」
ソフィア。
前回の夜会で遠くから見かけた、儚げな少女。
彼女もまた、「呪い」と呼ばれる病に伏せっているという。
「彼女は、何も食べていないのに体が腫れ上がり、呼吸が苦しくなる発作を起こします。……こればかりは、化学でも解けない呪いかと」
何も食べていないのに腫れる?
呼吸困難?
……ピンときた。
それは呪いではない。
現代医学で言うところの「アナフィラキシー・ショック(重度のアレルギー)」だ。
「いいえ、先生。それもまた、化学で解ける『謎』です」
私はキール医師の手を握った。
「案内してください。そのお姫様の『呪い』も、私が解いてみせましょう」
病弱な王女と、アレンの「アレルゲン特定」ミッションが始まる。
その原因は、王城の誰もが予想しない「意外な場所」にあった。
あなたにおすすめの小説
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学4巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた