没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第27話 黒船の提督と、白米の外交(ライス・ディプロマシー)

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 ベルナ港の沖合に現れた三隻の巨大な黒い船。
 それは、これまでこの大陸で見たどの船とも違っていた。
 帆ではなく、櫂(かい)と魔導推進器を併用した独特の形状。船体は黒塗りの鉄木で補強され、甲板には巨大なバリスタ(弩砲)が並んでいる。
「……でかいな。海軍の軍艦と同じくらいあるぞ」
 私は港の桟橋に立ち、双眼鏡を覗いた。
 隣には、顔面蒼白の少年ハルトがいる。
「間違いない……『東方皇国』の遠洋艦隊です。……アレン様、彼らは誇り高く、礼儀を重んじますが、ナメられたら即座に撃ってきます」
「分かった。最大限の敬意と、最高の『武器』で迎えよう」
 私は背後に控える料理人たち――元漁師のゲンや、食堂のおばちゃんたちに合図を送った。
 彼らの手には、武器ではなく「お盆」が握られている。
          ◇
 黒船が接岸し、タラップが降ろされた。
 降りてきたのは、和服に似た鎧を纏い、腰に二本の刀を差した初老の男だった。
 鋭い眼光。日焼けした肌。
 東方艦隊提督、トウゴウ。
「……某(それがし)は東方皇国第三艦隊提督、トウゴウである。貴公がこの港の主か?」
「ようこそ、遥か東の海より。ベルナ領主代行、アレンです」
 私が頭を下げると、トウゴウ提督は鼻を鳴らし、周囲を見回した。
「我らは行方不明になった交易船を捜索している。……それに、水と食料も尽きかけている。補給を願いたいが、我が国は『金貨』を持たぬ。現物交換で頼みたい」
「行方不明船とは、嵐で沈んだ船のことですね。……生存者が一名おります」
 私がハルトを前に出すと、提督の目が驚きに見開かれた。
「お、お前は……! タカマツ殿の息子か! 生きていたのか!」
「提督……! 父様と母様は……海に……」
 ハルトが泣き崩れる。
 提督は痛ましげに顔を歪め、そして私に向き直った。
 その手は刀の柄にかかっている。
「……礼を言う。だが、我らは誇り高き武人。施しは受けん。対価は何を望む?」
「対価など不要です。ただ……」
 私はニヤリと笑った。
「故郷を離れて数ヶ月。……さぞかし『米』が恋しいのでは?」
 提督の肩がピクリと震えた。
 背後の部下たちも、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
 西の大陸にはパンしかない。彼らにとって、この数ヶ月は地獄の食生活だったはずだ。
「……まさか。この西の果てに米などあるはずが……」
「ありますよ。ハルト君が守り抜き、私が育てた『新米』がね」
 私は手を叩いた。
 それを合図に、ゲンたちがワゴンを運んできた。
 湯気が立ち昇る巨大なお櫃(ひつ)。
 炭火で皮をパリッと焼いた「塩鮭」。
 そして、ベルナ産の野菜を塩漬けにした即席の「浅漬け」。
 パカッ。
 お櫃の蓋が開けられた瞬間、甘く芳醇な湯気が港に広がった。
 ツヤツヤと輝く銀シャリ。
「……っ!!」
 提督が目を見開き、絶句した。
 部下の一人が「あ、あれは……!」と叫んで膝をつく。
「さあ、どうぞ。炊きたてです。まずは何も言わずに召し上がってください」
 私は茶碗に山盛りのご飯をよそい、焼きたての鮭を一切れ乗せて差し出した。
 提督は震える手で茶碗を受け取り、箸(私がハルトに作らせた)を持った。
「……いただく」
 一口。
 白米を口に運ぶ。
 咀嚼する。
 その瞬間、鬼のようだった提督の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「……うまい。……うまいぞぉぉぉっ!!」
 提督の絶叫が港に響いた。
「この甘み! 粘り! まさか異国の地で、これほどの銀シャリが食えるとは……! 塩鮭の塩加減も絶妙だ! ああっ、故郷の山河が目に浮かぶようだ……!」
「俺にもくれ!」「私もだ!」
 部下たちも我慢できずに殺到した。
 彼らは武器を捨て、茶碗を持って列を作った。
 皆、泣きながら米を貪っている。
 パンとスープだけの生活で疲弊した胃袋に、米の優しさが染み渡っていく。
「おかわりだ! まだあるか!?」
「ああっ、浅漬けが美味い! これで酒が飲みたい!」
 殺伐としていた「外交」の場は、一瞬にして巨大な「炊き出し会場」へと変わった。
 ハルトも、口いっぱいに米を頬張りながら、提督の部下たちと再会を喜んでいる。
          ◇
 一時間後。
 満腹になり、すっかり毒気を抜かれたトウゴウ提督は、桟橋に座り込んで爪楊枝をくわえていた。
「……ふぅ。生き返ったわ。アレン殿、貴公は恐ろしい男だ。我らを刀一振り使わずに骨抜きにするとはな」
「美味しいものは、言葉の壁も国境も越えますから」
「違いない。……して、礼をせねばならん。我が船には金貨はないが、東方の工芸品ならある。絹(シルク)、茶葉、陶磁器……好きなものを持っていけ」
 私は首を横に振った。
 絹は自分で作れる。陶磁器もまだ優先度は低い。
 今、ベルナ領に必要なのは「知識の伝達手段」だ。
「では、一つだけ。……貴国の『紙』の作り方を教えていただけませんか?」
「紙? 和紙のことか?」
「ええ。この国の羊皮紙は高価で重すぎる。知識を広めるには、安くて丈夫な紙が必要なんです」
 提督はニヤリと笑った。
「安い御用だ。……ついでに、我らが誇る『筆』と『墨』も進呈しよう。だがアレン殿、紙だけあっても、書くものがなければ意味がないぞ?」
「ご心配なく。……『書く』のではなく『刷る』ための機械(プレス機)なら、私の頭の中にありますから」
 こうして、東方艦隊との間に友好条約が結ばれた。
 彼らは補給を終えると、ハルトに「立派な男になれよ」と言い残し、東の海へと去っていった。
 残されたのは、和紙の製法書と、大量の「楮(こうぞ)」の苗木。
 これで役者は揃った。
 米を食べ、腹を満たした後は、頭を満たす番だ。
 識字率の向上と、情報の伝達。
 産業革命に不可欠な「メディア革命」が始まろうとしていた。
 
 アレンの知識と、東方の和紙、そして蒸気機関が融合し、世界初の「日刊新聞」が誕生する。
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